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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第4回/全4回)

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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第4回/全4回)
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【それぞれの三日間――Side:2】




『新たなエリュシオンの皇帝を選ぶ、選帝の儀が執り行われる』


 亡き大帝アスコルドを慕う者達の哀惜と、大陸が不安な情勢下での皇帝の不在に揺れていたエリュシオン帝国の民は、「ようやく」という思いもあれば「早すぎる」という意見もあり、歓迎と疑念、困惑と安堵、様々な心境と最大の関心を共に、その報を迎えた。
 帝国全土に関わる一大事である。当然、エリュシオンの中心である、帝都ユグドラシルでは、上から下までその話題で持ちきりだった。

「選帝の儀……とは言うがなあ」 
 そんな帝国の一角。多くの客で賑わう酒場で、中年の男がぼやくように口にした。
 エリュシオンにとっては恐怖と畏怖の象徴であるドージェ・カイラス、その「再来」と目される少年荒野の王 ヴァジラの即位は、確定したも同然なのだから、そもそも「選ぶ」必要もないだろう、というのが男の言い分のようだ。周囲からも頷く声が上がり、そんな遠回りなことをせず、直ぐにでも就任させれば良いのに、という相槌も入る。荒野の王を支持しているから、と言うよりは、この時期での皇帝の空座への不安が強いせいが大きいのだろうが。
「いや、だが、選帝神様方が相応しいとお認めになるかどうかだって、重要だろうが」
「そうとも。焦って王を据えて、かえって国が乱れるようじゃ困るしな」
「とは言ったって、選帝神様の内、二柱は就任されたばかりだぜ?」
 酒が入っていることもあって、男たちは喧々囂々、侃々諤々と意見をぶつけ合う。今のエリュシオンでは、何処でもかしこでも見受けられる光景だ。基本的に選挙と言うものの存在しないエリュシオンでは、意見を交わす事は出来ても、関わることが出来ない以上は結論は出ないで終わることも常だ。だからこそ余計に、議論が白熱するのかもしれない。
「そうそう、それに……もうひとり候補がいるって言うじゃないか」
 その名前に、僅かに男たちの声が低くなった。公で名前が挙がることはないが、密かなところで「その名前」はいつの間にか帝国の民の間で囁かれているのだ。ただし、当然。
セルウス……か。だが、選帝神を狙ったっていう不届き者だろう?」
「だが度胸がある。ジェルジンスクの選帝神を殺ろうとしたってことは、力もあったってことなんだろうが」
「馬鹿言え、力があったって、テロリストを王に据えられるもんか」
 と、いった具合に、圧倒的に多いのは、ジェルジンスクでのテロから始まる悪評だ。だが、そんな彼らの間に、その言葉はするりと滑り込んだ。
「けどな、そのテロってのは、実は裏があるみたいだぜ」
 潜められた声だったが、騒がしい店内にあって、妙に人の耳を引き寄せさせた。店内の皆が、そ知らぬふりをしながらも聞き耳を立てているのを確認しながら、男の声は続く。
「ノヴゴルド様を殺そうとする暗殺者共を、仲間と共に蹴散らして救出さ。まあ、方法が方法だからテロだと言われるけどな」
 そのテロ行為というのは、元々セルウスを逃がすために起こしたジェルジンスク監獄の襲撃のことだが、それは男たちにはあずかり知らぬことだ。半信半疑に顔を見合わせた面々に、男は続ける。
「だがどうやら、そのテロをノヴゴルド様の暗殺だった、と吹聴して回ってる輩がいるようでな。ここだけの話、セルウスって奴は、そいつらに皇帝継承権で命を狙われているそうだぜ」
 暗に含んだその言葉に、ざわざわと客たちがどよめいた。そこへ、追い討ちをかけるように別の誰かも「そういえば」と聞き及んだ話題を口に乗せた。
「荒野の王が、変な薬を使ってたって話も聞いたぜ」
「選帝神ラヴェルデは、大帝が現れなければ、次期皇帝だった筈だって言われてた方だしなあ……今度こそ、って言うのはありそうな話だよ」
 そうやって、相沢 洋(あいざわ・ひろし)の仕組んだ情報撹乱は、「黒崎 天音(くろさき・あまね)の流す荒野の王の噂に後押しされる形で、人々の中に疑心を植えつけていく。だがその一方で「だがなあ」と微妙な声を上げる者もあった。
「その……セルウスっていうのは樹隷なんだろう?」
 樹隷、と言うのは、世界樹ユグドラシルの整備に従事する特別な者達のことで、不可侵民として神聖視されていると同時に、帝国臣民にとっては「見ることもなく、触れることもない」存在だ。今まで見なかったことになっていたはずの相手が皇帝になるかもしれない、というのは、不安を呼ぶ事実ではある。同時に、そのセルウスの背後に、かつて争ったシャンバラの姿があると言われれば、不安はいや増すものだ。とは言え。
「いや、だが……」
「それより寧ろ……」
 賛否も、信じる信じないも人それぞれだが、そういった話は酒場では一等人気のあるゴシップだ。瞬く間に客たちはああでもないこうでもないと、彼らの広めた噂は、爆発的な勢いで話題を広げていったのだった。

