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聖戦のオラトリオ ~転生~ 第2回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ 第2回

リアクション


第九曲 〜Bystander〜


「答えは出たかしら?」
「ああ。シスター・エルザ校長。ゲームの為に、『色々』見学させてもらうよ」
 ロンドンの社交界に潜り込んだ如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は、聖カテリーナアカデミーの校長、シスター・エルザの誘いに乗り、共にアカデミーへと向かうことになった。
(要は「反シャンバラ系の天御柱学院」みたいな場所か。一体、この人は何を見せてくれるのか――)


(・対面)


「失礼します。エルザ校長、連れてきました」
 F.R.A.G.第一部隊隊長ダリア・エルナージに、聖カテリーナアカデミーの校長室に通される。
「よく来たわね。まあ、座りなさい」
 まずは先客の姿が目に留まった。スーツ姿で、仮面を被った男性だ。
 部屋の奥で、椅子に座っている「女性」が微笑みながら一行を見やる。
 ウェーブがかったツーサイドアップの白い髪、陶磁器を思わせる白い肌。瞳の色は左目が紅、右目が碧。その整った顔立ちは、まるで精緻な人形であるかのようにさえ思える。
 見た目は十二歳くらいの少女だが、彼女から発せられる言い知れぬ存在感は、もはや「少女」と呼ぶことを阻ませるほどだ。
(シャンバラもそうだけど、契約者の学校の校長先生ってのは、皆特徴的だね)
 平等院鳳凰堂 レオ(びょうどういんほうおうどう・れお)がエルザと目を合わせる。
「まあ、お茶でも飲んで。ダリアちゃん、お願いね」
 全員が席に着くと、ダリアがお茶を配っていく。
「大丈夫よ。毒なんて入ってないから」
 そうはいっても、なかなか手を出しにくい。
「ふふ、別に取って食おうってわけじゃないわ。ただ、ウクライナで何があったのかってのを聞かせて欲しいのよね」
 レイヴンの暴走の件。
 すでにダリア達、共闘した第一部隊の面々に話したことを学院の者達は伝える。
「とにかく、あれは僕達にとってもまったく予想外の出来事だったんだ。喧嘩を売るつもりは一切ないよ」
「だけど、あれをわざわざ『素性の知れぬ相手との共闘のために暴走の危険がある機体を実戦投入した』ってことは、あなた達にその意思はなくとも、学校の上の人は喧嘩を売る気満々、ってことじゃないかしら?」
 エルザが悪戯な笑みを浮かべた。
「それとダリアちゃん。彼は率先して同行を申し出たのよね?」
「はい」
「もしかしたら彼は『始めからF.R.A.G.側へ来る気だった』のかもしれないわね。名目は実態調査、かしら?」
 見抜かれている?
 決して学院のため、というわけではないが、レオ達が元々F.R.A.G.に来るつもりだったのは事実だ。
「我はお前達を敵だと思いたくないから来たのだ! そして凄まじい機体、クルキアータに乗りたい!」
「い、イスカ!?」
 イスカ・アレクサンドロス(いすか・あれくさんどろす)がそっとレオに耳打ちする。
(いいか、こういうのは最初が肝心なのだ! ちまちまとしたことなんかせず、主張をはっきりと伝える!)
(だけど、いくらなんでもストレートすぎるよ)
 とはいえ、言ってしまったものは仕方がない。
「乗ってどうするの? データを持ち帰って、『対策』を練るのかしら?」
「下らぬことを言う。所属がどうあれ、素晴らしい機体を見れば胸が躍り、己が手で駆ってみたいと思うのがパイロットであろう?」
「だって。どう、ダリアちゃん? あたし、パイロットじゃないからそういう感覚、分からないのよねー」
 上目遣いでダリアを見る、エルザ校長。
「そんなすがるような目で見ないで下さい。まあ、私はそれほどではありませんが、生粋のパイロット気質の者ならばそう思うのでしょう」
「よし、分かったわ。クルキアータ、乗ってよし!」
「本当か?」
「ちょっと、校長!」
 ダリアが目を見開く。
「別にそのくらい問題ないわ。一度乗ったくらいで機体の全てが分かるようなら、それこそ大したものよ。ダリアちゃんでさえ、初めて乗ったときは苦労してたものねぇ」
「校長!」
「ふふ。やっぱり真面目な子をからかうのは面白いわ」
「こんなときに、私で遊ばないで下さい!」
 ダリアが赤面している。この校長相手では、なされるがままのようだ。
「そういえば、そちらの方は?」
 レオはスーツ姿の男について尋ねる。
「シャンバラ王国のロイヤルガードさんよ」
「え!?」
「冗談よ。シャンバラ政府の人間が、わざわざ『反シャンバラ勢力』のところまでお出ましになるわけないじゃない。ただの知り合いよ。シャンバラの学生の話を聞きたいってことだったからいてもらっただけよ。まあ、反シャンバラというのは、シャンバラのお偉いさん達が自分に取って不都合な者達に貼るレッテルなのよね、実際は」
 紅茶を飲みながら、エルザが声を漏らす。
「まあ、あなた達にとってもいい機会だと思うわ。ゆっくりしていきなさい。うちの生徒にとっても、パラミタに渡った契約者っていうのは新鮮に映ってると思うわ」
 どこか食えない感じではあるが、エルザの中に、シャンバラの学生に対する敵意というものはないように見受けられた。
 一同は、客人の男性を残して校長室を出た。

