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なし

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地球とパラミタの境界で(前編)

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地球とパラミタの境界で(前編)

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・1月18日(火) 16:30〜


「分かりました。ありがとうございます」
 星渡 智宏(ほしわたり・ともひろ)は、天御柱学院の窓口を訪れていた。教職についての照会を行うためだ。
 教職については学科と実技があり、学科を担当するのが教員、実技を担当するのが教官となっている。もっともそれは書面上のものであり、実際に呼ぶ際には混同されているのが現実だ。
 元は学院の暗部へ挑む一歩としてパイロット教官を目指そうとしていたが、その矢先に6月事件が起こった。それが解決すると、暗部が一掃され、体制も新しくなった。それでも、パイロットの養成は終わらない。むしろ、あの戦争を経験しているからこそ、これからのその重要さが分かる。
 覚悟ある子達を護るために、大切なものを護るための力を得る手助けをするために。
 窓口では、教官採用試験の申込書が手渡された。合格すれば、晴れて教官として学院に在籍することが出来るとなっている。また、テストに落ちても、教官候補としてパイロット科の職員として学院に留まることも可能だ。その間、学院と提携している企業や海京区役所に出向しながら勉強することになるという。その場合、今とそう変わらない生活だ。
 教官の話も直接聞きたかったが、やはり当日に時間が取れる人はいなかった。そのため、アポ取りを行い、日程を調整してもらった。
(教官といえば……)
 そうだ、ちょうど今学院に頼れる人物がいる。身近に、と言っていいかは分からないが。学院に来ているし、ちょうどいい。
 携帯電話を取り出し、ダリア・エルナージにメールを送った。
「ダリア、ちょっと付き合って欲しい」
 学院にいると伝えてからすぐ、彼女がやってきた。学生生活も半年。どこか角が取れた印象を受けた。
「珍しいわね。リンの実機訓練がない日に学院にいるなんて」
「ちょっとした用事があったからな」
 そこへ、時禰 凜(ときね・りん)がやってきた。ダリアのパートナーであるレイラ・サイードも一緒である。
「それじゃ、どこかゆっくり座れるところに行くとしようか」
 真っ先に思い当たったのは、東地区にある天学関係者御用達のロシアンカフェだ。そこで話すことにしよう。
「いらっしゃいませ。四名様ですね? どうぞこちらへ」
 それなりに混んではいるが、辛うじて空席があった。四人でテーブルを囲んで腰掛ける。
「アカデミーの頃……」
 切り出そうとして、違うなと気付いた。今の彼女は教官でもなければ軍人でもない。普通の学生なのだ。向こうも、話すなら学生生活がいいのだろう。
「アカデミーとはまた趣きが違うだろう。学院生活はどうだい?」
 ダリアが笑顔を浮かべた。それは、初めて智宏に見せた表情だった。
「最初は整備科で慣れないことも多かったけど、楽しんでるわよ。ベルイマンのおやじさんや、教官長の姐さんには『整備舐めんな』ってこっぴどく怒られたりしたけど。なんというか、しばらく先頭に立ってたから……色んなことがすごく新鮮ね」
 ウクライナでの共同作戦や聖戦宣言に基づく開戦時に出撃したパイロット以外は、彼女がF.R.A.G.の第一部隊の隊長だとは思わなかったらしい。確かに、新設の軍隊の指揮官が、こんな少女だとは誰も思うまい。しかも、口調もF.R.A.G.にいる時とは違うのだ。
「そういえば、留学生がイコンシミュレーターを荒らしているって聞いたが?」
「だって、操縦しないと腕が鈍るじゃない」
 ダリアがシミュレーターを使うと、設定が滅茶苦茶なことになるらしい。毎回トップの成績を塗り替えているものの、いつもバグ扱いされるのだとか。
(まあ、本来パイロットとしては学院の生徒を凌いでるからな……)
 来た当初はエルザ校長に文句を言ってはいたが、十分学院を満喫しているようである。

