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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア

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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア
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リアクション


●世界には、まだ……

 ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)のその後について物語ろう。
 順調に百合園女学院を卒業してから、予定していた通り、ミルディアは地上とパラミタをまたにかけた貿易商・運輸業を始めた。
 目の付け所はさすがであったといえよう。インフラとして需要が多いにもかかわず、実際に携わる者の少ない業種だ。まさしく、新たなフロンティアに乗り込んでいったといっていい。先人といえる者がほとんど存在しないためリスクは大きいが、それだけにリターンも大きい。
 最初は、既存の新幹線路線に資材を運搬するための高速貨物車両の開発から手がけたミルディアだが、これが一定の成功を収めるや、すぐに商いの幅を広げていった。
 たとえば、各地の情勢を含め、リアルタイム通信を行うための通信中継器の敷設だ。地球―パラミタ間にどうしても存在した物心両方のタイムラグは、この情報網の整備によって一気に短縮された。
 他には、パラミタ僻地へ荷物を運ぶための路線開拓だ。パラミタの豊富な資源を地球に運び、パラミタに存在しない物資を地球から運ぶためにはこれまで、異常とも言えるコストと時間を必要としたが、ミルディアがもたらした徹底した整備によって、これらの労力は大きく軽減されている。
 その合間を縫って、ミルディアは輸送機の改良にも参加しつづけた。加えて運行チャートの徹底見直しをはかり、事故の発生件数を限りなくゼロにも近づけている。これら業務をアウトソーシングとして丸投げせず、あくまで自社製にこだわったのも奏功した。
 そればかりではない。過剰な競争は安全面の低下や人的資源の消耗につながるということをいちはやく見抜いた彼女は、同業者を集めて国際的な商業ルールの策定に尽力した。もちろん調整は非常に難航したが、粘り強い交渉によってついにルールは実現し明文化された。これが結果として、安定した質の高いサービスの供給へとつながったのである。
 まさしく八面六臂の活躍と言えよう。
 このため彼女のスケジュール表は、常に分単位で真っ黒に埋まっていた。
 休みどころか、寝る時間もないくらいであったという。
 だがスポーツ選手として、その後甲冑をまとう戦士として鍛えられたミルディアは音を上げなかった。彼女自身は社主の義務とでもいうかのように、どの末端社員よりも長くハードに働いた。
 その一報で会社としては社員の保護に努めた。社が上げ続ける莫大な利益はほとんど社員の福利厚生に回し、快適な職場環境を実現した。ために、ミルディアの会社の離職率の低さは驚異的なレベルに達し、『ミルディア・ディスティンの奇蹟』として社会学の教科書にすら載るようになった。
 さらに彼女は慈善事業など、社会への貢献にも惜しみなく参加した。彼女の会社が無償で育てあげた戦災孤児は、現在世界に数十万人いると言われている。
 こうして十数年経つ頃には、ミルディアが身ひとつで起こした会社は、世界の経済誌の優良企業ランキングの上位常連になるまでに成長したのである。

