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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第1話/全3話)

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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第1話/全3話)

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●玄武

 同じ頃。やはりツァンダの街、その北方に視点を移す。

 神代 明日香(かみしろ・あすか)には守るべき人たちがいる。それを取り巻く世界を大事にしている。
 だから、それらが脅かさない限りは積極的に事件に乗り出すつもりはなかった。
 もちろんこれまでも、人助けになる事件に対して首を突っ込む事は少なくなかった。されどそれは親切心の域を出ないものだ。
 けれど、気になったり興味を引かれるものがあれば別である。
 ――私は正義の味方ではないのです。
 単純な正義感に基づく行動ではない。そう己の立場を確認するようにして、明日香も捜査に乗り出していた。そうでないと、この因業なる世界に引きずり込まれてしまうだろう。どこかで一線を引く必要があるのだ。この意識が、明日香に客観的な視点を確保したといえよう。
 事件はもちろんだが、明日香はその背景についても推理をめぐらせる。ざっと概観しただけでは、とてもではないが山葉校長自らが依頼を出す程の事件には思えなかったからだ。辻斬りはもちろん事件だが、死者が出たわけでもないし愉快犯の可能性がある。……何かしらの裏や思惑があるのではないかと勘ぐりたくもなる。
 ――噂が事実だとして、どう係っているのでしょうかね?
 気になった明日香は、首を突っ込まずにはいられなかったというわけだ。
 山葉涼司の情報はあまりにも乏しい。辻斬りに襲われた人間が女性に集中していると言うことだけは判ったが、あとはツァンダの街じゅう出現した辻斬りをどう誘き出すのか……。
 無作為だとすればあまりに運頼み……だが明日香は運にだけ任せる気はなかった。
 夕陽を背負って明日香は歩いた。
 着実に、過去の辻斬り事件発生ポイントをたどる。

