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なし

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地球とパラミタの境界で(前編)

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地球とパラミタの境界で(前編)

リアクション


・1月21日(金) 16:00〜


「うーん、誰に投票したらいいか……難しいです」
 白石 忍(しろいし・しのぶ)は、選挙活動を眺めながら、悩んでいた。体制が変わるということこそ耳にしていたが、どういう風になるのかといった内実はまだ分からないことの方が多い。
 この街と学院の特殊性はあるものの、厳しく管理されたくはない。パートナーのリョージュ・ムテン(りょーじゅ・むてん)のためにも、自由な体制を掲げる人を支持したいところだ。
 聡もなつめも、生徒を変に縛るような考えはしていない。だが、どちらかといえば聡の方が緩い印象は受けた。
「なあ、なつめちゃんはなんで会長に立候補したんだ? 天学をどんな学校にしたいんだ?」
 リョージュがなつめに声を掛けていた。
 彼女は姉以上にオーラを放つ容姿なため、見つけるのは難しいことではない。とはいえ、忍は話すのが苦手であるため、リョージュの後ろについて話を聞くことにした。
「……あ、あの……わ、わたし……人とお話しするのが苦手で、すみません。高等部超能力科二年の白石です……よければ、その……聞かせて下さい」
 なつめが穏やかな笑みを浮かべた。
「一番の理由は、お姉様が基礎固めした体制を守りたいから。あとは、五艘 あやめの妹とか、七聖 賢吾のパートナーっていう色眼鏡で見られるなつめじゃなくて、なつめ自身を証明したいから。生徒一人一人の自由は、約束する。それと、公約としては『学校行事の充実』が一番重要」
「そういえば、聡は食事会だか意見交換会ってのを掲げてたな」
「それも一つの考えだと思う。なつめとしては、九校戦みたいな学院が主導する交流行事、学園祭や、海京の都市ぐるみでの夏祭り、みたいなものがいいかなって。学科の枠を超えた交流は、多くても困るものじゃないと思う」
 もちろん、それとは別に学院内での監査委員、風紀委員との連携や、イコンの取り扱いに関しての制約というものもしっかりとまとまっていた。
「だけど、自由と無法は違う。二つの世界のバランスを崩すような――テロ行為に加担したら、その時は……処分する」
「処分?」
「別に、命を取るってわけじゃない。ただ、責任を取ってもらうってこと。それが誰であろうと容赦はしない。仮にお姉様だったとしても。自由にはそれだけ重い責任が伴うってことは、ちゃんと説明しとく」
 聡よりもはっきりと、その点をなつめが強調した。
 地球とシャンバラ、どちらも大事だからこそ、そのバランスは必要だと忍は感じる。そのバランスを脅かす者に対し、容赦はしないというのがなつめだ。聡の場合は世界のバランスというよりも、正義だろうが悪だろうが「他者を傷つけるような真似は許さない」というのが聡である。
 どちらもいい部分、悪い部分が明確なため、なかなかどちらが相応しいかというのは決め難い。
 そこへ、演説の声が聞こえてきた。
「我々は先の戦いにおいて多くのものを失った。しかし、これは敗北を意味するのか?」
 深刻な顔をしてマイクの前に立っているのは、ミルト・グリューブルム(みると・ぐりゅーぶるむ)である。
「否! 新生・天御柱学院の始まりなのだ!」
 拳を上げ、高らかに宣言した。
「と、言う訳で『新生・天御柱学院』始まりの印として、ボクが生徒会長になったアカツキには、女子の制服の裾を3cm短くします! そして中等部の男子制服は全部半ズボンを義務化します!」
「……ちょっと、短すぎる気がしますけれど」
 その横でペルラ・クローネ(ぺるら・くろーね)が恥かしげに、3cm短くした制服のスカート姿を披露し、壇上でくるりと回ってアピールした。見えそうで見えない、絶妙な長さである。また、半ズボンはミルトが履いていた。
「スカート丈、3cmだと!」
 リョージュが反応した。スカート丈の長さが3cmではない。今の丈から、3cm短くなるのだ。
「え? スカート丈って……リョ、リョージュくん、そんなことで会長を……」
 忍があたふたするものの、彼はどうやら心を決めたようである。
(せめて私だけでも、ちゃんと会長を選ばなきゃ。スカート……短くなったらどうしよう)
 顔が紅潮していくのを、忍は感じた。
 そんな中、別の人物の演説も始まるようであった。平等院鳳凰堂 レオ(びょうどういんほうおうどう・れお)である。
(副会長はレオさんがでるのね……カノンさんの彼氏という話だし、彼なら大丈夫なんじゃないかしら)
 強化人間が実験に使われたりしない学院に、彼ならしてくれそうだ。

