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【四州島記 巻ノ一】 東野藩 ~調査編~

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【四州島記 巻ノ一】 東野藩 ~調査編~

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第四章  知られざる大地

「これが鈴音(スズノネ)です」
「これがそうですか。確かに、美しい花ですね」

 メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は、少女の言葉に素直に同意した。
 スズノネを一言で表現するなら、「百合と鈴蘭のハイブリッド」ということになるのだろうが、一つ一つの花に気品がある。

「なんというか、立ち姿に気品があります。こう『凛』としたというか……なぁエース」
「……」
「エース?」

 返事の無いエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)を訝しみ、顔を覗き込むエース。
 エースはスズノネに目を奪われたまま、身じろぎ一つしない。

「あの……。エースさん、どうかしたんですか?」
「あぁ、気にしないで下さいお嬢さん。こいつは時々こうなるんです。大丈夫。ほっとけば、そのうち治ります」
「は、はぁ……」

 不審がる少女に対しメシエは事も無げにそう言うと、そそくさと調査の準備を始めた。


「高さ50〜70センチ位。葉は長円形。先端は尖る。一対の葉の間より花茎を長く伸ばし、先端に白い釣鐘状の花を数輪付ける。芳香はやや強い。揺れると微かに金属様の高音がするが、原理は不明……と」

 果たして、エースは程なくして忘我の境地から帰って来ると、今度は熱心にスズノネの生態を観察し始めた。
 エースの言葉の一つ一つを漏らさぬよう、メシエが【籠手型HC】に記録していく。

「ねぇ、鈴音(すずね)さん。スズノネは球根で増やすんだよね?」

 相変わらず目はスズノネに向けたまま、エースが少女に訊ねる。
 エースたちをここまで案内してきたこの少女は、麓の村に住む老薬師の孫娘であり、自身も薬師の卵である。
 始めてエースに会った時には、いきなりキザな仕草で花を捧げられ大いに困惑していたが、エースはそれが普通なのだと分かり、すっかり慣れてしまっていた。

「はい。花が落ちるとしばらくして紅くて丸い実がついて、これから増やす事も出来ます。ですが、球根を剥いで植えた方が早いので、そうしています」
「やっぱり、栽培してるんだね」
「ここのスズノネは、みんな私が植えたものです」

 鈴音は、少し誇らしげに言った。

「スズノネの毒は、量さえ間違えなければ心の臓の薬になります。それに、漬け物にして毒を抜くと、とっても美味しいんです。昔は、スズノネの根が食べたいばっかりに、間違えて似た植物の根を取ってきてしまって、それで中毒になる人がいっぱいいたんです。こうして栽培することによって、村の人達はここの根だけを食べるようになりましたから、中毒になる人もいなくなりました」
「それは、素晴らしい取り組みです。ここまでこぎつけるのも、大変でしたでしょうに」

 メシエが、感心たように言う。

「偉いのは、お爺ちゃんです。私は、言われた通りにしているだけで……」
「いやいや。それでもスゴイよ。俺なんか、君ぐらいの年には遊んでばかりだったし」
「そ、そんな……」

 エースに褒められたのが嬉しかったのか、顔を紅くする鈴音。

「でも食べられるんだね、これ〜。今度、その方法教えてよ」
「いいですよ、ただし、ウチのお爺ちゃんの弟子なったらですけど」
「げ……。苦手なんだよなオレ、あのお爺さん」

 始めて会いに行った時、けんもほろろに追い返された事を思い出し、エースはうんざりといった顔をした。

「ちょっと花をプレゼントしただけなのに、『ウチの孫を誑かすつもりか!』とか言っちゃってさ〜」
「それだけ、お孫さんが可愛いんですよ……ぷぷ」

 とても100歳を越えているとは思えない勢いで、杖を振りかざして追い回す老人と、必死に逃げまわるエースの姿を思い出し、メシエは思わず吹き出しそうになる。

「お爺ちゃん、親代わりになって私の事育ててくれたから……」

 鈴音の両親は彼女が子供の頃、山で事故に遭って亡くなったと、2人は聞いていた。

「さて、後は写真を撮るだけかな」

 メシエがカメラを取り出し、セッティングを始める。

「え……?まだ採取が終わってないけど?」
「いいですか、エース。このスズノネ以外にも、この村には調べることが山ほどあるんですよ。せめて、一通り終わってからにしませんか」
「……そ、そうだね、うん」

