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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第2回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第2回/全2回)
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第12章 外壁にて(1)

 黒い巨木が立っていた。
 壁に沿って植えられたそのゴツゴツとした黒い樹は、まるで途絶えることなどないかのように連綿と続いている。
 その前の空間に亀裂となって開くは異界へと続く扉。ロウソクの炎のように夜風に揺らめくそれを通り、魔族の軍兵が現れている。
 続々と。
 その異様な光景は、ここが地上の都であるとは到底見えなかった。
 ゲートをくぐり抜け、月光の下に出た魔族は、位置を確認するように首を振る。そして先を行く仲間に追いつこうと歩き出し――何か、きらりと月光を弾く線を前方に見た気がして、足を止めた。直後、ずるりと肩から首が落ちる。
「ケッ。魔族がナンボのモンだってんだ」
 東カナン12騎士の1家、イスキア家の騎士オズトゥルク・イスキアはふてぶてしいもの言いで言い放った。
 振り切ったクレセントアックスを引き戻し、石突で地を打つ。荒削りな岩のような面、2メートルを超える上背、恵まれた体格。そうして大型の戦斧を持つ姿は騎士というより屈強な戦士に見える。
 そして彼は、暗がりからぬうっと月明かりの下に出た。自分の姿を初めて見た者がどんな印象を持つか、十分承知の上で。そしてそれは、相手が人間ではない魔族であっても変わりないようにルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)には見えた。なにしろ、自分も初めて彼を見たとき、そうだったから。むしろ魔族の方がそういったことには敏感かもしれない。
 すっかり気を飲まれ、威圧されている。
「うおおおおっ!!」
 猛声を上げ、数十とも数百とも思える魔族の群れに向かい、オズトゥルクは突き込んだ。
「やっぱりクマさんみたいですぅ」
 ほうっと息を吐くルーシェリア。オズトゥルクの派手で豪快な戦い方に、半ば目を奪われていた。
 相手が鎧をまとっていようがおかまいなし。クレセントアックスは触れる敵すべてを叩き斬り、はじき飛ばす。さすが先の上将軍であり次代の騎士団長と言うべきか。小型の旋風のようだ。
「何をぼーっとしているんです? 加勢しますよ」
 アルトリア・セイバー(あるとりあ・せいばー)が横で首を傾げた。
「そのために来ているんですから」
「……でも、あの人に私たちの助力っているんでしょうか」
 はなはだ疑問だと、ルーシェリアは思った。
「もちろんです。彼だって人間なんですから。それに、自分たちは、あの方が余力をできる限り残したまま、外壁へたどり着けるようにしなければなりません。悔しいですが、今の自分たちには外壁を壊すだけの力も、その方法もないのですから」
 それはそう。
 アルトリアの言葉に胸の内で頷き、ルーシェリアはその手に魔法力を集束させた。アルトリアもまた、紺碧の槍をかまえる。
「ルーシェリア殿。自分はこれより戦いに集中します。引き時のタイミングはルーシェリア殿にお任せします」
 言い置いて。
 駆け出そうとしたアルトリアを、ルーシェリアが呼び止めた。
