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星影さやかな夜に 第二回

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星影さやかな夜に 第二回
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リアクション

 別働隊の面々は無事にアジトに到着し、入り口の周辺を音もなく制圧した。
 銃を持ったまま気絶する門番の傍ら、ウォーレン・シュトロン(うぉーれん・しゅとろん)は指笛を吹き、《吉兆の鷹》を呼んだ。

「さぁて、建物の中に敵は……」

 ウォーレンはひょこっと顔だけを出し、出入り口から中を見る。
 玄関ロビーに敵の姿は一切なかった。
 まるで誘われているかのように不気味だったが、自分達は進む以外に道はない。そう思い、ウォーレンはアジトの内部に鷹を放つ。
 飛んでいく鷹の後に続いて、別働隊の他の契約者達も入っていく。
 入るやいな、蜘蛛の子を散らすように散開し、それぞれのルートで目的を達成するために動き出した。

「よし、侵入完了っと。
 さてと、俺は……ここで、見張りでもやっておくか」

 ウォーレンはそう呟き、《獣槍レヴァ・クロディル》を抱え、入り口の前の階段に腰かけた。

 ――――――――――

 アジトの内部に入り、夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)一行と長原 淳二(ながはら・じゅんじ)は素早くエレベーターに乗った。

「こんなふざけたゲームはさっさと終わらせるに限る。
 アウィスを確保するぞ。そうすれば組織としては一時でも機能がマヒするはずだ。
 そうなれば隙としては十分だし、こいつが依頼者ならラルウァ家を引かせられるかもしれん。なにより、本当に子供らを助けられる」

 甚五郎はアジトに向かう途中で、尋問した構成員の情報を頼りに最上階のスイッチを押した。
 草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)は彼の言葉に頷きながら、落ち着いた声で言う。

「そうじゃの。
 今、アジトは強奪戦とリュカ達の捜索とで人を割いておる。チャンスと言えるかもしれぬ。だが、失敗は出来んぞ」
「分かっておる。失敗する気などさらさらない」
「ならいい。
 時間もそうあるとは思えぬ、速やかに事を終えねばのぅ」
「ああ」

 甚五郎は短くそう返事をした。
 そんな彼に、ブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)が近づき、問いかけた。

「甚五郎。
 もしかしたら強敵が待ち受けているかもしれません。当機ブリジットの自爆を承認しますか?」
「……ああ、いざというときは頼む」

 甚五郎の言葉にコイルが頷く。
 と、ほぼ同時。エレベーターが最上階に着き、扉を自動で左右に開いた。

「ふわぁー……」

 扉の前には眠たそうに欠伸をし、油断しきった構成員が一人。
 淳二は素早く外へ出て、《腐敗の呪杖》を大きく振った。杖の先端が構成員の頭に当たり、鈍い音をたてて床へ転げる。
 構成員はピクピクと痙攣し、やがて意識を失った。

「行きましょう。時間は限られています」

 淳二の言葉に、甚五郎は頷き、走り出した。

 ――――――――――

 コルッテロ、アジト。最上階。
 豪華絢爛なアウィスの部屋に、甚五郎達は押しかけた。
 彼らの背後には、最上階の通路を巡回していた構成員達が軒並み倒れている。

「お、やっと来たか」

 アウィスはその光景を見ても、特に驚いた様子はなかった。
 まるで、これを予期していたかのような余裕の態度。

「まさか、本当に来やがるとはなぁ……」
「貴殿が悪者のボスさんですかぁ〜?」

 アウィスはホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)の間延びした言葉には答えず、片手に持った洋酒を一口飲んでから、笑いの形に唇を歪めた。
 それが癪に触ったのか、淳二は床を蹴り思い切り加速。
 強奪戦なんていう、馬鹿なことを考えたアウィスの顔面に拳を叩き込んでやろうと、右腕を大きく振りかぶる。