* * *


(ここからゲーム開始……だな)
 シャンバラの学生が出たところで、校長と二人きりになる。
「なぜ俺がロイヤルガードって分かった?」
「あれ、そうだったの? 別に、ただの『例え』として出してみただけなのに」
「…………っ!」
「ふふ、『ゲーム』はあなたとあたしが出会ったときからもう始まっているのよ」
 互いの「利用価値」を見極めるためには、まず相手のことを知らなければならない。そこからもう駆け引きは始まっているのだ。
「じゃあ、アカデミーを一通り案内するわね。このままお茶したいのなら、そっちでもいいけど」
「いや、ちゃんとこの目で見ておきたいからな。説明は頼むよ、エルザ校長」
 今度はこっちの番だ。
「さっきの子は、F.R.A.G.の一員だよな?」
「あの目がキリってして背筋がすっとしてる子がロンドンで話したダリアちゃん。第一部隊の隊長よ」
 天学高等部の生徒と同じくらいの年齢だろうか。
 それが隊長とは。
「見えるかしら?」
 窓の外を見ると、地中海上空を飛び交うクルキアータの姿があった。
「あの山の向こう側が、F.R.A.G.の本部よ。この島には、アカデミーの生徒とF.R.A.G.のパイロット達しかいないわ」
「枢機卿は?」
「マヌエル君はヴァチカンから指示を出すくらいで、滅多に来ないわ。第二特務が彼の秘書を兼任しているから、彼女が連絡役になってくれてる」
「第二特務?」
「特務というのは、F.R.A.G.の中で自由行動権を持つ――言ってみれば諜報員よ」
 ということは、シャンバラに潜入している、あるいはしたことがある者がいるのかもしれない。
「あら、聞きたいことがあったら遠慮なく聞いていいのよ?」
 不敵に微笑んだまま、正悟を見上げてくる。
 本当に、読めない女だ。
 外へ視線を向けると、紫や赤ではない、白のクルキアータの姿が見えた。
「ふふ、お出かけかしらね?」
「あの白い機体は何だ? 明らかに他の機体とは違うが」
「第一特務ミス・アンブレラ専用機、【アスモデウス】。『七つの大罪』と呼ばれる、クルキアータのカスタム機よ」
「特務に、七つの大罪か……面白いじゃないか」
「ふふ、興味津々ご様子ね。だけど、まだ七機全部は運用してないのよ」
 エルザがただ淡々と説明を続ける。
「七つの大罪を扱えるパイロットがまだいないのよね。ダリアちゃんだって、まだ完全に性能を引き出してはいないんじゃないかしら。あの【アスモデウス】だけよ、100%の性能を発揮しているのは」
「そんなことべらべら喋っていいのか?」
「知られたからと言って、困るようなことじゃないわ。それに……あたしが言っていることの全部が、本当だとは限らないわよ」
「分かってるさ」
 出会ったときから「ゲーム」は始まっている。ならば、その時点から疑ってかからなければならない。
 だが、それ自体がエルザの狙いかもしれない。だから、「確実な情報」だけは携帯電話からインターネット経由で調べてある。
「その上で聞く。あんたは何者だ? いや、聞き方を変えよう。十人評議会のメンバーか?」
 これは、正悟からのカマ掛けだ。
 何も知らなければ、そもそも「評議会って何?」と聞いてくるはず。それに、ここで「はい、そうです」とも答えないだろう。「違う」と答えたなら、評議会なる存在を噂だろうと何だろうと、多少は知っていることになる。
 さあ、どう出るか。
「そう、あたしこそ十人評議会の第四席、『観察者』シスター・エルザよ」
「本当か?」
「さあ、どうかしらね? 仮に、その十人評議会なる組織、あるいは集団が存在していると仮定しましょう。その構成員が、果たして自由に『私はその一員です』なんて自由に言えると思うかしら? これまでにも、『自称評議会メンバー』は何人もいたのではないかしら」
 それと、と付け加える。
「仮に坊やは、あたしが『十人評議会って何?』と聞き返すと想定していたとするわ。けれど、あなたが『評議会』の『メンバー』はと聞いた時点で、少なくとも『人を単位とする』『組織だったもの』とあたしは推測出来る。十人評議会という単語に聞き覚えがなくとも、『はい』か『いいえ』で答えられてしまうのよ。その評議会とやらは、質問してきている時点であなたが教えてくれているのだから」
