リアクション
(・格納庫) * * * 「イコン……これは全部動くのでしょうか?」 杵島 一哉(きしま・かずや)はプラントの制御室に向かう途中の格納庫らしい空間で、イコンを調べようとしていた。 敵は通路を直進し、制御室に向かっている。ここを調べる分には襲撃される心配もないだろう。 「一哉さん、まだここでは危険です。下へ行ける場所を探しましょう」 アリヤ・ユースト(ありや・ゆーすと)に促され、イコンの足下の方を目指していく。吹き抜けで、柵も気持ち程度のものでしかないため、ここで戦いに巻き込まれたら厄介だ。 アリヤと同じく、古代魔装 『アイジス』(こだいまそう・あいじす)も周囲の警戒に当たる。まだ彼女は一哉に装着されているわけではないため、自由に行動が出来ていた。 イコン自体は彼の所属する教導団でも、試作機が最近完成したとかしないとか噂が立っている。とはいえ、イコンそのものを彼は調べたことがない。天御柱学院にある機体と同型、しかも五千年前の状態で保存されているそれらは、調べるにはもってこいのものだ。 「リアン、何か分かりそうですか?」 空白の書 『リアン』(くうはくのしょ・りあん)に彼は尋ねる。 「なぜこれほどまでに完全な状態が維持されているのか……どうにも検討がつかんな。遺跡ならば、普通もっと朽ちているものだろう」 五千年ぶりに稼動したのならば、たしかに不自然だ。 とはいえ、それが分かれば苦労しないのだが。鍵があるとすれば、おそらくは制御室だろう。このプラントの情報をどこかから引き出せれば、解明の糸口が見つかるかもしれない。 ここのイコンを調べようとしているのは、何も一哉達だけではない。 朝野 未沙(あさの・みさ)、朝野 未羅(あさの・みら)、朝野 未那(あさの・みな)ら三姉妹とティナ・ホフマン(てぃな・ほふまん)だ。 「ここが格納庫なら、実際に製造しているのはどこかな?」 途中までの道は、工場というよりは研究施設のようになっていた。おそらく、無線であったように基地機能も有しているのだろう。 ここまでに通ってきた通路は基地スペースであり、電気供給がストップし開かなくなっていた扉の中は個室だろう。工場としての機能は、どうやら格納庫の壁沿いに辿っていけば、道は開けそうだ。 「ここから下に行けそうなの」 壁際にあった階段を下り、イコンを見上げる形になる。彼女達としては、ぜひともこの機にイコンを調べたいものだが、それよりも製造機構がどうなっているのかを調べるのが先決だ。 おそらく彼女達の技術知識をもってすれば、そちらの方はある程度理解出来るだろう。 内部のシステム管理を行ってる制御室制圧は先遣隊の他のメンバーが行っている。ただ、そこだけでこれだけの設備の全てをまかなっているようには思えない。 制御室からのコントロールがなくなっても、直接装置を操作出来るようにはなっているはずだ。 「きっとこの先が製造所ですぅ」 未那が地面に軌道があるのを発見した。これを辿れば、実際に作っている現場に到着するだろう。 だが、問題が発生した。 「シャッターが閉まってる……ここは開かないのかな?」 格納庫への扉の電源は生きていた。だとすれば、ここも同じように開けられるかもしれない。 「こっちに小さい扉があるの」 未羅に指摘された方に近付くと、人間が通る通常サイズの扉がある。そこにも電子式のロックがかかっているようだ。 「壊そうとしたら、防衛システムが起動しそうだね。ここも、情報を読み取れないものかな?」 パスワードを解析しなければ先へは進めない。 「プロテクトなら、わらわに任せて頂戴」 ティナがパネルを操作する。ロックを解除するためのパスワードを、未沙がアクセスしているPASDのコンピューターと連動させて導き出す。 「破れたわ……いえ、二重にプロテクトがかかってる? 本当に厳重なのね」 それはまるで、自分達がこの施設を使うに値するのかを試されているかのようだった。 「出来たわ。これでよし、と」 解析し終え、扉のロックを外す。 その先で彼女達が見たのは、文字通りの「工場」だった。だが、暗闇のせいで全貌は明らかにならない。特に光源になりそうなものは持っていないのだ。 「どこかに照明のスイッチか何か、ないかな?」 せめて明かりがあれば、と思い周囲を探す。 配電盤のようなものが見つかった。だが、こちらは電気が供給されていないようだ。 「故障、ではないと思いますぅ」 それを調べてみるが、中の配線が切れているというわけでもない。ブレーカーが落ちているのだろう。そしてそれは、制御室で管理されていると考えられる。 データ分析は電気が完全復活してからやるとして、ひとまずは実際にこの中がどうなっているのかを手探りで調べるのが良さそうだ。 未沙達がロックを破った後、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)達もこの工場領域に足を踏み入れた。 もっとも、彼らは未沙達とは別ルートを辿ってきたため、吹き抜けの通路からそこを眺める形になっていたのだが。 「さっきのが格納庫で、ここがプラントの根幹か」 とはいえ通路は途中で途切れており、どこかで足場を操作しない限りはこれ以上先には進めないようだ。 「すっごい、ここでイコンを造ってたんだ!」 クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が目を輝かせている。暗いためによくは見えないものの、その広さは感じ取れているようだ。 彼はビデオカメラで内部の様子を撮影している。この時代ともなると、カメラにナイトビジョンが標準搭載されているらしい。それで撮影した映像を、HCと携帯電話を介して本部へと転送する。PASD用の高性能通信機があるからこそなせる業である。 