「待って。……外壁をうまく壊せて、生きて帰れたら、好きなものをおごるですよぅ。だから、何が食べたいか、考えておいてほしいのです」
 それは、彼女を前線に立たせてしまうことへのルーシェリアなりの申し訳なさの表れだった。
 そうと知るアルトリアは、にこりと笑う。
「はい。楽しみにしております」
 そしてアルトリアは跳んだ。
「――おっ?」
 着地ざま、魔族を上からのランスバレストで倒したアルトリアに、オズトゥルクは軽く目を瞠った。
 隣についたアルトリアの方を向いたその目が、感心したような光を浮かべる。
「小さいのにやるなぁ」
 自分は小さくない、と言いかけて、やめた。オズトゥルクにとってはみんな「小さい」だ。だから、黙って目の前の敵にチェインスマイトを叩き込んだ。
「その調子その調子。せいぜい若い者ががんばって、年寄りにはラクさせてくれよな」
 カラカラ笑って、オズトゥルクもクレセントアックスをふるう。
 彼らの後ろで、ルーシェリアが光術による目くらましを放った。夜のうす暗さに慣れた魔族は、突然の強い光に目を押さえてうなる。その隙をとらえ、ルーシェリアはサイコキネシスで彼らの首から下がっているクリフォトの護符の紐をぶちぶちと切っていった。
 クリフォトの護符を失った魔族はイナンナの結界の力で浄化されるかのように白い炎に巻かれ、絶命する。
「ああなるんですのね」
 まるで自身の体から炎を吹き出したように燃える魔族を目にして、ジュンコ・シラー(じゅんこ・しらー)はつぶやいた。
「マリア、敵との数の差は圧倒的です。無茶をする必要はないでしょう。必ず殺すと気負わずともあの紐を切ればいい、そう思って戦いましょうね」
「はい、ジュンコ」
 後ろについていたマリア・フローレンス(まりあ・ふろーれんす)が頷く。
(もっとも、剣を抜くときはいつだって相手を殺すつもりですけれど)
 翼の剣をすらりと鞘から抜き放ちながら、ジュンコは皮肉げに思った。それが、剣を握る者が最初に持たなければならない気概。
 剣を手に路地から出ると、オズトゥルクやアルトリアの戦っている道へ歩を進める。とたん、横合いから魔族が問答無用で斬りかかってきた。
 それを彼女は難なくすり流し、腕の下をかいくぐるようにして抜ける。まるでダンスのターンをしているように優雅な動きだ。そしてすれ違いざま、彼女の剣は魔族の胸をないでいた。
 もう死している。気にする必要はないとばかりに彼女は振り返ることなく歩き出す。
 そして、彼女の前方の露払いをするかのように、マリアのバニッシュの白い光が夜気を切り裂き、飛んだ。
(お互いに歩み寄ろうと努力する者たちの想いを踏みにじったバルバトス、これ以上あなたの思い通りにはさせませんわ。それを私は、こうして行動に表す事で証明してみせますわ)
 固い決意を胸に秘め、彼女は外壁への道を切り開こうとする戦いにその身を投じた。



 マリアとルーシェリアがそれぞれ後方からバニッシュとサイコキネシスで援護し、アルトリアとジュンコとオズトゥルクが前線を道を切り開く。
 際限なく現れる魔族をものともせず、やがて彼らは外壁へとたどり着いた。
「くそっ! あの樹が邪魔だ!」
 オズトゥルクは奥歯を噛み締めうなる。
 クリフォトの樹は、互いに枝と枝を絡み合わせるように植えられていた。外壁を砕くには、まず1〜2本は切り倒さなければならない。それをする余力が自分たちにあるだろうか。オズトゥルクは考え、戦力不足に歯噛みした。
(だがセテ坊にオレは約束した。オレは約束を守る男だ。そうだろ?)