 辞典なみに分厚い収支報告書をすべて読み終え、ミルディアはその表紙に手を置いて目を閉じた。
 百合園女学院の卒業から数十年が過ぎた。
 がむしゃらに、本当に、がむしゃらに働いてきた日々だった。
 この三年ほどは、ミルディアはあまり現場レベルの指示は行わず、自分と自分の会社が育てた人材が、社をうまく経営していることを確認してきた。
 ただし監査だけはこれまで以上に行った。どんな不正もごまかしも、彼女の目を欺くことはできない。だが幸い、そうした悪の目を見ることはほとんどなかった。
 深く静かに息を吸い、そしてミルディアは言ったのである。
「……わかったわ。そろそろ私も現役を引退しようかしら」
 その一言に、集められた重役たちは騒然となった。
 ミルディアはすでに立志伝中の人である。経営学の手本とも言われる巨人である。その彼女が、社長の座を降りるというのだ。関連会社を含め数万人の社員にとっても、同様に衝撃的な発言であったろう。
 公式コメントとして、ミルディアは言った。
「会長として残る選択肢もあったけど、やはりケジメというのは 必要だと思いますし、私が上に座していては息子も手腕を振るうのに気負いがあるでしょうし」
 もう私がいなくてもやっていける――そう確信したからの完全引退だった。
 大々的な引退式を開くことをミルディアは拒否した。
「そんな手間暇と資金があるのなら、少しでも世の中のために使って」
 と言ってあっさりと断ったのである。
 それでも収まりがつかないという創業時からの社員たちのために、彼女が開くことを認めたのは小規模な、実に小規模なホームパーティのようなセレモニーだった。
 集められたのは、創業時からの社員や関係者、あとは、彼女の恩人だけだった。
 料理も手作りや持ち寄りが中心という簡素なもの、だけどそれがむしろミルディアらしい。初心忘れるべからず、という自己への戒めでもあるのだろう。
 それは彼女のスピーチの、以下の一文にもあらわれている。
「百合園に入ったばかりの頃からはだいぶ変わったけれど、それでもまだまだ若い人には負けたくないって思いはあるかな?」
 と言って、ミルディアは参加者たちを笑いに包んだ。
 そう、まだまだ、終わるつもりなんてない。
 活躍の舞台を移すだけだ。企業経営から、自分の人生へ。
「それにしても……」
 ノンアルコールのシャンパンをコップで傾けながら、ミルディアはふと思った。
 彼女は、和泉 真奈(いずみ・まな)は来ないのだろうか、と。
 招待状は送った。
 住所はつきとめている。届いているはずだ。 
 だけど真奈が来ないとしても、仕方ないという気持ちも確かにある。
 真奈とは百合園の卒業式の直後に別れたきりなのだった。時間にして数十年、音信不通だったということになる。
 ――それでいて今さら『会いたい』なんて、都合良すぎるかもね……。
 それでも、礼は言いたいと思っている。
「本格的に会社を運営するのであれば、経理は専門家を雇った方が良い」
 別れ際、そう言って真奈は立ち去った。ミルディアはそのアドバイスをずっと守ってきた。ここまで成功できた一因には、真奈の言葉があったと今でも思っている。
 窓の外は夜景。不夜城のようにビジネスビルがひしめきあっている。
 窓に映る自分の顔を見て、ミルディアは溜息をついた。
 このとき、
「長い間お疲れ様」
 チン、とグラスの角が当てられた。ミルディアの手のグラスに。
「お久しぶりですね、ミルディ」
 そう、それは真奈だった。年齢を重ねていても見間違いようがない。
「やっぱり来てくれたんだ、真奈」
「一人だと、またどこかに飛んでいきそうでしたし♪」
「まぁ、ね♪」
 ミルディアの頬に笑みが戻った。
 それは、長い年月が隔たっているというのに、まるで昨日別れたばかりといわんばかりのスムーズな会話だった。
「いままでどうしていたの?」
「教会付けの孤児院で働いているわ。住み込みで働くシスター、僻地で近くに学校が無かったので、教師もやってましたのよ」
 真奈が告げた地域の名を聞いてミルディは目を丸くした。会社が大きくなり始めた頃、慈善事業で最初に救済した地のひとつだったのだ。
 名乗り出てくれれば良かったのに――と言いかけてミルディアは口をつぐんだ。真奈にも真奈の考えがあってのことだ。それを尊重したい。
「ミルディの引退は新聞で知りました。驚いたのなんの、ミルディだったら死ぬまで、それこそ百年でも社長をやると思っていましたもの」
 ふふっと曖昧な笑みを見せ、ミルディは肩をすくめた。
「それで、孤児院ではまだ働いているの?」
「ええ、もちろん。それこそ、死ぬまで現役のつもりですわ。今日だって、小さな子を寝かしつけなければならないから、残念ながらあまり長居はできませんの」
「それは好都合♪ 一緒に行っていいかしら」
「見学でも?」
「いいえ、私も手伝いますよ。そのまま住み込みで働こうかと」
 真奈は驚いたが、そういうところがミルディだと思い出して吹きだしてしまった。
「予感が当たりましたね。やっぱりミルディはただ引退するだけじゃない……なにかしでかすつもりだって思ってました♪」
「……いままでは、社長業が忙しすぎて、慈善事業にはお金を出すばかりで実戦できなかったの。これからは現場で働きたいと思ってましてね。やるからには今日からはじめるつもり! 大丈夫、体力ならあり余るくらいだもん。まぁ慈善事業は、本気でやらないと面白くありませんからね♪」
 今度は教育者として、大成するつもりだとミルディアは笑った。
「私が手を出すんです。超一流を育て上げますよ?」
「なら今度は、私も協力します♪」
 ふたりは顔を見合わせ笑いあった。
 そう、世界には。
 世界にはまだ、開拓の余地(フロンティア)が残っているのだ。