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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第1話/全3話)

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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第1話/全3話)

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●白虎

 ツァンダの街の西方。ここはすでに街外れであり、ツァンダの街の範囲ギリギリの境界線というほどの場所だ。開発されたはいいが、途中で予算が足りなくなったのか放置されているあたりを重点的に歩く。
 陽は既に沈み、暗い道を行きながら、ラルフ モートン(らるふ・もーとん)は寒気を覚えた。精神的なものではなく文字通りの寒さだ。ぶるっとくる。
「くっ、とりわけ足元が寒いぜ……」
 ぼやきたくなる気持ちである。
 なぜなら彼は今、スカート姿なのだから。ただ、強いて言えば顔は温かい。それはマスクをしているから。
 さて、偉大なるルチャドールたる彼が、なぜまたこのような妙な扮装になった理由を説明するとしよう。
 その日芦原 郁乃(あはら・いくの)に呼び出されたラルフは、問答無用で子どもの姿にされた。要するに『ちぎのたくらみ』だ。小学校高学年くらいの可愛いルックス、これを、まだ依頼の話もなにもしていないというのに押しつけられたのである。
「なんで俺がこんな姿に!?」
 面食らうラルフだが、続けてスカートまではかされて、あれよあれよという間に女の子化されてしまった。健康そうな肌の色の、スポーツ少女といったところだろうか。
 ここでようやく郁乃は事情を明かしてくれた。辻斬り犯人を誘き出す囮になろうというのだ。
「辻斬りなんてひどいこと許せないです。協力してください」
 と荀 灌(じゅん・かん)にまで言われたら嫌とはいえない。それに、ラルフも義侠心には厚いつもりだ。
「辻斬りったぁ情けねぇ。やはり拳で語り合わなきゃなぁ」
 パン、と拳を掌に打ち付けた。やる気は十分だ。
 なお、囮は二組に別れるという。
「わたしと荀灌にラルフの三人じゃ、さすがに向こうも警戒して出てこないと思うんだ」
 ということで郁乃と荀灌のペアと、ラルフ一人とに別れるということになった。
「はい、『禁猟区』を込めたお守りを渡しておくから、何かあっても安心よ。それじゃ、わたしたちは人気の少ないあたりで張り込むから、ラルフは人通りの多いところをお願いするね!」
「任せとけ!」
「ただ、出発前に一つだけ……」
 郁乃はしげしげと彼の顔を見た。ラルフの顔にはルチャドールの命ともいうべきマスク(ちなみに豹柄)が燦然と輝いているのである。それは子どもになろうと同じだ。
「女の子がそのマスクはないよねぇ……脱がない?」
 などと言って、じわりと郁乃は手を伸ばしたのだが彼は断固それを拒否した。
「これだけは譲れねぇ! マスクは魂、おはようからおやすみまで暮らしと共にあるべきものなんだぜ。素顔を見られたルチャドールは、その相手を殺すか愛するしかないんだ……って何か別のものと混ざっているような気がするがそういうことだ」
 というわけでラルフ改め『ラルフ子』は、史上希に見るルチャマスク女子小学生という珍妙な格好でこの場所を歩いているのだった。
「郁乃たちも頑張っているだろうか……」
 寒さに震えながらラルフは空を見上げた。ちょっと前まで夏だと思っていたが、もう十分に秋なのだろう。それにしても今日はなんだか冬のように寒い。早く帰って温かいものが食べたかった。

 その頃。
「………お姉ちゃん?」
 よく冷えたチェリーを一口して、荀灌はチョコレートパフェから顔を上げた。
「ん?」
「私たちなんで喫茶店でパフェ食べてるんですか?」
 ラルフと別れた二人は今、彼と少しだけ離れた街中で喫茶店の中にいた。二人の前には一つずつ、東京タワーのように盛られた魅惑のパフェが置かれているのだ。
「えっとね、裏通りに美味しいと評判の喫茶店があるのを思い出したんだよね。一度来てみたかったんだぁ」
「そうでなくって張り込みはどうするんですか?」
「いい? 荀灌。わたしもただ喫茶店でパフェ食べてるわけじゃないのよ? この席は外が見える窓側。すなわちこれも張り込みなのよ」
「そうだったんですねっ!」
 素直な荀灌は、尊敬の眼差しで彼女を見る――その視線が痛いなあ、と思いながら、とりあえず誤魔化すように作り笑いして郁乃は言っておく。
「だから荀灌、あんまりじろじろ外を見ちゃだめよ。それとなく見るのが張り込みってものよ」
「そうなんですね」
「おしゃべりしつつ、さも普通に女の子がお茶してる風にしてないとね」
 これをきっかけにして、郁乃と荀灌は楽しくおしゃべりを楽しんだ。やがて話に花が咲き、よもやま話に笑いあうのだった。
 ……このとき『禁猟区』に反応が出ていたのだが、郁乃はまるで気がつかないままだった。

