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君を待ってる~封印の巫女~(第2回/全4回)

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君を待ってる~封印の巫女~(第2回/全4回)

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第2章 夜のピクニック(夜の花壇)

「噂の花壇……夜になるとお化けが出る?」
「ええ、学園七不思議だそうです」
 渋井 誠治(しぶい・せいじ)がパートナーのハティ・ライト(はてぃ・らいと)からそんな話を聞いたのは、暑さ厳しすぎるお昼時だった。
「……お化けか。……はっ! 別にヘタレてなんかいな……」
「そうですよね、勿論分かっていますとも。ヘタレじゃないのなら、この噂の真相を解き明かしてみてはいかがですか?」
「よし!、じゃあいっちょ解き明かしてみちゃうか!」
 笑顔と共に畳み掛けるように言われ、誠治はついうっかり請け負ってしまった。
 冷静になってから後悔しても、もう遅い。
「あ〜、でもやっぱ、不思議は不思議のままの方がロマンだし……」
「はい、行ってらっしゃい」
 ニコニコニコ、ハティの有無を言わさぬ笑顔攻撃、誠治に打つ手は無かった。
 そして、夜。
「怖くない怖くない」
 自分に言い聞かせながら、自転車を走らせていた。
 自転車のライトと、被ったヘルメットの灯りを頼りにゆっくりと移動。
 ガサッガサガサッ。
「ひぃぃぃっ!?」
 熱気を含んだ風の悪戯に時折悲鳴を上げながら、誠治は夜の学園をおっかなびっくり進んでいく。
「百聞は一見に如かず、声の正体を突き止めるべく、夜の花壇に行ってみよう」
「アヤが夜の花壇に行くなら、私もついていきます!」
 神和 綺人(かんなぎ・あやと)クリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)は力説した。
「アヤを危険から守るために! 何か危険なことがあったら、盾になってアヤを守ります」
 アヤは可愛くて可愛くて可愛いのです! アヤの髪の毛一本たりとも傷つけさせません!、な決意のクリスである。
「それに、夜に出歩くなんて……。道中、変な人に襲われるかもしれません! 心配です!」
「……あのね、僕は女の子じゃないから大丈夫だよ」
 綺人の苦笑混じりのセリフに、クリスはハッと気づいた。
 心の声をどうやら、全部口にしてしまっていたという事に。
「それは勿論、分かってますが、でも、心配なものは心配なんです!」
 サラッサラの黒髪、大きな瞳、どう見ても綺人はとびっきりの美少女にしか見えない。
「守ります、守りますから!」
 恥ずかしさを誤魔化すように、危険から守るように、先にたって歩き出すクリスの背に、綺人はもう一度、とても温かい苦笑をもらした。
「そういうクリスだって、自分がとってもキレイな女の子なんだって分かってるのかな?」
 勿論、その呟きはクリスには届かなかったのだけれど。
「あうう、あうあう。やはり夜の学校は怖いのでありますよー」
 同じ頃。ロレッカ・アンリエンス(ろれっか・あんりえんす)もまた夜の学校をビクビクしながら歩いていた。
「スリルと迫力が百点満点であります。お師匠、ライトしっかり握っててくださいで、あります……!」
 お師匠と慕うクゥネル・グリフィッド(くぅねる・ぐりふぃっど)の存在とその手のライトとが、便りだった。
「ロレッカ殿、幽霊とかお化けとかが出そうだから怖いのですかな?」
「幽霊?、などは大丈夫であります。自分、暗い所が少々苦手なだけなのです。……昔閉じ込められてしまった事がありましてー」
「ふむ。では、無理をしてまでこんな暗い中を進む必要はないのではないですかな?」
「それは……噂に聞くその声の事がどうしても気になって仕方なくって、眠れないのであります。行かねばならぬ、なんだかそんな気がしてなりませんー」
「ロレッカ殿は一度気になりだしたら止まりませんからな」
 それはロレッカ自身、上手く説明できない感覚だった。
「ふぉっふぉ。成る程成る程、恐らく今回の事も勘で動いておりますか……よきかな。我輩はどこへなりともお供しますぞ」
「ありがとうであります、心強いであります!」
 と、僅かながら口元をほころばせたロレッカの耳に、何とも珍妙な歌声が聞こえてきた。

