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【特別シナリオ】あの人と過ごす日

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【特別シナリオ】あの人と過ごす日
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リアクション


ローラと一緒!

 太陽は中天を過ぎて、いよいよ汗ばむほどの晩春の陽気だ。
 柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)は待ち合わせ場所に駆けつけて、彼女がすでに来ていることを知った。
 約束の時間のまだ15分前、ローラ・ブラウアヒメルクランジ ロー(くらんじ・ろー))はそこにいた。
「早いね!?」
 桂輔の姿に気がつくと、ローラは向日葵のような笑みを見せる。
「楽しみで、つい早めに来ちゃったね。桂輔も早いよ」
「俺も楽しみでさ……ローラに会うのが!」
 定番のやりとりかもしれないが、それでもなんだかくすぐったい。
 今日はデートだ。
 大事なことなので二回書く。桂輔はローラとデート、ポートシャングリラでデート! なのだ。
 ……あ、三回書いた。

 このところ桂輔は、堂々とすることに決めていた。
 考えてみればずっとそうしてきたのかもしれないが、ともかく。
 堂々と、ローラを好きでいることにした。
 ローラへの気持ちを、隠したり誤魔化したりしないようにしたし、今日だってはっきりと「デートに行かないか?」と誘っている。
 いわば、カードを全部オープンにしてポーカーをしているようなもの。カードチェンジもしない。最初の手札だけでずっと勝負の構えだ。
 ローラがどこまで、彼の気持ちを受け入れてくれているのかはわからない。でも、嫌がられたり拒絶されたりしないかぎりは続けるつもりだった。
 ――そうでないと、後悔してしまいそうだから。
 同時に、桂輔のなかには冷静な認識もあった。
 願いはあるが夢見たりはしない。まだ片想いだという理解がある。
 デートに誘えばローラは来てくれるし、好意そのものは寄せてくれる。軽いタッチくらいなら笑って返してくれる。
 けれど……そこから先には壁がある。
 彼女と自分の間には、目に見えるわけではないものの、どこからに一歩、踏み越えてはならないラインがあった。
 一度だけ、桂輔はそれを越えようとしたことがある。そのときは弾き飛ばされてしまった。おかげでローラとの距離は少し離れた。といってもローラのこと、すぐに彼女は彼の友達に戻ってくれている。
 いつかはふたたび、そこに挑まなければならないだろう。
 つぎに零距離まで近づけば、それがローラとの訣別になるかもしれない。
 あるいは……そのまま一つになることができるかもしれない。
 そのことを考えるたび溜息が出そうになる。
 ――ああ。
 桂輔は思う。
 ――女の子って、難しい。

 という心の渦巻きは、洗濯機のスイッチを切ったときのように、だんだん小さくなってやがて消えた。
 思いわずらっている暇はないのだ。この瞬間を大切にしよう。楽しもう。
 ふたり並んで道を行く。背は自分の方が低いので、心持ち背筋を伸ばし気味にして桂輔は歩いた。
 ローラと自分、互いの指は触れそうで、触れない。
「そういや去年の今頃も、ここでローラをデートに誘ったなぁ」
 超巨大ショッピングモール『ポートシャングリラ』は、一日や二日で回りきるのは不可能なほどの広大な敷地だ。店舗の数も、それこそ星のようにある。といっても、見覚えのある場所があるのは事実だった。去年の記憶がよみがえってきた。
「あの時はローラの服を見に行く途中でインタビューに遭って、結局ローラの服を見ないまま終ったけど、今回はちゃんと買い物しよう。こんな大きなショッピングモールなら、ローラに合ったサイズでお洒落な服が売ってる店がきっとあるはず……一緒に見て回ろうぜ」
 本当!? とローラは目を輝かせた。なぜって今日も彼女は制服姿なのだ。それだって支給品で、サイズぴったりとはいえずいくらか小さい。
「嬉しいね。でも、女の子の服選び、退屈じゃない?」
「そんなわけないさ。試着したりするだろう? ローラの色々な服装を見るの、楽しみだな」
「でもワタシ、着替え、下手。待たせちゃうかも」
「ああそれなら大丈夫。着替えも喜んで手伝うよ!」
「えっち!」
 などと会話も弾む。かつてローラの口調はかなりたどたどしかったが、この頃ではもう、ほとんど途切れることもなくスムーズなものになっていた。
「それじゃあ手近なところで、あの店なんかどうかな?」
 そこからはまるで、ローラ一人がモデルのファッションショー。桂輔は、それを鑑賞できる唯一の幸運な客の気分だ。
 桂輔がローラに惹かれているのは、彼女の性格であるのは疑いようがないところだが、それでも彼女の容姿の魅力たるや、完璧という言葉ですら表現しきれない。胸は大きいだけでなく形もよくやわらかげで、腰はくびれて優美な上に、すらり長い両脚も抜群、ここまで比類なき大人体型だというのに、顔は大きな目と長い睫毛をもつ童顔、アンバランスだが逆に背徳感があったりして、ちょっと下品な表現だが『そそる』のだ。なんというか、抱きしめたくなる。
 桂輔は至福のひとときを過ごした。いま彼は、ローラの美貌を独り占めしているのだ。
 緑と白のサマーセーターという、ボディラインを隠すような姿からおずおずとスタートしたローラの着替えだが、
「可愛い!」
「じゃあ次はこれを試そう」
「あれなんかどうかな? え? 恥ずかしいって? もったいないな、絶対似合うよ!」
「もっとポーズ作ってみて。そうそう! いいよ!」
 と、桂輔はアイドルを脱がせるカメラマンみたいに褒めてあおって盛り上げて、彼女を七変化させたのだった。
 店も衣装も無尽蔵だから、ローラに着せたい衣装はいくらでも出てきた。
 試着室のカーテンレールがしゃーっと音を立て幕が開かれるたび、新しいローラがあらわれる。可愛いもの、ボーイッシュなもの、清純なもの、クラシックに未来風、ちょっと過激にアダルトなもの、いささかロリータの疑いを挟まずにはいられないもの……どさくさ紛れに巫女服やナース服も試してもらって、まさしくミニコスプレ大会の様相となった。
 こうして選びに選んだ服の購入は、すべて桂輔が受け持った。
「だめよ、お金、ワタシ払うね」
 しきりと遠慮するローラをなだめて、
「お金のことはノープログレム。この日のためにバイトしてお金貯めてたからな」
 と請け負って財布は出させない。なお、生活費に手を出そうとして桂輔が、パートナーのアルマにボコボコにされたことは内緒である。
「それでも、桂輔のお金は自分のために使うべきよ」
「だったらやっぱりノープログレムだよ」
 その言葉を待っていた、というように、それでありながら頬を熱くしつつ彼は言った。
「俺は、ローラがお洒落を楽しんでくれれば嬉しい。それになんといっても、俺、色んな服を着たローラが見たいから!」
 これで彼はついに彼女を説き伏せたが、だったらせめて、とローラは言ったのである。
「せめて、お茶くらいは奢らせてね。そうでないとワタシ、申し訳ないよ」

