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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第3回/全3回)

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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第3回/全3回)
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第十五曲 〜Origin of Icon〜


(・ナイチンゲール)


 西シャンバラ王国と東シャンバラ王国の国境付近。
 その場所に位置する、サロゲート・エイコーン製造プラントに、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)はいる。
 ロイヤルガードとして製造プラント管理を打診した美羽は、そのまま西シャンバラ政府の命を受け、ここに常駐することになっていたためだ。
『はい、ではそのように致します』
 政府とは、PASDから提供された技術による通信システムを使用して連絡を行っている。
 東シャンバラが鏖殺寺院と結託してイコンを量産し始めたこともあり、今このプラントはクェイルの量産に傾倒していた。
『お疲れ様です』
 彼女達に声を掛けて来る姿があった。
 製造プラントのマザーシステムであるイチンゲールだ。
『機体総数は、間もなく予定数に達します』
「うん、ありがとう」
 侍女服姿のナイチンゲールと目を合わせる。
 常駐管理者の一員となってから美羽達は、彼女と話し合いながら管理を行っている。システムである彼女を介し、このプラントは稼動しているからだ。
『私が休止モードに入ってから五千年。その間に、世界は変わったようですね』
「五千年前のシャンバラ王国を復活させようとしたけど、上手くはいかなくてね。東西に分かれて建国されたの。だけど、色々問題があって――」
 美羽は今の情勢をナイチンゲールに伝えた。
 東側はエリュシオン帝国に恭順しており、対する西側は地球の影響力が強く、帝国に抗っている。そして、今地球では反シャンバラ派が鏖殺寺院として結集し、武力を行使してきていると。
『今もまた争いが起こっている。小鳥遊様の言葉から、そう判断致しました』
 無表情ながら、ナイチンゲールは昔を思い出すような声色で続けた。
『マスターは仰っていました。力に対して力で立ち向かったところで、何の解決にもならないと』
 そして今度は美羽にナイチンゲールは問うてくる。
『貴女は今、主の命を受けて私の管理に携わっていると認識しています。それは、ここで造られる聖像を「敵を排除するための力」として利用するためでしょうか? それとも、「誰かを守るための力」としてでしょうか?』
 プラントに来て最初の頃は事務的な会話がほとんどであり、美羽から話さなければ答えないような状態だった。それが、次第にナイチンゲールからも声を掛けて来るまでになったのである。
『私は機械です。命令さえあれば、それを忠実に実行致します。そこに、人の持つ善や悪という基準は存在しません。私を利用し続ける上で、「仮」のマスターとなり得る貴女の意思を、プログラムに従い確認する義務があるのです。私を造った二人のマスターの意思に反することが行われないためにも』
 

* * *


 美羽達が答えを迫られる前。
 天貴 彩羽(あまむち・あやは)はプラントの制御室で、プラントのデータ分析を行っていた。
 常駐といかないまでもアクセス権所持者ということもあり、彼女は頻繁に訪れている。そうすることで、R&Dの下準備を整え、ユビキタスによって天御柱学院のコンピューターとの接続を行い、プラントとの連動を図る。
 元々彼女がここにいるのは学院の意向によるものだが、念のため施設を使えるように根回しもしてある。
(彩華、そっちはどう?)
 精神感応で、天貴 彩華(あまむち・あやか)と連絡を取る。
(異常なしですぅ)
 仮にも学院の機密情報を扱う身。例えプラントに常駐しているPASDの面々や西シャンバラ政府関係者であっても、警戒は怠らない。
 二人はイコンとしての【ナイチンゲール】の前へと歩みを進めた。
「ナイチンゲール、いる?」
『はい、お呼びでしょうか?』
 彩羽の呼び掛けに応じ、ナイチンゲールは姿を現した。
 イコンの真の力を引き出すための鍵、それを彼女は知っているはずだ。先日の要塞制圧戦の結果を考えれば、仮に敵が総戦力で海京へと攻め込んできた場合、ほとんど勝ち目はないだろう。
 学院の生徒が犠牲にならないためにも、イコンに残された謎を解明したい。
「アムリアナ女王、知ってる?」
『はい。直接こちらを訪れたことはございませんが、存じ上げております』
 彩羽の予想は、女王に関連した言葉が【ナイチンゲール】起動のキーワードだというものだ。
 女王復活でプラントも稼動したのならば、その可能性は十分にあるというのが、彼女の考えだ。
 しかし、いくつかそれらしい言葉を用いるも起動には至らない。
「ナイチンゲールも食べますぅ?」
 彩華が物質化・非物質化でドーナツを取り出し、かじっている。
 片手でそれをナイチンゲールに向けたまま、言葉を続けた。
「ナイチンゲールは〜、ずっとここにいたんですかぁ?」
 機械であるはずのナイチンゲールには、時折感情のようなものが見え隠れしている。ならば、何気ない問いかけで彼女の心に触れるものがあるかもしれない。
『ここのマザーシステムですので。この姿は、あくまでも内部の方と円滑に情報・命令のやり取りをするための映像に過ぎません。そのため、有機物を食する必要はないのです』
 相変わらず表情に変化はない。
「あなたは何を思っているのかしら。何を守りたいのかしらね」
『私に自らの意思というものはございません。ですが……』
 ナイチンゲールの視線は、どこか遠くへと向けられていた。
『マスターは私や聖像達を守ろうとしていました。私は、私達がマスターの意思に反する使われ方をしないように、使用者を見定めるようにプログラムされております』
 視線を彩羽に合わせてきた。
『レベル3アクセス権の許可条件は、私を再起動させることでした。このアクセス権をどうお使いになるかによって、上位権限への移行か権限取り消しかが決定します』
「つまり、これまでの私のアクセス履歴が、それの判断材料になってるってこと?」
『はい。現時点で、天貴様はレベル5への移行見込みとなっております。しかし』
「しかし?」
『「力」を求め過ぎている、と判断致しました』
 それの何が問題なのだろうか。
『マスターは仰っていました。力に対して力で立ち向かったところで、何の解決にもならないと。天貴様は誰かのために力を欲しているように見受けられます。しかし、ここに存在する力を、マスターの意思に反する形で使う危険性がまだ残っております』
 守るためではなく、壊すため。
 明確な倒すべき敵を持つ彩羽が、力を手に入れ「復讐」の道具とすることを危惧しているのだろうか。
 無表情な瞳からは、言葉以上のものは見えてこない。
 けれども、目の前にいる女性の姿は単なる機械だとは思えなかった。
「たしかに、私は力が欲しいと思ってる。だけど、例えアクセス権が認められなくなってそれを使う機会が失われたとしても……私は知っておきたい。あなたのことを、もっと」