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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第3回/全4回)

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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第3回/全4回)

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『―――全ては、ここで終わる。いや、ここから始まる。漸くこの手に、掴むことが出来る――……』






【揺れる天秤の上で――オケアノス】





 エリュシオン帝国北東部、オケアノス地方。
 その中心部に建つ、オケアノス選帝神ラヴェルデ・オケアノスの邸宅は、普段にはない物々しい喧騒に包まれていた。

 帝国領内最極寒のジェルジンスク監獄で、選帝神ノヴゴルドがテロリストに襲撃されたと報があってから数時間。その主犯と思われる少年――一時は次期皇帝候補として名の挙がったはずのセルウスの討伐のために、もう一人の皇帝候補にして、現時点で最有力と目されている荒野の王 ヴァジラの率いる一団の出立の準備も整いつつある。
 自分たちも同じく、セルウス討伐のための準備を進めながら、相田 なぶら(あいだ・なぶら)は複雑な面持ちで息をついた。
「彼が暗殺なんてするとは、ちょっと思えないけどねぇ……」
 追う者と追われる者として相対した関係ではあったが、逆に言えばだからこそ、その人となりは知っているのだ。そもそも最初に追われていた原因を思い返せば「うっかり何かをやらかす」程度のことなら兎も角、暗殺などと言う陰惨な真似を、あの少年がするとは考えにくいのだが、現時点ではこちらが「事実」である。
「それでも現状罪人として追われてるんなら、俺も追わない訳にはいかないよねぇ」
「当然です。なぶらも下っ端とは言え、龍騎士の一員なのですから」
 すぐさまそう返したのは、フィアナ・コルト(ふぃあな・こると)に、なぶらははいはい、と生返事しながらもう一度息を吐き出した。やる気はあるが気が乗らない、といった様子だ。その傍らでは、ローグ・キャスト(ろーぐ・きゃすと)がパートナーのココアトル・スネークアヴァターラ(こあとる・すねーくあう゛ぁたーら)と共に同じように微妙な顔をしていた。
「追跡なら、おぬしの十八番であるしな。頼まれること自体はさして不思議ではない、が」
「わざわざ大義名分が出来て、討伐命令が出た中で、個別に……しかも他国人に頼みごと、っていうのがな」
 ぶっちゃけ怪しすぎるだろ、とローグが声を潜める。どうもまだ、氏無が考えている以外にも何か裏があるような気がするのだ。
 疑惑の深い中、ローグのやった視線の先では、物言いたげにティー・ティー(てぃー・てぃー)が荒野の王の顔を窺っていた。こうやって間近で見ても、見た目だけはそう年の変わらない少年に見える。その半面で、ただ視線を寄越すだけでも感じる妙な威圧感に、ティー口を出せずに居ると、訝しげに「何だ」と荒野の王は首を傾げた。
「あ、いえ……少し気になってたのですが、ヴァジラさんは私と同じなのかと、思ったので」
 更に首を傾げた荒野の王に、ティーは続ける。先日の会談の折、年が判らないと話したこと、過去について何も話さなかったことで、自分と同じく過去を失っているのだろうか、と思ったのだと。そして、それならば。
「ヴァジラさんの目指す皇帝は、エリュシオンの未来は、どんなものなのかな、と……」
 過去が無く、その状態で何故皇帝を目指すのか、そして皇帝となって何を成そうとしているのか。そんな問いに、荒野の王は「残念だが」と肩を竦めた。
「別に過去を失っているわけではない。単に、生れ落ちて幾年経ったか知らないだけだ」
 その回答の意味が良く判らずにきょとん、と目を瞬かせたティーに、荒野の王は続ける。
「皇帝を目指すのはただ、それが余の生まれた意味だからだ。余の求めるエリュシオンの未来は、今語らずとも自ずとその目で見ることができるだろう」
 自分が選ばれないことは、念頭にすら置いていない、と言わんばかりの自信に溢れたその言葉に嘘はないようだが、気のせいかはぐらかそうとしているようにも感じて、思わず難しい顔をしたティーに、荒野の王はことさら威圧的な笑みを浮かべて、ぐっと拳を握り締めるようにしながら、その目を細める。
「そのために邪魔な障害は、全て力で捻じ伏せるまでだ。あの遺跡のようにな」
 するとその単語に、自身が封印し、尚且つそれが解かれたために荒野の王に襲い掛かった、遺跡の守護であった小型龍のことを思い出して、ティーの後ろにひっこんでいたイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が恐る恐る、と言った様子で荒野の王を見上げた。
