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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第3回/全4回)

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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第3回/全4回)

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【雪上の逃亡劇】




「……で、置いていかれたって?」


 討伐隊に混じって、セルウス達を追跡していたローグは、その途中で発見した、ぐったりと座り込んだジョン・オーク(じょん・おーく)と、その体を支えるドリル・ホール(どりる・ほーる)に首を傾げた。どうやら彼らは、ジョンが負傷して足手まといになったために、ドリルを護衛につけてここで離脱、ということになったらしい。
「この先……どこに、向ったかは……私たちも、知りません」
 ジョンの言葉には嘘はない。ただし、残念ながらジョンが負った傷は、いかにも心配で支えていますといった顔をしているドリルが、リアリティを出すためと言って嬉々として作ったものだったりするのだが。
「どうせ、嘘に決まっています。我々を他所へ誘導するための囮です」
 結局、捕らえられたリカイン達によって足止めを喰らったイコン部隊はその殆どが待機状態になり、散り散りになった討伐隊のひとつと合流した荒野の王に、隊員の一人が言ったが「どうだろうな」とローグは意味深に言った。
「そう思わせて実は……ってなことも、あるかもだろ」
 裏をかいた、その更に裏。その可能性もあるか、と討伐隊員が念入りに道を調べていると、その根拠となりそうな痕跡を発見した。セルウスが着ていた服の切れ端だ。それも、引っ掛けられたのではなく、雪の白さに埋もれてよく判らなくなっていたものだ。
「いや、それこそが我々を惑わすための細工やもしれん」
「惑わすためなら、発見されなければ意味もあるまいに」
「しかし……」
 疑い出したらきりの無いことだが、荒野の王の手前、失敗することが出来ないからだろう、及び腰と言えるほど慎重な態度に業を煮やしたように、荒野の王が息をついた。
「……止まっている間に逃られた、などと言うことがあれば、余がその首を飛ばしてやるが」
 ぼそり、と吐き出された言葉だったが、効果は抜群だ。棒を飲んだような顔をした隊員たちは、それぞれ更に小数に分かれて怪しいと思われる方向へと手当たり次第に散ったのだった。
「……蜘蛛の子を散らす、って感じだな」
 その様子にクローディスが思わずと言った調子で漏らした。あれだけ少人数で手分けしてしまうと、例え発見したところで、討伐するのは難しいのではないかと思うが、荒野の王は特に気にした様子は無い。恐らく、犬か何かのつもりで居るからなのだろう。
 そうして大きく手勢を分けた後も、風森 望(かぜもり・のぞみ)の氷術が仕掛けたダミーの氷製ボブスレーコース等の細工に惑わされる形で、追撃者一行が細々と分断されていく中。先頭を行くなぶらが、ちらりと視線をローグへとやって、後続に聞こえないように声を潜めて問いかけた。
「……いいのかなぁ。あれとか、それとか……は多分、囮でしょ?」
「最終的に俺たちが見失わなけりゃ、問題ないだろ?」
 確信犯だということを隠しもせず、しれっと言って、ローグはさくさくと迷い無く歩いていく。その様子に、複雑な表情をしながらも、なぶらはその後を追ったのだった。