 最後に見たセテカの姿がまぶたの裏に浮かぶ。あの姿ではもしかすると、もう死んでいるかもしれない。だとすればなおさら、約束は守らなくては。
「……よっしゃあ!! やるぞ!!」
 自身を鼓舞し、気合いの声とともに一番近場にあるクリフォトの樹へ向かったときだった。
「どけどけどけーーーーっ!!」
 そんな叫びとともにブオオオオーーンという機械のうなり音が右手から起きた。
 つられてそちらを向くと、チェーンソーを持った金の髪の女性が、突っ込んできているところだった。
「いっけえーーーっ!!」
 あっけにとられたオズトゥルクの前、狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)は思い切りよくクリフォトの樹にチェーンソーの刃を押しあてた。
 ガリガリガリガリガリッ――固い木の幹を破壊する音がして、クリフォトの樹が切られていく。4分の3ほど切り終わったところで、乱世は外壁側から後ろ回し蹴りをいれた。
「くらえ! ヒロイックアサルトキーック!!」
 粗暴で短気なトリガーハッピー女は、今日も絶好調ならしい。
 ずうう……ん、と地響きをたてて倒れたクリフォトの樹の上に片足を預け、相棒のアン・ブーリン(あん・ぶーりん)に人差し指を立てて見せる。
「いっぽーん!」
「……はいはい。分かりましたから、手を下げてください。下品ですわ」
 アンはあくまで上品に歩いてくると、とても上品とは言えない苛烈な炎を用いて切り株と切り倒された幹の両方を焼いた。
 その炎に、駆けつけようとしていた魔族が足を止め、たたらを踏む。
 消し炭となった切り株をたたき割った乱世は、地中からクリフォトの欠片を掘り出すと、指で押しつぶした。
 発芽し、生育にエネルギーのほとんどを使い終わっていたクリフォトの欠片は、あっけなく破砕する。
「へっ。また何かの拍子に発芽されちゃあ困るからな。
 よしっ! 次だ次! さっさと行くぞ、アン!」
「ええ? もうですの? ちょっとせわしすぎませんこと?」
「文句はあとあと!」
 まだ何百本と樹はあるんだからな!
「ちょっと待て、おまえら」
 しぶるアンの背中を押して小型飛空艇に戻ろうとした乱世を、オズトゥルクが呼び止めた。
「なんだよ?」
 それまで全然周囲を目に入れていなかった乱世は、いきなり声をかけられて、うさんくさげに振り返る。だが次の瞬間、クレセントアックスを担いだ大男を見て「おっ?」となった。
「おまえら面白いな。んで、手際もいい。ちょっとこっちを手伝ってけよ」
 くい、と後ろを指し示す。
 そこには、クリフォトの樹があった。
「……ああ。そこもやるけど、まずは計画的にだ」
「計画?」
「均等にやるんだ。ほら、アレだよ。ケーキに包丁を入れる要領で、街の両端を結ぶ直径に沿って、中心から等間隔8方向の放射線状に切り倒すことでイナンナの結界を復活させる」
 それを聞いて、オズトゥルクはぶははっと吹き出した。目が線のようになって、ごつごつとした顔が一気に人好きのする顔になる。
「おま……どっからそんな情報仕入れた? 結界は破れてないぞ?」
 ばんばんばん! 肩を叩いて大笑い。
 そのばか力に乱世は吹っ飛びそうになる。
「ちょっ、やめろよ! いてーだろっ」
「やっぱ、おもしれーわ、おまえ。
 あとで説明してやっから、今はこっち手伝え。外壁に民を外に出すための避難口をあけるんだが、あの樹が邪魔なんだよ」
 なんだ? この人なつっこいクマは。
 乱世は罵詈雑言文句を言ってやって断ろうと口を開いたが、そこでようやく彼が言った言葉の意味が飲み込めた。
 壁の前から樹をどかさないと、外壁に避難のための穴があけられないのだ。
「……そうか。分かった」
 そうと分かれば時間が惜しい。
 乱世はチェーンソーのスイッチを入れると、隣の樹の伐採にとりかかった。


*          *          *


