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地球とパラミタの境界で(前編)

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地球とパラミタの境界で(前編)

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bold}・1月20日(木) 15:30〜


「いい酒が手に入りました。一本取れば、お付き合い願いたいのですが」
 綺雲 菜織(あやくも・なおり)は、イズミ・サトーパイロット科長に願い出た。
「分かった。全力で来い。わざわざ私を呼び出したんだからな」
 科長という立場上、彼女が生徒との訓練に出てくることはほとんどない。おそらく、最後に生徒との戦闘を行ったのは、年末の九校戦だろう。
「行こう、美幸」
「はい、菜織様」
 有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)と共に、不知火・弐型に乗り込む。
「いってらっしゃーい!」
 彩音・サテライト(あやね・さてらいと)に見送られ、カタパルトへと機体が運ばれた。暗闇の中、左右のランプが直線状に点灯する。
 スロットルレバーを押し倒し、カタパルトから機体が射出された。光が飛び込み、眼前に見渡す限りの青が広がる。
 科長のイーグリットの姿は、すぐに見つかった。
『あれから一年。どれだけ成長したか――見せてもらおうか』
 一年前。ヴェロニカがこの学院にやってきて、レイヴンの公開試運転が行われた日。あの時は三対三の小隊戦だったが、今回は一対一の勝負だ。それに、「覚醒」もない。
 イーグリットが両手でビームサーベルを握り締めている。「掛かって来い」ということだろう。
 射撃程度、全て機動と刃で捌けるという自信。そしてそれが慢心ではないことを、菜織はよく知っていた。
(行きます、イズミ科長)
 高度一万メートルでの音速を超えたぶつかり合い。
 銃剣付きビームアサルトライフルによる牽制を行いながら、菜織は【不知火・弐型】を接近させた。相手もまた、こちらへ飛び込んでくる。
(菜織様、右から来ます!)
 音速の壁を超えた瞬間にやってきた「波」が、それを告げていた。わずかな空気の揺れ、駆動音の違い。レーダー・センサー類でも捉えきれないそれらを、いかに感じ取れるか。菜織、美幸共に感覚を研ぎ澄ませた。
 機体を回転させ、科長の機体からの攻撃に備える。
 だが「こちらがイーグリットの機動を読んで対応すること」を、向こうが読んでいた。反応速度、機動共にジェファルコンである【不知火・弐型】の方が上。ならば、ギリギリのところで一旦減速し、距離を取る。そしてタイミングを外された【不知火・弐型】へ急接近し、斬撃を繰り出せばいい。
 しかし、この「隙」こそ、菜織が想定していたものだった。
 「予想通り」科長が一瞬減速して停止する素振りを見せた。だが、こちらは新式ビームサーベルの斬撃を繰り出さなかった。
「参る!」
 向こうが止まりかけたその一瞬、背部のスラスターを噴かし、イーグリットへと肉薄した。
『「−0.5秒」と一つ目の壁は突破したようだな。大したものだ』
 新式ビームサーベルの斬撃をイーグリットが受け止めた。肩部のスラスターによる推力を瞬間的に上乗せすることで、【不知火・弐型】のサーベルを弾いた。
 直後、サーベルを片手に持ち替え、瞬時にビームライフルをイーグリットが引き抜く。だが、菜織も弾かれたその瞬間に新式プラズマライフルの準備をし、引鉄を引いた。
 反動を利用し、【不知火・弐型】が後退する。ぶつかり合った二つのエネルギーは拡散し、消滅した。
『ふ、ここまで心が躍るのは久しぶりだ。賢吾の相手を最後にしてやった時以来か。お前達の成長は、私の予想を遥かに超えている。九校戦で負けたのが信じられん』
 いつも冷静な科長らしからぬ、興奮した様子が声からも伝わってくる。九校戦では接近戦に終始したがゆえのダメージの蓄積が仇となった。とはいえ、音速機動が不可だったり、フィールド制限があったりと、今とは状況がまったく異なる。
『科長、生徒会立候補者について、どう思いますか?』
 一旦間合いを取った今、それを尋ねてみた。
『なかなか面白いことになりそうだ。特に会長と副会長はな。聡も、あれでいて彼らしく、それでいながら真っ当な考えを持っている。なつめとはいい勝負になりそうだ』
 会長は、科長の中では聡かなつめらしい。
『さて、お喋りはここまでだ。行くぞ』
 勝負再開だ。
 二つの機体が向かい合う。【不知火・弐型】が新式ビームサーベルを振り下ろした。それを、イーグリットがかわし、エナジーウィング下部の死角へと回りこむ。一旦相手はスラスター――どころかフローターを一時的に切り、自然落下を行った。
 【不知火・弐型】の下方に来た瞬間、フローター、スラスター共に全開。青白い光は一万メートル下の海面すらも揺らした。
 【不知火・弐型】が瞬時に腰部のスラスターを回転させた。完全に回避するのは不可能。片腕が下部からの斬撃により破壊される。しかし、腕は初めから渡すつもりだった。
 サーベルが当たった瞬間回転機動を行い、こちらも斬りつけた。無論、向こうもこちらの行動は呼んでいる。腕を犠牲にして、カウンターを食らわせると。
 ビームサーベルを持つ腕を返し、対応してくる。その瞬間、菜織はアクセルギアを起動した。
「これで――どうだ!」
 サーベルが衝突すると同時に腰部スラスターを全開で噴出、回し蹴りだ。もちろん、その際に脚部も持っていかれる。
 だが、イーグリットの装甲は弱い。蹴りによって装甲が剥がれ落ち、機体も跳ね飛ばされていった。

 結果は、辛勝といったところか。そうはいっても、イーグリットであそこまでの戦いが出来るというのは驚愕だ。約束通り、酒を飲み交わす。そこで、改めて現生徒会長の言葉についての考えを、科長に確認した。
「あやめ会長の考えは真っ当かもしれない。しかし、それを元に妹が出てくれば『そうあらねばならなくなる』。それはあの時の私と同じです」
 科長に向かって、頭を下げた。
 かつて、ヴェロニカの義兄、エヴァン・ロッテンマイヤーを助けようとして、出来なかった。
「繰り返したくはありません。そのために、この地では誰もがわだかまりなくいられるようにしたい」
 パイロット科の中から『人』を繋げ、誰もが不安を抱えず何でも言い合うように。それは、あやめやなつめではなく、聡の考えに近いものだ。
「……あやめは、自分の妹を後釜に据えようとは思ってない。妹は『保険』だ。あの姉妹は試しているんだ。この学院を担う者達を。山葉 聡が、涼司や環菜の存在に縛られず、自分の意志を持って、この学院を導けるかを」
 聡がシャンバラ寄りの考えであり、たとえ学院の生徒がそれを支持したとしても、あやめには脅しや裏工作をせず、人の意識を変えることが出来るだろう。科長はそう告げた。
「あやめは切れ者だ。何の力も持たない契約者であるがゆえに、かつての役員会は生徒会長になった彼女を放置し、これまでのように利権第一で学院を支配していた。だが、それが彼らの寿命を縮めるきっかけとなった。サイオドロップ――OB・OG会と役員会の二重スパイを行い、風間とは別ルートで役員会を破滅に導こうとしていたのが彼女だ。それを役員会に気付かせていたがな。それでいながら、役員会は彼女に手も足も出なかった。あやめが『ワースト』と呼ばれていたのは、連中にとって『最悪』な契約者だったからだ」
「どうして、私にそんなことを?」
「お前なら、学院を正しい方向に導いてくれると思ったからだ。もし、学院が今後進むべき道を違えたら、あやめは最悪の敵になる。それを伝えておく」