天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

星影さやかな夜に 第二回

リアクション公開中!

星影さやかな夜に 第二回
星影さやかな夜に 第二回 星影さやかな夜に 第二回 星影さやかな夜に 第二回

リアクション

 六章 廃墟の激闘

 雨足はどんどんと強さを増していく。
 ざあざあと降りしきる雨に打たれながら、礼拝堂のような廃墟の外では激しい戦闘が行われていた。

「力なき弱者を守りし砦♪ それは強固か脆弱か♪ ヘイっ!」

 周囲の戦いの音にも負けないぐらい、そう叫んだのはゼブル・ナウレィージ(ぜぶる・なうれぃーじ)だ。
 ゼブルは常時<メンタルアサルト>を行使し、周りの敵の隙を作りながら一番先頭を走る。

「というわけで! 今回もいってみましょぉ! ヴィータのフラワシとのドリームコラボ!」
「……もぅ、強引ねぇ。ま、そういう人は嫌いじゃないけど」

 ゼブルの《ラブ・デス・ドクトル》の<降霊>に合わせて、ヴィータは指をパチンと鳴らす。
 同じく<降霊>されたモルスが、《ラブ・デス・ドクトル》の隣に降り立ち、同時に咆哮をあげた。

「「あ゛あ゛ああああぁぁぁぁァァァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!!」」

 ゼブルが前方に立ち塞がる契約者をビシッと指差し、号令。

「まぁぁずは、ザ・ウィルスをブチ撒けろォォ!」

 《ラブ・デス・ドクトル》は呼応して、周囲に未知の病原菌をぶちまける。
 鼻や喉といったあらゆる感染経路から侵入を開始。感染した契約者の目や耳から血が噴き出す。

「で、次はモルスの出番ってね」

 細菌に内側から壊されていくその契約者に、モルスが剛腕を振るった。
 堅強な拳によるその一撃は契約者の鎧を一瞬で崩壊。肉と骨が粉砕され、路地に赤い腸が尾をひいていく。

「きゃは♪ だらしないわね。この程度で死んじゃうなんて――」

 ヴィータが言い切るより前に、彼女に鋭い一閃が迫った。

「おおっと、いきなり危ないなぁ……っと、おやぁ? 誰かと思ったら」

 彼女はそれを<実践的錯覚>でどうにか回避。飛び退き、突然の襲撃者にじろりと目をやった。
 そこに立っていたのは、《狐月【空】》を抜刀した赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)だ。
 ヴィータは後ろのゼブルに「ここは任せて」と手で合図すると、ゼブルが離れていく足音を耳にしながら、ニヤニヤと笑みを浮かべた。

「きゃは♪ よく会うわね、わたしたち」

 対照的に、霜月はぴくりとも表情を動かさず、刃を鞘に収めて<抜刀術>の構えをとる。

「んー、そう睨まないでよ。せっかくのゲームなんだからもっと笑ったらぁ?」
「……子供の命を使ったゲームで、自分に笑えと? ふざけるのも大概にしてください。反吐が出ます」
「ありゃりゃ、つれないなぁー」

 口調とは裏腹に、ヴィータはこの上なく楽しそうだ。
 霜月は楽しくともなんともない。むしろ、嫌悪を覚える。
 だから、彼は敵意を孕んだ冷たい声で、彼女に言い放つ。

「ヴィータさん、あなたのゲームに付き合うつもりはありません。大人しくしてて下さい」
「嫌って言ったら?」
「力づくで止めさせてもらうまでのことです」

 霜月は呟き、
 ヴィータは駆けた。
 彼女は《暴食之剣》を片手に、地面を這うような腰の低さで路地裏の細い道を疾走する。

「きゃは♪ やってみなさいな」

 霜月は彼女を迎撃するために、<抜刀術『青龍』>を放った。
 速度も、タイミングも、完璧な一閃。殺さないように調節した、逃れようのない<抜刀術>の斬撃。

「……うーん、イマイチ殺気が籠もってないなぁ」

 ヴィータはつまらなそうに呟くと、それを<行動予測>で読み切り、剣で受け止めた。
 その時。

「な……っ!?」

 目の前で起こった事態に、霜月は驚きで眉をひそめた。
 それは、<抜刀術『青龍』>により、刃に纏われたはずの冷気が。
 《暴食之剣》の刃に接触すると同時に、全て消え去ってしまったからだ。