 北西の小路地の一角で。
「……うん。分かった」
 無機質な声で淡々とグレアム・ギャラガー(ぐれあむ・ぎゃらがー)はテレパシーを終えた。
「んん? ランちゃん何だって〜?」
 迷彩塗料をほどこした顔で、尾瀬 皆無(おせ・かいむ)がニッと笑う。
 グレアムは声と同じく表情も常に無機質なので、会話中の表情や声のトーンで探ろうとしても無駄なのだ。
「あ、もしかして、離れたことで俺様の大切さに気付いたとか? 俺様に会いたいとか? 会いに来てほしーわ〜とかぁ?」
 ねねっ? と期待の熱い眼差しで見つめてくる皆無をグレアムは無表情で、じーっと見つめる。
 じーっと。
 ひたすらじーっと。
「……ゴメンナサイ。ふざけすぎました。俺様が悪かったデス」
 無言の圧に屈して、皆無はぺこりと頭を下げる。
 グレアムは皆無から目を放すと外壁に植わっているクリフォトの樹を見、考え込んだ。
「……えーっ? 結界解けてないのー?」
 グレアムから説明を聞いて、皆無は頓狂な声を上げた。
「じゃあべつに均等にこだわることないじゃん。ということは別行動することもないってわけでー。俺様、愛しのランちゃんと一緒に伐採できるんじゃん」
 しかも2人とも、おそろいチェーンソー。一緒に樹を伐採って、これっていわゆる「ケーキ入刀」と同じじゃね? 同じチェーンソー持ってさ。タタタターン、タタタターン♪ って。(激しくマテ)
「たしかに別行動する意味はないね」
 ばかがしたばかな妄想は放っておいて、そのことにはグレアムも同意する。
 なんといってもあそこからは魔族が次々と出てきているのだ。無意味に戦力を分散するより、まとめた方が早いかもしれない。この動きからして、敵の狙いは居城だ。とすれば、居城近くの伐採をしている乱世たちに合流する方がいいだろう。
 乱世からのテレパシーによると、民をこの都から外へ避難させるための破壊工作が行われているようだし。とすると、避難民もその周辺に一時集合しているはず。外壁に穴があけば、即座に避難させられるように。そんな所にクリフォトの樹があっては、危険すぎるか……。
「あれー? グレちん、まただんまりですかぁー? お考え中〜?」
「うるさいな」
 つんつん、とつついてきた皆無の手を振り払う。その視界に、外壁を越えてきたワイバーンの姿が入った。



 十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)はワイバーンの上からアガデの都をぐるりと取り囲むように植えられたクリフォトの樹を見下ろして、愕然となった。
 あの電話の主の言う通りだ。
 聞かされたときはまさかと思い、ここに来るまで半信半疑だったが……。
 こうなってはもはや、あの電話の主がだれかなどどうでもよかった。「アガデを助けて」という願いもどうでもいい。
 ここの人たちを助けなければならない。それは、宵一の決意となった。
 ワイバーンを下に向け、低空飛行で魔族たちをなぎ払う。突然の登場に驚き、倒れ、地に手足をついた彼らの中へ、宵一は飛び降りた。
 人を人とも思わぬ魔族と戦うことに、ためらいは一切ない。
 ブレード・フォンとブッチャーナイフ――得意の二刀流で、彼は魔族を切り裂き、間を縫うように駆け抜けた。
 周囲すべてが敵という中、ひたすら斬り伏せ続ける。
「……彼、何したいんだろうね?」
 路地の暗がりからその様子を見やりながら、皆無は首をひねった。
 魔族はクリフォトの樹から次々と現れている。大元を叩かなくては意味がない。
 そんな彼の前、宵一は周辺の魔族を斬り捨て、自分の周囲に余裕ができたと判断するや、ブッチャーナイフで爆炎波を導いた。
「え、まさか?」
「はあああっ!!」
 気合一閃。
 宵一は爆炎波の炎ごとクリフォトの樹を斬りつける。ガツッと刃が固い幹に食い込んだ瞬間、炎が上に向かって走った。
 クリフォトの樹は一瞬で燃え上がり、夜空に吹き上がるたいまつと化す。