 そうした彼らの尽力によって、セルウス達一行は、雪道に難航しながらも、セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)達のパスファインダーの助けも借りて、その足を着実に前へと進んでいた。
「ソリかスキーでもあれば、下山も早いんでしょうけどね」
 望の呟きにノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)が呆れたように肩を竦めた。
「流石に人の手が入っていない森の中を滑るのは、自殺行為ですわよ」
 だがその言葉には、逆に望の方が肩を竦め返す。
「ハッ! それ位のスリルが無いとスキーは楽しめません」
「この道産子め」
 普段とツッコミを入れる立場が逆だが、望はしれりと「まぁ冗談は兎も角」と言って、僅かな木々の隙間から空を見上げた。吹雪は弱まってはいるものの、天候が良いとは余り言えず、脱出の際の唐突な吹雪の影響か、ノートに仕える操舵手ギュルヴィとはまだ連絡が取れていない。
「流石、エリュシオン随一の監獄。土地そのものが逃げられないための条件を揃えているわけですか」
 そんな二人のやり取りを他所に「しかし、大分距離は開いたようでありますね」と、上空から、囮兼索敵継続中の洋からの連絡を受けた丈二が告げると「油断はできませんぞ」とマリーが口を開いた。
「麓まで、まだ相当距離がありますし、合流を急ぎませんと」
 セルウス、ドミトリエ、ノヴゴルド、そしてエカテリーナ。重要なピースとなる人間が集まることで、敵も集中するリスクを負うが、それぞれがばらばらである方が、かえって全てが手薄になって各個撃破されてしまう危険性があるためだ。
 イコン部隊を抑え、囮としてそれぞれが散っているため、手勢の少なくなっている今、スピードが命だ。道に沿ってちまちまと迂回している余裕もない。
「多少強引になるが……囮になってくれている皆を信じるしかないな」
 コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)が言って、その体格を生かして体当たりで細かく枝を払い、落雪から皆を庇いながら先頭で雪を踏み分けて道を作って行き、それでも尚岩や木々が重なって通れなくなった場所を、アルツールが召喚したウンディエゴが砕いて道を切り開いていく。道を行くというより、道を作りながら突き抜けていくような強行軍の先頭に立ちながら、「何かがおかしい」とアルツールは呟いた。
「セルウスが処刑ということになった流れもそうだが、なぜか『そういうことになった』という印象があるな……」
「確かにな……大体、セルウスがジェルジンスクの選帝神を狙う理由など、何も無いはずだ」
 シグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)も、周囲を警戒しながら訝しげに同意した。
 そもそも、テロリストがセルウスだ、というのも取ってつけたような罪状だ。その割りに、妙にあっさりとまかり通ってしまっているのに、アルツールは違和感を覚えるのだ。それだけ選帝神であるラヴェルデに影響力があるということなのかもしれないが、それにしても、ラヴェルデの都合のいいように事が運び過ぎているように感じるのだ。
「もしや、陰謀の類だけではなく何らかの能力や術の類でも使われているのか?」
「可能性はあるやもしれんの」
 呟きにも似たアルツールの言葉に、そう応えたのはノヴゴルドだ。
「それは、オケアノス選帝神の能力のことでありますか?」
 訊ねたマリーに、ノヴゴルドは頷いて続ける。
「あ奴は、他人の運気を自身のそれに巻き込む……アスコルド大帝の亡くなられた今、あれを上回る運気の持ち主はそうは居まい」
「レンはその候補だったってわけか?」
 それを聞くと話に耳に入れていた白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)が口を挟んだ。彼の言うレン、というのはアスコルド大帝の息子である、蓮田レンのことだ。