 レオの脳裏には、先日リハビリに付き合った賢吾の言葉が焼きついていた。リハビリ、といいつつやったことは生身での戦闘訓練であったが。賢吾が古流剣術の使い手で、しかも、元々生身の戦闘力も非常に高いレベルにあったことが判明した。
『君には、確かに一本硬い芯がある。けれど、硬ければ硬いほどに、折れやすくなる。力の使い方を説く君自身が、力に飲まれる可能性は十分にあるんだ。「激情」に身を委ねることも、それが行動の原動力になるのも、悪いことではない。それは人間らしいものだからだ。だけどね、それを自分で制御出来るのもまた、人間らしさなんだよ』
 好きな女の子を守るために力を手に入れ、振るうのはいい。だが、守る対象がその子だけであった場合、その一人のために誰かを傷つけてしまえば、結果的に守るべき者を傷つける結果に繋がる。
 そのことを肝に銘じ、言葉を紡ぎ出した。
「僕らには力がある。他校よりも強力なイコン、運用体制、技術――これらによって、天御柱学院の生徒は、高位契約者と渡り合うことだって出来ます。力を振るうのは、いつだって人間の意志です。その力の使い方を誤ればどうなってしまうか、僕らは6月事件で思い知りました」
 そこから先は、アピールというよりも自分に言い聞かせるようなものだった。
「所有する力を自覚し、その力がもたらす結果を受け入れ、人の痛みを感じ、未来を作れる生徒会を目指す。けど、より強い力で別の力を律することはしません。それぞれが持つ異なった力を、それぞれが納得して同じ未来のために協力出来るよう、尽力すること。
 今の世界情勢は、地球は表面的には平和ですが、パラミタで起こった先の出来事を踏まえれば、決して楽観的に過ごせる状況じゃありません。でも、みんなで楽しく過ごせる学院を、仲間と笑い合える日常を目指しましょう。
 ……貴方は、大切な人の笑っている姿と泣いている姿、どっちが見たいですか?」
 そのための公約は三つ。
 三科だけでなくアカデミーとの相互理解を含めた交流の促進。
 学院の技術流出の防止。
 国軍との明確な立場の違いの表明。
 教官達は口癖のように、「俺達は軍人でもなければ兵士でもない」と言っているが、対外的には浸透しているとはいえない。はっきりと主張することが必要だ。

* * *


「あっ五月田センセー! ねぇ聞いて聞いて、お願いがあるんだけど」
 ミルトはスーツ姿の五月田教官を発見すると、すぐに頼みごとをした。ペルラも、軽く一礼した。
「随分と壮大なことを思いついたな……」
 彼が説明したのは、実のところ野望である。イコンシミュレーターをマイナーチェンジした、インターネット使用のヴァーチャルイコン対戦ゲームを地球と空京に設置し、どちらの世界の人も一緒に遊べるようにしたい、というものだ。
 ストーリーモードには2020年から21年にかけての戦時下のエピソードを投入。国家機密に関わる内容も多く、一部は今でも非公開なため、真実をなるべく正しい形で伝えるのは容易なことではない。そのため、コリマ校長にも打診中である。
 もっとも、最終決戦なんかは真実の方がむしろ作り話のように取られても不思議じゃないのだが。
 また、スポンサーに関しては静岡模型どころか、国内イコン関連メーカー最大手の『SURUGA』が付くかもしれないという状態である。この辺りは小谷先生が上手くやってくれているらしい。
 なお、これを聞いてもらうのは五月田で十人目だ。これまでに、先の二人に加え翔、アリサ、サクラ、ヴェロニカ、セラ、ドクトル、モロゾフに話している。あとはパイロット科のサトー科長だが、役職柄忙しいらしくまだ会えていない。
「声優か。まあ、案外実現可能性はあるようだし、学院の宣伝にもなるな。ただ、少し考えさせてくれ。選挙日には結論出す」
 さすがに、二つ返事とはいかなかった。現在OKをもらっているのは翔やアリサ、ヴェロニカといった生徒達である。セラに関しては「よく似てる似てるって言われるけど、わたしがその役でいいの?」という具合だった。
 この野望の理由を聞いてきたのは、ヴェロニカだった。彼女にとっては、やはり思うところがあったのだろう。だから、「一緒に来なかったノヴァが地団駄踏んで泣いて悔しがって『お願いですから仲間に入れて下さい』って時空をひっくり返して来たくなるような未来の先にするのが目的なのさっ」と笑ってみせた。
 何の力も持たなかったヴェロニカと、生まれながら強大な力を有していたノヴァ。二人は対称的でありながらも、奥底には通じ合うものがあったのかもしれない。原初のイコンに認められたあの二人は。理由を聞いたヴェロニカは優しく、けれど寂しげに微笑んでいた。
「あら、教官。ネクタイが曲がってますわ……ええ、もう少し右です」
「ん? おっと、いつの間に」
 手早く五月田がネクタイを直した。
「じゃ、選挙も頑張れよ」
 二人にエールを送り、彼は去っていった。
「ねぇペルラ。さっきなんで教官のネクタイわざと曲げさせたの? ちゃんとしてたのにー」
「内緒ですわ。そうですわね……しいて言えば、女の子は少し手が掛かる男の子の方が好きなんです」
「えっボクのこと!? あっペルラ何で先に行っちゃうの?」
 どこか上機嫌なペルラの心境は、今のミルトには推し量れなかった。