「ひいぃっ!! あいつ、これ以上この都燃やす気かよーっっ」
「……いや。日照関係から、家屋は外壁より15メートルほど離れて建てられている。燃えた樹が倒れても火災は発生しないよ」
 グレアムが冷静に説明する。
 幹が折れて転がったり、枝が折れて飛んだりすれば別だが。
「あ、そうなの? じゃあなんでグレちんはそれしなかったわけ?」
 パイロキネシスの使い手じゃん。
 皆無の質問に、グレアムはまた、あの無機質な目を向けた。
「あ。今の分かる。すっげーあきれてる目だ」
「……パイロはSPを食いすぎるんだ。それに、もうひとつ考慮すべき問題がある。風向きだ。火の粉が街へ飛べば火災発生だから」
「じゃあやっぱり俺様の考え正しいじゃん」
「ああやって1本ずつ燃やすのなら問題ないよ。対処できるから。実際、僕たちもそうするつもりだったろう?」
 パイロだと一度に焼き払うには適しているけど、1本ずつ焼くには非効率すぎる。
 それに今、風は外壁に向かって吹いているから、彼がそこまで考慮してやっているのなら、全然問題はない。むしろ彼がしているのは、自分たちがしていることと全く同じだ。
 2人の前、宵一は淡々と作業をこなしていった。
 魔族を斬り、クリフォトの樹を燃やす。そしてそれは、樹が燃えて数が減るだけやりやすくなっているようだった。
 ある程度済んだところで、グレアムたちが路地から出て行く。
「きみたちは?」
 宵一の前、グレアムと皆無はクリフォトの欠片を掘り出し、割った。
「俺様たちもクリフォトの樹の伐採をやってるんだよね〜。別々にやるより、一緒にやった方が効率いいと思わね?」
 それから皆無は、自分たちが考えている計画を話した。
「南東で、民の避難の手助けか。
 まあ、やってみますかな」
 宵一は頷いた。


*          *          *


 乱世たちによるクリフォトの樹伐採が功を奏して、南東の外壁付近からは魔族の姿がかなり一掃されていた。
 そんな中、マリアが見守る中、ジュンコが破壊工作を用いて外壁の爆破を試みる。その間、無防備になる彼女を守るべく、アルトリアたちは彼女を背にかばって半円を組んでいる。まだまだ油断はできないと、周囲に目を凝らす彼らの間で、ルーシェリアは、みんなに回復魔法をかけていた。
「……皆さん、聞こえますか?」
 ふと、外壁に一番近くにいたマリアがそう言って身を起こす。
 全員が動きを止め、耳をすました。するとたしかに声が……。
「そちら側、だれかいますか? あちきはレティシア・ブルーウォーター。今から東カナン軍の方々と、ここを破壊しようとしています。もしいましたら、ご返答くださいな」



(うーん。やっぱりあの男が要というわけか)
 わっと沸き返る南東の外壁を見下ろして、毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)は腕組みを解いた。
 魔族側についた者としてクリフォトの樹の防衛に来たのだが、思いのほかコントラクターの数が多く、様子見をしていたのだ。
 だがクリフォトの樹伐採班まで出張ってきて、かなり伐採されてしまった。全体から見ればまだほんの一部とはいえ、これ以上こうして見ているだけというのもいかないか。
 群れをやるにはそこの頭をつぶせばいい。その頭は、今回あの男だ。
 オズトゥルク・イスキア。東カナン12騎士の大男。
(……200センチ超ってことは、私より60センチ以上でかいってことだよなぁ)
 まいったね、こりゃ。
「どうする? やめる?」
 オイレに乗ったアルテミシア・ワームウッド(あるてみしあ・わーむうっど)が横について訊く。
「逃げるなら乗せてってあげるよ」
「ばかを言うんじゃない。さっさと定位置について」
「はーい」
 アルテミシアは素直に返事をして、オイレを飛ばした。コントラクターたちの探知スキルに引っ掛からないような、適当な距離にある建物に。