 呆れ果てたという顔でメシエに窘められ、しゅんとするエース。
 そんな2人を見て、鈴音がコロコロと笑い声を上げる。
 名前に違わぬ、可愛らしい笑い声だった。



「よし、今日はこの沢を登るぞ!」

 そう言うと、林田 樹(はやしだ・いつき)は手作りの地図に赤丸をつけた。

「昨日の調査の途中で新しく発見したところだね」

 地図を覗き込みながら、緒方 章(おがた・あきら)が言う。

「なら、こたは、お空から、みんなあんないするれすを!」
「よっしゃ!今日こそお宝見つけてやるぜ!」

 林田 コタロー(はやしだ・こたろう)新谷 衛(しんたに・まもる)も、全身にやる気を漲らせている。

 樹たちは、東野藩北方にある、北斗山(ほくとさん)の地質調査をしていた。
 この北斗山は東野藩と北嶺藩の国境を成す嶺野山地に属する山であり、嶺野山地を北に進めば、北嶺山脈へとつながる。
 樹の狙いはズバリ、レアアースなどの希少鉱物である。
 これまでに四州島で、希少鉱物の捜索が行われたことはない。なら、見つかる可能性も高かろうというのが、樹の考えである。

「みんな、装備の点検は済んだな。よし、行くぞ!」

 樹の号令一下、一行は意気揚々と北斗山を登っていく。
 昨日までの調査で希少鉱物は見つかっていないが、樹たちのやる気は全く衰えていない。
 初めて見る、しかしどこか懐かしい感じのする自然に囲まれての調査は、それ自体が結構楽しかったりする。

「いいかみんな。それは浮石だから、うっかり踏まないように気をつけろ。その石の右側を踏んで、次はこっちだ」

 樹が《サバイバル》技術をフル活用して登山ルートを選定し、登っていく。
 しばらくは順調に進んでいたが、ついに問題が起きた。
 大岩が沢を塞ぐようにつきだしていているのだ。
 登って登れないことはなだろうが、水の流れる中岩を登るのは相当に骨が折れそうだ。

「チッ、このバンクを昇るのは面倒なだな……。オイ、魔鎧。この頭の上の大岩をどけろ」

 樹が、衛に指示を出す。力仕事は、パワードスーツに身を包んだ衛の役目だ。

「ん〜……。そいつを動かすのはマズイぜ、いっちー。その岩が要になってるから、下手に動かすと沢が崩れる恐れがある」

 見かけによらず、衛は《土木建築》に造詣が深い。

「何だと――。わかった。なら、迂回するしかないな。コタ?回り道したいんだが、行けそうな道はあるか?」

 素早く頭を切り替え、樹は【空飛ぶ箒】で上空を行くコタローに、ルート探索を指示する。

『ねーたん、そこから、右に行くれす!すこし行くと、上にのぼれるれすお!』

 程なくして、コタローが迂回路を見つけた。

「右だな、わかった。魔鎧!」
「へいへ〜い……あらよっと!」

 衛が行く手を阻む木をあっという間に排除して、道を作る。
 こうして一行は、巧みな連携プレーで沢を登っていった。
 そうして、2時間程も登っただろうか。

『あきと。この上に、ちそーがむき出しのとこ、あるお!すごくおっきー』
「ちそー……あぁ、地層か。よく見つけてくれた、コタ。樹ちゃん、この上だって。急ごう」

「スゲーな、こりゃ……!」
「お手本のような断層だね。地学の教科書に載せたいくらいだ」
「ね?おっきーれしょ!」
「へっへっへ〜。調べ甲斐があるぜ〜こりゃ〜」

 果たして、コタローが《捜索》で見つけた断層は、それは立派なモノだった。
 高さ10メートル程の滝のすぐ脇の崖に、一面剥地層がき出しになっている。

「よし。それじゃみんな、すぐに調査を始めよう。これだけの大きさだ。急がないと、サンプルを撮り終える前に日が暮れてしまう」
「了解だ!」
「やるお!」
「合点!」

 思い思いの返事をして、仕事に取り掛かる一行。
 確かにそれは、一日がかりの作業だった。

 まずはパワードスーツで、地層の塊を採取。
 パワードスーツで取れないほど高い所の地層は、樹が《スナイプ》して生じた破片をコタローが回収した。
 そうして得られた岩石を更に衛が【等活地獄】で薄くスライスし、検査用のサンプルを作成する。
 このサンプルの検査は、章とコタローの仕事である。
 今回一行は、調査団に参加している大学の先生から、最新式の携帯型測定器を借り受けていた。
 おおよその範囲ではあるが、短時間で岩石の組成が分かるというスグレモノである。
 章がサンプルを測定器にかけ、コタローはその結果を逐一【シャンバラ電機のノートパソコン】に入力していく。