 そんな世界樹ユグドラシルの足元、皇帝直轄領内の街中に潜伏していた葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)は道行く人々まで口々にその話題で盛り上がるエリュシオンの様子を窺いながら、ふむ、と息をついた。
「セルウス殿の存在の認知度も、上がってきているようでありますね」
 悪評も多いが、そもそも、国民の中で認知度の低かったセルウスだ。噂が広まれば広まるほど、議論が起これば起こるほど、その名は良くも悪くも全土に知られて行くことになる。
「さて、それが吉と出るか凶と出るかでありますが……」
 呟きつつも、あまり関心はない様子で、吹雪は自分の任務である潜伏調査へと意識を戻したのだった。





 同じ頃、エリュシオンの北西、カンテミール地方の中心地。
 群を抜いて高度に、地球的発展を遂げたこの地は、情報の流通にかけてはエリュシオン最速といっても過言ではない。帝国を流れる噂という名の情報は、光の速さでネットワーク上を走り抜け、カンテミール領民全ての知るところとなって以降、様々な波紋を投げかけている。その中でも、ここカンテミールでは、その土地柄ゆえか、選帝の儀と同等に目下の注目を集めていたのは二人の少女のことだ。
 たかが噂、されど噂。地球においてもただ一人の少女の噂に、世間が騒乱を起こしたように、問題はその正誤ではなく圧倒的浸透力と破壊力である。情報という名の武器は、互いの領分で激しい火花を散らしていた。


「流石、エリュシオンのアキバ。品揃えもはんぱないね」
 繁華街をやや外れ、迷路のような狭い道に連なる商店を覗き込みながら、キャロライン・エルヴィラ・ハンター(きゃろらいん・えるう゛ぃらはんたー)は呟き、エレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)もそれに頷いた。地球の秋葉原をリスペクトしたカンテミールの真髄は、その高い機晶技術である、ということをひっそりと主張するその通りのなかで、二人は思い思いに必要な機材やソフトを漁っている。今頃は、パートナーのトーマス・ジェファーソン(とーます・じぇふぁーそん)が、カンテミールの商工会で人材をスカウトしている頃だろうな、と思いを馳せながら、ふふ、とキャロラインは口元を不敵に笑ませた。
「素材も揃ってきてるし、はネトゲの神は伊達じゃない、か」
 選帝神をめぐる争いで敗れたとは言え、ここカンテミールのネットゲーム上で今だ君臨し続けるエカテリーナのネットワークは流石大したもので、キャロラインが頼んでいたデータの確保や、エレナのパートナーである富永 佐那(とみなが・さな)が依頼したはプログラムの作成は順調だ。エレナも頷いた。
「勧誘も好調ですわ。地球並みのネット環境を持つ、カンテミールならではですわね」
 ネット上の口コミ、アンダーグラウンドな情報サイトなどでの呼びかけは次第に、表へと影響を現し始め、エリュシオンのシブヤ化反対の声は、エカテリーナ支持の色を持って、徐々にその声音を大きく始めているのだ。
『油断は禁物なのだぜ。その手のに強い地球人だし、あのスイーツ()も』
 端末の秘密回線を使ったエカテリーナの言葉に、二人は僅かに眉を寄せた。そう、ネットワークを利用した情報の拡散については、選帝神である前に地球のアイドルでもあるティアラ・ティアラにもそれなりの手管があるのだ。それに、ティアラの後ろにはスポンサーの存在もある。例えば、アウリンノール・イエスイ(あうりんのーる・いえすい)が、ティアラに纏わる黒い噂に関しても引き受けているため、相殺とはいかないまでも、情報の氾濫によってある程度の牽制として発揮されているようだ。
 ティアラに関すること以外でも、セルウスが樹隷であり、シャンバラが背後についている、という噂も、ここカンテミールから国頭 武尊(くにがみ・たける)が流したものだ。ティアラを経由して受け取った教導団女子生徒プロファイルからの情報が幾つか、規制やセキュリティをすり抜けて流出しているのが、噂の後押しをしているようで、セルウス側への不利を産んでいるのは確かだ。
『情報の流し方を知ってる相手は厄介なのだぜ。対抗はして見るけど、一番いいのは――』
「それを吹き飛ばすぐらいの、話題を集める”何か”をもって対抗すること、ですわね」
 頷いて、キャロラインは「それから」と続ける。
「正面切って戦えないなら、拠り所であり根源でもある部分を突けばいい――日本人が、78年前にパールハーバーで実践した事だよ」
 エカテリーナの言葉を遮ったキャロラインとエレナは、互いに意味深な笑みをかわしたのだった。