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第22章 Perfect world
 
 
 ジールは、呆然と目を見開いて、傍らに立つ人物を見た。
 それは、ジールだった。
 ジールと同じ、けれど、違うジール。
 嗚呼、と思う。
 泣きそうだった。
 ――そう、私は、本当は……
「初めまして?」
 もう一人のジールは、皮肉気に微笑む。
「貴女が、私を呼んだのね」
「…………貴女は、私なのね」
 ジールは呟いた。

 あの時。ジールが本当に見たかったもの。
 それは、皇帝となった自分の姿に他ならなかった。
 未熟なジールは、リューリク帝を召喚してしまったが、その裏で、何処か、別の世界に存在する別の自分を、『ジールが皇帝となった世界の自分』をも、喚び出していたのだ。

 皇帝ジールは、投げ出されている聖剣を拾い上げた。
「鞘を」
 落ち着いた、けれど何処か威風のある様で、言う。
 別のところに転がっていた鞘を、トゥレンが拾い上げて渡すと、静かにそれを収めて、皇帝ジールはまっすぐに、都築の前に歩み寄った。
 横にした聖剣を両手に渡すように持って、都築の前に差し出す。
「エリュシオン皇帝ジールの名において、貴方にこの剣を託します。
 シャンバラの御使いの方。貴方方が、この剣を用い、この世界を良き方向に導いてくれることを信じます」
 都築は、先に敬礼をしてから、それを右手で受け取る。
「シャンバラ女王の名の下に、この剣を、正しく用いることを約束する」
 皇帝ジールは微笑み、そして、身を翻してジールを見た。
 呆然と、そして眩しそうな眼差しで、ジールは、『皇帝ジール』が聖剣を伝授する儀式を、見つめている。
「……さあ、いつまでもぼんやりしていないで。貴女、それでも私なの」
「……教えて」
 ジールは、ぎゅっと手を握った。
「貴女が治める国は、……幸せなのかしら」
 もしも自分が皇帝となっていたならば。
 自分は正しき、良き皇帝になれただろうか。
 ずっと、それが知りたかった。
 もしも自分が皇帝になっていたら、自分は、夢の中の御伽噺のように、平和な、幸せな国を築けたろうか。
 皇帝ジールは微笑んだ。
「完璧な世界など、何処にもありはしないのよ」
 否定する、けれどその笑みに、迷いはない。
「……けれど、そこに少しでも近づいて行こうと、もがいて、努力して行くんだわ。
 いつも、どの時代の皇帝も」
 さあ、と皇帝ジールは促した。
「私をそろそろ還してちょうだい」
「え、でも、私」
 召喚した存在を、還す方法など解らない。
 そう言いかけたジールに、皇帝ジールは呆れる。
「まだそんなことを言っているの? 私のくせに。
 できるはずでしょう。私なのだから」
 そう言って、手を差し出す。
 その手を見て、ジールの中で、すとんと何かが降りた。
 そうだ、私にはできるはず――
 頷いて、ジールは自らも手を差し出し、彼女の手を取る。

 そして――――――



 私を捜している人がいる、と聞いたの。
 彼女は、そう言って苦笑した。
 それは私のことじゃないと解ったけど、説明が面倒くさかったからそのままにしておいたわ。
 それで、“私”を捜しているという人を捜して、此処に行き着いたと言うわけなのだけれど、私は貴方の、貴方は私の、何かの助けになれるのかしら?

 リューリクと同時に、もう一人、召喚されていたその人物は、イルヴリーヒを訪ねて、気高く微笑んだ。
 状況が解らないながらも此処を捜し当てた彼女に、状況が解らないながらも、彼は行くべき場所を正確に判断したのだった。


◇ ◇ ◇


 何とか全員が岸に戻って、彼等はそこで、解散となった。
 目的は果たした。
 聖剣は手に入れた。
 この後、帰る場所は、皆、違う。

「奪って貰わずに済んだな」
 別れ際、そう言って笑う都築に、出発前、強硬手段を使っても、という雑談を交わしたことを思い出し、リネンは肩を竦める。
「……何なら、今強奪しましょうか」
「やれやれ。
 恐い空賊に襲撃されない内に、とっとと帰ることにするか」
 手を振って、教導団生徒達と共に帰途につく都築の背中を、彼の持つ剣を、リネンはしばし、見送る。



 イルダーナは、ルーナサズに帰還後も目覚めなかった。
 だが、聖霊と共に生きて帰ってきた時点で、イルヴリーヒの心配は解消されていた。
 ルーナサズの城には、結晶、と呼ばれる、直径三メートル程の球体がある。
 それは聖霊の揺り籠とも呼ばれる、本来、ミュケナイ選帝神の死後、次の選帝神が決まるまで、聖霊が眠る場所だ。
 龍王の卵の、最も内側にあるものの一部と言われており、人の手では傷ひとつつけることが出来ないほどの強度を持つ。
 その色が変色したことによって、イルヴリーヒは聖霊の異変を感じ取った。

 結晶に触れるように寝かせて、イルダーナの回復力は増した。聖霊が徐々に回復し、力を取り戻し始めたのだ。
「聖霊が負傷するというほどの事態ですから、回復に時間はかかるでしょうが、生命の危険はありません」
 イルダーナが連れ込まれた時には、その有様に悲鳴を上げたヒルダも丈二も、イルヴリーヒの言葉に、大いに安堵したのだった。


 任務が終了した、という連絡に、テオフィロスはイルダーナの覚醒を待たずにシャンバラへ戻った。
 丈二とヒルダも、それに従って一旦帰還する。

 それに入れ替わるように、トゥレンがルーナサズに戻って来た。
 トゥレンが連れ帰った、意識のないままのトゥプシマティの肩には、子猫サイズの龍が乗っている。
 リューリクが封じられ、ナラカへ連れ戻されることになった時、ヴリドラもまた、此処にいる理由を失った。
 シボラの大穴からナラカへ戻るべく、飛び去ったヴリドラは、トゥプシマティが残ったままなのに気付いて、一体が彼女の元に残ったのだ。
 彼等はとりあえず、ルーナサズで保護、ということになった。



 ありがとう。
 都築達にそう言って別れ、そしてジールは、帝都ユグドラシルへ帰って行った。
 
 

「まあ、とりあえず解決だな?」
 うん、と新風 燕馬(にいかぜ・えんま)は伸びをひとつした。
 選帝神イルダーナは未だ目覚めていない、という話だが、弟がそれを案じていないらしく、近く目覚めるから心配ない、と言っているそうだから問題はないのだろう。
「じゃあ、ルーナサズ観光でもするか」
「おやおや」
 ザーフィアは意地悪く笑う。
「予定通りの単独行動ならやっぱり死んでた君は、これから難題『置いてきたパートナー達からの説教』が待っているのに余裕だね?」
「……助け」
「るわけないだろう、馬鹿者」
 燕馬の助けを訴える目を、ザーフィアは斬って捨てた。