「きゃはは♪ どーして、っていう顔をしているわよ。あなた」

 ヴィータの顔に闇色の笑みが、すーっと広がった。
 ゾクン、と。
 霜月が幾多の戦いを経て培った経験が、身体に電流を流すように危機感を訴えた。

「……ッ!」

 考えるより先に、霜月は後方へ跳躍。
 ヴィータはその行動を見て、口元を緩めた。

「その判断大当たりよ。でもね――」

 ヴィータが一歩、踏み込んだ。
 と共に、黒のケープが死神の翼のようにはためいた。

「ちょーっち、遅かったかな」

 ヴィータが笑い、魔術式が輝く《暴食之剣》を振るった。
 二人の距離は三メートル程。対して、その狩猟刀の長さは三十センチ。
 その斬撃が霜月に当たることはない。
 ――はずだった。

「……ぃ……ぎっ!」

 突然、霜月の右肩に激痛が走った。
 彼はワケも分からず、痛みの正体を確かめるために目をやる。
 右の肩口が、まるで大型の肉食獣に噛み千切れられたように大きく抉れ、絶対零度の冷気によって凍り付いていた。

(なんですか……これは……?)

 霜月は左手で右肩を押さえ、ヴィータに視線を移す。
 彼女は「おっかしいなぁ……」と呟き、首を小さく傾げていた。

「うーん、首を狙ったんだけどなぁ。
 ……ま、コレを使うのは久しぶりだから、仕方ないわよね」

 ヴィータはそう納得すると、右肩を負傷した霜月を見て、クスリと笑う。

「その様子じゃあ、あなたの得意な<抜刀術>ももう使えないわね。
 今なら見逃してあげないこともないけど……どう、降参しとく?」
「ッ、ふざけないでください……!」
「あっ、そう。残念。あなたは結構好みだから、殺したくはなかったんだけどなぁー」

 ヴィータが強く、地面を蹴りだした。
 肉迫する彼女を、霜月は同じように<抜刀術『青龍』>で迎撃しようとする。
 しかし、痛みのせいで動きが鈍り、その抜刀には先ほどまでの鋭さはなかった。

「あらら、無理しちゃってぇー。そんなのじゃ、わたしに触れることは出来ないわよ?」

 その太刀を、ヴィータは難なくかわしてみせた。つまらなそうに、雑な動きで。
 そして、《暴食之剣》が牙を剥く。
 ヴィータは一切のためらいも、一片の容赦もなく――霜月の顔面へ剣を振り下ろす。 

「――なにをやっているんですか、霜月!」

 ジャンヌ・ダルク(じゃんぬ・だるく)の叱咤の叫びと共に、《幻槍モノケロス》が両者の間に伸び、凶刃を受け止めた。
 きぃん、と甲高い金属音が鳴り響く。
 ジャンヌは力の限り幻槍を振るい、狩猟刀の刃を弾く。ヴィータはバックステップし、距離を僅かに開く。

「いやぁん、横槍入れないでよね。いけずぅー」

 ヴィータがキャハハと嗤い、《暴食之剣》をだらりと下げ、無形の位の構えをとった。
 対する霜月とジャンヌの二人は、もう一度武器を構えなおす。
 三人の間が、ピリピリと張り詰めた緊張感に包まれる。

「……霜月」

 唐突に、ジャンヌが霜月に声をかけた。
 ヴィータから視線は外さず、一挙手一投足に注意を払ったままで。

「短い時間時間しか会っていませんが……あの女はまずい。
 霜月はあくまでも止めると言いましたが、アレは殺さないと止まりそうにありません」
「…………」
「私は、霜月のその甘さは嫌いではありません。
 ですが、今だけは殺す覚悟を。殺さねば、こちらが殺されます」
「……自分は、」

「――ふぅん、わたしを前にして話をする余裕があるんだ。気に入らないなぁ」

 霜月の言葉を遮り、ヴィータの黒いケープがつぃっと揺れた。
 爆ぜる火花のように迸り、ジャンヌに接近。それは、殺意をもたない霜月よりも、彼女のほうが危険だと判断したからだろう。

「はぁぁああ……!」

 ジャンヌは<シーリングランス>を発動し、幻槍による光速の突きを放った。
 ヴィータの頬に一筋の線が走り、うっすらと血が滴る。わずかに首を傾けて致命傷を避けた彼女は、躊躇わず一歩踏み込んだ。

