リアクション
〇 〇 〇 掃除が進められる中、早めに切り上げて、調査に乗り出す者もいた。 魔法考古学者であり、イルミンスールで講師も行っているグレイス・マラリィンと教え子、そして儀式魔術学科の講師であるアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)だ。 「魔術師が拠点とする場所には、大体なんらかの『意味』があるものだ」 アルツールは、中に眠っている資料よりも、まず建物や立地に興味を持つ。 「資料は冒険者や盗賊に盗まれてしまってはいても、場所や建物の構造は盗めんしな……」 周囲を回り、空飛ぶ箒で建物の上から周辺を含めて眺めてみたり。 作成された見取り図も自分の手帳に写し取ってある。 「軍事的な拠点、研究施設、儀式に使われた神殿……その何れでもないように見えるな」 大きな地形の変化がないのなら、渓谷のすぐ側であるここは、人が住みやすい場所とはとても言えない。 砦が必要な場所でもない。 民家と変わらない建物であることから、神殿として使われていたとも考えにくい。 ただ、細い川の終着点……下界に近い場所であることから、もしかしたら遠い昔も、地球との交信の場所として使われていたのかもしれない。 そんな見解の述べながら、グレイス達と共に続いて中の――地下室の調査へと移ることにする。 「俺からいこう」 掃除道具を持って調査メンバー達は地下へと降りることにする。契約者であり、教師でもあるアルツールが先頭を、グレイスが最後に下りることとなった。 アルツールの後に、ナナ・ノルデン(なな・のるでん)とパートナーのズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)が続き、隙間から体の小さなセプテム・ミッテ(せぷてむ・みって)が羽を羽ばたかせながら下りていく。 その後に、魔法考古学研究部員の高月 芳樹(たかつき・よしき)と、パートナーのアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)、伯道上人著 『金烏玉兎集』(はくどうしょうにんちょ・きんうぎょくとしゅう)、マリル・システルース(まりる・しすてるーす)が続いていく。 「くらいね、くらいね〜。なにかあるかな、あるかな〜♪」 「地上の部屋にも罠がありましたから。動き回ったら危険ですよ」 セプテムはきょろきょろ辺りを見回して、飛びまわろうとするが、すぐにナナに止められる。 「ここにも変な反応はないみたいだね。温泉の方は反応でまくりのような気もするけど。混浴問題で」 ディテクトエビルで周囲を探っていたズィーベンがそんな事を言いながら見回す。 中はとても暗かった。 「明かり、点けますね」 両先生に確認をとった後、ナナは光精の指輪を使って、辺りを照らした。 報告を得ていた通り、そこは作業場のような場所だった。 すぐに、足跡など、最近踏み入った者がいるかどうかの確認をする。 閉ざされていたこともあり、埃なども多くは無い。 足跡のようなものも、特には見当たらなかった。 「なかみはいってないかな〜」 ナナからあまり離れることなく、セプテムは部屋の中の物を覗き込んでいく。 触ってみたい衝動に駆られるが、ぐっと抑えて覗くだけで我慢をする。 木箱やケースの中には、珍しくはない錆びた工具や、縄や防寒具が入っている。 「ふるいふるーい、ものばかり」 棚に、台、椅子、そして大きな釜。 セプテムは羽を羽ばたかせて、一番見やすい位置から中を覗いていく。 その他にも、実験器具と思われるものが、棚の中に置かれている。 「きらきらぴかぴかはなさそうかな? よごれをおとせばつかえるのかな〜?」 セプテムは小首をうーんと傾げている。 「地上部分に比べて状態はいいみたいだけれど……やっぱりめぼしい物は持っていかれた後みたいだね」 グレイスは器具や釜の中に指を入れて、付着物を確かめてみたり、薬品が残っていないか調べていく。 「物があったと思われる場所の汚れ具合からも、最近もっていかれてたわけではなさそうです」 ナナは棚の汚れ具合からそう判断する。 多少書物も残っており、その1つを慎重に手にとって、そっと開いてみる。 