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地に眠るは忘れし艦 ~大界征くは幻の艦(第2回/全3回)

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地に眠るは忘れし艦 ~大界征くは幻の艦(第2回/全3回)

リアクション

 
 

ゴアドー島

 
 
 ゴアドー島のゲートでは、緊急の総点検が行われていた。
 何者かによって、システムへの関与が認められたからである。とはいえ、そのブログラムは膨大であり、ほとんどがブラックボックスだ。その全容は、ポータラカ人でも把握している者がいるかどうかははっきりとは知られていない。
「どんなデータにアクセスされたかは、時間をかけて調べないと分からないか……」
 チェック作業に追われるゲート職員たちの姿を見つめながら、緋桜 ケイ(ひおう・けい)が言った。
 このまま作業を見つめていても、うまい時間の使い方とは言いがたい。ここは専門家に任せるべきだ。
「グレート悠久ノカナタちゃんの発進準備はできておるぞ」
 悠久ノ カナタ(とわの・かなた)から、連絡が入った。
 エンライトメントの準備が整うまではとここでねばってみたが、敵はそうそう簡単に尻尾を掴ませてはくれない。
 ゴアドー島へのシャトルに乗り込んで空港に入ると、緋桜ケイは駐機してあるイコンへと急いだ。
 巫女姿の悠久ノカナタの姿を模したエンライトメントが、膝を屈して巨大な手を差し出した。緋桜ケイがその手の上に乗ると、悠久ノカナタがコックピットまで運び上げた。
「何か手がかりはあったのか?」
 サブパイロットシートに滑り込んだ緋桜ケイが、シートベルトを締めながら悠久ノカナタに訊ねた。
「空港から出ていった者たちをすべてチェックできたわけではないが、さすがにレーダーの記録は残っていたようでな。小型飛空艇を使ったとしたら、そこに表示されているもののどれかに賊が潜んでいる可能性は高いな」
 エンライトメントのコンソールにマップデータを表示させながら、悠久ノカナタが報告した。ルートとしては、大半は空京にむかっている。これは、定期ルートだ。だが、中にはそこから外れて雲海を移動している物がある。
「脱出したとしたら、これが怪しいな」
「空港の警備は強化されているだろうから、わらわたちはこれを調べるぞ」
「了解だ」
 緋桜ケイがうなずくと、悠久ノカナタが即座にエンライトメントを発進させた。銀色の髪を靡かせて、エンライトメントが飛翔する。
「それで、ゲートシステムの方はどうであったのだ?」
 小型飛空艇のルートを辿りながら、悠久ノカナタが緋桜ケイに聞いた。
「入出力の履歴が残るわけじゃないからなあ。ファイルの状態を一つ一つ調べているらしいが、膨大な数だから埒が明かないらしい。一応、バックアップと照合しているらしいが……」
 何かの書き換えが行われていては大変なので、最悪、調査用にシステムのバックアップを取った後に、リストアを行うらしい。長期間ヴィムクティ回廊が使えなくなってしまっては、ニルヴァーナの経済活動に重大な支障をきたしてしまう。まずは、ゲートの安全な回復が最優先で、データ解析はその次に回されてしまっているらしい。
「ゲート職員の優先順位としては、致し方ないというところか」
 本来は犯人を逮捕して安全を確認したいところではあるが、それはそれ、これはこれということなのだろう。
「レーダーの反応は、ここで消えているのか?」
 雲海の途中でぷっつりと消えてしまった反応に、緋桜ケイが渋い顔をした。
「うーん」
 目視に切り替えて、悠久ノカナタが周囲に目を配る。
「雲海の中に隠れているのか、地上まで降下したのか、他の艦に拾われたか、サンマに食われたか……」
 いや、最後のはないないと、緋桜ケイが顔の前で軽く手を振った。
「冗談はさておいて……。大型艦と合流して雲海に隠れたのであればやっかいだな。索敵範囲が広すぎる。さて、どうする? ケイ」
