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三つの試練 第一回 学園祭の星~フェスティバル・スター

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三つの試練 第一回 学園祭の星~フェスティバル・スター

リアクション

(ペルラと一緒に回れたら、もっと良かったんだけどなぁ)
 ミルトはそう思いつつ、手荷物のチェックも済ませ、さっそく薔薇のゲートをくぐった。
「ようこそ、薔薇の学舎へ! 今日は楽しんでいってくださいね」
「ありがとう! これ、なぁに?」
「このヒントを元に、校内を回って宝探ししてくださいね。参加賞もありますから」
「そうなんだ!」
 クライスに説明され、ミルトは興味津々だ。さっそく、校内案内図も兼ねたパンフレットをめくっている。
「あの……」
「どうぞ! ようこそ!」
 おずおずと声をかけられた相手にも、クライスは笑顔で応じた。
「ありがとう!」
 黒のピーコートに、太めのパンツ。やや大きいキャスケット帽を被った人物を、一瞬だけクライスはじっと見つめた。
「なな、なにかぁ!?」
 そう問うた声は、ひっくり返っていた。……女の子なのは、バレバレだ。
 変装と、タイミング良くウゲンが来たおかげで、直のチェックにはひっかからずに済んだらしい。
「いえ。ごゆっくり、楽しんでいってくださいね」
 しかし、クライスはそれ以上何も言わず、彼女にパンフレットを手渡した。
(よかったぁ、バレてなかった!)
 蒼空学園の白銀 司(しろがね・つかさ)は、そう内心でガッツポーズを決めた。
 普段はとても入れない薔薇の学舎、そこに入り込めるチャンスなんて、そうそうない。その上。
(もしかしたら、素敵なおじさまと運命の出会いがあるかもしれないし……えへへ、なんてね)
 早速パンフレットを開き、簡単な校内図を頭に入れる。屋台もあるし、研究発表もある。馬術部の発表というのも、なかなか大々的なようだ。
 それにしても。
「ホントに、男の人ばっかり……」
 なのに、むさ苦しくは見えないのは、校内を埋めつくさんばかりの薔薇の装飾のおかげもあるだろうか。良い香りが、一面に漂っている。それと、微かに屋台の美味しそうな匂い。
「さっそく、行ってみよー!」と、司が勢いよく歩き出した途端だった。
「わ、ぷ!」
 いきなり薔薇の学舎の生徒の背中にぶつかり、司は慌てて謝った。
「馬鹿野郎、気をつけろ!」
 どうしよう、怖い人だ! と司はたじろいでしまった。見た目もなんだか、薔薇学の生徒にしては不良っぽい感じだ。
「ご、ごめんなさい! わた、じゃない、僕……」
「お前……」
 黒江 ぬくぬく(くろえ・ぬくぬく)は彼女をじろりと上から下まで見つめた。かなり不躾な仕草ではある。しかも、先ほど黒江の背中に、胸のあたりをしっかりぶち当ててしまった自覚はある。
「その、さ、最近甘い物たくさん食べちゃって!お、お肉…が…」
 言い訳をしつつ、そういえば実際太ったかも……と思い出すにつけ、本気で司は凹んでしまった。どうやら、せっかく潜入は成功したが、ここまでらしい。しかし。
「どっから来た」
 ぶっきらぼうに尋ねられ、司はきょとんと目を丸くする。
「……蒼空学園、だけど……」
「そうか。まぁ、楽しんでいけよ。あと、お前、内股になってるぜ。……用心しとけ」
 黒江はあっさりそう言うと、彼女に背を向けた。
「もう少し紳士的になさったらどうです?」
 黒江の契約者である犬飼 シロ(いぬかい・しろ)が、そういさめたが「それならテメェがやれよ。さっきみてぇに」との返答に肩をすくめる。
 犬飼は紳士ではあるが、女性の相手は苦手なのだ。先ほどは男性相手だったからばこそ、道に迷ったらしき他校生を、お姫様抱っこで運んでやったのだが。
「すぐ恋人探しのほうに熱中しやがって」
「おや、心外です。今日は愛でるにとどめていますよ。薔薇の学舎の生徒として、紳士的に」
「どうだか」
 そう言い合っていると、やおら背後から「あの!」と司が二人を追いかけてきた。
「なんだよ」
「あの、良かったら一緒に周りませんか?わた、じゃなくて僕他校生だから土地勘がなくて」
 司は、黒江が見た目に反して優しく、自分を見逃してくれたのだと気づき、追いかけてきたのだ。
「わた…僕は白銀 司。キミたちは?」
「……黒江」
 黒江はそこで言葉を切った。正直な話、『ぬくぬく』という名前が恥ずかしいため、滅多なことでは名乗りたくないのだ。
「私は、犬飼と申します」
 犬飼はどうやら、紳士的に振る舞うという点において、彼女を拒絶することはしないらしい。
「えっと、よろしくお願いします!」
 こうして黒江と犬飼は、なんでか司の案内役にされてしまったのであった。