「やっぱり寒いぜ!」
 まともじゃない、とラルフは体を擦った。なんだか急速に冷えていくように思う。歯の根が合わなくなってガチガチ鳴る。女子っぽくふるまいたいところだがもうなりふり構ってはいられない。
「寒ぃーっ!」
 吐く息は真っ白だ。それどころか唇が凍り始めている。冷凍庫の中にいるかのようだ。明らかに異常事態だ。
 そのときラルフの正面に、白い剣を持った少女が現れたのである。
 外見は幼い。小学生くらいか。
 白い虎のような仮面を被り、片手に氷柱のような剣を握っている。
「白い虎……白虎か」
「そうだよ。ぼく、白虎」
 と少女は笑みかけた。明らかに普通じゃない。
「暗くなったのに一人で歩いていたら危ないよ……」
 言い捨てるなり少女は、氷柱の剣で斬りかかってきたのである。
「豹対虎ってわけかい! ジャガーマスクの強さを知ってびびるなよ! とっととこんな茶番を終わらせてやる」
 ラルフはショルダータックルを繰り出した。
 が、足元が凍っていて転倒した。そのまま凍結し、立ち上げれなくなる。
 氷柱のような細剣がラルフの喉を狙うも、その切っ先は跳ね上げられていた。
「人斬りと相対するのは久しぶりです」
 彼は幕末、天然理心流の天才剣士として知られるも、その志半ばで夭折したという過去を持つ……沖田総司、かつても今も、その名は天下に轟いている。総司は青眼の構えで白虎と相対した。
「鬼城の名にかけてマホロバの民は私が必ず守り抜く!」
 ラルフをかばうようにして、鬼城の灯姫も姿を見せていた。すらりと鞘から剣を払い、凍てつきそうになる腕に血を巡らすべく、空いた手でぐっと握る。
「いいですか二人とも、彼女の保護を最優先です」
 風祭優斗もいる。優斗もまた、ラルフをかばうように立ってウルクの剣を構えた。
 この寒さは魔剣が招いているものだろう。極地のような極寒の状況下で彼らは白虎と切り結んだ。
 だが状況は良くない。
 白虎は巧みな剣士であるとともに、氷結の攻撃を用いてくる。彼女が剣を振り上げるや、ナイフのような氷柱の雨が降る。剣を薙ぐ度に吹きつける冷気の突風も、防寒装備のない身には厳しい。あまりの寒さで目を開けているのも困難で、しかも雪まで降り始めるという始末だった。
「くそっ、この寒ささえなけりゃあ」
 ラルフは素手なので、手の感覚がなくなりそうな思いを味わっている。当然普段の実力は出せない。しかも二度ほど肩口と腰を切られ失血もしていた。不幸中の幸いがあるとすれば、それはこの寒さに血すら凍り付いて、たちまち止血できてしまうということくらいだろうか。
 苦しいのは総司も同様だ。どうしても防戦一方となる。骨に染みるような冷気が、彼の体温と運動性を奪っているのだ。
 手に負えない相手――と優斗は判断を下した。
「灯姫、彼女を連れて先に避難して下さい……僕と沖田さんはそのための時間を稼ぎ、機を見て脱出します」
「くっ、相手の能力さえあらかじめわかっておれば……」
 悔しげだが灯姫もその考えに従うつもりだった。