 こうした地道な作業を、繰り返すコト数時間――。

「みんな、これを見てくれ!」

 章の緊迫した声に、皆で測定器のモニターを覗きこむ。
 そこには、サンプルの検査結果を示す棒グラフが並んでいた。

「これ……!すごい、すごいれすお!」
「えっと……なんて書いてあるの?」
「は〜っ、つくづくバカだな、魔鎧は。……で、章。これのドコがすごいんだ?」
「……いいかい章ちゃん。こことここ、それにこのグラフが突出してるだろう。この組成を示す鉱脈は、機晶石を産出する可能性が高いんだ」
「ナニ!機晶石だと!?」
「おぉ、機晶石!」
「まだあると決まった訳じゃないし、そもそもこの検査結果も簡易測定器でのモノだから、改めて精密に検査する必要がある。でも、もしこの測定結果が正しいなら――」
「正しいなら?」
「大掛かりに調査する価値があるってことだ」
「やったないっちゃん!レアアースなんか目じゃないぜ!」
「だから可能性だ、可能性。浮かれるのは、まだ早い」

 モニターに映し出されるグラフをじっと見つめながら、努めて冷静に言う樹。
 しかしその紅潮した頬が、彼女の興奮を如実に物語っている。

(機晶石か……)

 早くも樹の心は、まだ見ぬ機晶石へと飛んでいた。



「えぇと、マスター?私、山歩きでしたら慣れております故、折角ですからそちらの方へ参りませんか?」

 そんなフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)の何気ない一言から、一行は山を目指すことにした。

「ほら、あちらに見えるあの山。拝見する限り、あまり人が踏み入っていないように見受けられます。調査するには、もってこいではないでしょうか?」

 これまた、単に「目に付いた」というだけで行き先に選ばれた大直備山(おおなおびざん)
 しかし――。

「なぁコレ、『山歩き』っていうレベルじゃねーぞ……」

 山に登り始めて既に3時間。未だ5合目にもついていないという状況に、ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)はテキトーに返事をしたことを早くも後悔し始めていた。

 実は大直備山は標高こそ二千数百メートルながら、非常に切り立った登りにくい山でなのである。
 さらに「折角調査なのですから、将来は登山道が開設出来るよう、道を選んで行きましょう」と、《博識》《捜索》《方向感覚》まで駆使して、登りやすそうなルートを探しながら登っているので、登山スピードはどんどん遅くなった。
 しかも麓の村で、頂上付近にはまだ雪が残っており、更に白女輝岩(はくじょきがん)と呼ばれる奇岩まであると聞いたフレイは、すっかり頂上まで行くつもりでいる。

「なぁ、フレイ。ルート構築はまた今度にして、取り敢えず頂上まで行かないか?このままじゃ、山の中で夜を明かさないといけないぜ?」

 惚れた弱みで唯々諾々と付いて来たベルクだが、流石に堪りかねて、口を開いた。
 
「あら……。確かに、マスターの仰る通りかもしれませんわね。それでは、先を急ぎましょうか」

 フレイが予想外にあっさりと承諾してくれた事に、内心ホッとするベルク。
 だが――。


「こ、コレはコレでキツイかも……」

 いざ登るとなった途端、フレイは物凄いルートを取り始めた。
 レティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)にお願いして、最短で移動できる道を《パスファインダー》で探してもらい、更には《超感覚》や《野生の勘》でとんでも無いショートカットをやってのけるのである。

(そりゃ、アイツは忍者だからいいかもしれないが――こっちの身にもなってくれよ……)

 しかし惚れた女の目の前で、情けない所は見せられない。
 何度も【闇氷翼】で翔んで行きたくなったが、そのたびにグッと奥歯を噛み締めて我慢した。

「ホラ、マスター!見てください、ここからの景色、とっても綺麗ですよー!」

 もちろん「超」がつく程の鈍感であるフレイは、ベルクのそんな心の内などに気がつく筈もない。

(ま……、この笑顔が見れるんなら、いいか……)

