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【四州島記 巻ノ一】 東野藩 ~調査編~

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【四州島記 巻ノ一】 東野藩 ~調査編~

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第九章  暗躍する者たち

「しかしスゴイ所でございますね、東野というのは。米の物流の管理から価格統制までほぼ全て藩が管理しているとは」

 米を満載した船が、ゆっくりと港を出ていく様子を眺めながら、サオリ・ナガオ(さおり・ながお)は心底感心したように言った。
 この大野津(おおのづ)は、東野から北嶺へと川を遡って物資を運ぶ船便の、一大集積地であり、最近は直接海外との物資のやり取りも行われるようになっていた。

「それだけではおじゃらぬ。普通、食糧供給のほぼ全てを独占している状態なら、好きなように価格を釣り上げようとするものでおじゃるが、そうしたことも全くない」

 権謀術数を好む藤原 時平(ふじわらの・ときひら)などは、感心を通り越して最早呆れているようだ。

「非常に上手く行っている管理経済――地球で成功し得なかった社会主義の成功例を、例え一端とはいえこの四州で見ることになろうとは。歴史とは、不思議なものでございますね……」

 サオリは感慨深げに言った。

 この東野藩は四州全体の消費量を賄って余りあるほどの収量を誇る一大穀倉地帯であるが、毎年生産される米は、全て藩が一括して買い上げることになっている。
 藩全域から集められた米は、他の三藩に送られることになるが、各藩に送られる米の量と価格は、全て藩の役人同士が協議して決定することになっている。
 米商人たちは藩から卸売価格で米を買い、これに自分たちの利益を上乗せして売却することになるが、この小売価格も不当に高くならないよう、厳しい規制を受ける。
 東野藩が集めて余った米は、全て凶作に備えて備蓄に回され、市場に流通することはないから、豊作の年でもコメの値が著しく暴落することもないし、また凶作の年でも藩が備蓄米を放出するので、著しく値が上がる事もない。

 この市場統制を可能にしているのが、東野藩独自の食料保存技術である。
 コメの管理保存は古王国時代の遺跡を利用した高度な機晶技術と魔術を用いて行われるため、備蓄米は痛んだり虫が発生したりすることなく、何年経っても食べることが可能なのだという。
  
 しかし、こうして東野藩が営々と積み重ねてきた備蓄米も、昨年、その大半が失われた。
 東野藩が、未曽有の集中豪雨に見舞われたのである。
 この豪雨によって東野各地を流れる河川の多くが氾濫、田畑はみな水に浸かり、収穫前の稲が全滅した。
 幸い備蓄米の放出によって飢饉こそ免れたが、そのために米の備蓄が一挙に半分にまで減ってしまったのである。
 東州公が四州の開国を急ぐのには、この食料供給体制の改善を図る意図もあったのである。

「しかし、何時の世にも不正を働こうとするものは必ずいるもの。それはこの東野においても同じ事でおじゃる」

 時平は、一冊の和綴じの帳簿を取り出し、開く。
 そこには、2人が調べあげた不審な取引が列挙されている。

「この、藩が商人たちに下げ渡した米の量と、実際に他の三藩に向けて出荷された米の量の差。この消えた米の行方を探れば、自ずとその正体も掴めるというものでおじゃる」
「一体誰が、この米を持っているのか。そして何のために……ですね」
「如何にも」

 2人は、不敵な笑みを浮かべた。


 
「なんですか、騒々しい。一体何があったんですか?」
「あ、旦那様!ちょうど良い所にいらっしゃいました。こちらのお客様が変な事ばかりおっしゃいまして――」

 店の奥から出てきた店主に、番頭がすがるような目を向ける。

「お前が越後屋か!俺様は悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、ドクター・ハデス(どくたー・はです)!貴様の悪事は、この俺様の天才的頭脳によって、全て明らかになっている!観念して、我等オリュンポスの野望に協力するのだ!」
「違います、兄さん。越後屋じゃなくて、駅渡(えきど)屋さんです」

 既に店名から間違えているハデスに、高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)がツッコミを入れる。