「さき、先ほどは……わ、わたくしの魔石が割れてしまい……その……」
 緊張か、気まずいのか、口ごもってしまった少女に、荒野の王は一瞬眉を寄せたが、直ぐに合点がいって「ああ」と呟いた。討伐の命が下る少し前、荒野の王のイコンブリアレオスに襲い掛かった小型龍のことだろう。言葉にはなっていないが、態度で謝ろうとしているのだと悟れば、ふん、と荒野の王は息をついた。
「謝罪も説明も既に受けている。あの程度、大事無いことだ」
 判り辛くはあるが、気にするな、と言うニュアンスの言葉に、ほっとして肩の力が抜けてしまった様子のイコナの頭を撫でながら「しかし意外ですね」と彼女等のパートナーである源 鉄心(みなもと・てっしん)がふと、呟くような調子で言った。
「選帝神を殺したテロリスト相手に説得、と申されたり、随分と寛大なんですね」
 それに、何故彼女なのです、と続ける鉄心の視線には疑念が窺える。教導団員でもなく、エリュシオンの民でもなければ、セルウスとも遺跡で共に行動した程度の存在であるクローディス・ルレンシア(くろーでぃす・るれんしあ)を同行させる理由が思い当たらないためだ。
「一度は候補者同士、顔を合わせた相手だ。多少の情けはかけてやろうと考えても、可笑しくはあるまい?」
「そうは言うが、警戒しているんだろう? 秘宝の力を」
 鉄心の疑問を判っていながら、あえてその部分には触れずに、質問にだけ答えた荒野の王と鉄心の間で、小さく逆立つ空気に、不意に笑って肩を竦めたのはクローディスだ。秘宝の力が復活すれば、セルウスの力が覚醒し、正式に候補者として並び立つ、もしくはそれ以上の可能性がある。その上、秘宝の持ち主は荒野の王はまだ把握していないのだ。遺跡で邂逅した際の状況を考えれば、クローディスが持っている可能性も捨てきれずにいるのだろう。
「さしずめ監視かな。それとも、利用したいのか」
 聞いている方がやや息を詰めてしまうような言葉に、荒野の王は肩を竦めた。
「堂々と、良く言うものだ。貴様がテロの仲間だと疑われている、とは考えないのか」
「私を「一般人」だと言ったのは君だったと思うがな。それに他に理由も思いつかない。まさか、たかが「一般人」を人質に使おうなんて安っぽいことは考えていないだろう?」
「ふん……人質になる前に粛清される心配を勧めておこう」
 挑発するようなクローディスの言葉に、軽く眉を寄せはしたものの、それ以上の興味を失ったように言い捨てて鼻を鳴らし、出立の準備を再開させる荒野の王から振り返り、クローディスは、ラヴェルデ邸に残るツライッツに向けて笑った。
「そんな訳だから、心配は要らない」
「……してませんよ。どうせこうなるだろうと思っていましたし」
 経験上心配するのも飽きたと言わんばかりに呆れた息をつくツライッツに対し、固い顔をしていたのは叶 白竜(よう・ぱいろん)だ。
「……何も恐れることはない……教導団はテロに関わっていないのだから。そして、セルウスも」
 半ば自分に言い聞かせるような言葉に、クローディスは頷いて声を潜めた。
「調査の件はツライッツに一任している。その代わり……」
 言葉を切って、クローディスは「それ」を取り出すとにっこりと意味深に笑って見せた。ぱっと見た瞬間秘宝かと思ったそれは、似てはいるが別物だ。それを今、わざわざ取り出して見せた意図するところを悟ってルカルカ・ルー(るかるか・るー)
は頷いた。
「りょーかい。でも、それを使うのは出来るだけ最後の手段ってことでお願いするわ」
「判っている。それに……いずれにしろ……別の手段が必要となるかもしれないしな」
 荒野の王が秘宝の存在に目をつけている以上、それに関係するものへのマークは厳しいと見ていい。ならば逆に、それをブラフとして別の有効手段を見出す方が良いかもしれない、と言外に含めてちらりと視線を氏無へと投げた。こちらも、判っているとばかり頷くのを確認して、クローディスは肩を竦める。
「さて……それじゃあ、ちょっと行って来る。土産は期待しないでくれ」
 言い残して踵を返すクローディスの背中を見送る白竜に「いいのか、ついて行かなくて」と世 羅儀(せい・らぎ)
は軽く眉を寄せた。
「もしも危険な目に遭ったらどうするの?」
 付き添いで遠足に行くわけじゃないんだぞ、と続ける羅儀の言葉も良く判っていたが、何も策をとっていないわけではない。「問題はありません」ときっぱりと白竜は答えた。
「仲間を信頼していますから」
 だがその言葉に納得出来ないのか、羅儀は「冷たい奴」とだけ称して肩を竦める中、ぱんぱん、と氏無が手を鳴らした。
「はいはい、お見送りはここまでだよ君たち。やることはやっちゃわないとねぇ」
 にっこりと笑みを浮かべるが、その目に余裕の色は無かった。
「直ぐに、事後処理にかかります」
 ルカルカは表情を変えると、敬礼して小型龍の残骸の残る中庭へと歩みを速める。そんな中その後に続こうとする氏無を、白竜が呼び止めた。

「……少し、お話があるのですが、よろしいですか」