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第四師団 コンロン出兵篇(最終回)

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第四師団 コンロン出兵篇(最終回)

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別章 コンロンの世界樹(4) 世界樹の試練

 
 
ユーレミカ共闘 〜雪だるま協奏曲〜
 
 積もった雪、ユーレミカの軍閥ズキーン、そして教導団世界樹班の面々。
 目の前にある全てを強引に巻き込んだ雪玉の旅は壁――そうユレーミカの街の中でその短くも豪快な旅を終えた。
 ガッ! ドコッ!
 鈍い音を立てて巨大な雪玉が四散した。
 四散した雪玉は小さな礫となり、雪原へと吸い込まれる。
 そして――
 そこから、新たな生命。
 逆三角形の目、四角い口、赤いバケツ――見るからにガラの悪い凶悪な雪だるまが次々に生まれてゆく。
 シャギャー!!
 立ち上がった無数の雪だるまたちは手当たり次第に町に攻撃を開始した。
 あまりのことに呆然と立ち尽くしていたズキーンたちは我に帰り頷き合うと、雪だるまの凶行を止めるべく動きだした。
 そして、雪に覆われた街の一角。
 件の雪玉のぶつかった跡が不自然に盛り上がっている。
 ピョコ! ピョコピョコ! ピョコ! ピョコピョコ!
 そこから生まれたのは――もとい、顔を出したのは教導団世界樹班の面々であった。
「――確か、世界樹の試練とか言っていたな。誰がそれを受けているというのか。
 キリっとした顔で周囲を伺うのはイレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)
「そう聞こえましたな。その中に魔王軍や逃げたブルタさんが入っているとも考えられます。ええーい。教導団世界樹班がなんたる様かー!!」
 ダリ髭弁髪を揺らしながら叫ぶのはマリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)
「でも、このまま放ってはおけないですぅ。私達は世界樹ともユーレミカの謎頭巾さんとも敵対するつもりはないのですぅ」
 首を振って雪を払い落としながら、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)
「そうですぅ。私達は争いを求めてきたわけではないのですぅ」
 メイベルの主張にヘリシャ・ヴォルテール(へりしゃ・う゛ぉるてーる)が同意するように顔を出せば、その後にセシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が続く。
「そうですわ。きっとエリシュオンは西王母を狙っているはず。
まして、コンロンの世界樹がシャンバラの人間と契約を交わすかもしれないこの機を逃すとは考えられませんわ」
「西王母を守らなきゃだね! 早く、雪だるまさんとズキーンさんたちを止めないと」
「ふぅむ。確かにわてらがここで手をこまねいている場合ではないでありますな。しかし、何故雪だるまなのか……」
 と、黙って話を聞いていたイレブンが、天啓を得たとばかりに手を打った。
「――流石は軍師! それだ。雪だるま――我々は雪、この大地に導かれて我々はここに来たのだ!! 試練の最中、警護をしろと!!」
 それはどこの御都合主義か。
 だが、しかし、その言葉は的を射ていた。
 正しい。今、ユレーミカでこの凶行を食い止められるのは自分達しかいない。
 そして、その行為は教導団のこの地における理念とも一致する。なんの問題もない。
「わては第四師団軍師でありますぞ。者ども、わてに続けー!! ふんぬー!!」
 マリーが渾身の力を込めて雪から抜け出そうとするが叶わない。
 何故なら今世界樹班の面々がいる雪玉は転がり続けたことによって根雪となってしまったのだ。
 ちょっとや、そっとのことでは壊れない。
「何たる様かー!! これでは手も足もでないでありますぞ。最終回! 花道に! やり直しを要求するでありますー!!」
 動けない手足の代わりにダリ髭と弁髪がいつもの倍激しく揺れる。
「落ち着きなよー。マリちゃん」
「そうそう。今出してあげるから☆」
 と、カナリー・スポルコフ(かなりー・すぽるこふ)カッティ・スタードロップ(かってぃ・すたーどろっぷ)の姿が飛び込んできた。
 いつの間に雪から抜け出したのか。二人は自由になった両手を一同に振って見せる。
 カッテイは『盛夏の骨気』を使い、雪を溶かして抜け出し、隣にいたカナリーを助けていたのだ。
「順番に行くから、少し我慢してね〜」
 同じようにカッティが雪を溶かし、カナリーが緩んだ雪を掻き分ける。
 程なくして全員が雪の中から出てきた。
 改めて周囲を見回せば――酷い有様であった。
 さきほどのマリーたち同様幾人ものユーレミカの軍閥が雪に呑まれ、あるいは転がる雪だるまに押し潰されている。
「大変ですぅ〜」
「早く加勢に入らねば。きっと、彼等もわかってくれる」
「ふふり。さぁ、ここが世界樹班の踏ん張りどころですぞ!!」
 八人は顔を見合わせるとそれぞれに走り出した。
 