 一旦惚れたら、どこまでも弱いベルクである。


 そうしたベルクの涙ぐましい努力もあり、一行は昼過ぎには頂上まで辿り着く事が出来た。
 しかし、麓の村で聞いてきた雪の姿は、ドコを見回してもない。
 ただ白女輝岩と思しき岩がのみが、真昼の太陽を受けて輝いていた。

「雪なんか、影も形も無いな」
「今年は、気温が高いのではないのか?。確かに、雪の残っていそうな気温ではない」

 予想外の事態に、これまでずっとムスッとしていたレティシアも、方々の日陰を覗き込んでいる。
 だが、やはり雪はなかった。

「地球温暖化……って言っても、ここはパラミタですものね……」
「いや、去年東野は大洪水に見舞われたと聞いている。この高温が洪水の原因と言うことは充分に考えられる」

 小首をかしげるフレイに、レティシアが言う。

「まあ、無いものをとやかく言ってもしょうがないぜ。折角ここまで来たんだから、白女輝岩を見に行こうよ」
「はい、マスター」

 ベルクに続いて、2人も白女輝岩へと向かう。

「オイ、これ――!」
「まぁ!」
「……明らかに倒れたんだな、コレは」

 遠くから見た時はわからなかったが、白女輝岩は大きく横倒しになっていた。
 元々石があった場所の地面と、周辺の地面の色が明らかに違うし、石の摩耗の様子からも、それは明らかだった。

「何か、地震でもあったのでしょうか?」
「村人は、そんなコトは言っていなかったが……」
「でもこんな大きな岩、どうやって動かすんだよ。俺たち3人がかりでも無理だぜ」
「フム……。少し、調べてみるとするか」

 3人は手分けして、岩の周囲を調べて見ることにした。

「マスター!レティシアさん!ちょっと来て下さい!」

 見ると、フレイが地面を指差している。

「どうした、フレイ?」
「ここなんですけど……、ホラ、穴が開いてるんです」
「穴?」

 言われて覗きこむと、確かに硬い岩盤を貫いて、腕一本が通りそうなくらいの細い穴が開いていた。
 明らかに、人為的な物である。
 試しに中を懐中電灯で照らしてみると、何かが光を反射し、輝くのが見えた。

「ん、何かあるな」

 おもむろに手を穴の中に突っ込むレティシア。

「き、気をつけて下さい!」
「だ、大丈夫……!何だ、これは……?」

 穴の中から出てきたレティシアの手の中には、キラキラと輝く水晶のようなモノのカケラがあった。

「レティシアさん、それ……」
「機晶石じゃないか?」
「何?機晶石?」
「割れちゃってるから、ちゃんと調べてみないと確かなコトは言えないけど――」
「私も、機晶石だと思います」

 【博識】な2人が、声を揃えて言う。

「しかし……何故機晶石がこんな所に?」
「何か、呪術的な意味があるのかもしれない?」
「呪術……?」
「ホラ、この白女輝岩の下に埋めてあった訳だろう。何か、大切な意味があるんじゃないか?」
「そうですね……。きっとそうですよ!流石マスター!」
「え!そ、そう?」

 惚れた女に褒められ、顔を真っ赤にして照れるベルク。
 
「とにかく、一度専門家に相談したほうが良さそうだな」

 レティシアは自分の手の中のカケラを見つめながら、何か言い様のない不安を感じていた。「スゴイ……!見渡す限り一面真っ赤です……!」
「本当に見事な物だ。日紅(にっこう)の園と呼ばれるのも、頷けるな」

 アラン・ブラック(あらん・ぶらっく)アーサー ペンドラゴン(あーさー・ぺんどらごん)は、視界いっぱいに広がる紅い花畑に、しばし目を奪われた。
 ここは、日紅の園。東野平原の小高い丘の上にあるこの地は、周囲の河川より遠く、さらに高地にあることから開発を免れた。
 今では、原始の東野の姿を残す、貴重な場所となっている。
 その日紅の園では今、ベニスミレが満開となっている。
 東野固有の花の赤いスミレであり、地球で見られる多くのスミレと同様、日当たりの良い場所に好んで生える。
 高さ15〜20センチ、花の直径が5センチと地球のスミレよりも大振りであり、中々に見栄えのする花であり、日紅の園の名前の由来ともなっている。