 ちょっと試すように、悠久ノカナタが緋桜ケイに訊ねた。
「問題はいくつもある。ゲートに細工した者たち、パラミタ内海でソアが目撃した者たち、アトラスの傷跡を襲った者たち、そして、ニルヴァーナへ渡った者たち」
 敵の配置を一つ一つあげて、緋桜ケイが言った。
 パラミタ内海やアトラスの傷跡は遠すぎる。移動したとしても、敵もまた移動できるだろう。今探している者たちは、決め手となる手がかりがない。捕まえれば、ニルヴァーナへ渡った者たちの目的が分かるだろうが、そのころにはすでに敵は目的を達しているかもしれない。とはいえ、ゲートは使えないままだ。
「ニルヴァーナへ行くのが得策だが、このエンライトメントじゃ、月までいけないからなあ」
グレート悠久ノカナタちゃんには、まだその機能はないからな」
 しっかりと言いなおしつつも、そのうちつける気満々の悠久ノカナタであった。
 アルカンシェルがなければ月まで行くことはできない。そして、アルカンシェルは現在パラミタにはいないはずであった。
「今しばらく、ここで索敵してみよう……」
 まるで勘違いの敵を追っているのではないかと疑念をいだきつつも、緋桜ケイは悠久ノカナタとともに捜索を続けた。
 ややあって、ゲートの空港から連絡が入る。
「ゲートが復活した!? 早いな」
 ヴィムクティ回廊が使用可能になったという連絡を受けて、緋桜ケイがちょっと驚いたように言った。
「どれどれ。どうやら、単純にリストアが完了しただけであるようだな。定期航路の復活は、今しばらく様子見のようだ。犯人を追うための希望者のみ、ゲートの通過を許可するということらしい」
 意訳すれば、よく分からないから、回廊が使えるかどうか希望者が自分の身体で確かめてこいということらしい。
「さて、どうする?」
「もちろん、ニルヴァーナへ行くさ」
 悠久ノカナタの問いに、緋桜ケイが即座に答えた。
 ゲートを破壊するのであれば、官制室に爆弾でも仕掛ければいい。破壊しなかったのは、まだゲートを使いたいということなのだろう。そうであれば、ニルヴァーナへ行くには問題ないはずだ。
「よし、戻るぞ!」
 意気込んで戻った緋桜ケイたちではあったが、すぐに出発できるというわけでもなかった。まずは、無事にヴィムクティ回廊が通過できるかどうか、無人の探査機を使って確認しているらしい。これには、時間がかかり、無事に再廻の大地にあるゲートに辿り着けば、むこうから連絡がある。
 ニルヴァーナとバラミタの間の通信は、このゲートを利用しなければ不可能であった。その計り知れない実距離によって、テレパシーや電波などの通信手段は、一切使用できない。唯一、ゲート同士であれば回廊内の空間を使って通信が可能というだけである。
 これは、最初の回廊を使った、月基地とニルヴァーナ創世学園の間の通信も同じである。また、月基地との通信は、アトラスの傷跡の宇宙港にある大型アンテナを通じて行える。ゴアドー島のように、ゲートを出てしまえば携帯電話も通じるというわけではないので、ちょっとやっかいではあった。しかも、月との距離のせいで、わずかではあるがタイムラグも発生する。
「ゲート突入の申請はしてきた。確認が取れ次第、輸送船が出るらしい。別途、アトラスの傷跡からやってくる機動要塞からも申請が来ていると言うので、可能な物から順次送り出すそうだ」
「それまで、今一度、侵入者のことを調べるとするかな」
 悠久ノカナタの言葉に、緋桜ケイがうなずいた。
 空港警備が防犯カメラを分析したところによると、敵は管制室を占拠した後に、何らかの操作をしている。
 その後、数人がゲートから空港に渡り、ソルビトール・シャンフロウらしき男と合流していた。
 この時点では、まだ犯行は露呈しておらず、犯人たちは何ごともないかのようにゲートを動かして、定期便でソルビトール・シャンフロウたちをニルヴァーナへと送り出している。犯人たちがゲートを脱出したのは、定期便がヴィムクティ回廊に入るのを確認し、ゲートを閉じた後であった。その後、空港ゲート間専用シャトルで空港に移動し、何食わぬ顔で小型飛空艇アルバトロスを使って脱出している。