「そういやじじぃは、レンと会ったんだってな。皇帝候補にでも推そうとしてたのかもしれねぇが、あいつはそんな堅苦しくてくだらねぇモンには収まらねぇよ」
 諦めておけ、とにっと笑う竜造に、じじい呼ばわりを面白がっているようでノヴゴルドは「そうじゃのう」と笑って頷いた。そんな中「ところで」と口を開いたのは騎沙良 詩穂(きさら・しほ)だ。
「セルウスさんも、覚醒したら、何かしらの力に秀でるってことになるんだよね?」
 そうすれば、他の選帝神の承認も得られるのでは、と詩穂は続けた。が。
「え、そうなの?」
 自身のことであるはずのセルウスが首を傾げたのには、皆の間から笑いが漏れた。同じように僅かに笑いを含んだノヴゴルドは「そうじゃのう」と言いつつも、首を振った。
「じゃがそれは、お主自身が自覚せんことには、意味のないことじゃて」
 どんな力も、ただあるだけでは意味が無い。その言葉に、丈二も頷き、ノヴゴルドは続ける。
「が、逆を言えば、それを果たした時、お主は何よりも大きな力を得たことになる。それを見逃すような選帝神はおらんよ」
 セルウスを高く評価するノヴゴルドの言葉に、キリアナの口元が僅かに緩む。だが詩穂は「でも」と浮かない顔だ。
「その選帝神の中に、荒野の王を皇帝候補に祭り上げた者がいる……」
「ラヴェルデのことですな」
 後を引き取るようにして言った途端、微かに眉の寄った様子のノヴゴルドに「どのような人物かご存知で?」とマリーは訊ねた。隣り合った地方同士、良好かどうかは兎も角として、それなりに付き合いがあるはず、と踏んでのことだ。果たして、ノヴゴルドは深く息を吐き出した。
「領主としては有能、人物としては小物、と言ったところじゃの」
 表舞台に出てくることは無くとも、長きに渡ってジェルジンスクの大地を影から支えてきたノヴゴルドの、ラヴェルデへの評価は簡潔だった。
「能力のこともあるでな、貫禄あるように見えんでもないが、あ奴は疑い深い上に、欲深い男での」
 万事に細心を払い、卑怯も何も構わず、少しでも不利益となりそうなら途端に手を引っ込めてしまうような小心者だ、と辛辣に表現してから「だが、だからこそ不思議ではある」とノヴゴルドは眉を寄せた。
「傾きかけた樹の土を水で緩ませるような男ではあるが、直接斧を振りかざすような男ではない」
 自身に有利な皇帝の擁立のためとは言え、実力で肩を並べる選帝神複を敵に回すようなリスクを冒すようなタイプではないのだ。その言葉に、マリーはううむ、と顔を顰めた。
「……となれば、そのリスクを軽減できそうな何かを握っている、と見るべきでありますかな」
「でもさー」
 そんなマリーにカナリー・スポルコフ(かなりー・すぽるこふ)が首を傾げた。
「荒野の王様って強そうだけど、まだ神様じゃないんでしょ?」
 リスク的に軽減されたとは思えないけど、とカナリーが続けるのに「ラヴェルデの持つ斧が、荒野の王だけではないということであろうよ」と蘆屋 道満(あしや・どうまん)がぼそっと言った。
「まだ他に、ラヴェルデにはカードがあると言うこと……フ」
「そう、例えば……第三の介入者、いや援護者、ですな」
 マリーが言えば、ノヴゴルドは「有り得る話じゃの」と同意した。
「じゃが、あ奴は用心深い男じゃ。それがこのように思い切るとなれば、余程の相手じゃぞ」
 小心者とはいえ、ラヴェルデも力ある古参の選帝神である。永く細心を払って生きた彼に大胆さを与える程の存在は、果たして誰であるのか、と首を傾げたノヴゴルドに、マリーは「まだ疑わしい、と言う段階ですが」と前置きして続けた。
「最近勢力を伸ばしつつある、グランツ教なる存在……あれが後ろについているのではないかと」
 その言葉に思い当たるところを感じたのか「ふむ」と眉を寄せるノヴゴルドに、しかし、とマリーは嫌そうな顔で目を細めた。
「もしそれが本当であれば……ちと厄介ですな」
 グランツ教の語る、大陸の崩壊とその防ぐ方法。ラヴェルデを強行させるものが、彼らグランツ教の教義によるものであれば、運を巻き込む能力を持ったラヴェルデが招き寄せようとしているものは何か。
 マリーは、雪のせいではない寒さに、ぶるり、と身を震わせたのだった。