 アランとアーサーは、この日紅の園に、薬草を探しにやって来ていた。
 ただし、探しているのは、このベニスミレではない。
 その薬草の名は『虹洸菜草(にじこうさいそう)』
 高さが5センチにも満たない小さな花で、一つの花の中で、赤・青・黄の3色が複雑に混ざり合い、まるで虹のような色を醸し出す事からそう呼ばれている。
 この虹洸菜草には、人体の代謝を活発にする効能があるらしく、土地の人々は二日酔いの解消から食あたり、更には毒消しまで、広く使用してした。

「それじゃ、早速始めましょうか」
「日の暮れるまでには、作業を終えないといけないのだったな」

 2人は、腰をかがめると、ベニスミレを一つ一つまくるようにして、丹念に探していく。
 初めの内は中々見つけられなかったが、だんだんとコツを掴んできたのか、途中からは簡単に見つけられるようになって来た。

「随分集まったな。そろそろ、いいんじゃないか?」
「そうですね。村の人達の話によると、一握りの虹洸菜草で大人一日分の量になるそうですから、これだけあれば十分でしょう。夕方まで、少し休みましょうか」

 2人は草地にレジャーシートを敷くと、聴き込みをした村で人の良いお年寄りに持たされた、握り飯を食べた。
 最初は断ったのだが、「是非に」と勧めるので、あまり断っても失礼と思い、もらってきたのだった。
 具も何も入っておらず、塩味がついただけの握り飯だったが、済んだ空の下、見晴らしの良い丘の上で食べるのは格別だった。

「なんだか、ピクニックみたいですね」
「たまには、こういうのんびりしたのもいいだろう」

 握り飯を食べてしまうと、もうすることも無い。
 2人はぼんやりと、あたりの景色を眺めて過ごした。
 眼下に広がる田んぼでは、村の人々が農作業に勤しんでいる。

「きっと昔の日本も、こんなカンジだったのでしょうね」
「そうだろうな」

 2人は日本人ではなかったが、この東野の風景は、2人の中の江戸時代の日本のイメージとピッタリ一致した。

「平和な、良いところです。ここは」
「民が安心して生業に打ち込めるのは、領主の政(まつりごと)が良い証だ」
「この平和が、いつまでも続くと良いですね……」
「その手伝いをするために、我々は来たのだ」
「そうですね。そのためにも、頑張らないと」

 今東野藩は、藩主を失い、動乱が危惧されている。
 「願わくば、それが杞憂であって欲しい」
 それが、2人の共通した願いだった。

 やがて、風が冷たく感じられる様になって来た。
 日紅の園を照らす陽の光も、徐々に赤みを増している。
 ベニスミレが一層紅く染まり、赤い毛氈(もうせん)を敷いたような花畑が、一転して血の海のように見えた。

「そろそろだな」
「では、探すとしましょうか」

 2人は改めてベニスミレの中へと分け入っていく。
 今探しているのは、『四面草(しめんそう)』という毒草である。
 全部で4つある花弁のそれぞれが、人の顔のように見えることからそう呼ばれるこの花には、巨大な動物をも一撃で倒す強力な毒があり、しかも如何なる方法でも毒を検出することは出来ないのだという。
 しかしこの話は、あくまで伝説の域を出ていない。
 四面草は、春先のこの時期の、夕方から夜までの短い間にしか咲かず、しかも花の色がベニスミレと同じ赤であることから、非常に探しだすのが難しく、当の老人もこの花を見たことがないというのだ。

 全くもって雲を掴むような話だったが、2人は、ともかくこの毒草を探してみることにした。
 東野公の暗殺に、この未知の毒草が使われているかもしれないと思ったからだ。
 2人は、太陽の残滓が地平線に沈むその瞬間まで、この草を探し続けた。そして――。

「アラン。これは――」
「はい。これは、明らかに人為的な物です」

 アランたちは、四面草と思しき特徴を持つ草を、何本か見つけることができた。
 しかしその草には、全て花がついていなかったのである。
 四面草の毒は、その花弁にのみ存在する。
 花の茎は、いずれも途中から断ち切られていた。

「誰かが、持ち去ったとしか思えません」
「やはり、四面草が東州公の暗殺に使われたのか……?」

 花の無い四面草を手に、立ち尽くす2人。
 彼らの心の中で、疑惑がその鎌首をもたげ始めていた。