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薄闇の温泉合宿(第2回/全3回)

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薄闇の温泉合宿(第2回/全3回)

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第4章 アジト突入

 合宿所の増築等が行われる中、ロイヤルガード隊員や賊の討伐、アジト探索を買って出た者達は、アジト近くに集まり、警戒と作戦会議を行っていた。
 アジトの出入り口の滝も、その辺りにも人影はなく、残党が出てくる気配は相変わらずなかった。
 現場には、魔道書を探すユリアナ・シャバノフの姿もあった。彼女には、西シャンバラのロイヤルガードの他、多くの契約者達が護衛と監視のために、付き添っている。
 尚、ユリアナのパートナーの魔道書の姿はない。
 ユリアナは同行させてほしいと願い出たのだが、西側にも賛成者はおらず、東側からはロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)などから反対意見が出ていたため、ユリアナのパートナーが監禁場所から出されることはなかった。
「エリュシオンの騎士団が向かっているという話だから、防戦の体制作りに努めたい」
 李 梅琳(り・めいりん)にそう名乗り出たのは大岡 永谷(おおおか・とと)だ。
「争うつもりはないわ。だけれど……血気盛んな契約者が挑んでいく可能性はあるのよね。教導団員だけならそういうことはないのだろうけど」
 合宿にはパラ実生も多く参加している。
 細かいことは考えず、強い者に挑んでいくような人物も、いるのではないかと思われる。
「それに……」
 ここには来ていない、ゼスタの言葉を梅琳は思い起こす。
「西シャンバラの契約者と龍騎士の戦闘を望む者もいるかもしれないから。こちらも十分注意するけれど、もしもの時には守れる体制が出来ていると助かるわ」
「了解」
 永谷は短く返事をして、パートナー達とその場から離れていく。
「戦いが終わったら、美味しいものをたくさん食べて、温泉にのんびり浸かって楽しみたいね」
 熊猫 福(くまねこ・はっぴー)が永谷と肩を並べながら言った。
「そうだな、終わったら、のんびり温泉で身体を癒したいな」
 永谷はそう答えて軽く微笑んだ。
「終わったら、な」
 それから表情を厳しく変えて、頷く。
「うん、あたい、がんばるよ!」
 福はこくりと頷くと、永谷の元から離れていった。
 永谷は滋岳川人著 世要動静経(しげおかのかわひとちょ・せかいどうせいきょう)と共に後方に下がる。
 龍騎士は空から訪れるはず。皆から離れ、岩陰の空から見えない場所に身を隠し、様子を見ることにした。

 ユリアナは自分からは何も話そうとはせず、静かに作戦の決行を待っていた。
「開始までまだちょっと時間あるみたいだしな、身体冷やさないようにな」
 武神 雅(たけがみ・みやび)は、持ってきたアールグレイティーとクッキーをユリアナや彼女を護衛する者達に配った。
「ありがとう」
 礼を言って、紅茶を受け取ったユリアナだが、クッキーには手をつけようとしなかった。
「私も目的があって、パラミタ大陸に来たいと思っていたんですよ」
 愛想のないユリアナに、微笑みを見せながら魔鎧の龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)は話しかけている。
 世間話に大して、ユリアナは興味を示してはこず、大抵の話は「そう」程度の反応しか返ってこない。
 それでも構わず、灯は自分のことを話してみるのだった。
「私はあるヒーロー馬鹿にどんなことをしても正面から見たい。見てもらいたい……例え、憎しみの目でもと思い牙竜の悪役になりました」
 過去のこと、パートナーとの出会い、そして契約をしてこのパラミタで過ごしているということを、ユリアナに話していく。
「すみません、ユリアナさん。私の話ばかりしてしまって……少しでも気がまぎれれば幸いです」
 ユリアナは灯の言葉に軽く頷いただけだった。
 そして、灯はユリアナ自身のことを尋ねたりはしなかった。
 情報を引き出すことが、側にいる理由ではないから。
「まったく……」
 灯と、大した反応を示さないユリアナを見ながら、雅は軽くため息をついた。
「パラミタに来る理由は人それぞれだな。ユリアナにも目的があるようだし……いや、ない者がフロンティアに行こうなどと思わないだろうな」
 そして、ユリアナに語りかけていく。
「家族がいれば、真っ先に反対されるだろう。まぁ、私の場合は……頭を弄くり回されて、どこの人間かも忘れてしまったがな……」
 ちらりとユリアナが雅に目を向けた。
「私、個人的にはユリアナの目的に興味はないし、自由にすればいい」
「そう、皆目的は違う。勝手に生きている。……目的の方向が一緒なら協力はする。相反するのなら戦うこともある。人ってそういうものだから」
 ユリアナの口から流れ出た言葉に雅は頷きはしなかった。
「パラミタで何をしようと、それは自由だが……自由には必ず責任が付いてくる。それだけは忘れないでくれ……」
「自分に対する責任は自分で負うわ。あなたは?」
「私の場合か? 愚弟に押し付けるだけさ」
「……そう」
 くすりと、ユリアナはごく小さく、笑みを浮かべた。
「お話、聞ききました。今回は災難ですね」
 続いて結崎 綾耶(ゆうざき・あや)がユリアナに話しかける。
「でもこれだけの人がいるんです。ユリアナさんの探してる魔道書さんだってきっと見つかりますよ!」
「うん、でも対の方の魔道書は普通の書物だから、敬称はいらないわ」
「あ、そうですかー。私も蒼空学園に通っているんです。よろしくお願いしますね」
「うん、よろしく」
 ユリアナの反応はそっけないが、気にせず綾耶も世間話を試みていく。
 持ち物を盗まれてしまって落ち込んでいて元気がないのだろうと思い、純粋に励ましたいという気持ちから。
 だけれど、綾耶のパートナーの匿名 某(とくな・なにがし)はユリアナを警戒していた。
 某からは、ユリアナと仲良くしてやってくれということと、周囲の警戒のためにディテクトエビルや禁猟区は怠るなと言われている。
 今のところ変な反応はない。
「蒼空学園に復学後はどうされるんですか? 寮に入られるんですよね?」
「そうね。寮に部屋はあるの。当時のままならね」
「会いたい人は、蒼空学園に来てくれるのですか? 楽しみですね!」
「……ええ」
 返答に僅かなひっかかりを覚える。
 だけれど、突っ込んで尋ねたら尋問のようになってしまう。
 綾耶は質問を変えてみる。
「対の魔道書はどんな形なのですか? 色とか、厚さとか」
「茶色の表紙で、この魔道書と同じくらいの厚さです」
 ユリアナが取り出したのは、彼女が大切に持っている濃緑の表紙の魔道書だ。
 あまり厚くはない、手書きの魔道書のようだ。
「こちらの魔道書さんは、パートナーなんですよね? 賊達が捕まってからお話もできなくて、辛いですよね。魔道書さんは結構素敵な青年でしたが、どんな関係なんですか?」
「友達、かな。空気みたいな存在」
「それじゃ、なおさら辛いですね」
「大丈夫。本体は手放さないから」
 大事そうに、ユリアナは魔道書を服の中にしまった。
(何を考えてるのか全くわかりません。少し……御神楽校長に似てる?)
 綾耶はひっかかりを覚えた会話のことも含め、聞いたこと、感じたこと全てを後ほど某に報告するつもりだった。
 その某自身は、ユリアナのパートナーの魔道書の監視の担当を申し出ていたのだが、自分のパートナー綾耶を最優先に守りたいと考えているため、こちらの作戦に同行はしていた。
(事情はどうあれ今まで敵対勢力の元にいた人間だ。そうホイホイ信じられるか)
 彼はユリアナを信用してはいない。少し離れた位置で、殺気看破や禁猟区等も用いて、警戒に努めている。