♪おばけなんていなーい いるわけなーい
 誰かが 見間違えたーに決まってーる
 ぜーんぜーん 怖くないさー 怖いわけなーい
 だけどホントに おばけがいたらー
 さすがのオレもまいった 降参 なわけないっての!♪

「一人演奏会であります」
「ほらアヤ! 早速変な人がいました!」
「大丈夫だよクリス、お仲間さんみたいだから」
 ビシリッ、指差すクリスを宥めるのは、綺人だ。
「!?、っ違う違う、これはアレだ。ほら、なんというか……決して静かなのが怖くて歌ってたけわけじゃないんだ!」
「何だ、そうでありますか。ですが、楽しそうで元気が出るであります」
「うんうん、そうだろうそうだろう」
「夜中に大声で歌を歌うのは感心しませんが」
「時間も時間ですし、あまり騒ぐと学校側から夜間外出禁止令とか出てしまうかもしれませんよ」
 得意げに胸を張る誠治に、やはり歌声に気づいた藤枝 輝樹(ふじえだ・てるき)泊 美沙(とまり・みさ)が注意を促した。
「確かに。なら、もう歌わないぜ……もう一人じゃないし、怖くないからな」
 上機嫌な誠治に、輝樹は一つ苦笑。
 実は輝樹、「コンピュータを使用した実験」と称して夜間行動の許可を学校側から取っていた。
 でなければ、いくら蒼空学園とはいえ、こんなに自由に出入りするのは難しかったかもしれない。
「虫が発生している、という話もあります。花壇に着く前に、準備しておいた方が良いでしょう」
 言って、虫除けスプレーを差し出す。
 薄手の長袖に虫除けスプレーに懐中電灯、と準備万端の輝樹に、
「お〜、助かる助かるサンキューな」
 誠治は嬉しそうに礼を述べた。
「さすが誠治、期待を裏切らないヘタれっぷり……いえいえ、素晴らしい勇姿です」
 こっそり後を付け、一部始終をビデオカメラに収めたハティは満足そうに頷いた。
「おっと、見失っては大変です」
 【地味でヘタレな地球生物観察日記】と書かれたテープを交換しながら、ハティは再び密やかに誠治の後を追うのだった。

「夜の学園って暗くて怖いよね」
「暗い夜道が怖いのでしたら、わたくしが手をつないで差し上げますわよ」
 周囲を見回しブルリと身を震わせる久世 沙幸(くぜ・さゆき)に、藍玉 美海(あいだま・みうみ)は嫣然と微笑んだ。
「ねーさまったらまた、子供扱いして!」
「そうですわね。沙幸はもう大人ですもの、平気ですわね」
 ひょい、と手を引っ込めスタスタと歩き出す美海。
「あっ待ってねーさま!」
 一人取り残されそうになった沙幸は慌てて美海に追いすがった。
「あらあら、沙幸ったら甘えん坊さんですわね」
「んもう! ねーさまの意地悪!」
 ぷぅ、と少し頬を膨らませて見せつつ、沙幸は繋いでもらった手の温もりにほっと安堵の息をついた。
「せっかく整備した花壇を荒らされるのは嫌だしな」
 永夷 零(ながい・ぜろ)もまた、花壇に謎の人物が現れるらしいという噂を耳にし、その正体を突き止めるべく、夜の花壇に向かっていた。
 と、その前にぴょこり、現れた少女がいた。。
「こっこんばんは! 偶然ですね」
 はにかんだ笑みを浮かべた高潮 津波(たかしお・つなみ)だ。
「……何が偶然ですね、ですか。こんな夜中に偶然も何もありませんわ」
 ギリギリギリ。津波のパートナーであるナトレア・アトレア(なとれあ・あとれあ)は、そんな二人の様子……というか零を睨み付けていた。
 ああっ、視線だけで人が殺せたらいいのに!
 百合園女学院に通う津波とナトレアが、こんな夜中に蒼空学園に居るのは実際、不自然極まりなかった。
「一目、永夷さんにお会いしたい」
 という津波は、密かに零を探しまくった末、遂に此処で愛しい人と巡り会ったのだ。
 津波の一番でありたいナトレアは全くもっておもしろくない。
 とはいえ、自分のいない所で津波と零がいちゃいちゃしていると思うと……その方が耐えられない。

