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薄闇の温泉合宿(第2回/全3回)

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薄闇の温泉合宿(第2回/全3回)

リアクション

「味見は一応しました。お口に合うかどうかはわかりませんが……」
 関谷 未憂(せきや・みゆう)は、パンケーキをゼスタに差し出した。
 伝説の果実の皮を剥いて蜂蜜とレモン汁でコンポートにしたものと、生クリームが添えてある。
 誕生日だというゼスタに、年齢を尋ねる者もいたが彼は「忘れた〜」としか答えなかった。
 未憂はもしかしたら彼は長い時を生きている、思慮深い人なのかもしれないと少し思い始めていた。
 湯着のことからも、軽薄そうに見えるけれど、自分が思っているより、色々考えてくれている人だと。少しだけ、彼に対しての感情が変わってきていた。
「こちらも良かったらどうぞ」
 それから、伝説の果実の場所までの地図と今回作ったデザートのレシピをゼスタに差し出す。
「コンポートの方は、甘さが足りないようなら、砂糖か蜂蜜のお好みの方を増やすと良いと思います」
「さんきゅー。未憂チャンらしいプレゼントだな、活用させてもらう」
 くすりと笑いながらそれらを受け取り、早速ゼスタはパンケーキを食べて「美味い、甘さも丁度良い」と、未憂に微笑みかける。
 そんな顔は屈託無い子供の笑顔のようにも見えた。
「もう何百回目か、もしかしたら何千回目かの誕生日おめでとうございます。次のお誕生日まで、健康でよい日々でありますよう」
 そう、未憂もゼスタに微笑みかけた。
「ん、ありがと。けど俺そんなに年寄りじゃないぞ? 未憂チャンより生きてると思うが、何倍も生きてはないと思うぜ。どう? そのヘンのこと、温泉でじっくり語り合ってみる?」
「……遠慮しておきます……」
 まっすぐな未憂には、ゼスタはなんだかやっぱりよく解らない人だ。
「薔薇学せんせー! あたしのお菓子も食べてみてー」
 未憂より少し遅れて、菓子を完成させたリン・リーファ(りん・りーふぁ)が駆けてくる。
 自分の分は未憂に提供してしまったけれど、沢山あまっていた皮だけを使って、細かく刻んで生地に混ぜ、焼き菓子を作ったのだ。
「はい、あーん?」
 リンはそのクッキーのようなものをゼスタの口の方へと持っていく。
「あーん」
 ゼスタが口を開けて、リンのクッキーを待つ。
 リンは一瞬、彼の口の中にある鋭い牙に目を奪われる。
 噛まれたら痛そうだなぁと。
「ん? 苦味があるな」
「皮を入れたんだよ。実は入れてないけどー。伝説の果実っていうからには、実だけじゃなくて、皮も美味しいかなって思って!」
「皮も美味しく食う方法はあると思うが、そのまま入れて混ぜるのはどうなんだろ? 調理についてはよくわかんねーけどな」
「うーん……?」
「けど、リンチャンの料理はきっと何でも美味いだろうなー。いつでもご馳走つきだから」
 言って、ゼスタは自分に差し出していたリンの手をとって、再び口の方に引っ張る。
「うん?」
 リンはきょとんとした表情でゼスタを見る。
「リン……!」
 なんだか危険を感じて、未憂が手を伸ばしてリンを引っ張った。
「……ろりこん……?」
 ぽつりと、プリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)が呟く。
 それから、ゼスタの服の袖を引っ張ってこそっと小さな声で聞いてみる。
 ゼスタは先日、リンとプリムのことをちょっと好みだと言っていた。そして、今の行動……。
「……『好み』、は……女の子として? ……スイーツとして? ……」
 プリムは真剣な目でゼスタを見詰める。
「両方。側に置いておきたいぜ」
 ゼスタが手を、プリムの頬に添えた……。
 途端。
「プリムもこっちにっ」
 未憂が急いでプリムを引き寄せて、不信感あふれる目でゼスタを見る。
「不用意に近づかない方が良いかもしれません……」
 未憂の言葉に、プリムはこくりと頷く。
「……しゅみ、色々だし」
 彼の答えについては、そっと胸にしまっておき、なるべく近づかないようにしようとプリムは思うのだった。
「今度はあたしも実で何か作ろうかなー。うーん」
