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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第1話/全3話)

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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第1話/全3話)

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●というわけで苦労話大会!

「じゃあまず一番手で、ウチから!」
 マイクがわりに食品用ラップの芯(その辺に放置されていた)を握って、優奈はすっくと立ち上がった。なにやら盛り上がってきて、やんやと喝采も上がる。
「よっしゃー、ここはウチがどーんと苦労話聞かせたろやんか!」
 喝采が鎮まるのを待って、演技か本当か、目をウルウル、うるませながら優奈は語ったのだった。
「そやなぁ、ウチはまず魔法の勉強するんに苦労したなぁ……地球には魔法なんてモン自体がなかったしなぁ」
 魔法に関する苦労なら、リストアップしていったらノート一冊くらい簡単に埋まってしまうくらいあるだろう。根本的な勘違い、理解不足による事故、そういったものは日常茶飯事で、埃をかぶった分厚い本を読破させられる日々も辛かったし、見るだに不吉な魔法の材料集めも大変だった。けれど優奈が一番辛かったのは……。
「あとほら、魔法の箒とか! 乗りこなすの苦労したで〜。何回落ちたことか……契約者ちゃうかったら死んどったやろな……」
 魔法使いといえば箒を、すいすい乗りこなしているようなイメージがあるだろう。だが、その『すいすい』になるまでが非常に大変なのだ。いいうなれば自転車に乗れるようになるまでの苦労を、十倍にしたくらいだろうか。いや、命の危険を考えれば十倍ではきかないだろう。百倍くらいか。
「そうそう、錬金術でも現在進行形で苦労しとるで〜。色々実験しとんやけど、しょっちゅう失敗してなぁ……」
 錬金術の事故は規模がとてつもなく大きい。髪が全部チリチリになるという悲喜劇から、空間が消失するような爆発まで数知れずで、優奈は感電や石化の目にも遭ったことがある。
 と、一通り笑い話混じりで話し終えて、優奈はぺこりと頭を下げた。
「っと、まだまだようさんあるけど……レンやウィアも話したい事あるみたいやし、ウチのはこの辺で!」
「私ですか?」
 ウィア・エリルライト(うぃあ・えりるらいと)が、優奈の視線を受けて立ち上がった。
 ――那由他さん、でしたっけ……初対面ではありますが、私も力になれる事ならがんばりますよ。
 苦労話というのは自分の恥ずかしい話でもあるから、いくらか頬が上気してしまうが気にしてはいられない。ウィアはマイクがわりの芯を受け取って話し出した。
「それで……労話、ですか。それならたくさんありますよ〜」
 私の方は、主に錬金術関連ですね、とウィアは言った。
「私は優奈の補佐のようなものをする事が多いんですけど……優奈ってば結構忘れっぽいんですよね。『材料一つ忘れとった! ウチちょっと手ぇ離せへんから、ウィア取ってきて!』……なんてこと、結構ありますし」
 この優奈の口調がなんともよく似ていたので皆笑った。
「しかも、『材料の名前なんやったっけ……あの青くてにょきにょきした草!』とか言われたって、何のことか全くわかりませんよ! それにそれに、しょっちゅう実験に失敗して爆発するんですよ……後片付けを手伝う方のことも考えてほしいです」
 それなら僕も、と言葉を継いだのはレンだった。
「そうだなぁ……依頼だったり実験だったり素材集めだったり……優奈は色々出歩くことが多いんだけど、いつも無茶ばっかりするんだよねー。守る方の身にもなってもらいたいよ、ほんと……」
 無意識のうちについ、レンは頭を抱えてしまう。
「こないだなんて、竜の爪を取りに行く! とか言って、ダイヤモンドドラゴンに一人で挑もうとしてたんだよ? 目標しか見ずに突っ込むから……途中経過もきちんと見てほしいよね!」
「……ってちょっと待てーい!」
 異議あり、というかのように優奈が立ち上がった。
「二人ともウチ関連かい! よりによってココでそんな話することないやろー!」
「え、でも苦労話といえば優奈さんの話をしないわけには〜」
「僕も」
 まあそれが、優奈といる楽しさでもあるんだけど――というのはウィアにレン、ふたり共通の意見ではあるのだけれど。
「ええい、ウチのことばっかり話すなー! 恥ずかしいやろ〜!」
 両腕を振り回しながら優奈が追いかけて来たので、これはいけない、とウィアもレンも逃げ出したのである。
「こら待て、待たんかーい!」
「待てと言われればますます逃げたくなるのが人というものです〜!」
「同意見!」
 そんな感じで三人は、なにやらコミカルに退場していった。
 仲良きことは美しきかな。