「……手書きの研究ノートか何かだとおもいますが、薄れていて読めないですね」 その他の本も開いてみるが、同じような状態だった。 「しかしこれはなかなか興味深い」 アルツールも部屋の中を調べながら、ここでどのような作業が行われていたのか分析していく。 「入り口は1つのようだが、通気孔は十分設けられているようだ。機材や釜などから察するに、魔法薬の製造が行われていたのだろう」 しかし、規模からして製造して量産することが目的なわけではなさそうだ。 大掛かりな機材を運びにくい場所であることからも、研究所として使われていたわけでもないだろう。 魔法薬は仲間内で使うためのものとして作られていたのだろうか。 コンコン 「他に部屋はなさそうかな」 ズィーベンは部屋を回って壁や床を叩いてみるが、隠し部屋などの存在は感じられなかった。 床には絨毯なども敷かれて折らず、魔術的な紋様も描かれていたりもしなかった。 「掃除する前に、この状態をメモしておくね」 一通り確認した後、ズィーベンは羊皮紙に部屋の中の状態を細かく記していく。 グレイスがゴミのように散乱している木片や小さな金属板に目を留める。 「特に使い道のなさそうな木材や金属が結構あるよなぁ。魔法の付与などの作業も行われていたのかも」 「では、その木材や金属はどなたか魔法の感知が出来る方に見ていただいた方が良さそうですね」 「数と形、1つ1つメモしておくよー」 ナナが意見し、ズィーベンが紙に記していく。 残されているもので判ることといえば、その程度だった。 「この施設はどのような理由で放棄されたんだろうか? 造りは頑丈そうだが」 読めない本を見繰りながら、芳樹が疑問の声を上げた。 「上の様子からして、人がいなくなってから、随分経っているみたいね。数十年どころじゃなさそう」 アメリアが建物の状態などを調べながらそう答える。 「資料はどうするのじゃ? テントでの保管はいささか不安じゃのう。近くに盗賊のアジトがあるという噂もあるしの」 玉兎は、本や木材、金属など調べる必要があるものを、部屋の中の空き箱の中に集めていく。 「保管する場所を決めた方がいいわよね」 アメリアも玉兎を手伝い、散乱している板などを拾って、箱に入れる。 「専門分野ではないので、理解は出来ませんけれど……」 マリルは本を一冊手にとって目を通した後、グレイスに目を向ける。 「多少、読むことは出来ると思いますので、必要でしたら手伝います」 「ありがとう。翻訳する手間が省けたら助かるよ」 グレイスはそう答えて、自分が拾った金属板も玉兎の箱の中に入れた。 「私達が使った魔法陣のドアのような仕掛けもありませんし……。でも何かひっかかりを、覚えるわ……」 マリルが眉を潜めながら部屋の中を見回す。 「資料を移動してから、もっと本格的に調べてみると良さそうじゃの」 箱を持ち上げながら、玉兎がそう言う。 「そうね。リーアさんにも来ていただきましょう」 「では、掃除を始めましょうか」 ナナが持って下りた掃除道具を手にする。 「おそうじ、おそうじ〜♪」 セプテムはハタキを両手で持ち上げて、棚の上から掃除していく。 楽しそうな彼女に、マリルが優しい目を向けていた。 そのマリルに、芳樹は穏やかな目を向けた後、グレイスの方へと近づく。 「契約を考えているとのことですが。合宿のメンバーの中にもいるかもしれないですよ。イルミンスール生に限らず」 芳樹は、イルミンスールの生徒に限らず、広い視点でグレイスに選んでもらいたいと思っていた。 自分がこれまでに、3人のパートナーと共に歩むことを決めたように。 彼が自分の一生を共にする相手と接して、きちんと選ぶことが出来れば素敵だと思うのだった。 地球とインターネットが繋がれば、ネット契約という手もあるのだけれど……。 実際に会ってからにして欲しいという思いもあった。 「うん、ありがとう。焦らずに決めたいと思ってる」 返答に頷いた後、芳樹は再び部屋に目を向ける。 「さて……綺麗に磨いたら、再利用が出来るかな。いや、そのためには合宿期間通して、かなり手を入れる必要がありそうだ」 この部屋は兎も角、上の様子を思い浮かべて芳樹は軽く苦笑いした。 |
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