天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第1話/全3話)

リアクション公開中!

【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第1話/全3話)

リアクション


●幕間

 窓の外は月。なぜか、今夜の月は巨大に見える。
 たなびく雲を遠目に眺めた後、神崎 優(かんざき・ゆう)は振り返った。
「そうか……辻斬りは四人とも記憶がないということか」
 蒼空学園校長室、彼はパートナーたちとともにここを訪れた。残念ながら彼の捜査は空振りに終わったものの、その報告と、新たな情報入手に来たのだ。時間は間もなく零時になる。
「魔剣、というべきだろうな。朱雀、玄武、白虎、青龍……いずれも剣に操られていたという見解だ。そもそも彼女らは、どうやって剣を入手したかすら記憶にないようだ」
 涼司は暗い顔をしていた。無理もない。四人の辻斬りが相次いで逮捕され、これで事件解決へ大きく前進……と思われたがこのような結果に終わったのだ。
 涼司の机の上には、大きなコーヒーメーカーが置かれている。どうやら自分で淹れたものらしく、少々雑だが量だけはたっぷりあるらしい。
「飲むか?」
 優の視線に気づいて涼司は言ったが、優も、仲間たちも首を振った。
「そうか」
 言いながら涼司を自分の、茶色のしみがついたカップに注いだ。どうやらカフェインの力で、今日は徹夜の覚悟らしい。
「例のドラゴニュートらしき謎の人物についても、目撃証言があっただけよね……」
 神崎 零(かんざき・れい)が、校長の机に片手を付いてふと呟いた。
「ドラゴニュート……ドラゴン……竜……」
 優はぼんやりと繰り返す。無意味に繰り返したのではない。何か、点と線がつながるような印象があったからだ。聞けば、グランツ教のツァンダ支部にも複数の竜の像があったという。どういうことだ。関連があるのか。
 気になることが出てきて優は再び口を開いた。
「竜といえば、日本にも古代から竜の伝説があったな。八岐大蛇(ヤマタノオロチ)、だったか」
 それまで思案毛に、こつこつと歩き回っていた神代 聖夜(かみしろ・せいや)だが、優の言葉を聞いて顔を上げた。
「八岐大蛇? ああ、古事記だか日本書紀だかに出てくるやつだな。首が八つあるという……」
 聖夜はしかし、それ以上知らないと言う。
 それでは僭越ながら私から……と話し始めたのは陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)だった。
「所説ありますが、一番有名と思われる古事記による記述をお話しいたしましょう。
 遠い昔、須佐之男命(スサノオノミコト)という暴れん坊の神様が、悪さをとがめられ高天原(たかまがはら)――これは神様の国です――を追放されて放浪の旅をしていたとき、出雲国の肥河のそばで、泣いている老夫婦に出会いました。
 老夫婦は美しい娘を前にして泣いています。わけを聞けば、夫婦にはもともと八人の娘がいたのですが、八岐大蛇という怪物が一年に一度現れては、その娘を一人ずつ食べてしまったというのです。今年もまた、その怪物がやってくる時期になったので、最後の娘まで食べられてしまうかと思うとどうにも悲しく、涙が止まらない……という話でした。
 娘の名は、櫛名田比売(クシナダヒメ)といいました。須佐之男命は、櫛名田比売を妻としてもらいうけることを条件に、八岐大蛇の退治を約束しました。
 まず須佐之男命は櫛名田比売を隠すため、彼女を櫛に変えて自分の髪に挿しました。そして、八回も醸造を繰り返した非常に強いお酒を用意させています。さらに垣根を作らせ、その垣根に八つの門を、門ごとに八つの棚を設置させた上で、その棚ごとにお酒を置いておくようにと指示したのです。
 やがて夜。現れた八岐大蛇は八つの門にそれぞれの頭を入れ、がぶがぶお酒を飲みはじめました。なにせ強いお酒です。さしもの八岐大蛇も、たちまち酔っ払ってぐうぐう眠ってしまいました。これを待っていた須佐之男命は、八岐大蛇を切り刻んで退治したのです。このとき怪物の尾から出てきた剣が、のちに草那芸之大刀(くさなぎのたち)と呼ばれることになる宝剣だったといいます。
 その後、須佐之男命は櫛名田比売を人間の姿に戻し、妻に向けたということです」
 めでたしめでたし、と刹那が語り終えると、涼司を含めた一同はなんとも奇妙な気分に包まれた。呪術のように繰り返される『八』という数字、人を隠すために櫛という無機物に変化させるという展開、そして宝剣の存在……なにかを暗示しているような物語だ。どことなく、一連の事件との関連を思わせる部分もある。
「なんだろう。なにか、もっと大きな事件への前触れのような気がするわ……今回のこと」
 寒気を感じたかのように、零はそっと、優に身を寄せた。
 なにか沈殿した空気を感じたのだろう。つとめて明るく、苦笑するように涼司は言った。
「それはそうとして、せっかくの客に、ソファも勧められずすまない」
「いや、いいってことだ。気にしないでくれ」
 優も微苦笑する。
 ソファは今、秘書のローラが占拠して眠っているのだ。「帰っていい」と涼司は言ったのだが、彼女は「ワタシ、秘書。仕事手伝う」と言って居残ったのである。それで眠っていれば世話はないのだが……。
 ちなみにローラにかけられている毛布は、零がかけてくれたものだった。


(第2回に続く)

担当マスターより

▼担当マスター

桂木京介

▼マスターコメント

 桂木京介です。
 お疲れ様ですご参加ありがとうございました。

 今回は、私がはじめて担当する公式シリーズです。
 その分緊張と責任感が半端ではなく、これまでにないプレッシャーの下で執筆しました。
 ところどころ生硬な部分があるとすればそのせいかもしれません。

 ですが、そんな私を助けてくれたのが、すばらしいアクションの数々です。勇気づけるようなもの、笑わせてくれるもの、胸がじんとくるようなもの……皆さんからのこれほどのアクションが集まらなければ、今回はひょっとしたら、リアクションを書き上げられなかったかもしれません。
 ですので、皆さんにはあらためてお礼を申し上げたいと思います。

 それではまた、第2回お目にかかりましょう。
 桂木京介でした。



―履歴―
 2012年10月14日:初稿
 2012年10月24日:改定第二項