 * * * 
 
 メイベル、セシリア、フィリッパ、ヘリシャは凶行を繰り返す雪だるまを止めようと駆けて行く。
「きっと、私達を助けてくれたイレブンさんのミニ雪だるまさんが関係しているのですぅ〜」
「――そうか。あの時、僕たちはズキーンさんたちに襲われていたから」
「悲しい勘違い、行き違いというわけですわね」
「なら、メイベル。あなたの友達でもあるそのミニ雪だるまさんに協力してもらえれば――」
 この不毛な諍いを止められる。
 そう信じて、少女たちは狂気の雪だるまがズキーンに体当たりをしようつする、その中央に割って入った。
「待ってくださいですぅ〜。この人たちは雪だるまさんたちの敵ではないのです!!」
「そうだよ! 話を聞いて」
 メイベルとセシリアが雪だるまに対峙し、その隙にフィリッパとヘリシャがズキーンを助け起こす。
「私は」
「僕は」
「わたくしは」
「私は」
「「「「争うためにきたんじゃない」」」」
 その四人を庇うようにメイベルの懐からミニ雪だるまが飛び出した。
 
 
 イレブンとカッティは世界樹へと続く坂道を駆け上がる。
 足元の悪さをものともせず、騎狼は雪を蹴散らしてゆく。
 と、二人の視界を黒い影が過ぎった。
「あれは――帝国の龍騎士。上空から世界樹を目指すか」
「そんなぁ!? それじゃあ、間に合わないよ」
 地上の騒ぎをよそに空を進む龍騎士たち。
 気付きはしたが、ここからでは届かない。間に合わない。
 が――一直線に世界樹に向うかと思った一団は上空で大きく旋廻して進路を変え、森の方へと降下してゆく。
 それはまるで、見えない何かに阻まれているかのようだった。 
「流石はコンロンの世界樹――結界か何か、か。しかし、龍騎士が攻めてくるのは必至」
 どちらに回るか。
 そう思案するイレブンにカッティが告げた。
「見て、イレブン」
 指差す方向を見れば雪原を進む一団があった。
「おぉ。あれは教導団からの援軍! よし。私達は雪だるまをなんとかするぞ」
「任せてよ!」
 と、二人が眼下を見下ろせば、雪だるまが今まさに数人のズキーンを飲み込まんとしていた。
「飛ぶんだよ、イレブン!」
「――いいだろう。行け、カッティ!」
 駆け下りる騎狼の背からイレブンが勢いよく飛び出す。
 一気に雪だるままでの距離を縮めるが、まだ届かない。
 受身をとって坂を下るイレブンの背から、今度はカッティが飛び出した。
 肩を踏み台ににして、雪だるまに迫る。
「これぞ三段ロケット作戦だよ! ほわちゃあ!!」
 手から放たれた衝撃波が雪だるまを粉砕する。
「私達とあなた、トモダチアルネ! トモダチなら輪をつくるアル。それで世界樹を囲んで、敵から守るアルネ!」
 随分と流暢になった似非中国語。それで精一杯敵意がないことを示し、イレブンは手を差し出した。
 
 
「ふんぬー!!」
 三メートルある巨体が壁となって雪だるまから飛んでくる石礫ならぬ雪――いや氷礫を遮る。
 その背後には数人のズキーンたちとカナリーの姿がある。
「カナリー。まだ、イレブンのミニ雪だるまの見つからないでありますか?!」
「まだだよー。狂気の雪だるまの赤いバケツは攻撃色なんだ。きっと仲間を酷い目にあわされて怒ってるんだ」
 ガサガサと雪を掘り進めるが探し物は見つからない。
「ねー。頭巾さんたちも手伝ってよー。青いバケツの小さな雪だるまなんだよ」
 ぶっちゃけ酷い目なる結果を作ったのは世界樹班。
 ひいてはイレブンな気がしなくもないが、それはこの際おいておく。
 カナリーの言葉。そして、身を挺して自分達を庇うマリーの姿に何かを感じ取ったのか。
 一人、二人――頭巾姿の軍閥たちはカナリーの横に並んで雪を掘りだした。
「えぇーい!! 雪だるまなぞ、動いているカキ氷も同じ! 平らげてくれるであります!!」
 そう叫ぶや否や、マリーは手近な雪だるまに踊りかかった。
「むはー!! 誰か、ブルーハワイシロップを持てー!!」
 
 * * * 
 
(ククク。楽しいねー。面白くなってきたじゃないですか)
 暗闇の中。誰にも知られない、手の届かない場所。
 安全なその場所で女――テオドラ・メルヴィル(ておどら・めるう゛ぃる)は笑った。
 外ではコンロンの世界樹・西王母を有する街ユレーミカが大変なことになっている。
 街を蹂躙するのは凶暴化した無数の雪だるま。
 そして、帝国の龍騎士もが迫っている。
 混乱して走り回る教導団と土地の軍閥の姿はどこか滑稽で。テオドラを酷く愉快な気分にさせた。
 何よりも面白いのは、自分の行為に怯え、自責の念に潰されそうになっている教導団のグロリア・クレイン(ぐろりあ・くれいん)の様だった。
 そう――テオドラはグロリアの中にいる。
 肉体を持たない、奈落人――宿主であるグロリアに破壊の衝動を囁く存在なのだ。
 