 同じ頃、彼らの駆け回る大地の下。
 地上に比べて幾らか暖かなその坑道で、トロッコは停車した。

「ここが終点っぽいね」

 地上へ通じる上り坂を見やって、裁はきょろきょろと周囲を見回した。
「他に横道もないし、他の分岐は別のとこに出ちゃうみたいだし」
 いままでの経路を確認しながらの裁に、そうみたいなのだ、とリリも頷いた。
「ってことは、合流するならここしかないね……でも、こんなとこ、見つけられるかなぁ」
 ただ合流すれば良いだけなら、狼煙でも上げれば済むのだが、追われている今、それでは追っ手まで招き寄せてしまう。だが、例えばテレパシーを使うにしても、双方共にジェルジンスクの地理に明るくない上、辺り一面雪に埋まっていて、目印になりそうなものがない。
「かと言って、ボクらが動くと行き違っちゃいそうだし」
「テレパシーで調整しながら合流するしかないかな」
 難しいには違いないが、ここでじっとしているわけには行かないし、と九十九が言ったが、リリは「その必要はないのだよ」と首を振った。
「追っ手に気付かれないように、ここまで誘導すればいいのだ」
 そう言うと、どうやって、と首を傾げる裁をよそに、がりがりと坑道の地面に何かを描き始めた。八つの象徴を並べ、八芒星を描くように線を繋げたそれは、どうやらトゥーゲドアの地下神殿にあった魔法陣を模倣したもののようだ。何をするつもりかと裁が見守る中、リリは魔法陣を書き上げると、よし、と満足げに頷いた。
「トゥーゲドアの地下にあった神殿も、ディミトリアスの術も、地脈を利用したものが主なようなのだ」
 元々、大地を循環するはずのエネルギーが停滞し、凝り固まって生まれた超獣を鎮めるために存在していた一族であったこともあるのだろう。神殿にあった魔法陣や、ディミトリアスの使っていた大掛かりな術は、大地のエネルギーを集束したり、地に還したりと、言い換えれば地脈の力を操り、或いは利用することが出来るようだった。逆を言えば、地脈に影響を与えることもまた可能であるということだ。魔方陣そのものは見よう見まねであるが、今のリリ達は術を使うわけではない。地脈に働きかけることが出来れば、十分なのだ。
「さあユリ、この灯台に明かりを灯すのだよ」
 頷いて、ユリはゆっくりと口を開くと、静かな淡い光が、ゆっくりと坑道を満たし始めた。




「……?」
 初めの兆しは、僅かだった。
 何かが空気を震わせたような感覚に、後方についていたディミトリアスは唐突にその足を鈍らせた。
「どうしました?」
 それに気付いて陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)もその足を緩めたが、ディミトリアスは堪えず、何かを探すように視線を彷徨わせている。そうしている間にも、先を行く者達と距離が開き始めているのに、神代 聖夜(かみしろ・せいや)が気付いて振り返ると、同じく足を止めて刹那の手を引くと、ディミトリアスに向って軽く眉を寄せた。
「何を立ち止まってるんだよ、先を急がないと……」
「どうしました?」
 神崎 零(かんざき・れい)も首を傾げたが、ディミトリアスは自身でも良く判らないといった顔で眉を潜めた。
「地脈を、何かが通っている……呼んで、いる?」
 呟いたが、言っている本人にもよく判っていないようで、首を傾げてニキータ達とも顔を見合わせた神崎 優(かんざき・ゆう)だったが「誰に?」というその問いかけは口に出すことは出来なかった。

「フハハハ!我が名は世界征服を企む、悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス!」

 雪山でも変わることの無い、特徴的な高笑いが、吹雪にも負けず響き渡る。
 唯一個の名を持つ、オルクス・ナッシングの横に並ぶ、ドクター・ハデス(どくたー・はです)、そして。
「そして……我が名は、秘密結社オリュンポス大幹部が1人……戦神将アレス……」
 鎧に身を固めて素性を隠したセリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)を始めとしたオリュンポスの面々が、先を急ぐセルウス達の前へと、堂々と立ち塞がったのだった。