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【戦国マホロバ】弐の巻 風雲!葦原城攻め

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【戦国マホロバ】弐の巻 風雲!葦原城攻め
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第五章 天守落つ2


【マホロバ暦1188年(西暦528年) 7月4日 23時40分】
 葦原国葦原城 天守 ――



 昼間の戦が嘘のように静まりかえっていた。
 葦原城本丸の天守の奥の間で、葦原総勝(あしはら・そうかつ)はその時を待っていた。
 「開けて! 開けておじいさま! 私を一人にしないで!!」
 葦原祈姫(あしはら・おりひめ)が戸を叩いている。
 中から鍵がかけられているようだ。
 度会 鈴鹿(わたらい・すずか)が祈姫の肩に手を置く。
「落ちついて、祈姫さん。総勝様は何か考えあってのことでしょう」
「でも……おじいさまは」
「総勝様は一日待てといわれました。外を御覧なさい」
 祈姫はおそるおそる夜空を見上げる。
 あっと小さな声を上げた。
「そう満月。貴女は以前、『満月は過去に、新月は未来に』といって御筆先を使った。そして『月の輪』を描いた。新月そして満月には何かが起きる……そうですよね?」
 織部 イル(おりべ・いる)が語りかける。
「祈姫殿、そなたに罪があるというなら、そなたの力で時を越える妾らも同じじゃ」
 イルは共に重荷を背負おうと言った。
「マホロバの未来、そして自身の未来を、幸せを諦めてほしくないのじゃ。最後まで」
 祈姫はうなだれた。
 あまりに背負わされた荷が重すぎて、自分の幸せなどとうに諦めていた。
「それにね……私なんとなく分かっているんです。葦原 房姫(あしはらの・ふさひめ)に取り付いた鬼の正体が誰か」
「え?」
 祈姫は鈴鹿の意外な台詞に驚きを隠せなかった。
「どうしてあの方が、歴史の改変を招こうとしているのかは分かりません。鬼たちを想われてか、マホロバで滅びを本当に望んでいるのか……。私には、あの『仮面』が泣いている顔に見えたのです」
 突如、奥の部屋から総勝の咆哮が聞こえた。
 祈姫たちは戸を開けようとするがびくともしない。
「鈴鹿殿、どかれよ!」
 凛とした掛け声の下、鬼城 珠寿姫(きじょうの・すずひめ)が戸を打ち付ける。
 その横顔に鈴鹿は一瞬、見覚えがあったがすぐに言葉を飲み込んだ。
 やがて錠が外れ、四人がなだれ込んだ。
「おじいさま!」
 部屋の中央の畳敷きに総勝が倒れている。
 その傍に黒い影――三道 六黒(みどう・むくろ)が立っていた。
「まさかおじいさまを……!?」
「安心しろ。総勝はまだ死んではおらぬ。自刃はわしが抑えた」
 六黒は幽霊のように音もなく移動し、暗闇に向けて息を吐いた。
「いつまでそこにおる。わしが最前列の特等席を用意してやろう……姿をみせるが良い、鬼よ!」
 六黒は『黒檀の砂時計』を放り投げた。
 それが床に落ちるか落ちないかのうちに、闇を一刀両断する。
 悲鳴がつんざき、暗闇から真っ白な手が伸びた。
 中から『仮面』をつけた不気味な影が這い出る。
「あれは……やはり!」
 鈴鹿は恐怖に息をのんだ。

 おのれ

 その姿も禍々しかったが、それ以上に自分の憶測が正しかったことが恐ろしかった。
「貴女は……あなたは鬼子母帝(きしもてい)様ですね?」

 おのれ! おのれ!

 鬼子母帝は六黒に斬られた長い髪を手に握り締めている。

 わらわの姿をさらすとは……のろわれるがよい!

 鬼子母帝が呪詛をかける。
 六黒が『絶対闇黒領域』を発動させ、かろうじてこれを防いでいた。
「……私はこのようなもの、鬼と認めぬ!」
 鬼城 珠寿姫(きじょうの・すずひめ)は果敢にも闇に突進した。
 しかし、見えない壁のようなものにはじきとばされた。
 鬼子母帝がけたたましく笑う。

大人しく 歴史の駒になっておればよいものを……
次元の異なるわらわを 捉えることはできぬ

それともこちらの監獄へ 来るかえ?

「……いかん!」
 六黒はとっさに女たちをかばう。
 砂時計は割れ、砂が渦となって闇の中に消えていった。
「ここからはなれるのだ。あの闇に吸い込まれてはならぬ!」
 六黒は倒れている総勝を担ぎ上げる。
 鈴鹿とイルは、呆然と立ちつくす祈姫を抱えるようにその場を離れた。
「ようやく黒幕のお出ましか。おお……忙しい、忙しい」
 柱の陰に隠れ、一部始終を目撃していた葬歌 狂骨(そうか・きょうこつ)は、ニタニタと笑いながら錠を拾い上げた。
 鬼子母帝の目の前で戸を閉める。

魔の者が わらわの邪魔をするか!?

「そうよの。限られた時間を無限のようなものと思い、代わり映えのしない未来がいつまでも続くと信じきっているただの畜生なら死をくれてやるのも悪党の務めだが、今回はちと違うようじゃからの。おお……忙しい、忙しい」
 狂骨が錠をおろした。
 がちゃりと鈍い音がした。

卍卍卍


「祈姫をしばらく、山里などの安全なところに隠そうと思う。鉄生殿と一緒に」
 鬼城 珠寿姫(きじょうの・すずひめ)は地下で鬼鎧の中に隠れていた葦原鉄生(あしはら・てっしょう)を見つけた。
 鉄生は並の人間では鬼鎧は動かせないと言ったが、珠寿姫は動かす自信があるという。
「鬼鎧は鬼と人の絆を力にかえる……」
「絆を力に?……そんなことができるもんか」とと、鉄生。
 彼は目の前の事象しか信じられない。
「……やってみなければわからないだろう。鬼鎧よ、私に力を貸してくれ!」
 ガラクタ同然と思われていた鬼鎧は、珠寿姫の願いに応えるように突如動き出した。
 戦闘のような複雑な動きは無理でも、移動ができれば夜の暗闇にまぎれて裏門から脱けだせるかもしれない。
 祈姫たちは脱出を試みる。

卍卍卍


「総勝……ぬしはどうする」
 イコンドライアの背で、三道 六黒(みどう・むくろ)は葦原国主にたずねた。
 総勝は「鬼城貞康(きじょう・さだやす)の陣営に連れて行ってほしい」とだけ言った。
「わしの最後の大仕事じゃ」
「よかろう。城に別れをつげるといい」
 ドライアはゆっくりと葦原城を旋回した。
 総勝は上空からはじめてみる葦原城をいつまでも見つめていた。