 少し離れた場所、建設中の家の屋根から、彼らの交戦を見守る姿があった。 
 この場所にまで冷気は届かない。そのため高台から見れば、なにやら眼下の一部だけ、白いペンキでもブチ撒けたように氷雪の世界に覆われているという様相になる。
 つやのある黒い髪、透き通った紅い目の少女は、ふぅん、とでも言いたげに腕を胸の前で組んだ。年齢は五歳程度だろう。しかし幼いが、その目には叡智の輝きが宿っている。それもそのはずだ。彼女こそ、牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)が『ちぎのたくらみ』で変身した姿なのだから。
「辻斬り、誘拐? いつものパラミタだね、きゃは。興味あんまり無い、寝てるね」
 アルコリアの鎧が、欠伸混じりの声を洩らした。鎧といっても魔鎧、ラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)なのである。ラズンとしてはこのような小事件、特に関わり合いになりたいとは思わなかった。ところが同じくアルコリアのパートナーであるナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)が、
「マイロードは和系美人で美少女にもなれますから、万一誘拐されては大変ですわ」
 と危惧し、調査に加わりましょうというので、仕方ないなと思いつつ付いてきたのだ。なお、現在のアルコリアのサイズに合わせて、ちゃんとラズンも縮んでいたりする。
「マイロード、やはりあれは辻斬り犯でありましょう。マホロバ人を狙った非営利誘拐……と、思われるものの陰に辻斬りあり。捕縛し尋問してもいいと思われます」
 恭しい口調でナコトが言った。
 ところがアルコリアは動かない。腕組みしたままだ。
「とりあえず、すごいあいてかわからないのでー。まだみておくだけでいいかなー」
 するとラズンも唱和して、
「だよねー。じゃあ本当に寝るから。戦闘になったら起こして」
 と締めくくって寝息を立てはじめてしまった。
 このやりとりを聞きながら、シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)は呟いた。
「相変わらずアルのやる気がないな……いや、ラズンもか、ナコトのやる気だけあるのも珍しいパターンだが……」
 まあそういうのも面白い。シーマもまた不動の構えである。
「ですが、マイロード」
 ナコトは懇願するように言った。今、あの辻斬り剣士に苦しめられている四人がどうなろうが知ったことではない。殺されたとしてもそれは彼らが弱かっただけのことだ。だが、あの剣士がアルコリアに仇なす可能性があるとすれば別だ。そのような『悪』(アルコリアに敵対する者こそが、ナコトにとっての悪である)は今のうちに芽を摘んでおくべきではないのか。
「ならいっておいでよー」
 がおー、と気の抜けた雄叫び(?)をあげてアルコリアは言ったのである。
「がんばれー……」
 と手を振ったところからして、ナコトだけで行ってこいということらしい。
「イエス、マイロード」
 しかしその言葉こそナコトの喜びにして誇り。彼女は飛び降りて白い戦場へ向かうのだ。
「それならボクも」とシーマが続いた。
 このとき、半分以上まどろんでいたラズンが、
「アルコリアは行かないんだよね……」
 寝言のようなムニャムニャ声で言った。
「んい? これはあれだよ、かわいいアルちゃんががんばっちゃうと、ほかのけいやくしゃさんのかつやくのばというかしゅうれんにならないというか、うんにゃら」
 ラズンは寝息で返事した。

 身長十メートル近い巨人が、凍土を強く踏みしだいた。
 いわゆるランプの魔神だ。シーマが召喚したものだ。加えて、
「オマエの相手はこの、シーマ・スプレイグがするっ!」
 と告げ、槍をしごいてシーマは白虎に突きかかった。
 マジックブラストが駆け抜ける。これはナコトだ。
「アルコリアに害なす可能性のある者は、断じて許しませんわ」
 宣言して参加する。白虎は冷たい目を向けた。けれど目立った反応は見せなかった。
 これで戦闘バランスに変化が現れたが、それでも、まだ白虎一人のほうが押している。ランプの巨人も寒さは得意とせぬようで動きが緩慢になり、ナコトもしばしば、足元を凍らされて難渋する。優斗たちを含む味方を守るべく、シーマは率先して盾でガード役に努めるも、ガードばかりはかどっても攻めあぐねていれば同じことだった。
 これを見てようやく、アルコリアが動いたのである。
「うん、たのしめそーかな?」
 神の指輪を外して式神に変化させる。これを従えたまま、ぽてぽてぽてーっと緊張感のない走り方で飛び込むと、
「へんしつしゃさんごめんねー? おんなのこをきりつけて、せいてきこうふんをえるじゃましちゃいますー」
 まああなたもおんなのこだけどー、とアルコリアは柔らかく笑った。
 だがその攻撃は、まるでソフトなものではなかった。
 居合いの刀を使った目にも止まらぬ抜刀術。寒さがどれだけ厳しかろうが関係ない。ひとっ飛びに標的との距離を詰め、抜く、斬る。斬る、斬る、斬る、舞うかのような剣のラッシュだ。まるで手が、三本も四本もあるかのような巧みさであり力強さである。
 この力強さの要員にはラズンの助力もある。
「おきた」
 とラズンは覚醒し、アルコリアに力を付与しているのだ。それゆえか速い。そして力強い。寒さが高まれどびくともしない。目にも止まらぬその剣尖は、白虎とて防ぐのが精一杯だ。
 アルコリアが押すのと比例するかのように、気温が上昇していくのが判った。氷が溶けてゆく、吹雪が弱まる。
「ははあ、このあたりがにがてなんだねー。じゃくてんはっけーん、べしべし」
 アルコリアの口調はあいかわらずだが、怒濤の攻めはついに、白虎を尻餅つかせるに至った。
「んぅ、もうおわり?」
 アルコリアはペロっと舌を出した。ロイヤルソードとで二刀流、
「切り伏せるっ!」
 と剣を交差させた。咄嗟に白虎は「ひぃ!」と声を上げて剣を持ちあげた。
 氷か、硝子が落ちて割れるような音がした。
 白虎の魔剣は、アルコリアの二本の剣によって砕かれたのである。
 ぴたりと彼女の首の傍に二刀をつきつけたまま、アルコリアは白虎を見下ろした。
「で、何がしたかったんです? 本当に性的嗜好とかじゃないですよね?」
 すでにその姿は、元に服している。