 さて苦労話大会もまっさかりのおりに、想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)と謎の美少女がカフェテリアを訪れていた。
 謎の美少女……? いや、それは実は、イルミンスールの女子服を着た想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)であったりする。
「瑠兎姉(るうねぇ)……カフェテリアで話をするんだったら、この服装をする必要はなかったんじゃ……」
「服装だけじゃないでしょ? メイクもして扇も持参して、桃幻水で外見性別も変えて……要するに女装、いや、女体化じゃない」
「あの、そんなに気合いいれて言わないで……それ」
「それ? ああ、女体化?」
「だからぁ……」
 そもそもの発端は瑠兎子が、那由他がアルセーネの元を訪れたという話をキャッチしてきたことにある。どうやってキャッチしてきたかは謎だが、瑠兎子はその義弟こと夢悠にこう言ったのだ。
「アルセーネちゃんに会いに女子寮へ入るんだから、夢悠は女装しなきゃね。そして良い機会だから、ついでにアルセーネちゃんから踊りを教えてもらいなさいよ」
「何を藪から棒に……」
「だってあんたの特技が踊りだもの。アルセーネちゃんと一緒に踊る姿を雅羅ちゃんに見せれば、好感度アップかもよ!?」
「……」
 雅羅・サンダース三世の名前を出されると夢悠は弱い。
 その弱い心の隙を突いて、
「ま、ま、グイっと」
 と、瑠兎子が彼に呑ませたものが、例の桃幻水であったというわけだ。
 ところが、来てみればこうなっていたのだ。なんと哀しいこと……!
 仕方がないので夢悠は、那由他とアルセーネにぽつりと自分の苦労話を始めた。もう女性の振りをする必要もないので普段の口調で話す。
「オレも色々と苦労してきたんだよね……うちの瑠兎姉は、雅羅さんに隙あらば雅羅さんへ抱きついたり胸を触ったり……何度セクハラ被害に遭わせたことか……」
 ところが即座に、その瑠兎子がツッコミを入れるのである。
「セクハラとは人聞きの悪い。スキンシップ、純粋な愛情表現なの! ほら、雅羅ちゃんはアメリカ人だから、ハグだって自然自然」
「不自然なほどスケベな手つきだったりしたわけですが!」
「へぇ〜……よく見てたんだ、雅羅ちゅんの胸を」
「胸じゃなくて瑠兎姉の仕草を見てたの!」
「だけどね……こんな事もあろうかと!」
 ふふーん、と鼻歌まじりに瑠兎子は何かを取り出して見せた。
「ふふん、ワタシが雅羅ちゃんと仲良くしてる証拠よ」
 それは旅の思い出、瑠兎子と雅羅のツーショット写真なのだった。
 くっ、としばし言葉に詰まる夢悠であったが、額に汗を浮かせながらも平静を装う。
「……雅羅さんは心が広い優しい人だから」
 ならば追い打ち、とばかりに瑠兎子はさらに言った。
「それにワタシは雅羅ちゃん一筋だから、どっかの恋多き誰かさんとは違いますもの〜」
 その視線は饒舌すぎるほど饒舌に、『わかってるわよ』と語っている。
 そこまで言われて引っ込めるはずがない。夢悠は憤慨して、なんだか栗鼠のように頬を膨らませた。
「お、オレだって雅羅さん一筋だい!」
「何が一筋よ、過去のことひとつひとつ掘り返してあげようかしら?」
「そんな不都合な過去なぞなーい!」
 どうもこの姉弟、雅羅のこととなると落ち着いた会話ができないようだ。
 アルセーネとしては困ってしまって、「まあ、まあ」となだめるにとどまった。