 しくしくしく。

「きゃっ、何ですか?」
 と、突然聞こえて来た微かな啜り泣きに、津波は思わず零に抱きついてしまった。
「!?」
「噂の主か?……ここは危険かもしれない」
「大丈夫です、私……永夷さんと一緒なら」
「分かった。じゃあ一緒に行こう。後で送っていく」
「はっはい!」
 嬉しさで卒倒しそうになりながら、津波はちょっとだけ零に寄り添った。
「夜の花壇なんてロマンティック……あの、お花を植えるなら私も手伝いますね」
「真夜中に花なんて植えるわけありませんわ。マジで植えてたらただの怪しい奴ですわよ」
 とりあえず、ナトレアの突っ込みは、夢見心地の津波には届かなかったらしい。
「ふぅん。零がモテるなんて、これ以上異変が起こらないといいですけど」
 そうして。零のパートナーのルナ・テュリン(るな・てゅりん)は思わず、といったように天を仰いだのだった。
 時間はホンの少し遡る。
「目が覚めちゃったから夜の散歩。気が向いたので噂の花壇とやらに行ってみようかしら?」
 アリシア・ミスティフォッグ(ありしあ・みすてぃふぉっぐ)小鳥遊 律(たかなし・りつ)と共に、夜の散歩としゃれ込んでいた。
 蒼空学園に箒を向けたのも、単なる気まぐれだった。
「それにしても蒼空学園の異変というのは本当だったのですね。アリシア様は大丈夫でございますか?」
 機晶姫である律はこの辺りの気温が異様に高い事に気づき、主を案じた。
「暑いのは正直、うっとうしいけど……そうね、何が起こっているのか、わくわくする方が先ね」
 空間の歪み。何かがいるのは間違いない……それがアリシアの機嫌を良くしている。
「それにしても……案外、夜更かしさんが多くて邪魔ね」
 上空から見る限り、花壇を目指していると思しき者の多い事、多い事。
「律、あなたちょっとあっちの方でうなって来なさい」
「え、その、アリシア様? それはいいんですか……?」
 ちょい、と茂みを指差され律は困惑と共に小首を傾げた。
「いーからやるの! ハリーハリー!」
「わかりました……ううっ、ううっ」
 仕方なく律は、物陰でさめざめと泣いた。
「奇妙な声の主……というわけでもないようだな」
「女の子ですね」
「ねーさま、何か泣き声が聞こえない?」
「そうね……あら?、あなたどうしたの?」
 零と津波、沙幸と美海に心配そうに声を掛けられた律は、泣き濡れた顔を上げた。
「マスターに怒られて、それで……」
 演技っていうよりかなりマジに。
「泣き声が聞こえたと思ったら……」
「お仲間さんでありますね」
 そこに誠治やロレッカ達も合流し、律は「あぅあぅ」とか言いながら軽くパニくった。
「ここに一人で残すのも心配ですね、一緒に行きましょうか」
「ねーさまったら、また!」
「そうだな! 仲間は多いほうが楽しいもんな!」
「そうであります」
「……はい」
 ドナドナドナ〜、と一行に連れられながら、律は心の中でアリシアに「ごめんなさい」を繰り返した。
 そのアリシアだったが、件の花壇の所で予期せぬ事態に遭遇していた。
 そう、既に先客がいたのである。