「……なんですか、番頭さん。この人達は?」
「いえ、ですから私にも何が何やら――」

 突如訪問してきた得体の知れない人物の、これ以上ないくらい奇態な言動に、キョトンとして顔を見合わせる2人。

「えー、駅渡屋さん。あなた、アメリカの会社と取引がありますね。その件について、少しお話をさせて頂きたいのですが」

 ハデスに任せておいては埒(らち)があかないと判断した咲耶が、小声で店主に呟く。
 「アメリカの商社」というくだりで、店主の顔色が変わったのを、咲耶は見逃さなかった。 

「なんだ、ご商談の方でしたか。いやいや、地球の方は変わったご商売をなされる――ここでは他のお客様のご迷惑になります。よろしければ、奥へどうぞ」

 店主は、努めて明るく言った。


「それで、一体どのようなお話ですかな」

 ハデスと咲耶は店の奥まった一室に通された。
 今ここにいるのは2人と、店主のみである。

「駅渡屋さん、あなた密輸をしていますね」
「ほぅ……どこからそんな話を?」
「とぼけてもダメです。これは信用のおける筋から仕入れた情報です。駅渡屋さん、あなたが仕入れたモノを、私たちにも売って頂きたいのです」

 そう言って咲耶は、【闇のスーツケース】をスッと駅渡屋の前に差し出し、ロックを外す。
 中には小判がギッシリと詰まっていた。

「これが手付金。そしてこれが――」

 咲耶は更に、懐からずっしりとした重みのある緞子(どんす)の巾着を取り出す。

「これは、お近づきの証です」

 咲耶が巾着の口を開け袋を傾けると、中から砂金が溢れだした。
 見ている店主の目が、みるみる細められていく。

「いかがですか?」
「どうやら私は、少々皆様の事を誤解していたようですな。もちろん私も商人ですから、商品をお売りするのにやぶさかではありません。ですが私共の商売にも仁義というモノがございます。仕入れた商品をどこでどのようにお使いになるおつもりか、お聞かせ願いたい」
「そのようなコトは決まっている!この東野に、四州征服の前線基地を作るために使うのだ!」

 得意気にそう言ってのけるハデスを、冷たい目で見つめる商人。

「いえ……駅渡屋さん。兄さんの言っていることは本当です。信じたくない――もとい信じ難いコトしれませんが、私たちは本当に悪の秘密結社で、四州の征服を狙っているのです」

 これ以上無いくらい真顔で、そうきっぱりと言い切る咲耶。
 室内の空気が、一瞬で凍りついた。

「……私も、腐っても四州の商人(あきんど)でございます。四州征服の手助けなど出来ません。お引取りを」


「おのれ越後屋!後悔することになるぞ!」
「だから駅渡屋ですって」

 自分を裏口から叩き出した丁稚(でっち)たちに向かって、捨て台詞を言うハデス。
 そのハデスの顔を、丁稚が撒いた塩が直撃した。
 
 
「ただいまー!あー、疲れたー!」

 帰ってくるなり、畳の上にゴロリと横になるデメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)

 そのデメテールに、天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)は冷たい麦茶を差し出す。

「お疲れ様です、デメテール君。それで、首尾は?」
「ん〜、冷たくておいしーい!」

 デメテールは麦茶を一気飲みしながら、懐からデジカメを取り出すと、十六凪の方も見ずに放り投げた。

「なんか、やたらと成金趣味の部屋の中に、やたらと渋い掛け軸があるから、試しにめくってみたら、裏に隠し戸棚があって〜。すぐに見つかったよ〜」

 麦茶を飲み干したデメテールは、またタルそうにゴロゴロし始める。

「どれどれ――。ほぅ……これはこれは……。よくやってくれましたね、デメテール君。それではこれは、約束のお団子です」

「え!お団子!?やった〜!!」

 団子と聞いた途端に飛び上がり、眼の色変えて突進するデメテール。

「ムフフフ〜♪おっだんごおっだんごおっいしいなー♪」

「この世の幸せ、ココに極まれり」という顔で団子を頬張るデメテール。

 まるでリスかハムスターのような顔になっているデメテールを横目で見ながら、十六凪はデジカメを起動する。
 そこに写っているのは、間違いなく駅渡屋の裏帳簿だ。
 ハデスたちが店主を惹きつけている間に、デメテールが忍び込み、撮影してきたのである。

