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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第3回/全4回)

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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第3回/全4回)

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【白銀の上の激闘 ――オリュンポス】



 一方その頃のジェルジンスク山腹。
 吹雪の合間、木々の合間を縫って、辿り着いた僅かに開けた場所では、ハデス達オリュンポスの面々が、寒さにちょっとばかり震えながら堂々とセルウス達の前に立ちはだかっていた。

「我らを退けたのみならず、テロを起こし選定神ノウゴルドを殺害するとは……!なんて卑劣な奴らなのだ!」

 拳を握り締めながら憤りたっぷりに、ハデスは悪の秘密結社とは思えない台詞を投げかけてきたが、言われた方はと言えば、思わず顔を見合わせた。どうやらハデスは、ラヴェルデの情報操作にまんまと引っかかっているようだ。 
「かくなる上は、我らオリュンポスが、悪のセルウス一味に天誅を加えてやろうではないか!」
 びしっと指をさされた一同とセルウスは、なんとも言えない顔をしたが、呆れているわけにも油断しているわけにもいかない。マネキ・ング(まねき・んぐ)が、セルウス達がが吹雪に紛れて逃亡させることを予見して、それに紛れるように視界をホワイトアウトさせることで、皆、気付けば要塞化されたこのポイントまで招きこまれてしまっていたのだ。その上。
「あれは、ナッシング……!」
 キリアナが声を上げた。そう、オケアノスに居たオルクス・ナッシングも、ハデスと合流していたのだ。その上、オリュンポス構成員に、セリス達の引き連れた仲間たちもいて、それなりの人数が揃っているのだ。油断は出来ない。
「ノヴゴルドさん、下がってください」
 エリス・クロフォード(えりす・くろふぉーど)がノヴゴルドを庇って前へ出たが、ハデス達はそちらを見るでもなく。セルウスにびしっと指を突きつけたままだ。
「我がオリュンポスの戦闘員、そして死霊騎士団長オルクス・ナッシング! セルウス一行をここで仕留めるのだ!」
「了解!」
 ハデスの高らかな宣言と共に、アンデットを含んだオリュンポスの構成員たちが一斉に動き出したが、その思う所は実のところ、皆気持ちの良いほどばらばらだ。
「そうか……名前をつけたのか……大事だよな、名前は……」
 妙にしみじみと言ったマネキに、オルクス・ナッシグはこくりと頷いた。
「名は……個……を示す、証……大事、だ」
 変に意気投合しつつある二人を、他人事のように、けれど興味深そうに観察の目を投げているのは天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)だ。特にオルクス・ナッシングの動向が気になっているようで、その視線は油断は無く「面白いですね」と呟いた。
「オルクス君にも変化が出てきたようですし……吉と出るか凶と出るか」
 十六凪とセリス、そしてマネキは勿論、セルウスがテロリストだと信じてはおらず、それがラヴェルデの陰謀だということは既に、呼雪や方々からの情報で判っている。それでも尚ハデス達を止めなかったのは、あえてこうして追い込むことで、セルウスが覚醒し、荒野の王ヴァジラと勢力を二分して争ってくれることを期待しているのだ。セリスはシンプルにそこまでが狙いだが、二人は違う。
(そうすれば、我々オリュンポスが付け入る隙も、出来るというものです)
(セルウスが荒野の王と同等の勢力となれば、両陣営に武器売買と言うカードを出し、エリュシオンのご家庭の主食をアワビに切り替える我の作戦を……)
 互いに腹に抱えるものは身内にも出さずおくびにも出さず、顔を見合わせて十六凪とマネキはにこりと笑った。黒い。こいつら黒い。
 一方で、アルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)は正反対に、純粋な憤りでその剣を振るっていた。
「見損ないました、セルウスさん!」
 アルテミスは、自分が止められなかったために、選帝神が殺されてしまったのだと悔やんでいるようだ。
「その上、そんなおじいちゃんまでたぶらかして、替え玉に使おうなんて!」
 残念ながらそのおじいちゃんが選帝神なのだが、誰がツッコミを入れても多分、聞く耳は持たなかっただろう。兎も角。
「このオリュンポスの騎士アルテミスが、セルウスさん、貴方を捕らえます! 行きますよ、皆さん!!」
「命令ヲ確認シマシタ」
 そう言って飛び出したアルテミスに続いたのは、ハデスの 発明品(はですの・はつめいひん)冷 蔵子(ひやの・くらこ)、そしてマイキー・ウォーリー(まいきー・うぉーりー)だ。
「愚弟! 優秀なワタシが援護してやるデスからさっさと作戦を開始するデス!」