 逆にリンの方は、もう1個クッキーを口に運んであげたら……あのまま、ゼスタに引っ張られていたら、どうなるのだろう。ずっと側にいたら、何があるんだろうと、少し興味を持ってしまっていた。
「先日はご迷惑おかけしました。味見どうぞ」
 続いて、ゼスタの元にエマが歩み寄る。後ろから、ロールケーキを乗せた皿を手に、目をきらきら輝かせている授受も付いてきている。
 先にゼスタに味見してもらうとエマと約束してあったので、授受は近くの席に座って、ゼスタが食べるのを待つことにする。
「伝説の果実入りロールケーキか〜。生クリームと結構合うみたいだよな」
 ゼスタはフォークを使わずに、手づかみでロールケーキを口に運んで、一口で食べた。
「うん、最高ー。果実の酸味が、生クリームの甘さを引き立ててるぜ」
 とても嬉しそうな顔をするゼスタを見て、エマはほっと息をついた。
 それから授受の隣に腰掛け、談笑に混ざることにする。
「わっ。ほんと、凄い美味しい! エマ最高!」
 ロールケーキを食べた授受は幸せそうな笑顔を浮かべる。
 伝説の効果のことなど忘れ、夢中になって食べる授受に微笑みを向けた後、エマはポケットの中から取り出したものを、ゼスタへ差し出した。
「お誕生日なんですよね? おめでとうございます」
 両手でゼスタに差し出したのは、ヘアピンだった。
 彼はいつも髪飾りをつけているので、こういうものも好むだろうと思って。
「おお、サンキュー。使わせてもらうぜ!」
 ゼスタは喜んで、エマからのプレゼントを受け取った。
「こっちのスイーツも美味いぜ。けど、食べ過ぎて倒れんなよ。倒れた女の子は医務室じゃなくて、俺らの寝床で夜通し看病してやるけどなー」
 言いながら、ゼスタは味見を終えたスイーツを、エマと授受、それから少女達に勧めていく。
「もぐもぐ……ね、ゼスタせんせー、後で剣の演習に付き合ってよ」
 お菓子を頬張りながら、授受が言う。
「いいけど、君の細腕じゃ俺の剣受けられないと思うぜ。覚悟しておけよ、イロイロと」
 にやりとゼスタは笑みを浮かべる。
「甘く見ないでよね。果実を食べかたらきっと1UPしたし、負けないんだから!」
 授受はぐぐっと拳を握り締める。
「無茶はしないでくださいね〜もぐもぐ」
 エマもスイーツを食べながら幸せそうに微笑む。
 その頬には、ちょんと生クリームがついている。
「スイーツ盛りだくさん、合宿サイコー」
 そんな彼女達の可愛らしい姿を、ゼスタは茶を飲みながら満足げに眺めていた。
「こっちもどうぞ」
 秋月 葵(あきづき・あおい)がゼスタに差し出したのはパウンドケーキだ。
 伝説の果実を細かく切り、付近で取れた果物をドライフルーツにしたものも一緒に混ぜて作った。
「お茶のお代わりもありますよ」
 エレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)は、ティーポットを持ち、席を回っていた。
「ありがと、入れて入れて」
 ゼスタは紅茶を飲み干してカップを空にし、エレンディラに今度はダージリンティーを注いでもらう。
「丁度飲み頃ですが、他の方もいかがですか?」
 エレンディラは紅茶を注いで回りながら――西側の契約者に少しだけ注意を払っていく。
 情勢が不穏になりつつあることを、葵は気にしていないようだけれど。
 だからこそ、自分が用心しておく必要があるだろうから。
(ロイヤルガードの方々はこちらに来てはいないようですね。捕虜と取引などしていないといいのですが……)
 現在のところ、ユリアナ以外には、東シャンバラの契約者が交代で監視を行っているため、西のロイヤルガードのメンバーが単身で近づくことは出来ないはずだけれど。
 少し、気になってしまう。
「うん、美味いよ。けど、こういう菓子は日を置くと、より美味くなるんだよな」
 ゼスタのそんな感想に、葵は日持ちするように作って、またご馳走すると約束する。
「ところで、ゼスタさんは、神楽崎優子副団長とどんな経緯で契約したの?」
 葵は白百合団員としても、ロイヤルガードのメンバーとしても、優子の指揮下で行動することがあるのだけれど……。
 厳しい雰囲気の優子には、以前から苦手意識を持っていた。
 しかも、最近優子はますます近寄りがたい、硬く厳しい雰囲気を放っているのだ。
 対してゼスタの方は、内心はともかくゆるくフレンドリーな印象であり、こういった質問も気兼ねなく聞くことが出来ていた。