(これで、こちらの実績としては申し分ありません。後は、調査団が集めてくる情報に期待しましょうか)

 十六凪は手に入れた情報は全て調査団に流し、代わりに調査団の手に入れた情報を手に入れて、東野の情勢を把握するのが、四州征服の一番の近道だと考えていた。

 このメンバーの中で一番マトモそうに見えて、実は一番の危険人物なのが、十六凪なのだった。



「ダーリーン!聞いて聞いて!あたしってば、すごい情報手に入れちゃったんだから!」
「ホゥ、どんな情報ですか?」

 久我内 椋(くがうち・りょう)は、自分の背中にしなだれかかる夜・来香(いえ・らいしゃん)の方を見もせずに答えた。
 彼女の身体から立ち昇る、得も言われぬ香りが鼻をくすぐる。

「あ〜!あたしの言う事、信じてないんでしょ〜!」
「信じてますよ。それで、どんな情報ですか?」
「ダーメ。仕事辞めて、あたしの方見てくんなきゃ、教えてあげない♪」

 椋は「やれやれ」といったカンジで手にしていた書類を置くと、来香の方に向き直った。

「それで、どんな情報なんですか」
「チューしてくれる?」
「……怒りますよ」
「ウ・ソ・よ♪ハイ、これ」

 来香は、チャイナドレスの胸の谷間から小さく丸められた紙を取り出すと、来香に手渡す。
 それに目を通した来香の顔色が、一瞬で変わった。

SMS――シークレット・マネジメント・サービスと言えば、四州の米国系企業の警備を一手に引き受けている会社です。そのSMSが、武器を密輸していると?」
「そう。その武器を地球から運んできたのが、同じアメリカの商社チェース・インターナショナル。更に、このSMSとチェース・インターナショナルの仲を取り持ったのが、海兵隊のエリック・グッドールよ」
「海兵隊ですか。それは随分ときな臭い――。しかしこのリスト、その気になればちょっとした戦争が出来そうな量ですが、一体何のためにこんなに?」
「それも調べてあるわよ……ハイ、これ」

 来香は、もう一度胸の谷間に指を入れると、もう一通の紙巻を取り出した。

「……その胸の谷間は、どうなっているのですか?」
「知りたい?ダーリンにだったら、特別に調べさせてあげてもいいわよ♪」

 チャイナドレスの合わせに小指をかけ、これ見よがしにめくってみせる来香。

「結構です」
「もー!ダーリンったら、イケズぅー!」

 アカンベー!をして抗議する来香だが、既に椋の目は紙巻に集中している。
 
「遠野大川に建設中の工場の警備を、SMSが引き受けた――と」
「誰かに襲われる心当たりでもあるんじゃない?その誰か――まではわかんなかったけど」
「いえ。これは大きな収穫です。よくやってくれました、来香殿」
「ホント!?チューしたくなった?」
「残念ですが」
「むぅー……。いいわよ!なら、なんとしてもチューしたい気にさせてみせるわ!これでどう!」

 今度はチャイナドレスのスリットをガバッと開くと、太もものホルスターに挟んであった紙を取り出し、椋に突きつける。

「ほぅ……。東野の廻船問屋駅渡屋が、頻繁に御狩場に出入りしていると?」
「駅渡屋には、密輸に携わっているという疑惑も出てるわ。きっと御狩場を隠れ蓑に、密輸をしているのね」
「なるほど……」
「ね!今度こそ、チューしたくなったでしょ?」
「いいえ、全く」
「ちぇー」

 口をとんがらして拗ねる来夜。
 椋は、素早くペンを走らせると、【下忍】を呼んだ。

「いいですか、これを両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)殿に」
「ハッ」

 椋は、表向き調査団の一員として行動して、調査団から情報を入手していながら、その実、調査団と敵対する三道 六黒(みどう・むくろ)と手を組み、彼に調査団の情報を流しているのである。今回自分が手に入れた情報も、一切調査団に報告する気はなかった。
 下忍は書付を受け取ると、素早く部屋を出ていく。
 その背中を見つめながら椋は早くも、新たな諜報活動の計画を立て始めていた。