 機晶戦車に合体した形のハデスの発明品が進軍を開始するのに、同じ出自の関係で、姉のポジションにある冷蔵子が叱咤する。そうして賑やかに開戦することとなった戦場で、突っ込んでくるアルテミスの剣が唐突にガギンッ、と何かにぶつかって阻まれた。咄嗟にアルテミスが飛び退いて、続く攻撃は避けたが、それで攻撃は止まらない。三撃目、ぎゃりっと刀が鍔競りあう。迎え撃ったのは、那須 朱美(なす・あけみ)を纏い、宇都宮 義弘(うつのみや・よしひろ)を構えて、光学迷彩で姿を隠していた祥子だ。奇襲には失敗したが、ここから先は通さない、という気迫を込めて、アルテミスをぎっと見やった。
「理由や狙いは兎も角、セルウスに手を出そうって言うなら、容赦はしないわ」
 一瞬その威勢にびりびりと体を振るわせたアルテミスではあったが、憤りはそれを凌駕してふるっと首を振った。
「それは、こっちの台詞です。邪魔をするなら、容赦はいたしません!」
 競っていた剣を弾き、両者が距離を取って睨みあう。その傍らでは、いつの間にか並んだセリスが剣を携えて戦闘体制だ。相手にとって不足なし、と祥子は薄く笑った。
「侠雄 宇都宮祥子が推して参るッ!」
 ……と、そんな剣戟激しい戦闘の行われている一方で、こちらは騒がしい様相を呈していた。十六凪の指揮するアンデットが戦線で壁となり、蔵子の援護射撃を受けながら、発明品の大砲が次々と火を噴く。セルウスを狙って発射されてはいるが、肝心のセルウスは皆に守られながら、自身でもひらっと器用に避けて直撃は食らっていない。寧ろ敵に当たる確率よりも、味方の攻撃の邪魔となっている確率が高いように見えるのは、気のせいだろうか。
「この愚弟、しっかりと狙うのです! 当たっていないではないですか!」
 じれったそうに発明品に檄を飛ばしているが、そういう本人の攻撃も、周りに大きな火柱を上げることばかりが大成功中である。アンデットはこれ以上死ぬこともないので、大丈夫といえば大丈夫だが。
 そして、更にもう一方。
「……なんだか、やり辛いな」
 油断なく構えつつも、ついそんなふうに優は漏らした。個性的なオリュンポスの中にあって、埋もれることなく個性を発揮するトリッキーな動きで翻弄していたのはマイキーだ。
「それはそうさ! これはそう、これは愛の試練! 容易くはいかないものさ!」
 積極的に攻撃を仕掛けてくる様子はないのに、ムーンウォークで攻撃を回避してみたり、かと思えば突然踊り出したりと非常に行動が予想し辛いのだ。何よりその言動が。
「さぁ、ボクらを超えて行くんだ!その先に愛が待ってるのさ! キリッ」
「愛ィ?」
 思わずと言った調子で聖夜が声を漏らしたが、マイキーは真剣なようだ。
「さあ、キミたちもボクと愛を語ろうじゃないか!」
「断る!」
 さっくり両断。と共に、優は聖夜と飛び出すと、息のあった連携でマイキーと相対した。そうやって戦闘の入り混じる中、後方で援護を行っていた零が、ふと眉を寄せた。
「どうしたのじゃ?」
 刹那が問うと「このままだと、危ないのではないでしょうか」と零が懸念を口にした。
 派手な攻撃や面子に意識が行き過ぎていたが、状況は予想以上に悪くなっている。そこそこ戦況は有利だが、問題は、今のセルウス達は逃亡中だということだ。このままずるずると、しかもこれ程戦闘を続けていては「本命」が登場してしまう。その懸念はセルウスも感じていたのだろう。襲ってくるアンデットを切り払いながら、「どうしよう」と呟いた。
「折角、囮になってもらったのに……これじゃあ……!」
 焦りに眉を寄せたが、頭を使うのは得意ではないセルウスだ。じりじりとした焦燥に、無意識のうちに丈二から預かる欠片を握り締めていた。本人の知らないうちに、それは僅かな淡い光を湛え、そして。
「―――おまたせっ!」
 セルウスに投げかけられた声と共に、衝撃音。暴れていたオリュンポスの戦闘員たちに、レキの乗ってきたペンギンアヴァターラ・ロケットが突っ込んで来たのだ。哀れ戦闘員たちは、それにすっ飛ばされて沈黙した。着弾の直前で飛び降りたレキは、姿の見えなくなっていたところからの再会に、くしゃと表情を崩したセルウスに笑いかけた。
「遅くなってごめん。でも、あっちに来てた追撃者は、全部やっつけちゃったからね」
 正確には、招きよせたところに光学迷彩で隠れていたチムチムが、キノコハットの胞子で眠らせた上に氷付けにして動けなくしたのだが、それは兎も角、このタイミングでの味方の増援に、セルウスが沸き立つと、つられるようにして皆もその士気を上げた。
 刹那や零の魔法の援護を受けた優と聖夜が、間合いを詰めてアンデットを叩き斬って氷付かせ、アルテミスとセリスの相手をする祥子へ助太刀する。あっという間に押し切られかけて、ハデスは「くそう、しぶといな……!」と眉を寄せた。
「ぐぬぬ……かくなる上は……マネキよ、一斉射撃だ!」
 ハデスが叫び、マネキの合図を受けて、機晶戦車となっている発明品、そして蔵子が、ありったけの砲撃をセルウス達に向けてぶっ放した。
 ここが深い雪に覆われた山腹だ、ということをすっかり忘れたままで。