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星影さやかな夜に 第二回

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星影さやかな夜に 第二回
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 五章 御伽の街の強奪戦

 自由都市プレッシオ、最南端の区画。
 強奪戦が開始して、あちこちで無数の人影が動き回っている。
 数十人にも及ぶ人間と、それと同じ数の武器。怒号が響きわたり、戦いが続いていた。

「この一戦に、六人の子供達の命運がかかっているわ! みんな、恐れずに進めーっ!!」

 最大の戦場である大通りで、梅琳の号令が響きわたる。
 それと共に、剣と剣が打ち鳴る音が、魔法と魔法が激突する音が、寂れた区画に鳴り響く。

「俺達も行くぞ、歌菜」
「うん、羽純くん!」

 月崎 羽純(つきざき・はすみ)は、遠野 歌菜(とおの・かな)の返事を聞き、<ゴットスピード>を発動。
 自分と彼女の身体が羽のように軽くなり、速度が底上げさせた。

「これはご挨拶です!」

 歌菜は《大空と深海の槍》を手に、構成員の集まりに突撃を開始した。
 <バーストダッシュ>を展開し、力場を蹴り出し、大きく跳躍。
 雨空を背にして、<龍飛翔突>。ドラゴンが牙を突き立てたような鋭い突きは、構成員の一人に直撃した。

「つぅぅ……!!」

 構成員はその場に崩れ、気を失った。
 電光石火の一撃。
 周りの構成員が、歌菜を取り囲むように包囲した。
 しかし、歌菜の表情に焦りは生まれない。

(コロッテロの人達は身内であろうと邪魔になったら切り捨てる……前回、嫌という程思い知らされました)

 真後ろから、構成員の一人が剣を振りかざし、歌菜に近づいていく。
 にもかかわらず、歌菜は振り向きもしなかった。
 剣が振り下ろされる。それと共に、背を向けたまま、歌菜は槍を相手に突き出す。
 剣と槍。互いが交差し通り過ぎ、

(だから、私も心を鋼鉄に。私には守りたいものがあるから!)

 指先一本分の空隙を挟み、剣は歌菜の背中の直前で止まっていた。
 対照的に。彼女の槍に貫かれ、構成員が膝を折り、前のめりに倒れる。

「私は特別警備部隊、遠野歌菜」

 歌菜は振り返らず、意思のこもった声で言い放つ。
 彼女の視線は、次に倒すべき相手の方を向いていた。

「子供たちを救うため、貴方達を倒します」

 歌菜の言葉の終わりと共に、実力差を痛感した構成員達はそろって襲い掛かる。
 が、構成員達が地面を蹴りだそうとした足が<ブリザード>で一斉に凍りついた。

「ま、その判断は褒めてやるよ。
 圧倒的な実力を持つ相手には、息を合わせ、一斉に襲い掛かるのが定石だ」

 構成員達が、声のした方向を振り向く。
 と、同時。彼らの身体に<剣の舞>で具現化された剣が突き刺ささった。

「けど、俺がいることを忘れてんじゃねーぞ」

 倒れる構成員達を見下ろし、羽純はそう言う。
 そして、歌菜の傍まで歩き寄り、声をかけた。

「そら、次、行くぞ」

 歌菜はうんっと頷くと、《大空と深海の槍》を抱え、走り出す。
 後をついていきながら、羽純はこの戦いが何か引っかかり、小さな声で一人ごちた。

「それにしても……強奪戦……何故、こいつらはそんな物を仕掛けた?
 考えられることは……俺達の戦力を削ること……ただ、それだと戦力が削れるのは向こうも同じだ」

 羽純の考えを的を射ている。
 コルッテロは、構成員の質は低くても、圧倒的な物量を有しているのだ。
 強奪戦の目的が戦力を削ることなら、もっといい方法がたくさんあるはず。

「となると……俺達の目を何かから逸らしたいから……か?」

 羽純はそう呟くと、言い知れぬ一抹の不安を抱く。
 それは直感ではなく、数多の戦いを潜り抜けてきた経験からくるもの。
 羽純はその不安を拭い去るために少しだけ首を横に振り、

「しかし、子供を見殺し等には出来ない。
 速やかに敵を殲滅し――いや、戦闘不能させて、日付が変わる前に決着を付ける。これがベストだ」

 そう決意を固めて、歌菜と共に激戦区へ身を投じた。

 ――――――――――

 大通りで大規模の戦闘を繰り広げる部隊とは、また別の特別警備部隊の集まり。
 彼らは裏を暴くこと、人質を解放することを目的とした別働隊だ。
 出来るだけ人目につかない路地を通り、子供達が囚われているアジトへ向けて走っていく。
 そして、趣味の悪いアジトの建物がうっすらと見え始めた頃。

「見ーつけた」

 弾んだ声が、別働隊の遥か後方から聞こえてきた。
 全員が、一斉に振り返る。
 《紅の透気》を豊満な肉体に纏い、<龍鱗化>で肌を硬質化した――緋柱 透乃(ひばしら・とうの)がそこにいた。

「戦いに言葉は不要よね。ウズウズしてるし、早速行くよ?」

 透乃は大量の敵を前にして、嬉々とした笑みを浮かべた。
 一歩、踏み出す。
 対して、別働隊の契約者達は武器を取り出そうとして。

「私は一方的な殺戮が好きなんだけど……仕方無いわねぇ」

 頭上から、ゾッとするほど冷たい声が降りかかった。
 声の主は、月美 芽美(つきみ・めいみ)
 <隠れ身>で今まで身を隠し、透乃に注意が集まる機会を待ち、不意打ちする機会を伺っていたのだ。
 芽美は別働隊の者達に《機晶爆弾》を投げつけた。
 中央に居た男性の契約者に当たり、大爆発。
 血と肉と骨と内臓と筋肉がバラバラと撒き散らされる。路地に肉片が焦げる臭気が充満した。

