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リアクション
【オケアノスの裏表 前】
そうして一般の信者たちから話を聞きつつ、見学者のふりをしている呼雪たちと共にボランティアに勤しんでいると、気がつけばすっかり教会の至るところまでぴかぴかにする程、掃除に没頭してしまっていた北都だったが、そんな中、倉庫と思しき部屋を掃除していると奇妙な感覚に北都は手を止めた。まるで監視していたかのようなタイミングで電話をかけてきたのはクナイ・アヤシ(くない・あやし)だ。外で聞き込みをしていて、貴族たちまでこの教会を訪れていたことは判ったが、白いローブの信徒たちがたまにぞろぞろ動くことがあるという以外で、不審なものはなかったようだ。そんな報告をしながら、クナイは『ところで』と声を重くした。
『念のため聞いておきますが、よもやボランティアに熱中しすぎて、目的を忘れていませんよね』
さすがその辺りはお見通しのようである。
「で、でもそのおかげで、見つけたよ」
そう言って触れたのは、法衣に包まれた武器達だ。一見すると儀式用に見えなくもないが、内いくつかが武器としての用途で既に使われた形跡がある。だが何より北都の表情を険しくさせたのは、その武器に刻まれた刻印だ。それにはつい最近、見た覚えがある。
「……これ……、超獣事件の時に見た、あの刻印と同じだ。それにこの槍……」
杖に似た意匠をしたそれらは、巫女の記憶が逆流した際に見た、ディミトリアスの一族を滅ぼした者達が持っていたのと同じもののように見える。
「……グランツ教が現れたのは、ごく最近のはずなのに、一万年前の武器がここにある……ってことは」
やっぱり、と北都は唇を噛んだ。
一万年前にディミトリアスの一族を滅ぼすために暗躍し、更に嘗てのイルミンスールを滅ぼしたという、動く世界樹、真の王を名乗るアールキング。どういう理由でかは判らないが、グランツ教の裏にその存在が絡んでいることは間違いなさそうだ。
「でもこれだけの数……一体、何をするつもりなんだろう?」
丁度、クナイが北都からの電話を受けていたのと同じ頃。
教会と商店街を繋げる通りで、ドミトリエ達はその先に隠された坑道への入り口を遠巻きに観察していた。
「この辺りはお店も少ないんだね。凄く静かだし」
「ドワーフ達の話だと、この辺りは元は緑化地帯で、開発が進んだのはここ最近らしいからな」
観光客を装いながらの佳奈子の言葉に、ドミトリエが言った。技術の革新や交易の活発化に伴い、手狭になった土地を拡張したらしいが、店舗が立ち並ぶより早く教会が建てられたらしい。
「本当は、商店街が拡大するはずだったのにって、屋台のおばちゃんが言ってた」
「あちこち聞いて回るものだからひやりとしましたよ」
楽しげに報告する佳奈子に、エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)が溜め息をついた。
「指名手配はされていないものの、ドミトリエさんの存在は警戒されているはずです。目立つのは不味いでしょう」
「はあい」
軽い説教に、ドミトリエは思わずといった調子で少し笑い、話を教会の件に戻した。
「つまり此処の教会は、元々の計画を破棄してまで、優先的に建てられたってわけだ」
それだけでもオケアノスでのグランツ教の立場が相当高い位置にあることが窺える。やはりラヴェルデはグランツ教を黙認どころか推奨しているようだ。
「でも変な感じですよね。皇帝も選帝神も神様なんでしょう?」
交易都市である性質上、多種の宗教が入ってくること自体は別段可笑しくないが、他の神様を信じても構いませんよ、と言うのなら兎も角、別の神様を信じましょう、とでも言わんばかりだ。
「そうだな」
その指摘には、ドミトリエも難しい顔だ。
「考えられるのは、賄賂なんかの利害関係だが、自分達を否定するような宗教と手を組むのは、本来リスクが高いはずなんだがな」
多神教とは違い、グランツ教は他の神々の一切を排除しようとしているにも近い教えだ。ことによれば宗教対立で地方内部が割れ、首を締めあいかねない。そして、ラヴェルデはそれがわからないような愚かな領主ではないし、他の神の力を借りなければならないような、力のない神ではない。そこまで考えて、ドミトリエはあるいは、と言う思いに目を細めた。
「ひょっとすると、本当に信じているのかもな」
「え?」
「統一国家神によってのみ、大陸が救われるって話さ」
佳奈子がその言葉を追求しようとした、その時だ。
「動いたよ」
いつの間にか近づいていた天音の声にドミトリエたちが視線を向けると、ローブの少女の影が横切って行くところだった。追おうとした時にはもう遅く、その小柄な体は、坑道の中へと既に飛び込んでしまっていた。
『そっち、行ったよ!』
「来た!」
佳奈子からの通信と、阿部 勇(あべ・いさむ)が言うのは殆ど同時だった。
坑道の入り口へ飛び込んできた影は、あっという間に甚五郎達と距離を詰めていたのだ。だが、どうやら影のほうも先客が居るとは思いも寄らなかったのだろう、走り抜けようとした足で地面を蹴って、今にも突っ込みそうだった甚五郎から距離を取った。
「何者だ!」
言うが、当然答えるつもりはないようだが、交戦するつもりも無いのか、ローブで姿を隠したその手に武器は何も持っていない。それを見て甚五郎が取り押さえようと、一歩前へ出た、瞬間だった。
「……ッ!」
小さな体が更に屈んだと思うと、そのまま甚五郎に向けて突撃してきたのだ。甚五郎と共に、ブリジッドが迎え撃とうと構えたが、その手が伸びた瞬間に、ばさりと視界が塞がった。脱ぎ捨てられたローブだ、と気付いた時には、その姿は風のように坑道の奥へ遠ざかっている。リリ達が向ったのと同じ方向へと向う様子のその小さな背中を、ブリジッドがすぐさま追ったが、幾つかの道を曲がった先で、直ぐに見失ったようだった。
「えらく速いな……ジェルジンスクに向ったのか?」
「って言うか、リリさん達とぶつかっちゃいますよ〜!」
消えた先を見て呟いた甚五郎に、慌てたようにホリィが言ったが「いや」と勇が首を振った。サイコメトリで少女の進行を探ったが、どうやらリリ達が使っているのとはまた違う道へ入って行ったようだ。探れるところまで探って、勇は首を傾げた。
「この先は……監獄みたいなんですけど」
「討伐隊と合流するつもりか?」
甚五郎の言葉に、ドミトリエは苦く「かもしれない」と答えた。
『荒野の王とテロリスト、それからグランツ教……どうやら繋がりは確定だな』
だが、判ったところで好転していることは何もない。セルウスが更なる危機に陥ろうとしているのを感じて、ドミトリエはきつく拳を握り締めたのだった。
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