* * *


「悪い、待ったか?」
「いえ、今来たばかりですわ」
 東地区ではなく、西地区のカフェでオリガ・カラーシュニコフ(おりが・からーしゅにこふ)は五月田と待ち合わせをしていた。
 東地区のロシアンカフェでは知り合いに出くわす確率が高過ぎるため、芳しくないからだ。卒業後なら堂々と乗り込んでいけるのだが。
「ん、髪切ったか?」
「あ、はい、少し」
 気付いてくれたのは嬉しかった。五月田教官は鈍いところがあるが、ちゃんと自分を見てくれているような感じがした。
「真治さん、お忙しいところありがとうございます。相談に乗って欲しくて」
 気分よく微笑み、五月田と目を合わせた。
「あやめさん達は卒業後に各科に就職するようですが、私のような一般生徒も各科に就職出来るのですか?」
「可能だ。何も、教職だけじゃない。ここは学校であると同時に、研究機関でもある。軍隊ではないけどな。生徒として在籍していた者は職員採用の際、優先的に採用される」
 職員は基本的に研究職員と事務職員の二つだ。研究職は超能力科や整備科において特定の科目の単位を取得していることが条件になるが、事務職員は特に制限がない。パイロット科での進路は、教官あるいは教官候補や自衛隊、民間ではイコン技術関連メーカーだ。パイロットとして訓練を積んだ者は、商品テストを実機で行うために必要となる。外部に依頼するのと自社内で行うのとでは、コストも異なる――それこそ億単位の差となる場合もあるため、イコン操縦が出来る者は重宝されるのだ。他には、聖カテリーナアカデミーへの留学やF.R.A.G.入隊を希望している者もいるという。
「パイロット科の場合、オペレーターとしての採用もある。学生の身分だったとはいえ、前線での戦闘経験が生かせるからな」
 また、事務職員には三科長の秘書も含まれていた。こちらは公私混同を避けるため、学院の人事課と監査委員会の査察が入ることになっているらしい。
(真治さん直属は難しいし、迷惑も掛かりそうですけど、オペレーターやパイロット科の一般事務なら大丈夫ですよね!)
 自分の胸の内に言い聞かせる。
「そうですわね、これまで通信や策敵、支援をしていたのでそちらに進めれば」
「俺としても、それはお前に合ってると思う。ただ、採用試験の難易度は高いぞ? うちの場合、単なる通信機器の操作だけじゃなく前線から伝わってくる情報を正確に把握し、それを齟齬なく司令官・あるいは指揮官に伝えて指示を仰ぐところまで必要になるからな」
 生徒会執行部や各代表のような役職持ち以外の生徒の場合、学院に就職する場合であっても、採用試験を受ける必要があるという。
「俺としちゃ、今は戦時下というわけじゃないんだから、最初は事務職員として学院に就職して、そこから勉強してオペレーターへの道を進む方がいいと思う。パイロット科だけでなく、他の科に配属される可能性もあるから、広く色んなことが学べるだろう」
 オリガを思ってなのか、それとも本音に気付いてないのか。何だかもやもやしてくる。
「普通科で働くのもいいと思っているんです。新しい科ですから人手も足りないでしょうし」
 ふてくされたような態度で言った。
「確かに、普通科は……というより、学院は全体的に人手不足だな。普通科の場合、強化人間と一般地球人とのパートナー契約の斡旋も請け負うことになってる。そのマッチングとかもあるから、三科よりも仕事は大変かもしれないな」
 オリガの態度に気付いたのか、五月田がからかうように、
「なんだ、寂しいのか?」
 と目を細めた。
「い、いえ、そんな、確かに恋人同士だと会えなければ寂しいですけれど、し、仕事とプライベートのことも……」
 気付いてもらえたのは嬉しいが、今のは不意打ちだった。
「まあ、お前に手伝ってもらえれば俺も助かるんだけどな。ただ、若いうちは何事も経験だ。ってことを言いたかっただけだ」
「真治さん、年寄り臭いですわよ」
「恭輔のような奴の世話してりゃ、こんな風にもなるさ。まあアイツも、昔に比べりゃ大分マシになったがな」
 恭輔とは、野川教官のことだ。五月田とは防衛大時代の先輩後輩の関係だが、彼との話の中ではよく出てくる。その後のフランス外人部隊時代でのサトー科長との話題よりも多いくらいだ。
 それから話を戻し、採用試験のアドバイスをもらったり、各科の五月田が感じる雰囲気や印象といったものを教えてもらったりした。
「色々と教えて頂いてありがとうございました。これ、お礼ですわ」
 最後に、バレンタインにはまだ早いが手作りの本命チョコを鞄から取り出し、五月田に渡した。
「ありがとう」
 恥ずかしくて顔を俯けてしまっていたが、頭に掌の感触があった。
「頑張れよ。応援してるから」
 もちろん。とオリガは自分に言い聞かせた。