「いつ嗅いでもいい香りね。癖になるわ」

 鼻をつく香ばしいその匂いに、芽美の顔が思わず緩んだ。
 芽美はまた、<隠れ身>で姿を隠す。

「い、いやぁぁぁああ!!」

 一人の女性が、金切り声を上げた。
 恐らく、爆発によって死んだ彼のパートナーだったのだろう。
 その女性はパートナーロストにより激痛が走る身体を引きずるようにして、死んだ契約者に歩み寄る。

「止めるんじゃ、近づくでないッ!」

 別働隊の一人、ルファン・グルーガ(るふぁん・ぐるーが)は珍しく声を荒げ、その女性を止めようとした。
 しかし、遅かった。
 ルファンの視線の先で、ゆっくりと死んだはずの契約者が立ち上がる。
 ズチュリ、と。
 その契約者は焼け焦げた手で自らの剣を拾い、近づいてきたパートナーの腹部を刺し貫いた。

「…………」

 その残虐な光景を、ルファンの他に一人、見ていた者がいる。
 それは緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)。先ほどの死んだ契約者の行動は、陽子による<フールパペット>によるモノ。
 彼女の担当は精神攻撃を主軸にした援護。パニックに陥れ、動きを封じることだ。

「最後が、パートナーの一撃で良かったですね」

 芽美はそう呟き、芽美のように気配を殺し、また隠れた。
 死んだ二人に、芽美の《機晶爆弾》が投下される。接触と同時に爆発。
 巻き上がる爆煙が晴れていくと、そこには跡形一つも残っていなかった。
 別働隊の数名がパニックに陥る。足並みが乱れ、右往左往してしまう。
 近づいてくる透乃。
 不意打ちを続ける芽美。
 乗じて、精神を掻き回す陽子。
 窮地に陥った別働隊で、ルファンは唇を噛み締めてから、大声で叫んだ。

「喝――ッ!」

 周りの契約者がハッと我に返り、ルファンを見た。

「ここで立ち止まるわけにはいかぬ、先に行くのじゃ。やつらはわしが相手取る」
「で、でも、」
「いいから行け。助けるべき者が待っておるのじゃから」
「……ッ」

 ルファンの言葉に後押しされて、他の契約者達は振り返らずに走っていく。
 しかし、一人。
 アジトには向かっていかず、ルファンの傍に残ったのは――ギャドル・アベロン(ぎゃどる・あべろん)だ。
 ギャドルは両の拳を合わせて骨を鳴らす。

「ハッ、こんな面白そうなヤツを独り占めしようとしてんじゃねぇよ。俺様も戦うぜ」

 ギャドルは好戦的な笑みを浮かべ、目前に迫った陽子を見据えた。
 ルファンはいつも通りの彼を見て、仲間が目の前で殺されて頭に昇った血が下がり、冷静さを取り戻す。

「……ああ、往くぞ。ギャドル」
「俺様に命令するんじゃねぇよ」
「ふふ、すまぬな」 

 その言葉を最後に、二人は動き出した。

「ふっふーん、二人同時か。いいね!」

 透乃はニィッと口の端を持ち上げて、<オーダリーアウェイク>を発動した。
 全身に漲る熱いエネルギーを両の拳に集中。二人に向けて、<等活地獄>を放つ。

「甘めぇぞ、女――!!」

 対するギャドルは<ドラゴンアーツ>を発動。
 ドラゴン特有の怪力を乗せ、彼女に合わせるように<等活地獄>を放った。
 鬼神の如き猛々しい連撃が激突。
 両者の拳がぶつかる度に小さな衝撃波が起こり、地面のアスファルトに亀裂が走る。

「「ハハハ――ッ!!」」

 両者は楽しそうに笑い声をあげ、<等活地獄>の拳を打ち終え、同時に弾かれた。

「まだまだ終わらねぇぞ、ゴルァ!!」

 ギャドルは胸一杯息を吸い込んで、<火術>の業火を口から吐き出した。
 透乃は避けもせず、その火炎を真正面から受ける。
 彼女の肌が焼けるが、《不滅の精気》の効果により、爛れた皮膚が再生していく。

「結構痛いんだよね、これ!」

 炎の中で透乃は笑いながら、大きく右腕を振りかぶる。
 が、右に気配。透乃は鋭い殺気を感じて、芽美の《機晶爆弾》により出来た大きな瓦礫を、慌てて拾い上げた。

「ッ!」

 鋭い殺気を発したのは、ルファンだ。
 ルファンは呼気を爆発させ、一歩踏み込み、必殺の拳を繰り出した。

 その一撃の名は<則天去私>。
 音を置き去りにするほどの高速の拳が、透乃に迫る。

「おっしー、残念!」

 透乃は拾い上げた瓦礫で、ルファンの攻撃を防御。
 が、拳の衝撃は瓦礫を通り越し、透乃に直撃。彼女の身体が吹っ飛び、路地の壁へ背中から衝突。
 思わず、息が詰まる。
 口から一筋の血がこぼれ出し、透乃はそれを手の甲で拭った。

「そのようなモノでは、わしの柔の拳を止めは出来ぬよ」

 ルファンのその言葉に、透乃は猛禽のように凶暴な笑みを返す。

「ハハッ、面白いね。おまえら。
 これほどのど突き合いが出来る相手と出会えたのは久しぶりだ――!!」