「なんであたしが」
 歩きながらクランジ パイ(くらんじ・ぱい)――今は『パトリシア・ブラウアヒメル』ないし略して『パティ・ブラゥ』と名を変えている――は、頭の後ろで手を組んでいる。
「……あんたと一緒に刑事ごっこしなきゃならないのよ」
 不服そうな口調ではあるが、パティが本当にそこまで不服ではないことを七刀 切(しちとう・きり)は知っている。パティは見た目以上に頑固なので、不承であれば動くことすらないだろう。こうやって文句を言いつつも同行しているということは、ちゃんと納得して来ているということだ。
 あの夏の夜以来、切はパティと暮らしていた。
 といっても同棲というのとは違う。切のパートナーたちも一緒だから、『共同生活』と呼ぶのが正しいだろう。そもそも切は彼女とはいまだに、『友達以上』の関係にすらなれないままだ。でもそんなこと気にしない。今はただパティとこうして、憚ることなく並んで歩けることが切は嬉しい。
 そう、憚ることなく、なのだ。切の必死の説得についにパティは折れ、自身の体の走査を許したのである。機晶姫の権威の手によりとことん調べて、パティを苦しめていた自爆装置疑惑は晴れたのだった。また、クランジではなくパティとしての滞在を黙認するのと引き替えに、パイは搭載していた音波兵器を解除している。
 ……以上。ここに至るまでには色々あったし、いずれ詳しく語る日も来るかもしれないが、本稿では要約だけ書くにとどめておくとしよう。
「で、どうして俺と一緒に捜査しているかって話だけどな」
 切はふふんと笑って言った。
「それは、絵的には俺一人より、パティが一緒のほうが華があっていいから!」
「なんで捜査に華がいるのよ?」
「……おっとそれは考えてなかった」
 パティは不服かもしれないが、これも一応、切なりの考えあってのことであった。
 ――パティは周りからの目を気にしてるからな、こういう事件の解決に関わっていけば、周りからの評価も変わっていくだろう。
 そういえば友人の朝霧 垂(あさぎり・しづり)も、パティに捜査協力をさせることに賛成していた。「これが、パティの新しく踏み出す一歩のきっかけになれば良い」という垂の意見には彼も同意するところだ。少しずつでもいい、その少しずつの積み重ねが大切なんだから……と切は考えている。
 だから今日は人目を避けつつ、切はパティと二人で、辻斬りが頻発している時間帯を狙って事件発生の現場を何カ所も回っていたというわけである。現場百編と昔からいうように、何かしらの情報が残ってるかもしれないからだ。
 それはそれとして、事件の捜査という背景はあるが、久方ぶりに彼女と二人、まるでデートのようにして歩けることに切は幸せを感じていた。不謹慎かもしれないが、それくらいは大目に見てほしい……と彼は思う。
 しかしその幸せは、閃く凶刃によって断ち切られた。
 刃は、頭上から襲ってきた。
「なに! いきなりっ!?」
 憤慨はしているがパティの動作は安定している。風圧を感じるなり くるっと猫のように前転し、剣撃を避けて立ち上がった。
 ザクッという強い音がパティの鼻先をえぐった。
 繰り出された一撃で石畳が断ち切られていた。ただ切れているだけではない。深く断裂し、そこだけクレバスのようになっている。
 それだけでも恐ろしいがなお度肝を抜かれたことに、この絶大な破壊をもたらした主は、まだ年端もいかぬ少女なのだった。切を超える身長だ。濃い緑の髪をして、黒い仮面を顔に付けている。年齢は読みづらいが、おそらくパイと同じかそれより下だろう。それなのに少女は、自分の身長ほどもありそうな大剣を担いでいるのだ。
「あんた誰よ」
 パティが呼ばわると、黒い仮面を顔に付けた少女は、見た目よりずっと低い声で応じた。
「……玄武だ」
 玄武と名乗る少女の武器は野太刀だ。その切れ味より、振り下ろす重量で叩き斬るという暴力的な得物である。だが、大剣使いというなら切も負けてはいない。我が身を超える刃渡りのタイラントソード、その名も『一刀七刃』を抜きはなった。ずしりと重いが、その重さが心地良い。
 切はしきりとパティを背後にかばおうとしながら呼びかける。
「どうやら辻斬りの下手人、ってやつだな?」
 相手の無言は気味が悪いが、構わず切は続けた。
「勝負しないか? あんたが勝つか引き分けなら逃げてもらって構わねぇ。けど、ワイが勝てば最近の事件についての情報を教えてほしい。どうよ?」
「断る」
 と彼女は言った。妖しい気を立ち昇らせる玄武の野太刀は、どす黒い闇のような色であった。 
「なぜならお前たちはここで死ぬからだ!」
 野太刀が振り上げられた――と見えたが忽然と、玄武は姿を消している。
「……って、ちょっと!」
 パティはかろうじて一刀を避けた。いつの間にか玄武は、切の眼前からパティの背後へと移動していたのだ。
「瞬間移動……!? いや、違う」
 反射的に振り向いて切はたたらを踏んだ。
 街路樹の影に玄武は飛び込んだ。黒い泉に入ったかのように、たちまちその姿は飲み込まれ消失する。
「やつは、影に入ることができる……ってことは、影から出ることも……!」
 切の言葉が終わるより先だ。
 直後またパティの背後、すなわち彼女自身の影から、ぬっと玄武が姿を見せていた。
 豪剣が振り上げられる。パイが振り返って我が身をかばおうとした。
 だが間に合わない。玄武の野太刀はパイの細腕ごと両断するだろう……!
 しかし玄武の動きは止まった。ぎょっとしたように後退する。彼女は脇腹を押さえていた。竹箒の柄で突かれたのだ。
 ……竹箒?
 そう、朝霧垂が手にした竹箒である。垂は黒い前髪をかきあげ会心の笑みを見せた。
「不意打ちってのは趣味じゃないからな。加減して刃は出さないでやったよ。降参するなら今のうちだぞ」
 垂が軽く力を入れると、冷たい音がして箒の先が取れ、白刃が出現した。
 仕込み杖ならぬ仕込み箒、なのである。
「何にせよ、間に合ってよかった」
 ひゅんひゅんとこれを回してぴたりと静止させると、垂は笑みを浮かべパティに呼ばわった。
「よお、久しぶり!」
「垂……!」
 パティの瞳がほんの少し明るみを帯びた。現在彼女が名乗っている名は、垂が考えてくれたものなのである。
「なんか以前に比べたらスッキリした顔をしてるな? 何か良い事でもあったのか?」
「べ、別に良いことなんかないから」
 ぷいと顔を背けるパイだ。意地っ張りなのは相変わらずらしい。
「奇遇だな」
 と言う切に垂は応じる。
「近くにいたもんでね」
