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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #2『書を護る者 後編』

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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #2『書を護る者 後編』

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▽ ▽


「……やっぱり、言わなきゃだめですか?」
 祭器の力は、物事を見通す力。
 ローエングリンは、閉じていた瞳を静かに開いた。
「え? いや、ちょっと待て!
 何かやっぱり言うのを躊躇うような内容な訳であろうか!」
 ばっ、と手のひらを突き出して続きを拒むランクフェルトに、ローエングリンはぽかんと目を見開く。
「え、ええっと……」
「いやそれがし、物心ついた時既にかの石と一体だった故、石にまつわる記憶がないのだ。
 石に導かれ、ヤマプリーの地まで流れ着こうとは、よもやあの石は我が大陸のものではなかったと?
 或いは二つの大陸は元は一つだったのではと愚考してみたり、よもやそれがしを導いたのは我が石ではなくローエングリン殿の緑の石では! と思うに至った次第ではあるのだが」
 息をつかせぬ勢いのランクフェルトに、ローエングリンは、最初とは別の意味で思った。
 やっぱり、言わなきゃだめなのかしら、と。

△ △


 加夜は、超感覚や殺気看破で周囲を警戒し続けていたが、どうも、反応が鈍いような気がしていて、幾度となく首を傾げた。
「どうした? 敵が潜んでいるのか」
 呼雪の問いに、首を横に振る。
「違うと思うんですけど……でも、何だか変な感じがするんです」
「注意していよう」
「ラファの気配だったりしてね」
 ヘルが冗談めかして言った。
「どうせこっそりついて来てるんでしょ?」
 ちら、と呼雪を見る。
 その時、けたたましく犬の吠える声がした。
「見つけたんだっ!」
 美羽が叫んで走り出す。呼雪達もそれに続いた。



「あーいててて……」
 ヘルとの会話中、前方不注意で沢から転がり落ちたトオルは、暫く気絶していたが、ようやく目が覚めた。
「くそ、俺回復使えないのに……」
 立ち上がり、周囲を見渡してほっと安堵しかけたところで。
「うわっ、何だっ!」
 突然三匹の犬に囲まれ、吠え立てられたトオルは慌てた。
「トオル!」
「トオルくん!」
 声が聞こえてきて、はっとする。
「皆?」
「無事だったか、トオル」
 追っ手を出し抜くことは出来たようだ。
 走り寄った呼雪が、トオルの腕を取ろうとする。
 だが、トオルは咄嗟に、びくりと逃げるように身を引き、呼雪の手を躱した。
「……あっ」
「トオル?」
 呆然とした様子のトオルに、呼雪が声を掛けようとした時、物陰からラファ・フェルメール(らふぁ・ふぇるめーる)が身を乗り出した。
「!」
 トオルの背後から、男が彼を羽交い絞めに捕らえる。スイムルグ、と呼ばれていた男だ。
「うわっ……!」
「しまった!」
「つけられてたっ!?」
 ラファが叫んだ。
 このタイミングで現れたということは、トオルの追っ手は、気付かれないように気配を隠して、自分達の後をつけていたのだ。
「くそっ……」
 トオルは、男の腕を振り払おうともがいた。
「俺に、触んなっ!!」
 スイムルグは、暴れるトオルを無理やり抱え込み、呼雪達から距離を置く。
「トオルを放しなさいよっ!」
 美羽が飛び込んだそこに、もう一人、女が現れた。
「デナワ」
 女がトオルの顔に手を翳すと、くたりとトオルの意識がなくなる。
「先に行け」
「任せた」
 スイムルグは、トオルを抱えてその場を退却する。


 ニキータは、大型フラワシ、大熊のミーシャをデナワに突撃させた。
 不可視の攻撃は通用するのか、探り手でもある。
 デナワは気配を察したようで反応したが、見えていない。
 見えていたら、多少なりとも驚いたに違いない容姿を持ったフラワシの、しかしその攻撃は通用しなかった。
 どのように躱したのか全く解らず、通用しなかったのだと思うしかなかった。
「すり抜けた!?」
 ニキータは目を見開く。
 ミーシャの拳が、デナワの身体を素通りした。そう見えた。

「あんた達っ!」
 その時、背後から叫び声。
 リネンのものだった。いや、リネンではない。
「その子を何処に連れて行く気! 返しなさい!」
 リネンが放ったタービュランスを受けて、デナワは僅かに驚いた顔をした。
「お前……こちら側の者かっ」
 言いながら、リネンに持っていた短刀を投げ放って身を翻す。
「待ちなさい!」
 続けて攻撃を仕掛けようとしたリネンの腕を、シキが掴んだ。
「それ以上は、駄目だ」
「えっ?」
 訊き返したリネンの身体が、ぐらりと傾ぎ、崩れ落ちかけるのを、シキが支える。
「うっ……」
 同調が解け、突如襲った激しい頭痛に、リネンは頭を抱えた。


 逃げられた。
 無念の思いに唇をかみ締める加夜に、シキが言う。
「ありがとう、無事がわかっただけでもよかった。
 生け捕りにしたということは、すぐに命の危険に晒されたりはしないだろう」
「シキくん……」

「攻撃が効かなかったわ」
 敵は、ニキータのフラワシが見えていなかった。
 だがその攻撃は、殆どすり抜けていたように見えた。
「でも、リネンの攻撃ではダメージ食らってたよ。物理は駄目で、魔法なら有効なの?」
 ニキータの言葉に、美羽が返す。
「あの子の手は魔力を宿してたのよ」
「……それじゃやっぱり……」
 リネンが、前世の自分に同調していた、ということが、有効打となったのだろうか。

「てゆーかさ」
 ヘルがぽつりと呟いた。
「何で、拒否ったトオルの方が、傷ついたような顔してんだよっていう」
「……追わないと……」
 呼雪は呟く。
 彼をイデアの手に渡すわけにはいかない。何故か、そう強く思う。
 『彼』がイデアに利用されるのだけは避けなければ、と。

 そして、今度こそ、と、何故かそう、強く思うのだ。


▽ ▽


 孤狐丸は、アザレアの言葉に戸惑いの表情を隠さなかった。
「魔剣や祭器が持つ宝石や貴金属は、元々“あのお方”の持つ神具より御分けられたもの。
 その秘められた力を束ねれば、蝕まれつつある世界樹を浄化することも叶うやもしれません」
 その力が、世界を害するものに対抗できるかどうか。
 そこまでは、アザレアにも解らないが。
「……何故、それを私に言うのです」
「あなたならば、多くの魔剣と祭器を取り纏めることができるはずだからです、孤狐丸」
「……まさか」
 自分はスワルガを出奔する際に、カズを、自身の主を裏切った。
 一言の相談もせずに姿を消したのだ。
 更に、あの村でのスワルガ軍の戦闘行為がどうしても許せず、首謀格であったらしいシルフィアを暗殺している。
 今も同じ意志で行動している。
 そんな自分が、ヤマプリーの巫覡に使命を託されるとは、俄かに信じられなかった。


△ △





 ツァンダ。

 一人の男が、一人の少女を呼び止めた。
「フェイ・ハウリングスペル?」
 フェイは足を止めて、「誰?」と訊ねる。
「――オリハルコンに寄り添う民の末裔の?」
 その言葉を聞いた瞬間、フェイは身を翻して走り出した。
「うっ」
 だが、がくんと意識を失って、そのまま倒れる。
 男は、フェイの手を見て、間違いない、と呟くと、フェイを抱き上げて、素早く路地裏へと紛れて消えた。