リアクション
○ ○ ○ 賊と一緒に捕らえられた魔道書の青年を見た途端、ライナ・クラッキル(らいな・くらっきる)は酷く怯え出して帰りたいと言い出した。 だけれど、ミルミ・ルリマーレン(みるみ・るりまーれん)が桜谷 鈴子(さくらたに・すずこ)に連絡を入れようとした途端、やっぱり帰らないとライナは言う。 鈴子に迷惑をかけたくないようだった。 「ちょっと……きもちがわるいの。みんなのいるところでやすんでたい」 震えながらそう言うライナを、ミルミは医務室に連れて行った。 「……ライナちゃん、何か食べる? それともベッドで眠る? あとあと温泉に入るとか……」 ミルミの声が次第に小さくなっていく。ずっと付き添ってはいるけれど、ライナは首をふるふると横に振るばかりで、どうしたらいいのかミルミにはわからなかった。 「ライナちゃん、こんにちは……っ」 医務室に小さな男の子が現れて、床に座っているライナの元に歩いてきた。 「マユ、ちゃん……」 ライナは泣き出しそうな顔で、その男の子マユ・ティルエス(まゆ・てぃるえす)を見た。 マユの後からは、彼を連れてきた早川 呼雪(はやかわ・こゆき)と、パートナーのユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が入ってきて、ミルミと会釈を交わす。 「大丈夫だよ」 マユはライナの前に座って彼女の手に自分の手を重ねて、握り締めた。 「ここには、たくさん強くてかしこい人がいるから……悪い人がいても、怖い事にはならないよ」 マユの言葉を聞いたライナは、ぽとりと涙を一粒落とした。 「ライナちゃん、リーアさん呼んでくるからね。ちょっと待っててね」 ミルミはライナにそう声をかけると、呼雪達にライナを頼み、部屋から出て行った。 「ごめん、ね。かえりたい、とかいったら、だめ、だよね……。みんながあぶないめに、あうかもしれないのに、じぶんたちだけたすかるの、かなしい、もんね」 ライナの言葉に、マユの心の中にも失った大切な人達のことが思い浮かんで。 悲しみの感情が膨れ上がっていく。 「大丈夫だよ、大丈夫。ぼくだって……」 大事なもの、守りたいと思うから。 ライナのことも、マリルのことも。 一緒にいてくれる、呼雪達のことも。 「大丈夫。いっしょに、いようね」 マユはまた少しライナに近づいて、手を撫でてあげながら微笑みを浮かべた。 ライナはこくりと頷く。 だけれどその目からは、また涙が1粒零れ落ちた。 「ライナちゃん、どうしたのですか?」 すぐにリーアと一緒に、休憩中のヴァーナーが医務室に訪れた。 「いろいろあるようですわね」 その後ろから訪れたセツカは、呼雪と顔を合わせて軽く眉を寄せながら頷きあう。 龍騎士のことといい、予断を許さない状態だ。 セツカはヴァーナーを案じてやまなかった。 ヴァーナーはかつてファビオを倒した魔道書のことについて、説明を受けていた。しかし、恐れは見せずにライナの頭を撫でてあげる。 「だいじょうぶなんです、ここにはとってもつよい人もいっぱいいるです」 そして不安そうな顔をしているライナの身体に腕を回して、優しく抱きしめてあげる。 「ボクだってライナちゃんのためにがんばっちゃうんです♪」 「ありが、とう……でも……でもっ、みんなむりしないで。あぶなくなったら、いっしょに、みんなでいっしょににげようね」 「わかったです。いっしょににげるですよ」 ヴァーナーは身体を起こして、またライナの頭を撫でてあげる。 「あと、心配ごとは鈴子おねえちゃんにも言っておいた方がいいです」 ライナは迷いながら、ミルミに目を向ける。 「ミルミが連絡しとくよ。だいじょーぶ、ミルミがちゃんと守るって伝えるし!」 「ミルミちゃんって見た目は可愛いけど、本当はつぉい! って聞いたよ」 ヘルも微笑みかけながら、そう言った。 「え、えっと……。うん、つぉいんだよ、ミルミ……のはず」 ミルミの反応に、くすりと笑いながら、ヘルはさらにこう言ってライナを励ます。 「何かあっても、ミルミちゃんが守ってくれるから大丈夫だよ。それに、みんなもいるしね」 こくり、こくりとライナは頷いて、零れ落ちる涙をちっちゃな手でぬぐっていく。 「それじゃ、少し過去を見てみようか。