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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第1回/全3回)

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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第1回/全3回)

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「つまり、4日っていうのはそこからきていたのね」
 休憩中、聞くともなしにオズトゥルクたちの会話を耳に入れていたエメリアーヌ・エメラルダ(えめりあーぬ・えめらるだ)は、ふんふん納得してうなずく。
「4日?」
「ほら、招待の書面にあったじゃない「あと4日ほど見られる」って」
「ああ、そういえばそんなことが書かれていたような」
 記憶を探って書面の内容を思い出しながらアルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)が応える。
「あれ、どういう意味だろうってずっと考えてたのよ。なんだかひっかかって。
 なぜ出現期間が予想できるのか? 文献にそういう記述が残っていて、いつもそれくらいなのかしら、って。もしそうなら、竜には何か目的があって、それを果たすために必要な期間がそれくらいなのかしら? とか」
「なるほど」
 アルクラントは数百年に1度目覚める吉兆の竜という存在そのものに気をとられてそのほかへは気が回らずにいたが、言われてみればたしかに不思議だ。
「ようは、対話の巫女というのが竜を鎮めるための儀式をそのくらいに行うってことなのよ。託宣でも出したのかもしれないわね、巫女なら」
 ああスッキリした、とエメリアーヌはさっぱりした顔を3人に向ける。
「さあこれで竜見物に集中できるわ」
「ふーん。エメリーは難しいこと考えるなあ」
 目深にかぶったネコ耳フードの下で、完全魔動人形 ペトラ(ぱーふぇくとえれめんとらべじゃー・ぺとら)が感心したような笑顔になった。
「僕、ちっともそういうの思いつかなかったよ。マスターやみんなと春の山へピクニックに行けるんだーって、うれしくて。あと、そのイリュリュニャンカシュ――」
「言えてないわよ」
「ありゃ?」
「イルルヤンカシュ。ペトラ、落ち着いてゆっくり言ってごらん」
「ニルルニャンカシュ!」
「言えてないわ」
 しかも最初の1文字目からというところにやる気のなさを感じるというか…。
 しようがない子ね、と言いたげにふうと息をつくエメリアーヌの耳に、アルクラントの横でくすくす笑うシルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)の笑い声が入った。
「あんたはどうなの? シルフィア」
「え? ワタシ?」
「見る者に幸運をもたらす竜よ、何かかけたい願でもあるんじゃない?」
「ワタシ、は…」
 ちら、とアルクラントを盗み見た。
 この1年、なんだかんだあって、2人の距離は結構縮まったと思う。少なくとも、となりというポジションにいるのがお互い普通に感じられるくらいは。しかし決定的な何かがない。お互いこのポジションの居心地の良さに浸っているというか、そこから先の1歩を踏み出せずにいるのだ。……少なくともシルフィアの方は。
 そのあと押しをしてもらいたいというのは他力本願っぽくもあるけれど、きっかけというか、応援というか、そういうのにあやかりたいというか…。
「あ、あのね、ちょっと調べたんだけど、イルルヤンカシュってとってもきれいな姿をしてるっていうのね! だからひと目――」
「……あー、いいわ。分かったから」
 みるみるうちに赤くなった顔で一生懸命説明する姿を見れば、何を考えたか丸分かりだ。ただし、察することができたのはエメリアーヌだけだったようで。
「うん! スッゴクきれいだってあったよね!」
 ペトラはぱああっと表情を明るくして、小刻みにこくこく何度もうなずいた。
「そんで、鳴き声も鳥みたいにきれいなんだって。おとなしい竜みたいだし、呼んだら応えてくれるかな? 僕、ニリュリュニャンニャンと一緒に歌いたいんだぁ。シルフィアも一緒に歌お!」
「あんた、まともに呼ぶ気ないでしょ」
 ニャンニャンって何よ。もう原形もないわ。
「……にゃー…。名前、難しいよー。長いし。もうニャンさんでいいんじゃない? 駄目?」
 おねだりするようにエメリアーヌを見上げるペトラに、くつくつとアルクラントが失笑した。
「まあ、いいんじゃないか」
「アル!」
「何もペトラはばかにしたり貶めようとして口にしているわけじゃない。きちんと心から呼びかけるなら、その思いは相手にも通じるさ。なあ、ペトラ」
「うん! ありがとう、マスター!
 はーやく会いたいなーイールニャンっ、イールニャンっ、ニャンニャンニャーーーン〜 ♪」
 即興で歌いながらスキップで前を行くペトラに、三者三様笑みを浮かべる。
 小さな歌声は、風に乗って軽やかに山へ流れて行った。