逆にいえば、このような未知なるものを調査する役目を担っている機関であがために最先端技術を使用出来ているのかもれない。 「気になるのは、これだけの施設が――五千年前もそうだったけど、なぜ表沙汰になっていなかったのか、だね。規模が規模だから地下にあることは不思議じゃないとはいえ、古王国時代の技術を超えているようにも感じるよ」 メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が言う。古王国時代を知る彼ではあるが、何か引っ掛かりを覚えているようだ。 そもそも、機晶姫や剣の花嫁を造ることが出来るのに、あえて「地球人とパラミタ人」の両方が必要な兵器を、なぜ運用していたのか。 シャンバラに学校が建設されて五年、それまで明るみに出なかったことを考えても、イコンは五千年前の大戦中の主力兵器ではなかったはずだ。 「判断するにはもう少し情報が欲しいところですが、ほとんど手掛かりがありませんね」 エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が嘆息する。 これまで、五千年前の遺跡はいくつも見てきたが、ここまで資料の一つも見つからないのは珍しい。 「電力供給は部分的にはされているようだし、この施設が『生きている』のは間違いない。やっぱり、全てのカギは一番深い所にあるんじゃないか?」 彼なりに、この工場までを含めた新しいマッピングデータを作り、それを送信する。 「制御室への道が示されているんだ。さっきの黒い連中もおそらく、それを知っている。ただ、セキュリティを突破するだけの能力は持っていない。だから俺らシャンバラ勢が破るのを待っていて、そのタイミングで一気に狙ってきた」 その後、敵を撒く意味もあって二手に分かれた。そのうちの一方が彼らというわけだ。 「とにかく、ここの映像は押さえたから、あとはもう一度合流して、制御室を探した方が良さそうだぜ」 残念ながら、この格納庫と工場エリアは広く、まだ全容が掴めていないために、制御室発見の報せが入ってこない。 そのため、彼らは情報を探しながらも、敵に先手を取られないよう先を急いだ。 * * * 「イコンがこれだけ残されているとは、驚きですね」 ランツェレット・ハンマーシュミット(らんつぇれっと・はんまーしゅみっと)は格納庫の中を進んでいた。もっとも、彼女達はイコンを調べるというより、情報を集めようと辺りを調査している。 そのため、工場エリアの方にはまだ足を踏み入れていない。 「……誰か来るわ」 ティーレ・セイラギエン(てぃーれ・せいらぎえん)が超感覚を用いて、物音を察知する。 「イコンが稼動した……なんてことはありませんよね」 いっそ乗り込んでどうなっているか調べたいところだが、それはまだ無理そうだ。 「姉さん、上!」 その姿に気付いたシャロット・マリス(しゃろっと・まりす)が、咄嗟に轟雷閃を放つ。敵兵の一人が、ここまで来たのだ。 イコンの上に飛び乗った敵に対し、ミーレス・カッツェン(みーれす・かっつぇん)が星輝銃での攻撃を行う。 だが、それをかわし、イコンの表面を走ってくる。 「イコンを傷つけるわけにはいきませんのに」 ダークビジョンで、ランツェレットには敵の位置が分かっている。 「シャロット、お願い」 そのため、シャロットに指示を出し、敵に対して攻撃を繰り出してもらう。 ナイフに対し、こちらは高周波ブレードだ。リーチも異なるため、敵は間合いまで入って来れない。 かと思いきや…… 「く――っ!」 もう一本、服の中からナイフを抜き放ち、シャロットの刃を弾く。その隙に、一気に入り込んでくる。 その敵に対し、ティーレが鬼眼で怯ませた。 「少し、眠っていただけますか?」 ランツェレットがヒプノシスで敵を眠らせようとする。だが、眠りに耐性があるらしく、一発では眠らない。 そのため、シャロットが引きつけている間に、背後から殴って気絶させた。 「たしか、連絡では自爆するってありましたから……」 捕虜になったり、情報が漏れそうになったら命を絶つように命じられているのだろう。しかし、気になるのは、なぜこの兵士達が皆その通りの行動をするのかだ。 死を恐れない、というのとは根本的なものが異なるような気がする。 「今のうちに調べておきましょう」 とりあえず、ロープで縛り付けておく。その上で、敵のヘルメットを脱がせる。 「……普通の人間のようですが、なんでしょうかこの違和感は?」 なんのことはない、見た目は普通の人間だ。 気になるのは、頭髪どころか眉毛も髭もなく、どことなくのっぺりとした顔つきだということだ。 目、鼻、口とちゃんと備わっているはずなのに、「のっぺらぼう」を見ているかのような感じだ。 その瞬間、ぱち、と大きく目を見開いた。 「――!」 咄嗟に、兵士から離れる。そしてやはりというべきか、自爆した。 死体は木っ端微塵になり、もはや確認は取れない。 「姉さん、大丈夫?」 「ええ、なんとか」 なんとか避けることが出来たものの、危うく巻き添えを食うところだった。 立ち上がり、歩き出そうとする。すると、彼女の前にカーン、と音を立てて丸い何かが落ちてきた。 それは、先程の敵兵が被っていたの同じヘルメットだった。おそらく、上で戦っていた誰かがはね飛ばしたのだろう。 その中には、元の持ち主の頭部も入っているようだ。首から血が流れ出している。 「一応、顔を確認……」 おそるおそる、ヘルメットを脱がせていく。 そしてその顔を見た瞬間、ランツェレットは戦慄した。 「さっきの人と同じ顔……っ!」 ついさっき、目の前で爆発した人間と同じものが、そこにはあった。 |
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