 街の中心から少し離れた場所でグロリアは呆然と立ち尽くしていた。
 後方には西王母がそびえ立ち、前方ではユーレミカの街が蹂躙されている。
「わ、私。どうして――どうして、あんなことを」
 我が身を抱き締めてグロリアは苦悩する。
 案じるようにレイラ・リンジー(れいら・りんじー)がグロリアの手を握れば、アンジェリカ・スターク(あんじぇりか・すたーく)が肩を抱く。
「落ち着いて、グロリア。ユレーミカが混乱しているのはあなたのせいじゃないわ」
「でもっ。でも――私、マリーさんを、仲間を裏切って……ブルタさんと魔王軍を……」
 今、彼女を支配しているのは強い自責の念。
 世の中の悪いこと全てが自分のせいな気がしてならなかった。
 俯くその頬を後悔の涙が伝う。
 レイラもアンジェリカもかける言葉を見つけ出せず、震えるパートナーの背を労わるようにただ撫でた。
 
 どれくらいの間、そうしていたのか。
 グロリアはようやく顔を上げた。
 「レイラ」
 レイラは頷くとフリップボードに「私はあなたを助けます」と書いた。
 これが極端に口数が少なく、人見知りの激しい彼女の精一杯だ。
 「アンジェリカ」
 「ええ。行きましょう。後方支援は任せてちょうだい」
 アンジェリカはにこりと微笑む。
 「グロリア・クレイン、以下三名。これより教導団世界樹班の元に帰還します」
 後悔は十分した。
 なら次にすることは――失敗を取り返すことだ。
 「もう、自分のうちなる声には負けません。さあ、軍閥の方を助けて、世界樹を守ってみせる」
 一歩踏み出すグロリアにレイラとアンジェリカは続く。
 二人の視線はパートナーではなく、彼女の奥底に潜む存在を射るように睨み付けていた。
 もう二度とあんなことは許しはないしない――その決意を胸に、二人はパートナーに続く。
 
 * * * 
 
 散開した世界樹班の面々とユレーミカの軍閥はいつの間にか肩を並べて戦っていた。
「大変だ。軍師。龍騎士の一団がユーレミカに向かっている」
「何ですと!? 本営からの援軍は?! 残してきた道満からの連絡は?!」
「だいじょーぶ。援軍はこっちに向かってたよ」
「帝国の奴等が到着するまでにこの雪だるまだどもを片付けるであります!! 者ども、怯むなー!!」 
 互いに支えあい、助け合い、いつ果てるともしれない雪だるまの猛攻に耐える。
 何体かの雪だるまはメイベルたちの説得が通じたのか、赤いバケツから青いバケツの雪だるま――動かぬただの雪だるまに戻っている。
「話せばわかってもらえるのですぅ〜」
「あは。じゃあ、カナリーちゃんの読みはあたってたんだね」
「しかし――肝心のミニ雪だるまは」
「まだ探索中であります」
 諭され、崩され、あるいは喰われ、数の少なくなった狂気の雪だるまは不意にその動きを止めた。
「なんだ?! まさか、合体するというのか?!」
 イレブンの言葉通り雪だるまたちは一箇所に集い、巨大化する。
「「「「――キング雪だるま」」」」
 ズシーン! ズシーン!
 重量感たっぷりの巨大な雪だるまが迫る――
 が、急に融合したため上下のバランスが悪いそれは、マリーたちの前にではなく、横滑りに傾いだ。
 そして、その先には。
 未だ、ミニ雪だるまを探すカナリーがいた。
「いかん!?」
「カナリー!! 逃げるであります!!」
「へ?」
 呼ばれて、振り返るカナリーに雪だるまが倒れこもうとしたその瞬間。
「危ない!!」
 誰かがカナリーを突き飛ばした。
 ズドーン!!
 倒れこむと同時、キング雪だるまははらはらと崩れゆき、周囲に雪が舞う。
 突き飛ばされたカナリーの腕の中には小さな雪だるまが。
 そして、雪の中には――グロリアが倒れていた。
「――!!」
「グロリア!」
 レイラの声なき悲鳴とアンジェリカの声が響く。
「レイラちゃん、アンジェリカちゃん……どうして?」
「どうことでありますかな?」 
 カナリーの言葉の後をマリーが継いだ。
 どうしてには二重に意味がある。
 何故裏切ったか。何故今助けに戻ってきたのか。
「……ごめん、なさい。でも、私、みんなに謝りたくて。助けたくて――無事でよかった」
 それだけを伝えるとグロリアはその場に倒れ伏した。