「もっち〜もっち〜もっち〜もももっち〜 ♪ はーんぶんにちぎれば2つに増えるー ♪ もいっかいちぎればもっち〜は4つ ♪ ちーぎるたんびに増えるもっち〜 ♪ 不思議な食べ物もももっち〜 ♪」
 アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が歌を歌いながら先頭を歩いていた。作詞作曲アキラ・セイルーン『もちもっち〜のうた』だそうだ。
 その辺で拾った棒切れを振り回し、触れられそうな頭上の枝や足元の草をバシバシ叩いてリズムをとっている。
「焼ーいてもおいしいもっちっち〜 ♪」
「あれ? なんだか熱いワネ? 床下暖房?」
「ざーんねんっ、それは網の上〜 ♪」
 アキラの頭の上でアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)が合いの手を入れた。アキラの真似か、彼女も葉っぱのついた小枝をタクトのように振り回している。
「ぬ〜り〜か〜べ〜」
 ぬりかべ お父さん(ぬりかべ・おとうさん)が少し遅れて言った。リズムが合っていない、一本調子な声だが、本人は一緒に歌っているつもりなのだろう。
 1箇所目のポイントは残念ながら空振りだった。しかし休憩所が設置されていたので、そこで下の屋台でアキラが買ってきた食べ物でお昼休憩をとった。
 まだまだテンションは高いものの、おなかはぱんぱん、おいしい空気と緑いっぱいの自然のなかを歩くという行為のためか、最初のハイテンションは静まったようだ。即興歌が終わると、今度は幸せの歌を2人で合唱し始めた。
 アキラの元気いっぱい、期待感にあふれた高揚がほかの者たちにも伝わって、みんな周囲の景色を楽しみながらゆったりとそぞろ歩いていく。
 チチチチチと、すぐ近くで小鳥がさえずる声がして、レン・オズワルド(れん・おずわるど)はそちらを見上げた。
 ルリ色の羽をした小鳥が枝にとまっている。
「どうしたんですか? レンさん」
 立ち止まって上を見上げているレンに気付いて、ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)が戻ってきた。
「小鳥だ」
 その言葉に、ノアも彼と同じものを見ようと上を向く。すぐに小鳥は見つかった。
「かわいい」
 かすかにほころぶ口元に、レンがうなずく。
「来てよかっただろ?」
「はい」
 今度の旅行にノアが消極的だったのをレンは知っていた。ノアはちょっと生真面目すぎるというか……見る者に幸運をもたらす竜、というのがなんだか他力本願のようで、それをあてにしていくのはイルルヤンカシュにも失礼な気がしたのだろう。
「なら勉強すればいい。相手を知った上で対すれば、向こうも喜ぶんじゃないか?」
 レンの提案に納得して、ここに着いて早々書店で本を何冊かあたってみた。けれど、たいしたことは書かれていない。
  『イルルヤンカシュは見る者に幸運を授けてくれる竜です。イルルヤンカシュの元には、毎日毎日たくさんの人が訪れました。
   人々はイルルヤンカシュにさまざまなお願いをしました。
   願いをかなえてもらった人々はイルルヤンカシュにたくさんたくさん感謝して、みんな笑顔で暮らしました。
   ある日、イルルヤンカシュは疑問に思います。
   「みんな笑顔なのに、どうしてぼくはそうなれないの? どうしてぼくはたった1人なの?
    ぼくはみんなを幸せにするっていうけど、どうしてぼくは幸せじゃないの?」
   イルルヤンカシュははるばるアガデを訪れ、領主にお願いをしました。すると領主は自分の剣と銀の魔女を彼に与えたのです。
   「わたしがいるわ、イルルヤンカシュ。これからはあなたとずっと一緒にいてあげる」
   こうしてイルルヤンカシュは1人でなくなりました。
   イルルヤンカシュは銀の魔女と仲良く、今も山奥で暮らしているのです』
 イルルヤンカシュについて書かれた童話の1冊だった。これ1冊とっても、たくさんの疑問が浮かぶ。童話とはそういうものだから、つじつまを考えてはいけないのかもしれないが。
 どの本も、筋や結末が違っていた。銀の魔女に裏切られてまた1人ぼっちになってしまったイルルヤンカシュは目覚めるたびに魔女を捜してさまよっている、というものまであった。悲しい話だ。他人を幸せにするのに、自分は救われない。
 これではイルルヤンカシュについて知ったとは言えない。共通しているのは「見る者に幸運をもたらす竜」「領主の剣」「銀の魔女」だが、それでなぜイルルヤンカシュは何百年かに1度姿を現すかの説明にはなっていない。
「なるほど。じゃあだめもとで訊いてみるか」
 つれづれにノアからの話を聞いて、レンはオズトゥルクに声をかけた。
 オズトゥルクはその質問に、ぱちぱちとまばたきをする。
「イルルヤンカシュがなぜ何百年も眠るか? ――さあなあ…。人間が毎日数時間おきに眠るからって、それを竜にあてはめるのもおかしいと思わないか?」
「まあそうだが」
「ただ、案内人の話では、昔は数年おきだったらしい。それが十数年になり、数十年になり、数百年になったようだ」
「目覚めのサイクルが伸びている?」
 それはどこか不吉な気がした。
 いつか二度と目覚めなくなるのではないかと、そんな気にさせる。
「……イルルヤンカシュは……目覚めている間、何かを探してさまよっているんでしょうか」
 感傷的ととられるかもしれない。ためらいがちにノアが言った。
「そういう説もあるな。まるで何かを求めて山中を歩き、呼んでいるようだと。しかしこれも人の目から見た主観的なものだ。イルルヤンカシュが何を求めているかなんて、オレたちに分かりようもない。分かるとすれば――」
「例の、対話の巫女か?」
「そうだ。だがそれは秘匿とされ、巫女は絶対にしゃべらない。だからだれも知らない。本は全て憶測で書かれたものだ」
「全てを知るのは対話の巫女1人、か…」
 イルルヤンカシュを鎮める役目を持つという、対話の巫女。
 ではもしも対話の巫女に何か起きて、イルルヤンカシュを鎮められなかったとき。
 イルルヤンカシュはどうなるのだろう?