「きゃは♪ まずはあなたから――お終いよ」

 ヴィータは自分の間合いまで詰めると、《暴食之剣》を振るう。
 轟、と音を立てて、凶刃がジャンヌの白い喉へと奔った。
 避けることのできない一撃。
 しかし、横から縦に発生した霜月の<抜刀術>の太刀筋に、ヴィータの凶刃は弾かれた。

「なによ、パートナー共々横槍が好きなのねぇ」

 ヴィータがよろめく隙に、ジャンヌが幻槍を腰の回転だけで突き出す。
 狙いは、ヴィータの顔面だ。

「終いは貴様だ――ヴィータ・インケルタ!」

 しかし、その一撃必殺の突きは、金属音とともに停止した。
 ジャンヌが目を丸くする。
 幻槍の刃は、ヴィータの口内に到達する手前で、彼女自身の門歯と犬歯で噛んで停止させられたのだ。
 一瞬の膠着。
 ヴィータの緑色の瞳に、嬉々とした感情の波紋が揺らめいた。
 彼女はそのまま、狩猟刀をジャンヌの頚動脈を狙って振るう。ジャンヌは幻槍を引き、数歩バックステップ。

「いやぁん、刹那の攻防ってヤツ? しびれるわねぇ」

 ヴィータがそう感想を洩らすのとほぼ同時。
 ジャンヌと入れ替わるように、霜月が<抜刀術>を放った。

「んー、あなたはねぇ……」

 ヴィータは<行動予測>でその軌道を読み切り、皮一枚のすれすれで回避。
 そして、僅かに距離を開けて、美しい唇に指を当てて言い放った。

「攻撃に殺気がないから読み易いっていうか、なんというか。
 敵に塩を送るつもりはないけど、教えてあげる。戦いに必要なのは銃ではなくて、引き金を引く殺意よ」
「……殺すつもりはありません。あくまで、あなたを止めるだけです」
「あらら……」

 ヴィータが笑い出した。
 真顔の霜月に、笑いながら言う。

「折角、教えてあげたってのに。あなた、正真正銘のバカね」

 ヴィータは《暴食之剣》を鞘に収め、構えもせずに棒立ち。
 両手を広げ、挑発的な仕草を行った。

「ほら、かかっておいで。あなたなんか剣無しで退場させてあげるから。役者不足さん」
「……分かった」

 霜月は腰を深く落として、<抜刀術>の構えをとる。
 そして、心の中で覚悟を決めた。それは殺す覚悟ではなく、護る覚悟。他人の悪意によって命の危険に晒された、子供達を護る覚悟を。

「行くぞ……ッ!」

 霜月は右肩に走る激痛に耐え、<抜刀術>を放つ。
 腰から、飛燕の速度を超えた神速の太刀が発生。峻烈な刃が、ヴィータを叩き切らんと迫った。

「……ッ!」

 予想以上の太刀に、ヴィータが目を見張り、回避行動をとった。
 避けきれず、頬に大きな一筋の傷が刻まれる。
 傷口からつぅっと垂れる鮮血を手で押さえ、彼女は言う。

「……すごいじゃない。殺気は感じられなかったけど、全く読めなかったわ」
「これが、護る剣だ」
「そう、これが護る剣なんだ。殺気じゃなくても、それと同等なまでの気迫を込められるなんてねぇ」

 ヴィータは戦いを仕切りなおすために、安全圏へと逃げ、《暴食之剣》を抜いた。
 対する霜月は鞘に刀身を納め、再度<抜刀術>の構えをとった。

「前言撤回よ。認めてあげるわ、あなた」

 ヴィータの表情が変わる。不敵な笑顔から、もっと手のつけられない笑顔へ。笑いから、闇色の嗤いへと。
 頬から流れる血を手の甲で拭い、《暴食之剣》を構えなおし、言った。

「あなた、名前は?」
「……赤嶺霜月だ」
「そう、霜月っていうの。あなた、とってもステキ。最高よ」
「あんたは最低だ」
「ぶっ壊してあげる」
「やってみろ」

 ヴィータが爆ぜるように跳び、霜月が抜刀した刃で迎撃した。
 目前で衝突した二つの刃に共通するかのように。
 敵意に満ちた霜月の瞳と、歓びに満ちたヴィータの瞳が交錯した。