「これでも喰らってろ、馬鹿が……!」

 言葉遣いも何も、全て剥ぎ取った感情むき出しの言葉。
 淳二は速度を乗せ、右の拳をニヤニヤと笑うアウィスの顔面に向けて振るった。
 しかしそれは、アウィスには届かない。
 ソファーに腰を沈めていたセリスが素早く身を割り込み、片手でその拳を受け止めたからだ。

「……邪魔をして悪いが……こいつは上客らしいんでな」
「くっ!」

 睨みあう二人を、アウィスは見てもいなかった。
 目の前で火花が散ろうと動じない豪胆さは、さすが裏社会を牛耳る組織のトップというところか。
 アウィスはグラスを持っていない手を頭上に掲げ、パチンと指を鳴らせた。

「っひは。
 悪ぃが、ここで戦われるのは面倒なんでなぁ。退場してもらうぜ?」

 アウィスの言葉の終わりと同時に、カツカツと靴を鳴らして、物陰から一人の少女が現れた。
 肩に届かないほどの長さの茶髪のパッツン。白磁のように真っ白な肌。ぼーっとした瞳は何を見つめているのか不鮮明。
 身の丈よりも遥かに大きな棺を担ぐ、どこぞのお姫様のような容姿の彼女の名前は――アルブム・ラルウァだ。

「さぁ、頼むぜ。【棺姫】。
 この時のためにお前をボディガードに任命したんだからよぉ」
「……いえす、あいあむ」

 アルブムは棒読みの英語で答えると、背負った棺を絨毯の上へ下ろした。
 素早く<フールパペット>を発動。
 アルブムがその魔法をかけ終わるやいな、棺の蓋が自動的に開き、中から冷たい手が虚空に伸びる。
 そして、這い上がるように棺の中から出てきたのは、昨日の戦いで特別警備部隊が倒した人物――ベリタス・ディメントの死体だった。

「ベリタスだと……!?」

 昨日、彼と戦った甚五郎は驚愕で目を見開いた。
 アルブムはぼけーっとした瞳で彼を見つめて、口を開く。

「……お兄さんは、知っているんだ。『これ』のこと」

 アルブムはそう呟くと、両手を目一杯広げた。

「……そーりー。『これ』はもう、ベリタスじゃなくてあたいの武器」

 彼女の十指から、見ることが不可能に近いほど細い鋼糸が伸びていた。
 計十本のその鋼糸の先端には小さな鏃(やじり)がついており、シャンデリアの絢爛な灯りを浴びて光り輝く。
 アルブムが両手を指揮者のように動かす。
 鋼糸は意思をもったように空中で反転し、一斉にベリタスの死体へと降り注ぐ。
 ぷちゅ、と肉を裂く水っぽい音。
 アルブムの指先から伸びた十本の鋼糸は、ベリタスの死体の至る所に突き刺さる。肉を貫き、骨に鏃を突きつけた。
 その鋼糸の名前は《支配せしディング》。
 『本人の意図以外では決して切れることのない』能力を持った、十本の操り糸だ。

「……れでぃ」

 アルブムはそう言って、両腕をくぃっと上げて。

「……ごー」

 つぃっと下ろした。
 瞬間、操られているベリタスが生前よりも遥かに素早い動きで、甚五郎に接近。
 右腕が断ち取られ左腕しかないため、左の拳をその死体は振るった。

「くっ!」

 甚五郎はそれに合わせるように《百獣の剣》を放った。
 二種類の風切り音に続いて、両者の中間で拳と剣が激突。金属と肉が高速でぶつかり合う異音。

(こ、この力……!)