「ジェイダスからの紹介。ヴァイシャリー家から薔薇学に話が来たらしい」
「そうなんだ……。優子副団長、最近ぴりぴりしてるよね? ずっとあんなカンジ? ……やっぱり、色々辛いのかな」
「そうでもないぞ。結構談笑なんかもしてるし。確かに仕事の時は厳しい印象だけど、俺はその最近の神楽崎しか知らないからなー。アレナとはどんな風に過ごしてたんだろうな」
 突然出たアレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)の名に、葵の表情が沈む。
「葵ちゃん、こっちに座って私達もいただきましょう」
 すぐにエレンディラが葵に声をかける。
「うん」
 葵は少し寂しげな笑顔を見せて、空いている席に、エレンディラと並んで腰掛けた。
「こちらもどうぞ。それとも、甘いものばかりで飽きちゃいました?」
 歩がパフェをゼスタの前に置く。
「食う食う! 伝説の果実、そのままの味も楽しめていいな、これ」
 歩が作ったパフェに対して、そう感想を言った後、ゼスタは果実に生クリームを沢山つけて食べていく。
「あの……あたしも聞いてもいいですか?」
 歩は嬉しそうにスイーツを食べるゼスタに、僅かに安心感を覚えながら聞いてみる。
 なんとなく……彼には怖いという印象があった。
 多分、それは間違っていなくて、彼は怖い、人なんだと思う。
 だけれど、だからといって、距離を置くのは……なんだか違うと歩は思ったから。
 彼を知りたいと思った。
「ゼスタさんは優子さんのどこが好きなんです?」
「……何で?」
 パフェを食べながら、ゼスタは聞き返してきた。
「あの……んーと」
 歩は少し考えながら、質問した理由を話していく。
「恋愛的な意味とかではなくていいんですけど、何となくゼスタさんはこういうこと進んでやる人じゃないんじゃないかなぁって思ったので。優子さんのパートナーだから、やってるのかなって」
「いや、この契約者の合宿を任された件に関しては特に神楽崎は関係ない。どちらかというと神楽崎の方が俺のサポート。どこが好きかって……そりゃ、出世しそうなところだろ。けど、早死にしそうでもうあるんだよな」
 特に表情を変えずにゼスタはそう言った。冗談ではなく、真面目にそう思っているかのようだった。
「あたしは優子さん好きですよー」
 歩はそう言った後、ちょっと眉を寄せて言葉を続けていく。
「……ただ、百合園生の優等生の人皆に結構言えるんですけど、自己犠牲の気持ちが強すぎたりする人多いかなぁ。だから、ほっとけないって人が多いんでしょうね」
 それから紅茶を飲んでいるゼスタに目を向ける。
「……でも、ゼスタさんはそういう感じじゃないかな。どっちかって言うと、そう言うのを変えさせようとするのかな?」
「好きにすればいいと思うぜ? 自己犠牲でもなんでも、自分がそうしたいなら。ただ、神楽崎に死なれたら俺もただじゃ済まされないから、ヤツが身を挺しそうになった時には、どんな状況であろうが、何を犠牲にしようが無理やりにでも掻っ攫うつもりだけどな」
「そうですか……」
 彼の言葉通りならば。
 ゼスタは、優子に『好き』という『感情』を抱いていないのかな、と歩は思う。
 彼は『自分』のことが好きだから、パートナーの優子に出世してもらいたいし、死んではもらいたくないのかな、と。
(やっぱり……怖い、人……ううん、解らない、人)
 彼は歩にとって『仲間』だ。
 仲間のことを怖いなどと、感じてしまっていることが嫌だった。
 怖いと思っているのに、都合のいい時だけ頼りにするなんて、最低だと思っていた。
 だけどどうなんだろう。
 彼にとって、私達は、優子は……『仲間』なのだろうか。
「うーん……」
 戸惑う歩を、巡はちょっと離れた位置で、スイーツを食べながら見守っていた。
「歩ねーちゃんはイケメンにーちゃんたちのこと好きなのに、ゼスタにーちゃんのこと苦手みたいなんだよな……。確かに色々考えありそうな人だけど、歩ねーちゃんはそんなとこまでこだわらないと思ってたのになぁ」
 じっと2人を見ながら、巡は不思議に思う。
「どうした? ちと話が暗かったか? 俺のことがもっと知りたいのなら、夜這いに来てくれてもいいんだぜ〜。俺は歩チャンのこと好きだし、全てが知りたいぞ」
 にやりとゼスタが歩に笑いかける。
「……優子さんに言いつけますよ」
 歩もくすりと笑みを返す。
 悪い人ではないと、思いたかった。