「この犯人たちの役割は、すでに完了していると見るべきだな。捕まえておれば、敵の目的地も分かったのだが……」
「むしろ、探させて、時間稼ぎするのが目的なんじゃないのか。空京に行ってから姿を消せば確実なのに、途中でコースを外れているし。それに、敵は恐ろしく分業しているみたいだからな。自分の役割以上のことを知らされていない可能性の方が高いんじゃないのか?」
 空港ロビーで、紙コップの中のコーヒーを飲みながら、緋桜ケイが悠久ノカナタに言った。
「そうだな。下っ端共が何か知っているのであれば、アトラスの傷跡を襲った敵の捕虜から、何か情報がきてもいいはずだな」
 実際、ソルビトール・シャンフロウの手下であった者たちは何人か捕虜になっているようだが、それを管理している恐竜騎士団からは何の連絡も来てはいなかった。もちろん、秘匿している可能性はあるが、さすがにエステル・シャンフロウ(えすてる・しゃんふろう)には情報がいっているだろう。何か分かったことがあるのであれば、すでに動きだしているはずだ。だが、これといった手がかりがないのか、フリングホルニを旗艦とする艦隊はアトラスの傷跡の宇宙港で応急修理中である。
「ひとまず、情報は送っておこう。あちらも、聞きっぱなしということはないだろうから、誰かが何か話してくれるさ」
 そう言った緋桜ケイではあったが、戻ってきた情報はマスドライバーと宇宙港の施設の一部が破壊されたという被害報告だけであった。フリングホルニは、ソルビトール・シャンフロウを追ってニルヴァーナへ行くつもりらしく、傭兵契約の継続を希望する者たちの一部も随伴して行くらしい。
 パラミタにまだ敵の艦船があるらしいと分かっている今、人間規模の敵を追って艦隊を派遣するなどはパワーバランス的におかしい。それは、人間の部隊の行う仕事であろう。エリュシオン帝国やシャンバラ王国の正規軍に属する大型飛空艇やイコンは、国内の敵に艦船やイコンで備えるべきである。アトラスの傷跡への攻撃を鑑みるに、安心して部隊をニルヴァーナへ移動したところを見計らって再度攻撃してこないとは断言できないのだ。その意味では、敵の攪乱は予想以上に効果をあげていると言える。本命が分からない以上、柔軟に対応できるように、へたに部隊は移動できないでいた。
 そのため、各正規軍の部隊には、待機命令が発せられている。
 その中で、エステル・シャンフロウたちの部隊は一領主の私設艦隊である。最終的にはエリュシオン帝国の管理下にあるとは言え、現時点で自由に動け、大義名分を有する唯一のものであった。
「出発許可が出た。行くぞ、カナタ」
 やがて、待ちに待った許可が出て、緋桜ケイが悠久ノカナタをうながした。ヴィムクティ回廊の通過許可が出るまで、結局丸一日以上かかっている。
 通常の貨物船に、エンライトメントを搭載してもらい、緋桜ケイたちもその船に乗り込んだ。
 まだ、安全が絶対ではないためか、出発するのはこの一隻だけである。体のいい人体実験とも言える。それでも、臆することなく緋桜ケイたちはゲートへとむかった。
 内径100メートルを超える巨大な建造物がゴアドー島の空港の正面に静止して浮かんでいる。かなり距離はとってあるはずだが、それでも大きい。外径は軽く150メートルは超えるだろう。厚みも小型の艦船一隻分ほどあり、背面は空間が影響を受けているのか、奇妙にゆらいで見える。危険なのか、接近しないようにと、進入禁止を示すマーカービーコンが空中にいくつも設置されていた。
 ガイド用のレーザービーコンが、内周に沿った形で照射されている。これに接触する艦船は停止を命令されるが、貨物船は余裕でその中に収まっていた。
 高エネルギーによって歪められた空間は、光がよじれて混ぜ合わさり、すべての色を持つ輝きを放ってから明かりが消えたかのような漆黒の闇となった。ヴィムクティ回廊の入り口が開いたのである。
 輸送船は、ゆっくりとその中へと吸い込まれていった。