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薄闇の温泉合宿(第2回/全3回)

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薄闇の温泉合宿(第2回/全3回)

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第6章 薄闇の中に在り

 アジトの探索は時間をかけて行われており、交代で合宿所に戻り休憩をとっていた。
 一部の契約者や龍騎士団はアジト側で野宿をするそうだ。
 賊の残党や、魔道書の強奪を試みた者もまだ現場に残っている。
 そんな状況ではあったが、西側ロイヤルガードの代表者である李 梅琳(り・めいりん)は、護衛についていてくれているルカルカ・ルー(るかるか・るー)と共に、合宿所に戻ってきていた。
「彼から「頼んだぞー」って言われたわ。愛よねぇ」
 一緒に温泉に入りながら、ルカルカが梅琳の腕を肘でつっつく。
 なにやら考え込んでいた梅琳の顔に、淡い笑みが浮かんだ。
 ゆったりと温泉に浸かって。
 ゆらゆらと揺らめくランプの光を見ながら、ルカルカは小さな声で尋ねていく。
「団は軍だから、代王との関係が他校とは一寸違う。今は団長が総隊長でロイヤル任務と団方針が一致してるけど、それが反した時、梅琳はどうする?」
「そうねぇ……」
 答えは出せないようだった。
「政治体制関係なく、国全体を守る事には変わりないけどね」
 ルカルカのその言葉には、ただ首を縦に振る。
「命令なら東と戦う? ……面従腹背は現実的には厳しいし、何かを裏切る訳だし」
 少し間をおいて、梅琳もまた小さな声で答える。
「戦わなければ、ならないでしょうね」
 ルカルカは軽く目を伏せた。
「温泉みたく色々流せたらいいのに……」
 西シャンバラだけではない。
 地球にも、東シャンバラにも。友達がいる。
 誰もが一切傷つかない解決の道なんて、ないのはわかっているけれど……。
 出来るだけ、出来るだけ流血の少ない統一を。
 皆が幸せであれることを願っていた。

 それから、更衣室に戻ったルカルカは、今度は明るく大きな声で楽しげに話をしていく。
 森で見た珍しい生物のこととか。
 遺跡を探索した時のことや。
 友人のこと、スイーツが美味しい店のこと。
 他愛もない話を、延々と――。
 その間。
 梅琳は相槌を打ちながら、作業を行っていた。
 地球のネット回線を利用し、これまでに得た情報。東シャンバラの実力者について。
 ……ひそかに携帯で録音していた音声データ。
 会議室でのゼスタとの会話。ユリアナとの会話。龍騎士との会話。
 空京大学の如月正悟がロイヤルガードに志願しており、着実に貢献していること。
 それら全てを、ルカルカが見守る中、空京へ送っていたのだった。

「うっ、まだ女の子がいるのか。楽しそうな会話してるなー」
 でも、ほとんど片方の女の子のみ、話しているな。
 そんなことを思いながら、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は、更衣室の側に潜んでいた。
 別に覗き目的ではない。
 アキラは年頃の健康的な青年なので、そういうことに興味がないわけではないが、小心者ゆえに、覗きはおろか、混浴に入ることも躊躇してしまっていた。
 更衣室だって、男女別になっているのだから堂々と入ればいいものの、夜遅くに着替えている女性の側で着替えをしていて……何か事件があったりしたら、などと余計な妄想をしてしまい、近づきにくかった。
 更衣室から寝巻き姿の梅琳とルカルカが、親しげに会話をしながら、出てきたことを確認した後。
 ようやくアキラも更衣室に入り、全部服を脱ぎ、堂々と温泉へと入る。
「誰もいない温泉はまさしく俺だけのもの!」
 ざばんと温泉に入ると、泳いで歌って、一人で大はしゃぎ!
 一通り遊んだ後、顎まで温泉に浸かって、ぼーっと川の方に目を向ける。
 ランプの光が、幻想的な夜の姿を映している。
 この場所の夜は、深く、ひっそりとしていた。
 日中は気にもとまらない、水の流れる音が、心地よい音楽のように心の中に響いていく。
 もう、何もせずに。
 ただ、静かに、身をゆだねて。
 アキラは温泉の中に――自然の中に、在った。
 大自然に抱かれているような、そんな不思議な感覚を受けながら、浸かり続けていた。
「この地にも、朝は来るのだろうか……」
 獣の遠吠えが耳に届いても、不思議と恐怖を感じなかった。