 さて次に、
「妾がパラミタに昇った頃の話でも致すとするか」
 と立ち上がったのが織部 イル(おりべ・いる)である。イルがすっくと立つとそれだけで、空気が清涼になったような印象がある。
「我等は始め、この蒼空学園に所属しておったのじゃが、鈴鹿があまりにも方向音痴でな……」
 羊羹を切り、芦原島産の緑茶を淹れていた度会 鈴鹿(わたらい・すずか)は、自分の名前を聞いて手を止めた。
 イルは話し続ける。
「大荒野で彷徨い続けて、妾がやっとの事で探し当てた時には、何故かパラ実生になっておったのじゃ。
 今でこそ明倫館に世話になり、ロイヤルガードの役目を務めてはおるが……あの頃の苦労を思えば、よくここまでになったものよ」
 と、噛んで含めるようにしみじみとイルが話すものだから、鈴鹿はいくらか慌てて口を挟んだ。
「まあ、そんな昔の事を……」
 するとアルセーネや那由他、そればかりか周囲の人の目が一斉に鈴鹿に向いたのである。視線を意識して、鈴鹿は襟を正し背筋を伸ばした。
「私だって、最近は努力の甲斐あってあまり迷わなくなったのですよ」
 鈴鹿もきちんと成長しているのだ。ただ……コホンと小さく咳払いして彼女は付け加えた。
「たまに……道を間違えたりはしますけれど」
「そうじゃの。うむ、鈴鹿には感謝しておるぞ」
 鈴が鳴るようにイルは笑った。
 那由他がちょうどこちらを見ているのだ。訊きたいことは今のうちに訊いておこう、鈴鹿はそう決めて声を上げた。
「ところで、那由他さんは『八岐大蛇の戦巫女』と呼ばれていらっしゃいますけれど、八岐大蛇とはどんな存在なのか、そしてその戦巫女という那由他さんはどんなお役目を担われているのか、教えていただいてよろしいでしょうか? 地球の日本にも、ヤマタノオロチに纏わる神話がありますが……やはり、類似点などもあるのでしょうかと、純粋に興味がありますので」
 鈴鹿のまっすぐな視線を受けて、那由他はかすかに微笑んで返答した。
「文献が手元にあるわけではないので、うろ覚えの部分があっても許してね」
 座り直すと、那由他の目にぼんやりと光が灯ったように見えた。さすがは巫女、伝承について話し始めると、どこか神がかった雰囲気がある。
「八岐大蛇は、八本の首を持つ龍でマホロバの守り神よ。龍杜神社は八岐大蛇を祀っている古い神社で……そうそう、『戦巫女』というのはね、この龍杜神社を外敵から守るために武術を鍛えている特殊な巫女のことなの。そう、私もその一人で、今はシャンバラに修行に来ているところよ。だからまだまだ未熟者と言っていいわね。
 それと、地球のヤマタノオロチとパラミタの八岐大蛇は、調べれば類似点があると思うわ」
 なるほど、と答(いら)えながら、鈴鹿には思い当たることがあった。
 ――そういえば、那由他さんがカラスに襲われたというのも蒼空学園でしたね。
 その際、何かの封印が弱まったと那由他は言っていたはずだ。まさかとは思うが、さらわれた少女たちは那由他の代わりにされた……? との予想も立つ。だが、いたずらに不安を煽ることはしたくなかったので、そのことについては鈴鹿は口を閉ざしておいた。
 入れ替わるようにイルが言う。
「そうじゃアルセーネ殿、龍神の舞とやら、妾にも教えては頂けぬか? これでもかつては巫女として神前に舞を収めておった身。同じ明倫館所属の者なら、そなたが側におれぬ時でも那由他殿に舞って差し上げられよう」
 だがアルセーヌは丁重に断って頭を下げた。
「申し訳ありませんが、お教えするにはまとまった時間が必要ですし、今は那由他さんが心配ですので……。ですが、那由他さんが快復することがあればイル様、必ずお教え致します」
「そうか、ではその機会を楽しみに待つとするかのう」
 かくて再び、苦労話大会が始まったのだが、その合間に鈴鹿のもう一人のパートナー、鬼城 珠寿姫(きじょうの・すずひめ)が那由他に近づいて耳打ちした。
「失礼を承知で、伝えさせてもらいたい。実は私も、明倫館に来て間もなく熱を出して寝込んでしまったことがあってな。その際、鈴鹿殿が懸命に看病して下さったのだ……つまり、契約者はそのパートナーを心から大切に思っているということ。
 那由他殿、貴殿の契約者たる耀助殿だが、耀助殿は耀助殿で良いところもあるのだぞ? 只の放蕩者に見えるやも知れぬが、外面だけでは分からぬこともあるからな」
 すると那由他は、軽く頭を下げて囁きを返したのである。
「……うん、わかってるつもりだよ」
 ありがとう、と那由他は珠寿姫に言った。