大丈夫、私が見るだけよ。マユも協力してくれる?」 リーアがライナに近づき、マユに目を向けた。 「はい」 マユはライナの隣に座って、頭をリーアに向けた。 2人を撫でるように、リーアは両手を2人の頭に乗せる――。 「マユも少しずつですが、農村での一件から変わってきているように思えますね」 ユニコルノは小さな声でそう言った。 胸が温かいような、そんな気がする。 「嬉しそうだな」 呼雪にそう言われるが、ユニコルノには自分の感情がよく解らなかった。 ただ、後でマユに『頑張りましたね』と伝えたいと、思っていた。 「確か、ファビオ様は離宮に封印を施して飛び出した後に命を奪われたのでしたね」 ユニコルノは呼雪に目を向けて小声で話をする。 「ライナ様が魔道書を目撃したのも、同時期なのでしょうか?」 「時期的に考えると、それより少し前か――直後だな」 直後。ライナ達の村が滅ぼされたその時の可能性もある。 「おかしな事にならなければ、良いのですが……」 案じるユニコルノの肩に、ぽんと手を乗せた後、呼雪もライナ達に近づいていく。 「ん、大丈夫」 2人の過去を垣間見たリーアが手を離して、後ろに下がった。 「マユは見たことはないみたいね。ライナも見たことはあるけれど、酷いことをされたわけではないようよ」 そう言って、リーアは2人に微笑みかけた。 「でも……こわいの。わるい、ひと……っ」 「それはね……」 言葉を選びながら、慎重にリーアは2人に語りかける。 「2人の暮らしていた村が、壊されてしまう前に、頻繁に村の側に訪れていた人だから。ライナは彼のことを見たことがあって、村を襲った人なんじゃないかって思っていたみたいよ。本当のことはわからないんだから、心配しすぎないこと!」 強く明るい声でリーアはそう言って、ミルミと呼雪に目配せをした。 呼雪は軽く首を縦に振ると、ライナの方を向いて、しゃんがんで彼女と目線を合わせる。 「もしかしたら、危険で悪い奴だったかも知れないけれど、今は捕まって悪さしないように皆が見張ってるからな」 優しい声で言うと、ライナはこくんと頷いた。 呼雪は魔道書がもう1冊存在することも知っていた。 ユリアナのことも非常に気がかりだが、自分の見解は友人の刀真らに伝えてある。何か情報を掴んだ時には、彼らが教えてくれるだろう。 そして、彼らはこの怯える小さな命を助ける、力にもなってくれるはずだから。 「怖がることはない。マユも、皆も一緒だ」 優しく声をかけて、小さな頷きを確認した後、呼雪は立ち上がって後ろに下がった。 「それじゃ、一休みしない? リーアちゃんも一緒に」 ヘルがオヤツにと作っておいたクッキーを取り出した。 それから茶葉とティーポットも。 「どうぞー」 部屋に置いてある紙コップに紅茶を注いで、クッキーと共に皆に配っていくのだった。 「ライナちゃんも嫌な事思い出しちゃったのかも知れないけど……」 紅茶を差し出しながら、ヘルは目を細めた。 「辛い思い出って苦しいよね、うん」 しみじみと流れ出た言葉に、ライナは瞳を揺らしながら、こくりと頷く。 「クッキーもどうぞ。伝説の果実採りに行った人が帰ってきたらもっと美味しいスイーツが食べられるかも知れないよ」 そう微笑みかけて、クッキーを差し出すと、ライナは一枚手にとって、マユとミルミに目を向けた後、ちょっとずつ、かじるのだった。 「おいしいですねー」 ヴァーナーもクッキーを食べながら、ライナに笑いかけ、ミルミの方にも目を向ける。 「ホント、美味しいね! ミルミもライナちゃんに美味しいデザートをプレゼントするよ。作るのはミルミじゃないけどねっ! だって、その方が美味しいしね……」 でも、とミルミは言葉を続ける。 「また鈴子ちゃんと一緒に、美味しいもの食べに行ったり、作るのお勉強したりしようね」 ミルミのその言葉に、ライナは強く首を振った。 「ライナちゃんのこと心配してくれたり、やっぱりミルミおねえちゃんは、おねえちゃんでいいです〜っ」 ヴァーナーが羨ましがり、ライナはまたこくんと首を縦に振って、ようやく小さく可愛らしい笑みを見せた。 |
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