「さあ、決行だ」



「ハン! セイト! いるか!」
 外壁の向こうに聞こえるよう、オズトゥルクは声を張り上げた。
「その声は、オズ様!! ご無事だったのですね!」
 すぐさま重騎馬兵左将軍ハンが答える。
「カタパルトを持って来い! それでロープを結びつけた石を飛ばして外壁を越えるんだ! 急げ! すぐこの周辺の樹が伐採されたことは魔族に知れる!」
「かしこまりました!! ――おい、急げ。カタパルトを後方から持って来させろ」
 自分の命令が通じたことに安堵して振り返ったオズトゥルクとマリアの目が合う。
 そのほほ笑みと同じで、どこもかしこもやわらかそうな彼女に、オズトゥルクもほっとして笑いかけたとき。
 マリアの目が軽く見開かれ、ほおが引き攣った。
 禁猟区が反応した。
「皆さん、気をつけて!」
 彼女の語尾に重なって、炎が吹き上がった。
 大佐のフラワシソリッド・フレイムの羽による爆撃だ。それはナパーム砲のように、触れた瞬間炎が広がり対象者を炬火のごとく燃え上がらせる。
「……ぎゃああああっっ!!」
 後方にいたイスキア家の騎士が火だるまになった。
 無差別攻撃のようでいて、違う。騎士を狙い打ちしている。
「フチェ! サフェリス! ナーディル! エルドアン!」
 オズトゥルクが己の騎士たちの名前を叫んだ。
「いけない!」
 蒼白し、駆け寄ろうとしたオズトゥルクをマリアが全身で止める。
「あれはフラワシの攻撃……敵は裏切り者のコントラクターです」
 その言葉を口にするとき、刺すような苦い痛みが広がった。
 コントラクターとしての力を、人を殺すことに使っていることに対する申し訳ない気持ち……。
(だめ。感情的になってしまっては、命を救う事ができなくなる)
 マリアは無理やりそれを片隅に押しやった。
「だが……!」
 そこに、ラディウスを手にした大佐が姿を現した。
 向かってくる騎士も、剣をかまえて様子見をしている騎士も、斬って捨てていく。行動予測、歴戦の立ち回りそれに実践的錯覚があれば、ただの騎士などいかほどでもない。
 人殺しには慣れている。
 今さら、何を感じることもない。
 特段の気負いもなく、むしろ鼻歌さえ口をつきそうな感覚で淡々と殺していくその姿に、オズトゥルクの中でぶつりと糸が切れた。
 マリアを強く押しやり、前に出る。
「オズトゥルク様!」
「あんたは彼女たちと一緒に、外壁を頼む。オレぁあいつを殺る」
「無茶な! 相手はコントラクターよ!?」
 かなうはずがない!
 腕を掴み、必死にとめようとする彼女の手に手を重ね、オズは笑った。
「あいつらはオレの騎士だ。オレがおとしまえつけなくちゃいけねぇんだよ、あいつらの身内のためにもな。
 それと、オレは「オズ」だ。ま、「様」付けはどっちでもいいけど、オズトゥルクはやめてくれ」
「オズ……様」
 マリアの手をそっとはずさせ、オズトゥルクはクレセントアックスをかついで前に出た。
(そうだ。出て来い、オズトゥルク)
 殺気を体中から発散させながら歩いてくるオズトゥルクに、大佐はにやりと笑う。
「うおおっ!!」
 咆哮とともに振り下ろされたクレセントアックスを、大佐は後方に跳んでよけた。それからは受け手に回り、彼の技量や体格の違いから押されているようにじりじりと後ずさる。
(……? なんだ?)
 豊富な経験を持つオズトゥルクも何かおかしいのは分かるが、それが何かまでは分からない。
 そうか、追い詰められた気配が全くないんだ――そうと気付いたときには遅かった。
「まき散らして吹っ飛べ」
 大佐は嗤って、自分のこめかみに指をあて「Bang!」と銃で撃つしぐさをする。
 同時に、ターーーンというライフル音がした。
 アルテミシアが朱の飛沫を込めた狙撃で一発、即死――の、はずだった。
 ――だが。
「なに……?」
 撃ち抜かれていたのは、大佐の腕の方だった。