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【戦国マホロバ】四の巻 マホロバ幕府開府 決戦、冬の陣!

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【戦国マホロバ】四の巻 マホロバ幕府開府 決戦、冬の陣!

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第五章 待ち人2

【マホロバ暦1192年(西暦523年)2月】
 逢坂(おおざか)城――



 和議は決裂していた。
 町にあふれていた浪人や一国一城の主を夢見る猛者たちは戦の継続を望んでしたし、西方の強固な守りは鬼城の力をもってしても粉砕できなかった。
「願わくば、瑞穂 魁正(みずほの・かいせい)に勝たせたいものです
 東 朱鷺(あずま・とき)は西軍に参戦していた。
 彼女は人から問われたとき、こう答えた。
「一眼龍に頼る前に、朱鷺たちを頼ってほしかったというのが正直なところですが、今ここで何を言っても結果がすべて。できることをやるのみです」
 朱鷺は八卦術を駆使して砦の防衛に当たっている。
 時折このようなことを考えた。
 もし、西方が破れ瑞穂が滅ぶようなことになれば、自分が信じてきた八卦術、陰陽術はどうなるのか。
 現代の地球、日本のように、時代とともに廃れることはないのだろうか。
 おそらく誰も答えられないことは分かっている。
 だからこそ、こうして魁正とともに苦難の道を選んでいるのではないか。
「あれは……どうしたことです?」
 逢坂城の外濠に向かって、何やら物を運んでいる集団がいる。
 その中に浮かない顔をした金髪の少年がいた。
「一眼龍……伊建 正宗(だて・まさむね)!?」
 距離が遠くて肉眼では確認することはできない。
「ここからでは正宗と会話することはできない……」
 朱鷺は【式】を使った。
 これは間違いであってほしいと願いながら。
「行って。真実を確かめるのです!」
 彼女の足元から光がほとばしった。

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 長期戦になるのではとの見方が強まったころ、やがて城濠を埋めるかのように物が投げ込まれた。
 おもに瓦礫や家財であるが、これは逢坂の町民のものである。
「和議を申し出る一方で濠を埋め、町民の家財までも投げ込むとは恥知らずな。……泰平だ何だといって、とうとう鬼の正体を現したか」
 瑞穂 魁正(みずほの・かいせい)は城の上層から外をのぞいた。
 冷たい風の中に、わずかな春の気配を感じる。
 しかし、逢坂郊外ではそれに似つかわしくない、幾つもの砦が築かれている。
 数えて十はあろうか。
「では、鬼城は戦を長引かせるつもりなのでしょうか。貴方は、いつまで籠る気でいるのですか。この城に……いいえ、自分自身に」
 天 黒龍(てぃえん・へいろん)の表情は険しい。
 魁正は自分が踏みとどまる理由があるといった。
「確かに、ここには血に飢えた浪人や、日輪の黄金に目がくらんで戦を急く輩がいる。しかし中には、本当にこの国を案じ、命をかけて戦うものもいる。その者たちのためにも俺は、ここにいるのだ」
 その象徴が、この城なのだという。
「戦には勝者敗者しかない。それで言えば、先が原での俺は【敗軍の将】だ。それでも、負けるとわかって先が原に西軍として参加したものがいたときいた。俺はまさか……西の人々が――逢坂の人々が負けた俺を受け入れてくれるとは思わなかった。決して逃げたくはないし、不幸にもしたくない」
「それは【義】なのでしょう。それが、『人を信じ思う』『マホロバ人』なのです」
 黒龍は何度も「貴方はマホロバ人なのだ」と言った。
 魁正は、「なぜこれほどまでにマホロバ人にこだわるのか」と聞いた。
 黒龍が話してよいものか一瞬ためう。
 高 漸麗(がお・じえんり)が彼の背を押した。
「魁正さんが伊建の話に乗ったのも、命を救ってもらった恩義と平和な世では生きられない人達の為。そんな彼らが生きられるよういつか自分が天下を取る為だよ、ね?」
 漸麗の言葉に、黒龍がようやく続ける。
「……だけど、それが……エリュシオンの軍艦でマホロバを焼き尽くすことが、貴方の本当の望みなのですか。貴方の望む人の世ですか」
「俺のやろうとしていることは、愚かしく見えるのだろうな」
 魁正は城下の町並みをじっと見つめる。
 かつての天下人もこの風景を眺めたのだろうか。
「俺が目指すのも泰平なのだが……ただ、鬼城とはやり方が違……っ!!」
 その時、激しい轟音とともに城が揺れた。
 侍女として傍にいたカトリーン・ファン・ダイク(かとりーん・ふぁんだいく)があわてて飛び込んでくる。
「魁正様、砲撃です! ここは危険です……お逃げくだ……ああ!!」
 再び地響きのような音とともに衝撃が彼らを襲った。
 壁は爆風で飛び、破片が吹き飛ぶ。
 その瓦礫が、カトリーンと明智 珠(あけち・たま)に直撃していた。
 魁正は駆け寄り、侍女二人を助け起こす。
「しっかりしろ! 傷は……」
「私は……大丈夫です、珠……?」
 カトリーンの呼びかけに珠もかろうじて返事する。
「なんということだ。はやく、お前たちを安全な場所へ――」
「私たちのことより魁正様。お逃げください。馬も用意いたしましたから」
「女子供を置いて、俺だけ逃げろというのか」
「私はこれ以上、人も鬼も傷つくのを見ていられないのです。どうか瑞穂の未来のため、そしてその血を絶やさぬよう、兄や瑞穂国を思って自らを犠牲にしようとした香姫(こうひめ)のためにも、ご決断を……」
 魁正は目を伏せた。
「もう、いい、しゃべるな……伊建は……伊建 正宗(だて・まさむね)は何をしている?」
「正宗様はいらっしゃいませんわ。エリュシオンの軍艦も……来ません!」
 珠は身体を起こし、息を切らせながら言った。
「エリュシオンの軍艦は途中……嵐にあって引き返しました。鬼鎧が現れて……私は……艦が沈む間一髪のところを……助けられて」
「だからじゃ! エリュシオンの力を借りようとしても碌な事はない。歴史は繰り返すのじゃ!」
 珠の話を聞いた黄泉耶 大姫(よみや・おおひめ)が憤慨したように叫ぶ。
「未来でもそのようなことがあったのじゃ……今と同じ噴花が起こる時、時の瑞穂藩主はエリュシオンでは『神』と呼ばれていた。その地位を利用し、エリュシオンの龍騎士団を率いて鬼を滅ぼしに扶桑へ攻め込んだ。そして……藩主は……」
「死んだのか?」
 大姫は答えない。
 しかし、彼女の声音にはどこか悲しい音色があった。
 ただ、「エリュシオンとの思惑とは必ずしも一致しないものだ」と言った。
「その人は……エリュシオン帝国人にもマホロバ人として生きることもできなかった……ここにいる人間は、魁正にそうなってほしくないからここにいる……! 瑞穂の藩主に!!」
 黒龍の心の叫びの声だった。
 魁正の端正な顔は一瞬こわばったが、なぜか安堵の表情を見せた。
「なるほど、これで合点がいった。俺がなぜ……鬼を嫌い、【人】の生き方にこだわったのか」
「魁正殿?」
 怪訝な顔をする黒龍を魁正は腕を広げて制した。
 彼の腕には魁正の槍が握られている。
 黒龍は、最悪の事態になるようであれば、我が身を投げ出してでも彼を止める気でいた。
 それほど、彼は追い詰められていたのだ。
「貴方がいなくなったら、誰が民を守るのです。鬼城が作る国に間違いがないとも限らない……その時、いったい誰が……?」