 校内が賑やかさを増していく中、目立たぬように大講堂周辺を歩く者たちがいた。
 瑞江 響(みずえ・ひびき)アイザック・スコット(あいざっく・すこっと)だ。
 彼らは、警備と称して見回りを続けながら、『シリウスの心』の探索を主に続けていた。
 【トレジャーセンス】を発動し、手ごたえのある箇所はしらみつぶしに見ていくことにしたが、あからさまに捜し物をしている風にはできない以上、なかなか時間はかかる。
 しかも、やれ忘れ物だ、やれ迷子だ、やれどこの屋台が長蛇の列だと、手を貸す場所が多すぎた。
「……ふぅ」
 盛況なのは良いことだが、やや疲れも感じ、響がため息をついた。
「少し休んだらどうだ。朝からずっとだろう」
「アイザック……」
 しかし、アイザックのねぎらいの言葉に、響は首を横に振る。
「いや。こうしている間にも、『シリウスの心』は校外に持ち去られるかもしれないんだ。休むわけには……」
 再び歩きだそうとする響の、武士道が故にややもすると頑なにもなりがちな背中に、アイザックは問いかけた。
「響は、イエニチェリになりたいのか?」
「……」
 響は足を止めた。しかし、振り返ることはしなかった。
 イエニチェリになりたいのか、どうか。それは自分でも、考えていたことだ。おそらく、『シリウスの心』を取り戻せば、その足がかりにはなるだろう。しかし、そのためにやっているのかといえば……。
「……俺は、薔薇の学舎に入学し、様々な事件や依頼をこなしてきた。己の力の限界を感じる事が、本当にたくさんあった」
 ぽつりぽつりと、響は語る。
「だから、力が欲しいのか?」
「それは、少し違う。……第一、イエニチェリに己が相応しいかどうかも、わからない」
 響はまた、一旦口を噤んだ。じっと背中を見つめるアイザックの視線を、痛いほどに感じている。一時よりは落ち着いたとはいえ、隣にいる彼は、いつだって激しい愛情を自分に向けていた。決して無理矢理に踏み込んでこようとはしないのは、彼の優しさだと響は理解している。
 そしてまた同時に、その愛情に、己がはっきりと答えることはできないということも。
 こんな風に、時折不意にこみあげる息苦しいような感情を振り払い、響はようやくアイザックに振り返ると、口を開いた。
「ただ、何もしない自分で居たくない。俺は、俺が何処まで出来るのか、知りたい」
 その結果がイエニチェリという立場であれば、受け入れる。そんな決意をこめて、彼はアイザックの赤い瞳を見つめた。
「……そうか。なら、俺様は全力でお前を助けよう」
 アイザックは、心からそう言った。
 彼に惚れている自分には、それしか道はない。……今は、相棒でいい。
 ただ、唯一無二の相棒になれれば、それで。
「ありがとう」
 響はそう答え、穏やかに微笑んだ。その唇を奪いたい衝動を堪え、アイザックもまた、微笑み返す。
(俺は…結局、アイザックが居ないと駄目なんだろうな…)
 しかしその言葉を、響は胸の内深くにしまい込んだ。