(もうね、智宏さんずっとダリアさんが心配でソワソワしてるの)
 智宏とダリアを横目に、凛とレイラはテレパシーで会話していた。
(ダリアも。連絡があるだけで、動揺したり、会えるかもしれない日は、髪型や化粧に気を配ったり。前のダリアじゃ、考えられない)
 ダリアは、どうやら智宏に気があるようだ。レイラに関しては、学院にはテレパシーが使える人が多いから意思疎通にはそれほど困らないようである。また、彼女自身もこの半年で習得したとのことだ。
(智宏さんの場合、私達と似たような歳だから、妹みたいに見てるか、女の子として見てるか、困惑してるんだと思う)
 立場が戦場じゃなくなったため、距離感を見失っているのだろう。そして、おそらく今の智宏は後者だ。凛としては複雑ではあるが、不思議と戸惑いはなかった。彼を少しずつ、兄として見れるようになってきたからだろうか。
「お、ダリ姉はっけーん!」
 突如、威勢のいい女の子の声が聞こえてきた。
「ドミニク!?」
 ダリアが驚いているようだが、知り合いだろうか。歳は十五、六くらい。肩口まである紫の髪を、一部だけ三つ編みに束ねているのが特徴だ。
「やほー、レイラちゅわーん。むぎゅー」
 今度はレイラを抱きしめる。彼女も困惑しているようだ。
「相変わらずなようだが、何しに来た?」
「校長センセーから、これを届けるために。あと、ヴェロニカ・シュルツ(べろにか・しゅるつ)って人、どこにいるか分かる?」
「はい、私……だけど」
 ホールスタッフを務めていたヴェロニカが反応した。
「お、こんな近くにいるとは。はい、これ」
 紫髪の元気娘が手渡したのは、手紙だった。
「多分ラブレターだよん。聖歌隊のナンバー2からの、ね」
 何かをヴェロニカに耳打ちし、こちらを振り向いた。
「それじゃ、ダリ姉、レイラちゃん。今度は向こうで。年頃の女の子なダリ姉、かーわゆい♪」
 颯爽と現れ、そして去っていこうとする。
「おにーさん、教官目指してるんだ? 立派な教官になって、ダリ姉を引っ張ってってねー」
 いつの間にか、彼女の手元には教官採用試験の申込書があった。凛も智宏も、それが取られていたことに気付かなかった。それを智宏に返し、少女はカフェをあとにした。
「何だったんだ、今の子は?」
「……アカデミーの生徒よ」
 ダリアが届けられた封書を確認した。
「聖カテリーナアカデミー第五位。私が向こうにいた時は、第七位だったのに。しかも、『聖歌隊』の正規組になったのね」
「『聖歌隊』?」
「エルザ校長によって選ばれたアカデミーのトップパイロット達よ。あの人独自の基準があるらしく、七組で固定。一応、第一部隊の隊員と一対一で戦って勝てる実力がある、っていうのが基準になってるけど、多分私がいたときよりも厳しくなってると思うわ。その七組のうちの五番目が、さっきの子。まあ、元々『聖歌隊』の候補というか、アカデミーのトップ層は一癖も二癖もある子ばかりなんだけどね」
 だが、実力は確からしい。特に、一位と二位は下手をすればダリア達を追い抜いている可能性もあるという。
「まあ、向こうではあの子も教え子に当たるわけだけど、大体あんな感じよ。歳が近いからってのもあるのかもね」

 話し込んでいるうちに、帰る時間となった。
「送っていくよ」
 智宏は、ダリアを学生寮まで送ることにした。相手は女の子だ、ちゃんと送り届けなければ。
「途中、おかしな子が紛れちゃったけど、今日はありがと」
 彼女が寮に入るのを見届け、帰路についた。

* * *


「一体何だったのかなぁ……」
 謎の少女が去った後、ヴェロニカがぽつりと呟いた。
「あ、リオさんも立候補してたね」
「……うん、庶務に」
 フェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)は、ヴェロニカにそれを報告した。といっても、選挙活動期間でもあり、既に彼女は知っていたようだ。
 ヴェロニカは立候補したのを意外そうに思っているらしい。
「……んー、内申点稼ぎとか言ってた気がする。ヴェル達は何で立候補したの?」
 別の理由もあるのだが、それは伝えられない。
(エヴァンからヴェルのこと頼むって言われたのもあるけど、本人には秘密だしなぁ。そういえばエヴァンって今何処にいるんだろ?)
 新しい生き方を探すとか言ってたが、彼のその後は不明だ。
 『ライセンス持ち』と呼ばれる国連発行のライセンスを取得した、国連直属のイコンでの(戦闘以外の)自由行動が許される凄腕のパイロットが三人(正確には三組)いるが、パイロットの個人情報は明かされていない。
(まさか)
 だが、どこにいても飛んでいくとか、謎の正義の味方の美女とか冗談めかしてたことも考えると、あり得るかもしれない。
「ヴェル?」
 ヴェロニカが首を傾げる。
「……ん、愛称とかで呼び合うってちょと憧れてたし。嫌なら……止めるけど」
「ううん、嫌じゃないよ。今まで、愛称とかあだ名とかで呼ばれたことがなかったから」
 微笑み、言葉を続けた。
「私は、みんなへの恩返しかな。ちょうどここに来て一年経つけど、ずっとみんなに助けられてきたから」
 ヴェロニカらしい理由だ。
「……あ、さっきの見なくていいの?」
「気になるけど、終わってから確認するよ」
 彼女はまだバイト中だ。
「それじゃ、ごゆっくり。いらっしゃいませ!」
 しばらくまったりしながら、フェルクレールトはリオが来るのを待つことにした。