「……いや、前々から思ってたんだけどよ。ウチのマスターってちとおかしかねェか。なンで一番やべェトコ選んで喧嘩売るんだ実際」
 レヴィ・アガリアレプト(れう゛ぃ・あがりあれぷと)が、前方に立つ明子の背を見ながら、九條 静佳(くじょう・しずか)に問いかけた。
 明子は龍騎士が強攻策に講じた際に、喧嘩を売って引っ掻き回すという案をゼスタに提案しており、その役目を任されていた。
 そうならないために、ロイヤルガードは動いてくれるだろうが……。
 レヴィは冷や汗の出る思いだ。
「性分でしょ。しかし、ううん。……従龍騎士と一対一なら兎も角、分隊で動かれるとさすがに正面は無理だな」
 静佳は周囲を見回して、潜める場所を探していく。
「……ま、逃げらンねェし仕事仕事」
 レヴィも地形の把握と仕込みに動くことにする。
 契約者達との抗争が発生するとしたら、どこか。
 空を飛んでいる敵に、どのあたりから攻撃を加えれば死角となるか。
 そして、どう隠れるか。どう逃げるか。
 それらのことを予測していく。
(何も起きないに越したことは無い、けれど……)
 明子は空を見上げて、龍騎士の到着を静かに待っていた。

 ゼスタは来ていなかったが、魔道書の回収を命じられたというファビオ・ヴィベルディ(ふぁびお・う゛ぃべるでぃ)は、指揮者の立場でこの場に訪れていた。
「あの魔道書の人、『今はまだ』敵対するつもりはないって言っていました」
 ファビオと一緒に訪れた橘 美咲(たちばな・みさき)が、魔道書のことについて彼と話をしていく。
「つまりこれから戦うことになる。あの人にとってはまだ終わってはいないと言う事だと私は思いました。その時になって私の剣が彼に届くのかどうか……。ファビオさんには辛いことを聞くことになりますが、あの魔道書のことをもっと教えてください」
 そして今居るメンバーの中で、あの魔道書と実力が拮抗する人がいるのか、いるのならその人の名をを教えてほしいと、美咲はファビオに尋ねる。
「互いの実力があの時のままなら……この場にはいない。だけど、イルミンスールの校長とパートナーのコンビなら、良い勝負が出来るんじゃないかな。おそらく、だけど」
「そうですか……」
「でも、俺と同等の力を持った契約者が束で挑めば、倒せない強さではないから、契約者が集まっているこの場では、皆が皆殺しにされるなどということは、無いはず」
「はい」
 強さの目安として、美咲は覚えておくことにする。
「あ、それとお礼が遅くなりました」
 美咲はぺこりとファビオに頭を下げた。
「あの時、助けに入ってくれてありがとうございます」
「律儀だね」
「いえ! 本当に助かりましたから。こういうのって有耶無耶にしたままなのって嫌いなんですよね」
 そう言って、美咲は少し考えた後、こう言葉を続ける。
「だから今日のお仕事が終わったら、私の手料理をご馳走します。まだまだ料理下手ですが、一生懸命作るので楽しみにしていて下さい」
 笑顔の彼女の言葉に、ファビオも軽く笑みを浮かべた。
「甘くないものがいいな。ほら、彼と一緒にいると甘いものばかり食べさせられるから、さ」
「わかりました。頑張ります」
 美咲は自分の胸をポンと叩いた。
 料理をご馳走したい。
 温泉に入りたい。
 そんな普通の時を過ごすために。
 この作戦も、美咲は一生懸命、精一杯臨むつもりだ。