 生前のベリタスと戦った甚五郎には分かる。
 今、操られているベリタスは、どんな術を使ったのか分からないが、生前以上の力を有していた。
 甚五郎の剣が弾かれる。
 よろめいた彼に、操られているベリタスは右足で蹴りを放った。
 脇腹に直撃。呻きを洩らし、甚五郎は床と水平に吹っ飛んだ。背中から分厚い窓ガラスを突き破り、その破片とともに外に落ちていく甚五郎。

「甚五郎に――何をするんですかぁ!」

 ホリイは叫び、《ジェットブーツ》の速度でアルブムに襲い掛かった。
 しかし、ベリタスが彼女の前に立ち塞がる。
 ホリイは《流体金属槍》を取り出し、刺突を放った。ベリタスの心臓を一突き。
 が、死体である彼に痛みも急所もない。
 ベリタスは左腕を横に振るい、ホリイを払った。吹き飛ばされ、外へと落ちる。
 アウィスの部屋に残る別働隊の契約者は三人。
 三人は息を合わせ、アルブムに襲い掛かった。淳二がベリタスを押さえ、羽純とブリジットがアルブムを叩く。

「……甘い。あたいには届かない」

 アルブムは両腕でベリタスを操りつつ、指先で魔法陣を描く。
 それは、あまりにも自然で滑らかな身体捌きだった。
 水中で同じ動きをしても、水面には波紋一つ立たないだろう。そう思わせるほど、あまりに流麗だ。
 小さな呼気だけを響かせ少女は踊る。
 その命をかけた舞は、お姫様が舞踏会で踊るダンスのように可憐で優雅なモノだった。

「……らすと」

 アルブムの呟きと共に、<クライオクラズム>の魔法陣が完成した。
 膨大な魔力を込めて、発動。闇黒の凍気は形を成して、三人に一斉に襲い掛かった。
 三人はそれぞれの方法で、その闇黒の凍気を防御。
 しかし、そのせいで足が止まった。

「……それじゃあ、ふぇあうぇい」

 その隙にベリタスを縦横無尽に動かせ、そして――ベリタスに繋いだ鋼糸で彼女らを攻撃した。

「「……ッ!」」

 迫り来る鋼糸を、三人は自分の武器で防御した。
 しかし、衝撃を殺しきれず、吹き飛ぶ。飛んだ先は、勿論、ぶち破られた窓ガラス。
 ホテルの明かりを浴びながら落下する彼女らを、アルブムはぼけーっとした瞳で数秒間だけ眺める。

「っひははは! すげぇ迫力だったぜ、【棺姫】!」
「……そう。喜んでくれて結構。それじゃあ、あたいは行く」
「ああ! そっから先は自由に動いていいぜ。『指令書』どおりの事はやってくれたからなぁ!」

 アウィスの言葉を聞き、アルブムは壊れた窓ガラスから飛び降りた。

 ――――――――――

 甚五郎達が落ちた先では、一人の契約者が待ち構えていた。

「朱鷺は葦原の八卦術師。
 故あって、ラルウァ家に助太刀致します。
 この場は、例え知人・友人・同校の志であろうとも容赦はしません」

 ラルウァの食客である朱鷺はそう<名乗り>上げ、<羅刹眼>で彼らを睨んだ。
 荒んだ独特の眼。常人ならたちまち竦み上がり、逃げ出したことだろう。
 しかし、彼らは各々の武器を抜き取り、朱鷺と対峙した。

「ふむ、そう簡単にはいきませんか」

 朱鷺はそう一人ごち、八卦術を行使しようとした。
 が、頭上から落ちてくる人物に気づき、一旦、発動を止める。
 その人物――アルブムは朱鷺の傍に軽やかに降り立ち、ぼーっとした瞳で彼らを見つめた。

「……続き。れっつとらい」

 そして、朱鷺を見上げ、彼女の顔を指差した。

「……手伝って。おっけー?」
「おっけーですよ。【棺姫】の戦闘方法、見せていただきます」
「……いくらでも、見るといい」

 アルブムはそう言うと、指揮者のように両腕を振り上げる。
 と、ベリタスが人を超えたケモノのような動きで、蛇行しながら疾駆した。