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三つの試練 第一回 学園祭の星~フェスティバル・スター

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三つの試練 第一回 学園祭の星~フェスティバル・スター

リアクション

「いらっしゃいませー!」
 サトゥルヌス・ルーンティア(さとぅぬるす・るーんてぃあ)は、笑顔で立ち寄る客を出迎えた。
 ここは、一般開放されている校舎の一室だ。
 サトゥルヌスを中心として、喫茶室を行っている。薔薇に飾られた、優雅なティールームだ。
 教室の入り口では、銭 白陰(せん・びゃくいん)が、育ちの良さそうな微笑みを浮かべつつ、会計係としてテーブルについている。ウェイターとして動き回るのが嫌だった、というのは、秘密だ。
「ここでは何をやってるんだ?」
 ひょいと顔をのぞかせたのは、久途 侘助(くず・わびすけ)香住 火藍(かすみ・からん)だった。いつもは和服姿の侘助も、今日は薔薇の学舎の生徒として、制服をきちんと着用している。
「いらっしゃいませ! あのね、ティールームをやってるんだよ」
「お席、ありますよ。ここで、チケットを買ってくださいね」
 白陰にのんびりした口調で進められ、侘助と火藍はメニューを覗き込んだ。
 メニューのアップルパイはチョコとキャラメル味の二種類、焼きたてのものにアイスクリームを添えてある。
 ミルクレープはノーマルな生クリームと、チョコレートクリーム、ストロベリークリームの三種類だ。
 甘いものが苦手な人のために、ミートパイも用意されている。飲み物は紅茶と、タシガンコーヒーだった。
「これは、迷うな……」
 楽しげに侘助は呟き、火藍を見やる。彼は、先ほどから微かに感じる不穏な空気を気にかけているのか、やや厳しい表情をして、廊下のほうを向いていた。そんな火藍に、侘助は肩をすくめる。
「生クリームのミルクレープと、アップルパイ。それに紅茶とコーヒーを」
「ありがとうございます〜」
 注文を済ませて、チケットを受け取ると、席へと案内される。まだ心ここにあらずといった風の火藍に、侘助はぼそりと言った。
「火藍、そんな厳つい表情してると皆怖がるぞ? ……気づかれるわけに、いかないんだからな」
「……そう、ですね」
 校内の気配は気になるものの、来校者の人々を不安がらせるわけにはいかない。それこそ、薔薇学の恥になってしまう。しかし、思い直したものの、まだ火藍はぎこちない表情だ。
「ただ単に楽しめばいいんだ。そうしたら皆に伝染するから」
 そう言って、侘助はにっこりと微笑む。実際、彼は火藍を連れてあちこちに顔をだし、学園祭を心から楽しんでいた。
「笑顔、ですか…それもそうですね、楽しむことも大事ですね」
 火藍もまた、口元を綻ばせた。
「僕も、そう思うな。はい、どうぞ」
 同意したのは、ミルクレープとミートパイ、それと飲み物を、さっそく運んできたサトゥルヌスだ。
「短剣のことは、僕も気になってるけど……僕は、僕のことを頑張らないとね」
「ああ。……お、こりゃ美味そうだ」
「ごゆっくり、どうぞ。あ、紅茶は、砂時計が落ちてからにしてね」
 微笑んで、サトゥルヌスはテーブルを離れた。
 早速、侘助がミルクレープを口にする。見た目も美しいが、その味も一品だ。
「ん、美味い。しっとりして、甘さ控えめで……。薔薇のケーキも美味かったけど、これも良いな」
「はいはい、食べながら喋らないでください」
 つい小言めいたことを口にしつつ、火藍は懐から取り出したハンカチを、侘助に差し出した。
「ん?」
「唇についてますよ」
「ありがとう、火藍」
 受け取り、侘助は唇を拭う。紅茶の葉が充分に広がったのを見てとり、火藍がゆっくりとカップに琥珀色の液体を注いだ。