 正悟は直感した。この女は危険だと。
「話を戻すようで悪いが、それなら俺が本当はロイヤルガードではなく、ただの一学生に過ぎないかもしれないよ? その理由はさっき、あんた自身が言ってただろう」
「ふふ、よく気付いたわね。あたしと同様に、坊やの言っていることが本当だとは限らない」
「今、この場ではお互いの素性などどうでもいい。それ自体に大した意味はない。見破る術がない以上、憶測だけで話を進めたところで意味はない」
「そういうことよ。だけど、それだとゲームとしてお面白みに欠けるわ。ここからは、あたしが評議会のメンバー、坊やがロイヤルガードと『仮定』して話しましょう」
 口先ではそう言っているが、この女は正悟の正体を確信している。なぜなら、ロイヤルガードはシャンバラ王国の公的組織。十人評議会と違って調べれば分かることだからだ。
「実際のところ、地球人にシャンバラへの反発感情はほとんどないわ」
「だとすると、『反シャンバラ』と呼ばれることはないはずだ」
「そう思い込んでいる時点で、あなたは既に踊らされているのよ。地球にあるのは学校勢力に対する反発。それだけよ。学校勢力はあまりにシャンバラに肩入れし過ぎた。挙句、地球には一切目を向けず、パラミタの他国との戦争に学生を送り込む始末。なぜ、パラミタの国家間同士の問題に、地球人がそこまで乗り出す必要があるのか? もっとやるべきことがあるでしょう? そういった声を全て『反シャンバラ』にまとめ上げているのが、あなた達学校勢力なのよ。嘘だと思うなら、新聞を適当に読みなさい。あたしの言葉だけでは信じられないでしょうが、こればかりは事実よ」
「だとすると、俺はその腐った学校勢力の犬ってわけだ。そして学校勢力に歯向かうアカデミーと通じていたとすれば、ロイヤルガードの資格は剥奪され、学校からも追放される。あとは『うちの学生をそそのかした』と言いがかりをつければはい、戦争。となるわけか」
「何にせよ、ウクライナの件は、そっちに戦争を起こしたがっている人間がいることを十分裏付けるわね。事故だろうとなんだろうと、聖戦宣言の手前、地球サイドはシャンバラに宣戦布告せざるを得なくなる。今の緊張状態はある意味理想だと思うけど、十人評議会には『これ以上学校勢力が愚かなことをしないように』、現体制を破壊しなければならないと考えている者だっているわ。もっとも、きっとそいつの裏には個人的な思惑があるのでしょうけど」
「国家単位で見れば衝突を避けるのは難しい。けれど、もっとミクロな単位で考えれば協力し合うことも可能、ということか」
「少なくとも、シャンバラの中でも中立に近い学校と姉妹校協定を結べれば、この学校がシャンバラへの抑止力になれる」
「協定を結んだ学校ごと排除しかねないな、今のシャンバラなら」
「期待はしていないわ。あくまで可能性の話よ。あなたがロイヤルガードなら、それこそ上手く取り計れるかもしれないし」
「ロイヤルガードって言ってもただの公務員だよ。そんなに偉くはない」
 実際は軍の左官待遇な上、権限も色々と与えられる身だが、そこは伏せる。
(しかし、敵とも味方とも取り難い女だ)
 どこまでが建前で、どこまでが本音か一切分からない。
「まあ、あたしとしては戦争になろうが協定を結ぼうがどっちでもいいことよ。どっちに転んでも面白そうだしね」
 見透かしたように正悟と目を合わせてくる。
「このシスター・エルザ。誰の敵でも、味方でもないわ。単にこっち側にいるのは、こっちの方が色々と面白いものが見れるから。まあ、たまにこうやって手伝ったりはするけど、基本はただの傍観者よ。その上で、聞いておくけど……」
 再び正悟に選択を迫ってきた。
「あなたはどっち側から世界に関わりたい? 『目的』がある以上、あなたは傍観者にはなれないわ。ああ、答えなくていいわよ。坊やが行動を起こせば、それが答えになるのだから」
 このまま残るか、それともシャンバラに戻るか。
 残ったとしたら次は何をやるか。戻ったとしたら何をすべきか。

 幼い姿のシスターは、葛藤する正悟をただニヤニヤしながら見つめていた。