 カフェで休憩ということになった。
 本当は飲食の代金も自分でもつつもりの桂輔だったが、お願い、とローラに合掌までされては断れない。
 アンティークのならぶ瀟洒なカフェを選ぶ。バルコニーの席に腰を落ち着け、丸テーブルを挟み向かい合った。
 ――これは思わぬ……!
 幸運、と、桂輔は体温が急上昇するのを覚えた。
 なんとなく選んだ店だ。計算があってのことではない。なのに……!
 店内の客はカップルだらけ、入り口に『おデートのかた限定』なんて書いてあったわけでもあるまいに、まさかの高カップル率である。それが必然的に、ホットチョコレートに溶けゆくマシュマロのような甘い雰囲気を醸し出している。この状況ならば、なんだかんだいって堅いところのあるローラですら場のムードに流される……なんてことがないとは言い切れまい。
 そしてテーブルの絶妙の狭さだ。ローラの脚が長いせいもあるが、どう工夫しても膝と膝が触れ合ってしまう。こちらはジーンズという障害があるものの、ローラのほうは生脚、いやおうなくその感触が伝わってくる。ほんの少し下心があれば、脚を絡め合うことだってできるではないか。しかも公衆から見られないようにして。
 桂輔の胸は高鳴った。つい、言葉を忘れてしばし黙ってしまう。
 今ならもしかしたら、いや、きっと、手を握ってもローラは拒まないだろう。
 もっと顔を寄せても、あるいは、ひょっとしたら唇に唇を寄せても……!?
「……笑わない?」
 唐突に、ローラが言った。
「えっ? なにを?」
「ワタシ……ちょっと、変な気持ち」
 頬を染めうつむき加減で、もじもじとしながら彼女は言いにくそうにしている。膝をすりあわせているのが伝わってきた。
「変な? どんな?」
「言ったら、たぶん桂輔、笑うね」と言うローラの眉が、八の字になっている。
「笑わないよ」
 ――抱きしめるかもしれないけどね。
「呆れるかも」
「大丈夫だって」
 ――むしろ望むところだよ。
「……これ」
 ついに、ローラは言ったのである。
「これ、食べたいね」
 と、指さしたのはカフェのメニューだった。
 でかでかと写真が掲載されているのだが桂輔の視界にはまるで入っていなかった品を、ローラは指さしていた。
 巨大パフェ。二三人で食べるようなジャイガンティックなサイズ。お値段も、通常のものの三倍はする。名前は『クイーンパフェ ニューヨーク風』だったが、個人的には『横綱パフェ ハッケヨイ風』と呼びたくなるシロモノであった。
「大食いで恥ずかしいよ……」
 桂輔は残念なような、けれどほっとしたような、そんな笑みを浮かべた。
「恥ずかしがらなくていいよ。幸せそうな顔で食べるローラの顔を見るの、好きなんだよね。かわいいし!」
 やだぁ、と照れる彼女も、またかわいい。
「俺も同じものを頼もうかな」と桂輔は言った。
 なんだか食べたい気分だった。

 まだ陽は高いが、時間はそろそろ夜の頃合いだ。
「じゃあ帰ろうか」
 桂輔はローラを寮まで送ると宣言した。
「いいの? 桂輔の住んでるとこ、たしか反対方向ね?」
「気にしないで。女の子を家にきちんと送り届けるのは男の役割ってやつさ。荷物も多いしね」
「荷物ならワタシ、自分で持つよ?」
 ローラなら確かに、軽々と運ぶことができるだろう。しかし桂輔は、買い物袋を運ぶことにこだわった。
「ま、これくらはさせてくれよ。……それに本音を言うとこれは、一分一秒でも長くローラといるための口実さ」
 なんだか襟を立ててみたくなる桂輔だった。決まった……かな?――なんて思う。
 確かに決まったようだ。ローラの記憶の、よくわからない部位にヒットしたようである。彼女はポンと手を打って、
「聞いたことあるね!」
「え? なに!?」
「そういうセリフ、聞いたことあるね。……えーと……『送り狼』?」
「どこで聞いたんだよそれ?」
 思わず桂輔は噴き出してしまった。
 なかなか色っぽい展開にはならないものだ。ローラとは。
 でも少し、ほんの少しかもしれないけれど、距離は縮まったように思う。
 ローラとの間に横たわる、踏み越えてはならないライン……それが見えてきたような気がした。