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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第1話/全3話)

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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第1話/全3話)

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●Do you believe in religion ?

 グランツ教の総本部の正確な位置を知る者は少ない。『グランツテンプルム』と呼ばれる施設あるいは地名と伝えられているが、その実体は謎だ。一般的な建物の地下に存在するという説がある一方で、ある大企業の正体がそれであるという説もあり、浮遊島に造られ常に常に移動しているという説も根強い。宇宙空間にあるという突拍子もない噂も存外に説得力があり、総本山は名前だけで、実体など存在しないと主張する者もあるくらいだ。
 だが正確に判っていることもある。
 それは、基本的に各都市に支部があるということだ。支部はいずれも看板を出しており、都市によってはかなりの規模のビルであったりもする。信者は主として支部に集まり、祈りを捧げたり修行をしたりしているという。
 ツァンダ支部はその都市部にあり、テナントのようにビルの中に入っている。人の出入りも激しく、それなりに盛況のようだ。手狭になってきたのでいずれ引っ越したいという話も出ているという。

「わらわは反対だ」
 グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)は言った。
 グロリアーナはインターネットや広告媒体を調査し、グランツ教のことを調査した。調査したがゆえの『反対』なのだ。
「グランツ教に潜入捜査するなどと……」
 両の手を腰に当て、顔をしかめる。難し屋のグロリアーナらしい難しい顔だ。
 だがローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)には意志を曲げるつもりはなかった。
「危惧する気持ちはわかるわ。色々と、得体の知れないところのある人たちだものね……でも見極めたいの。グランツ教のことを。この眼で」
 グランツ教は危険な『カルト』だという説は根強い。暗殺活動など物騒な手段も取ることがあるという話も聞いた。だが、だからこそ、彼らの正体についての調査は避けては通れないとローザは考えている。
 ローザマリアたちはまず山葉涼司と会い、この事件の影にグランツ教の存在を感じ取った。だが涼司は「グランツ教と『今は』事を構えるのは得策ではない」と彼女らを牽制した。無意味に刺激したり敵対行動を取るなということだ。少なくとも今は味方なのである。そればかりか、本当に信ずるに足る勢力であるかもしれない。
 ローザマリアは振り返った。されどその姿はローザマリアとは似ても似つかない。葦原明倫館隠密科で培った特殊メイク技術にて、フェイスマスクを使いほぼ完璧な変装を遂げていたのである。
 赤毛で垂れ目ながら、優しげで知的そうな眼鏡をかけた色白の女性……これが現在のローザだ。名前も、ステラ・ウォルコットというものを用意してある。『ステラ』の身分は零細新聞社に記事を持込むフリーの記者で、このプロフィールに真実味を持たせるため、あらかじめ上杉 菊(うえすぎ・きく)が手を回し、あたかもこの人物が存在するかのような痕跡をあちこちに残してあった。
「御方様……重ね重ね申し上げられまするが。此度は物見(※偵察)に御座います」
 彼女を入念にボディチェックし、教導団に繋がりそうな私物がないか調べながら菊は言う。
「御身に危険を感じましたら、戦わずやり過ごす事のみを考えられませ」
「わかってるわ」
 ローザは『ステラ』の名刺を束にしてケースに収め、胸ポケットにしまった。
 正式のアポイントメントは取ってある。それから半時間もする頃には、ローザマリアは教団ツァンダ支部の受付までたどり着いていた。念のため、菊がハンドルを握りグロリアーナが控える自動車を二ブロック先に待機させているが、できればそれは使いたくなかった。
「グランツ教のマグスに面会に来ました……ステラ・ウォルコットと申します」
 受付の女性に名刺を差し出し、ローザはやや上目づかいに作り笑いを浮かべた。

 受付で待たされながら、ローザマリアは信者の中に意外な人物の姿を見かけた。
 ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)である。
 彼は潜入捜査をしているのだ。グランツ教徒がよく着る長衣を身にまとい、神妙な顔をして歩いている。入信したらしい。
 ザカコはちらりとローザマリアを目に止めたが、変装には気づかず無言で通り過ぎた。新聞記者が入ることができるということは、この付近はそれほど怪しい場所ではないのだろうか。
 ――といっても。
 怪しさは拭えませんね、とザカコはそっとと強盗 ヘル(ごうとう・へる)に耳打ちした。ヘルは光学迷彩を用いて姿を消し、ザカコに寄り添うようにして歩いているのだ。
 グランツ教がいくら新進気鋭で規模も大きい団体であろうとも、辻斬りや失踪事件の情報を的確に掴んでいるのは怪しい。自ら情報を出しているので、組織そのものが裏で糸を引いている可能性は低そうだが、今回の事件にグランツ教の人間が絡んでいる可能性は十分に考えられる……そうザカコは考えている。
 グランツ教については色々と調べた。同じ疑念をもつルカルカ・ルーとも情報交換した。その結果ザカコは、入信という形をとって支部の建物に身を滑り込ませたのだ。
 個人的に神は信じていないが、神を信じている人の心は信じている――これがザカコのスタンスである。グランツ教がどんなものか我が目で見て判断すべく、彼は勉強熱心な信者としてここに籍を置いた。実際、ザカコは短期間で彼らの教義について様々に学んでいる。
「へっ、世界統一国家神とか胡散臭くてしょうがねえ」
 ヘルが小声で言った。
「大衆は大きな嘘ほど信じる、って言ったのはどこの独裁者だったか……。だが嘘にしても、連中のは仰々しすぎるぜ」
 ヘルがそう毒づくのもザカコには理解できた。グランツ教の世界統一国家神なる者は『未来ではわらわがパラミタを統一している』と高らかに宣言し、自分がパラミタを統一すれば、この世界の崩壊は止められると説いているのだ。
「政治や行政は手放して全部自分に任せろ、って言うんだろ。どれだけ自信過剰なんだか」
「ただ、一般的な宗教と違って、経済活動に重きを置いているのは少し意外でしたね。政治は握るが、経済競争は人々の自由に任せ一切の干渉はせず奨励する……そんな主張もしています」
 そういった『新しさ』(実はそれほど新しいものでもないのだが)がグランツ教が人気を獲得している理由かもしれない。
 それにしても、と、ザカコは口をつぐんだ。
 気になるのは、失踪事件や辻斬り事件について、信者はほとんど情報を得ていないことだった。それとなく聞き出したものの、一般の信者が有する事件の情報は世間と大差ない。むしろ世間より乏しいくらいだ。
「組織として調べているなら、事件の情報は信者にも広く共有されているはずですが……だとすれば」
 ここからザカコは一つの推論を立てた。
「上層部が何か隠していると考えられますね」
 とすればまず、カスパールが疑わしい。彼女について信徒はあまり多くを語らなかった。噂にするのも勿体ない……という態度らしい。
 こうなれば謁見を願いたいところだが、ザカコはまだカスパールと直接話す機会は得られていない。彼女はツァンダ支部を行動の拠点としているのだが、多忙とかで出入りが激しいのだ。とはいえその合間には時間もあるだろう。なんとかタイミングを見て話を聴きたいものだ。
 冷たい質感の床を歩きながら、支部内に存在する七つある竜の模型の前を通り過ぎる。このとき、
「それじゃ俺は……」
 ヘルが去る気配があった。彼は彼で、姿を隠しながらこの支部に隠し部屋・隠し通路の類がないか探ろうというのだ。
「ええ」
 ではまた後で、とザカコは言った。
 そして慣れぬ長衣を引きずるようにしながら、迷路のような支部を往くのだった。