「ボクが奇妙な声の真相を解明して、花壇活動の応援をしなくちゃ!」
 と元気良く、最早馴染みとなっている花壇にやってきた羽入 勇(はにゅう・いさみ)ラルフ・アンガー(らるふ・あんがー)
 けれど、夜の花壇は昼間のそれとはまるで違っていて、どこか不気味さを漂わせて。
「……って夜の花壇ってもしかしなくても凄く怖い?? 心霊現象とかだったらどーしよーー」
「大丈夫ですよ。怖いなら私が手を握っていてあげますよ。それともお姫様だっこの方が怖くないですか?」
「なななっ、いや、それ全然調査にならないし!」
 涙目になった勇だったが、にこやかなラルフのセリフに、途端涙も引っ込んだ。
 もしかして、不安を紛らわせる為?、とかも思う。
 だが、にこにこにこと、この暑さもどこ吹く風、顔に汗一つかかず涼しげなラルフを見ていると、そこまで狙っての発言かどうかイマイチ自信が持てなかった。
 とはいえ、落ち着いたのは確かだった。
「ちょっとあなた達、痴話げんかなら余所でやって下さらない?」
 そんな二人に飛鳥井 蘭(あすかい・らん)はいらただしげに声を荒げた。
「お嬢様? 何かありましたか?」
「大丈夫、虫も大人しいものよ」
 言うと、クロード・ディーヴァー(くろーど・でぃーう゛ぁー)はホッと息をついた。
 花壇に謎の虫が発生した事に気づいた蘭は、様子を見に来たのだった。
「怪しい声と虫の関係も気になりますし……これも災厄の一部なのでしょうか」
 直接話を聞ければ良いのですが、思慮深く考え込む蘭は、次の瞬間耳を疑った。
「じゃあ、聞いてみようか……すみませーん、奇妙な声の主さーん、いませんかー。夜の花壇でー変な声出してる奇妙な人ーー…って変態!? もしかして変態さん!?」
 セルフ突っ込みを入れつつ、呼びかける勇。
「ちょっ、あなた!」
「いやいや冷静に考えて花壇は封印の場所なんだから、この場合封じられた厄災の人の声って事かな?」
「まぁそう考えるのが妥当でしょうね」
 慌てる蘭とは対照的に、ラルフは悠然としたものだ。
「しかしいくら封印されてるとはいえ、厄災ちゃーんとか呼ばれるのは嫌だよな。うーん」
 暫し考えた勇は、ポンと一つ手を叩く。
「じゃぁ夜の封印された花壇の人という事で頭文字をとって、よふかちゃんはどうだ!」
 カメラを構え、呼びかける。
「よふかちゃーん、返事しないならもっと変な名前つけちゃうよー」
 すると。
 カメラのファインダー越し、人影が写った。
 御柱を初めて目撃した時と同じように。
 少女はカメラ……勇に認識された瞬間、ふわりと実体化した。
『……それって、あたしの名前?』
 満面の笑みでもって詰め寄る少女。
 その姿形は御柱によく似ていた……似すぎていた。
『ね、あたしの名前?』
「え……と、あ〜」
 夜の封印された花壇の人、なんてのでいいのかなぁ?、言いよどむ勇の横でラルフが静かに微笑んだ。
「あなたがその名前を気に入ってくれたなら」
「いやいやいや、流石にそのセンスはどうかと思うぞ? 名前ってのは一生もんだしな」
 割って入った緋山 政敏(ひやま・まさとし)は、透けた少女をマジマジと見つめた。
 御柱に似ている。
 但しこちらは波打つ髪が黒いし、手足に緩く巻きついている蔓には幾つか白い花が咲いている、と言った違いがある。
 何より、わくわくしている表情が、少女を御柱より幼く見せていた。
「夜魅(ヨミ)ってのはどうだ」
 その期待に応えるように、政敏は言った。
「夜のような黒髪が魅力的、って事で」
「いいんじゃない? 政敏にしては良いセンス……とてもステキよ」
 カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)の言葉に、
『よみ……夜魅、夜魅ね』
 黒の少女……夜魅は噛み締めるように何度も何度もその言葉、自分の名前を繰り返した。
「何か少し、声がハッキリしてきてないか?」
「そうね。姿も……さっきまでより存在感が増してる気がするわ」
 とてもとても嬉しそうな夜魅を見、政敏とカチュアは囁きあった。
「お〜、すり抜けるすり抜ける」
 そんな夜魅に近づいたアリシアは、それでも実体がない……手がすり抜けるのを確認し、ヒラヒラと手を振った。
「ハァイ、毎晩毎晩此処で呻いてるのはあなた?」
『呻いてるって酷くない? 囚われの身のあたしとしては、精一杯助けを求めてたんだけど』
 可愛らしく頬を膨らませた少女に、アリシアはニッと唇の両端を吊り上げた。
「面白そうじゃないの。話、聞かせてくれる?」