 私は……私は間違ってなどない!」
 何よりも……誰よりも、マホロバのことを考えている!!


 その瞬間、血に染まった桜の樹が黒龍の脳裏に浮かんだ。
 いや、扶桑ではなく『彼』の顔だった。
 龍騎士団団長として戦い、マホロバ人にもなれなかった、白い顔をした男の顔が――。
蒼の審問官 正識(あおのしんもんかん・せしる)!! いや……まさか、これは私の記憶……それとも?」
 黒龍は混乱する頭を抱え、闇雲に手を伸ばす。
 桜の花びらが……【桜の残り香】が、するりと手からこぼれていく。
「ちがう。これは扶桑の……桜?」
「これ……砲撃じゃないわ。砲撃ではなく……まさか」
 カトリーヌも痛む背中を堪え、手の平をかざした。
 穴の開いた天井から、薄く色づいた桜の花びらがひらひらと舞っている。
 まるで、定まらぬ人の記憶を求めるかのように。
「ばかな……天子様はまだ……現れぬというのに……!?」
 魁正は天をただ見上げるよりほかなかった。

 マホロバ暦1192年 扶桑の噴花が始まったのだ。



【マホロバ暦1192年(西暦523年)2月】
 扶桑の都――



 スウェル・アルト(すうぇる・あると)が目覚めたとき、彼女は都の往来に倒れていた。
 逃げ惑う人々に踏まれなかったのは、奇跡といっていいだろう。
 スウェルの赤い目には、彼女を心配そうに覗き込むアンドロマリウス・グラスハープ(あんどろまりうす・ぐらすはーぷ)のほころんだ顔があった。
「良かった。無事ですね」
「アンちゃん……私……」
「扶桑の噴花が始まったんですよ。噴花の衝撃で地面が揺れて、吹き飛ばされて……そのまま地面にたたき付けられたんです!」
 アンドロマリウスは赤く腫れた腕をさするように言った。
 おそらくスウェルをかばった時に強く打ったのだろう。
 スウェルははっと立ち上がった。
「噴花!? いけない……! 皆に、知らせないと!!」
 都の通りは人であふれかえっていた。
 その多くが、何事かとあたりを伺い、混乱していた。
 戦火がここまでやってきたのかと思うものもいた。
 しかし、空から降ってきたのは、美しい桜の花びらである。
 早咲きの桜を人々は珍しがった。
「皆、だめ……外へでないで!」
 普段大きな声を出すことのないスウェルが、ありったけの声で叫ぶ。
「その花びらに……触らないで!!」
 スウェルの願いに反するかのように、桜は舞う。
 それが急に竜巻のようになったかと思うと、往来の人々をさらっていった。
 あちこちで悲鳴があがった。
「……いけない! 避難させないと! あなたも!!」
 アンドロマリウスは、桜の花びらから逃れるように人々を誘導する。
 スウェルも駆け足で都をめぐった。
 大きな桜の樹――扶桑が輝くのがここからでも見える。
 扶桑は前に見たことがあるそのカタチそのままに、居た。
 彼女はふと立ち止まり、手を合わせる。
「お願い……友達や猫や、皆が幸せになりますように……これが、私の願い!」
 スウェルはきびすを返し、人ごみの中に消えていった。