○     ○     ○


 翌日。
 東シャンバラのロイヤルガードに入隊の意思がある者のうち、真口 悠希(まぐち・ゆき)神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)ゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)に呼び出された。
「俺じゃなくて、神楽崎が志願理由を聞きたいって」
 会議室に呼ばれた2人は席について、東シャンバラのロイヤルガードの隊長――2人が所属する百合園女学院、生徒会執行部の副執行部長である神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)と繋がっている携帯電話に、1人ずつ、素直な気持ちを語っていく。
「志願の理由は、『護りたい』からです」
 先に口を開いたのは、有栖だった。
「パラミタに来て、ヴァイシャリーに来て、百合園女学院に入学して、そこで色んな方々と共に過ごし、大切な『思い出』や『絆』を貰いました。
 私にとって百合園は、ヴァイシャリーは……そしてシャンバラは、大切な『帰る場所』。
 セレスティアーナさんも、ライナちゃんも、そしてみんな、私にとっては、同じ『百合園』で、ヴァイシャリーで、シャンバラで過ごす『仲間』です。
 そして、いずれは女王陛下とも……共に大切な時間を過ごしていきたいです。
 でも、今までの私は、『護りたい』方達に『護られていた』ような気がします」
 一旦言葉を切り。
 強い意志をこめて、有栖は言う。
「今度は、、私が護りたいです。代王だからとか、女王だからとかじゃなく、共に「大切なとき」を過ごした仲間だから、これから大切なときを過ごす仲間だから」
 目を閉じて、携帯電話に向かって有栖は頭を下げた。
「どうか私に、大好きなみんなを、これから大好きになるみんなを護る機会を与えて下さい」
「ボク、も……」
 続いて、悠希が深呼吸をして呼吸を整え、語り始める。
「率直に言ってボクには、ロイヤルガードたる資格、能力、人望……。そういったものは全く至らないと思っています。
 でも、そんなボクを周囲の誰も見捨てなかった。
 時には励ましさえしてくれた……その時、初めて気付く事が出来たんです」
 人は、一人で――あるいは、大好きな人と2人だけで――生きていくことは出来ない。
 周囲の理解や、支えが不可欠だということ。
「ボクも皆とや、例え見知らぬ誰かでも、人と人との関係を大切にしていきたい……。皆の為に役に立っていきたい、守れる人は守りたいって」
 そして、いつまでも資格が無いと、逃げていたのではダメだと思った。
 自分が逃げて、自分に出来ることをしなかったのなら、助けられる筈の誰かを、助けられなくなってしまうかもしれない……。
「だから……例えいかなる重い責務があろうとも、逃げたりしません。ロイヤルガードになって、代王や皆の力になりたいです」
 最後ははっきりとした口調で悠希は言い切った。
 しばらくして、ゼスタの手の中の携帯電話から、声が響く。
『2人の気持ちは分かった。私から百合園女学院の生徒会に、推薦を申請しておく。共に、護ろう。ただそれは、自分の大切に思う人だけではない、百合園だけでもない。キミ達が間違えた時には、私が責任を持って止めよう。そして、万が一、私が間違った時には……よろしく頼む』
 はい、と有栖と悠希は返事をする。
 久しぶりに聞いた白百合団の副団長の声は、厳しかった。
 苦境を感じ取るが、後には引けない。
 気を引き締めて、立ち向かう決意をしていく。