 垂は失踪者の足取りを追っていたが、学内で消えた少女ではなく、外出中に失踪した二人に着目していた。二人は寮暮らしということなので、寮の管理人やルームメイト、仲の良い友達などに聞き込みを行い、失踪当日はもちろん、その前からおかしな現象はなかったを調べていったのである。結局怪しいところは見つからなかったがそれでいい。少なくとも、この二人が自発的に消えたのではないとわかったからだ。さらに垂は失踪当日、それぞれの少女が何処に行こうとしてたか確認し、その痕跡を辿っていたところ、この場面に遭遇したのである。まったくの偶然とは考えにくいだろう。
 お二人さんを邪魔する気はなかったけどな、と垂は軽口を言いながら、その双眸で状況を読み取ろうとしている。
 ――あの使い手は、影の中を移動できるらしい。影に姿を消し、別の影から出現するという戦闘スタイルか。
 明るいうちなら、まだいい。影の出る場所を絞っていけば追いつめることも可能だろう。だが、
 ――そろそろすべてが影になる。
 もう陽は沈む寸前だ。夜になればすべてが影。敵の神出鬼没を許すことになるのではなろう。
 それは判っているのだろう。すぐに玄武は、攻撃を避けるほうに意識を集中するようになった。
「自分から襲いかかっておいて、ちょろちょろ逃げてんじゃないわ!」
 パティは高い機動性を発揮して追い回すのだが、影に沈み、影から現れ……を繰り返す玄武を捕らえるのは困難だ。
「パティ! ワイ……いや、俺から離れるな! やつは時間稼ぎをしている」
「だったらなおさら急がなきゃなんないじゃない!」
「いや、違う。考えるんだ。やつのペースに乗せられちゃだめだ」
 切が声を止めるもパティは訊かない。むしろ頑固な性質が刺激されたのかますます、真の闇になる前に捕らえようとする。
 一旦退くのも作戦か――垂がそう考えたとき、
「パイ。待つ」
 ふわっとパティの体は抱きとめられていたのだった。
 長身、見上げるような立ち姿。カフェオレ色の肌はつるりと光沢があり、加えてまるで、ファッショモデルのようなすらりとした体型。けれども大きな目鼻立ちが幼い印象を与える……彼女はローラ・ブラウアヒメル、別名クランジ ロー(くらんじ・ろー)だ。
「ロー!」
 パティが検査を受けるに当たって、ローラはずっと彼女に付き添った。以来何度も会っているがそれでも、肉親以上に近しい関係のローの姿は、パイを落ち着かせるに十分なものがある。
「途中からだから、よくわからないところ、あるかもだけど、切、言ってること正しい、思う」
「そうよ。急いては事をし損じる、って言うじゃない?」
 ローラは一人ではなかった。蒼空学園生徒会副会長小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)と共にあったのだ。美羽ばかりではなく、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)も一緒だ。
 思わぬ援軍にたじろいだか、玄武は距離を取って静止した。野太刀を肩に担いで様子を見ている。
「パイ、辻斬り犯逮捕、お疲れ様」
 美羽がにこりと微笑むと、パティは困惑したような顔になった。
「お疲れ、って……まだ終わってないじゃない。こっちはあいつに触れることもできない状態だし、全員殺すなんて言ってるわ。そんなことさせないつもりだけど……逃走される怖れはある」
「それなら大丈夫よ」
「大丈夫、って!?」
 ますますパティは困惑するのだ。
「ここを見つけたのは、私のディテクトエビルで感知したおかげ……と、言いたいですが、ローラさんが『こっち!』と連れてきてくれたというほうが主要因でしょうね」
 というのはベアトリーチェである。なにか、世間話でもしているような口調だ。
「やはりお二人には、人知を越えた絆のようなものがあるのかもしれません」
 このときコハクが黙って、両手にスピアドラゴンを構えた。
「ところでパティさんは、まだあの敵が強敵だと思うのですか?」
「違うの!?」
 パティは声が上ずってしまった。
「弱い敵ではありませんが、正直、彼女はあの能力に溺れていますね」
 美羽は頷いた。
「そう。あなどるつもりはないんだけど……むしろコハクは、『どうやったら彼女を殺さずに……いや、できるだけ怪我を負わせずに捕らえることができるか』と考えていると思うわ。
 かくいう私もそう。垂も切も、同じこと考えているはず」
「まあな」
「実はそうなんだよな」
 垂と切は頷いている。
「一旦退いて、あいつが居心地の悪い場所に連れ込もうかと思ったが」
 という垂の言葉を美羽が継いだ。
「私がいればその必要はなさそうね」
 美羽は剣を抜いている。そういえば、美羽はあまり剣を使うことはない。パティも美羽が剣装備なのを見るのははじめてという気がした。
 だが彼女が剣を使わないのは、剣を不得手とするからではなくむしろその逆だ。
 凄まじい使い手だから、である。
 相手を傷つけず終わらせることが不可能なほどに。
「おとなしく投降しないと、痛い目を見てもらうことになるよ!」
 言いながら美羽が一歩、踏み出したときにはもう、周囲は宵闇に覆われていた。影を移動できる玄武である。こうなればどこへでも移動可能だろう。それこそ瞬間移動のように。
「コハク! 頼んだからね!」
 美羽は叫んで息を詰めた。一気に間合いを詰め剣を振るう……虚空に向かって!
 雷光が地に落ちたかのよう。その剣、ブライドオブブレイドは白い光を発したのだ。瞬間、辺り一面は真昼のように明るくなった。
 闇に溶け込もうとした玄武はすぐに、それが不可能であると悟った。ブライドオブブレイドが影を消滅させてしまったのだ。
「やはり辻斬りは許せない……話してもらうよ」
 ぽつりとコハクが呟いたとき、すでに彼の姿は玄武の背後にあった。
 彼は手にした槍の一つ、しかもその柄の側で、敵となる少女の首の後ろを叩いた。優しく、それでも気絶するには十分なほどの力を込めて。
 少女は倒れた。その身をコハクが抱きとめた。
 終わったかと思われた、その瞬間、
「剣、行く!?」
 びっくり箱を開けたときのような声でローラが叫んだ。
 玄武と名乗った少女が担いでいた野太刀、それがクルクルと回転するや、ブライドオブブレイドの光の範囲の外へ飛び出そうとしたのである。
 だが野太刀は叩き落とされていた。
 炎熱に包まれ、続いて絶対零度にさらされ、凍り付いて落下したのである。
「間一髪、セーフ♪」
 暗がりから姿を見せたのは神代明日香だった。
 戦闘を観察して、明日香は玄武への勝利はすぐに予想することができたという。あとはこういった事態が起こらぬか、危惧して待ち伏せていたのだ。