「まだ、ロミオとジュリエットの時間まではあるだろ? んー、次はどこに行くかな。馬術部の発表も見たいし、黒薔薇の森研究もよさそうだ」
「全部見て回ろうとしたら、とても時間が足りませんよ」
 そう窘めつつも、心から楽しそうな侘助の表情に、自然と火藍も微笑みを深くした。
 その間にも、サトゥルヌスは、ティールームを忙しく働いていた。
 サトゥルヌスの料理の腕は、中華や和食、フレンチに関してはプロ級だが、お菓子に関しても例外ではない。現に、口こみもあり、ティールームは大盛況だったのだ。
 そして、あちこちで「美味しい!」という声があがり、満足げな顔を見るたびに、サトゥルヌスもまた、嬉しくなった。頑張ってよかったと、そう思う。
「サトゥルヌスさん、サトゥルヌスさん! アップルパイ、焼けましたですよ!」
 オーブンや調理器具一式を運び込み、キッチンにしてしまった隣の教室から、にこにことナイト・フェイクドール(ないと・ふぇいくどーる)が呼びに来た。いつものように、宝物である兎のぬいぐるみのリルゥを抱いている。
「ありがとう、ナイト」
「どういたしましてなのです!」
 ご機嫌で、ナイトの両の犬耳はピンと立ち上がり、尻尾はちぎれんばかりに振られていた。
 甘いものが大好きな彼は、こうして甘い匂いにかこまれているだけでも幸せらしい。
 その笑顔は、ティールームの人々が浮かべているものと、同じだった。
「美味しいね。ね、ファティマ」
 暖かいアップルパイを口にして、九条 イチル(くじょう・いちる)は穏やかに微笑んだ。
 幼い頃から病弱で、あまり外出もできなかったため、今こうして感じるものはひとつひとつ、なにもかもが新鮮な驚きに満ちている。イルミンスールの生徒だが、こうして学園祭に来たのも、「生徒たちが作り上げるお祭り」というものに憧れがあったからだ。
 想像に違わず、入り口のアーチもとても美しかったし、校内にも中庭にも、薔薇が咲き乱れている。建物も、ジェイダスの出身地ということもあり、オリエンタルなタイルや柱のデザインが物珍しかった。
 そして、なによりも……。
「ファティマは、次はどこに行きたい?」
 入り口でもらったパンフレットを広げ、正面に座るファティマ・ツァイセル(ふぁてぃま・つぁいせる)にイチルは尋ねた。
「どこでも。イチルが行きたいところなら、いいよ」
 ファティマは、青い瞳を笑みに細めて、優しく答える。
 その心遣いは嬉しいが、イチルにとっては少しだけ不満だ。
 彼はいつも自分気づかってくれる上、よく笑顔も浮かべているけれども、イチルにはそれが心からの笑顔に感じられない。
 もっと、心からの笑顔を見せて欲しい。なによりそのために、イチルはここへ来たのだ。
(俺はもっと、君のことが知りたいんだよ、ファティマ)
 心の中で、イチルはそう、そっと呟いた。
「……イチル」
「あ。な、なに?」
 突然名前を呼ばれ、イチルははっとして瞬きをする。
「なんだか、薔薇学の生徒たちは、捜し物をしているようだね」
「そうかな? あ、多分、俺たちみたいに宝探しをしてるんじゃないかな」
 先ほど謎は解いて、ひとつめのチェックポイントで、青い薔薇を手にいれてきたばかりだ。
「そうだ。多分次の場所は、ちょうど馬術部が演技発表してるみたいだよ。行ってみたいな」
 ファティマが馬が好きかどうかはわからなかったが、自分も興味があり、イチルはそう提案してみる。
「いいよ」
 ファティマは頷いた。ただ、イチルが一番見たがっていたのは、たしか舞台のはずだ。その開演時間の少し前には、大講堂に向かうように気をつけないと……と、思う。
 薔薇学の生徒たちの動きは、多少感づいていたものの、こちらに危害が無いのならば放っておくことにする。
 ファティマにとって大切なのは、なにより目の前の儚げな少年の他にないのだから。