○     ○     ○


 ファビオ・ヴィベルディ(ふぁびお・う゛ぃべるでぃ)も、朝、合宿所に戻ってきた。
 報告を終えて自分のテントに向かおうとした彼は……。
「おはようございます」
 テントの前で微笑むセラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)。そして。
「ファビオさん、温泉に行こー」
「徹夜したんでしょ? お風呂入ってないんだよね!? さあ行こう、行こうってば行こう」
「あ、いや……」
 ばばっと現れた、琳 鳳明(りん・ほうめい)と、パートナーのミクルに、両腕を引っ張られて半ば強引に温泉へと連れていかれた。
 更衣室で、置かれている湯着を纏って、外で合流し。
 川側の温泉へと4人で向かう。
 今は混浴の時間だ。
 ファビオは女性が一緒で戸惑っているのか、それとも何か思い煩いがあるのか、若干浮かない顔をしていた。
「ファビオさんって物言いが遠まわしっていうか、もったいぶった言い方が多いよね?」
 鳳明はバスケットを抱えている。
「何となく、はぐらかされてる気分になると言うか……」
 そんな彼女の言葉に、ファビオは僅かな笑みを浮かべる。
「せっかく東西とか学校とか関係なく集まってるんだし、ここは本音で喋ろうよっ。夢とか、これからのしたい事とか!」
 鳳明は彼の何十倍もの笑みを浮かべて、バスケットをファビオに向ける。
「その為に……じゃーん! セラさん秘蔵のお酒も出しちゃうよ〜」
「……酒? は、あまり強くな……」
「ふっふっふ、ここまで来たら逃がさないよ?」
 鳳明は片腕でバスケットを持ち直すと、もう片方の手でファビオの腕を掴んで、温泉へと引っ張るのだった。
「うん……彼にはこれくらい強引に接してくれた方がいいのかもしれない」
 ミクルがそっと隣を歩くセラフィーナに言う。
「そうですね。自己表現が苦手なようですし、あなたにも、話せていないことが沢山ありそうです」
「多分ね。僕がもっと支えになってあげられればいいんだけど、僕は特にとりえも無いからなぁ……」
「支えになっていると思います。だけれど、1人で全てのことを支えてあげることなんて、出来ませんから。せっかく東西も学校も関係なく、ひとつの合宿所に多くの契約者が居合わせているのだから」
 縁の合った者同士、こうして話す機会があってもいい。
 支えあえる分野もあるかもしれないからと、セラフィーナは語っていく。
「うん、ありがとう」
 そんなセラフィーナと鳳明の気持ちをミクルはとても嬉しく感じていた。

 温泉に日本酒を入れた木桶を浮かべて、酒を飲みながら4人はゆったりと話をしていく。
 ただミクルには酒は早いと判断した鳳明は、彼用にコーヒー牛乳も用意してあった。
 ファビオはそっちに手をつけようとしたが、ぺしんと手を叩いて、彼には酒を勧める。
 彼はほんの少しだけ、酒を口にして、あまり目を合わすことなく、3人の話を聞いていた。
 鳳明は自分のことや、この合宿のことなど、思うことを沢山話した後「ファビオさんは?」と、聞いてみた。
 夢とか、目標とか。
 趣味とか、今したいこと、とか。
「どうだろう。シャンバラの安定、かな」
 彼の答えはやはり少し曖昧だった。
 彼の過去を聞く限り、強く激しい感情を内に秘めている人物だと思うのだけれど……。
「……うん、まぁ。腹割って話そうとか言っておいて何だけども。もちろんお互いに立場とかあるよね……」
 鳳明は軽く息をついた。
「ファビオさんの上司みたいな人、ゼスタさんだっけ。あの人も何考えてるのか判りづらい人だし」
「……」
「私も一応これでも教導団員で……。これまたお互い西と東で所属が違うし。……なんでこんな面倒臭いことになったんだろうね?」
 少し、悲しげな目で鳳明はそう言った。
「独立はシャンバラ国民の悲願で、大半の者が統一を願っているのに。別の、意思が入り込むことで、より混乱に繋がっている。妥協しなければならないのなら、何に妥協するか。俺は――アムリアナ様を諦めたくはない」
 だが、シャンバラに必要なのはアムリアナという人格ではなく、国家神。
 それもまた、彼のようなものが、身の振り方を決められない、一丸となれない理由でもあった。
「あー……う、ごめん。言いだしっぺが空気湿らせちゃダメだよね」
 鳳明はくいっと酒を飲むと笑みを浮かべる。
「シャンバラで頑張ってる者同士、仲良くしよう!」
 顔を赤らめて言う彼女を、ファビオはまっすぐに見つめて。
 微笑んで首を縦に振った。