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リアクション
第18章 Loreley
何故、イルダーナに同行しなかったのかと不思議に思って訊ねたブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)に、黒崎 天音(くろさき・あまね)は、
「神々の戦闘に巻き込まれたら、僕とか死ぬでしょう」
などと嘯いていたが、そうも言っていられない事態になってきたと、ローレライに赴くリアンノンに同行した。
ローレライに棲む人魚から、リューリク帝を封じる『力の指輪』を得る為だ。
ローレライは、パラミタ内海を端に、エリュシオンからシボラを経て、パラミタ大陸外に流れ落ちる大河である。
エリュシオン国内では、ミュケナイとバージェスの境に位置していた。
「綺麗なところだね」
輝く水面を見渡して、天音は言った。
「ここに人魚がいるのかい?」
ドワーフに教えられた場所は、ごつごつとした岩肌の多い川岸だった。断崖のような場所も遠くに見える。
「どうやって指輪を入手するのだ?」
ブルーズがリアンノンに問う。
「元々騙し取った物だ。奪い取ったところで、因果応報というものだろう」
つまり腕ずくでということか。
穏やかじゃないね、と天音は苦笑した。
「まずは交渉してみるよ。
元々貢がれたものなのだし、貢ぎ返して貰うのが一番いいと思うのだけれど」
“黒真珠”と呼ばれるタシガンの薔薇のホストとはいえ、一回やそこらでそこまで夢中になって貰えると思うほど、自惚れてはいないけれどね。
歌声が聞こえていた。
ドワーフに教えられた、人魚の棲処があるという場所の岸辺に辿り着く。
向こう岸までは、1キロ以上はありそうだが、川面から突き出ている岩の上に、人魚が座っていた。
人魚は歌うのをやめて、彼等を見ている。
「やあ。話を聞いてくれるかい?」
天音が声を掛けると、人魚は彼等をじっと見つめた後で、ぱしゃんと水中に消えた。
ややあって、近い場所に、水面から顔だけ出す。
「先刻の人魚と違うようだな?」
ブルーズが呟く間に、何人かの人魚が水面から顔を出した。
「本当だわ。人間よ」
「人間だわ」
「何の用かしら」
歌うような美しい声だが、刺々しい雰囲気を感じる。
歓迎はされていないようだ、と天音は感じ取った。
(ここで指輪を貢いで貰うには、こちらからその名を出さない方がいいところだけれど)
人魚達は高慢で、自分達よりも美しい者に敵愾心を抱くという。
露骨にそれが欲しいと感じ取られては、下手に回らざるを得なくなるかもしれない。
それは本意ではないが、しかし悠長にやっている余裕もないし、と天音が考えていると、リアンノンが川岸に進み出た。
「ドワーフから巻き上げた『力の指輪』を返して頂きに来た。あれはどなたの持ち物か」
あらら、と天音はリアンノンを見る。
「力の指輪?」
「力の指輪ですって?」
人魚達は口々に言い、クスクスとリアンノンに嘲笑を向けた。
「ええ。あれは私達のものよ」
「あんな醜いドワーフが持つには似つかわしくないから」
「そうよ。私達が貰ってあげたの」
「だってそうでしょう? 美しい指輪だもの、私達が持つ方が相応しいわ」
「そうよ、美しい私達が。そうでしょう?」
人魚達は、クスクス笑いながらそう問いかける。
「……どうだろうね」
天音は肩を竦めた。
「あなた、私達が美しくないとでも言うの」
「勿論、美しいと思うけど、美しいものなら他にも沢山知っているしね」
天音の言葉に、人魚達は剣呑な表情になる。
「あなた、少しくらい綺麗な容貌をしているからと、いい気にならないことね」
「そうよ。私達の方がずっと綺麗だわ」
「そんなつもりはないけれどね。
どうしたら指輪を手放してもらえるかな」
人魚達は、じっと天音を見た。
「そうね。あなたと引き換えならいいわ」
「そうね。あなたが一生私達に奉仕するのなら、考えてあげてもいいわ」
「一生なんて無理よ。この男だって、その内老いて醜くなるわ」
「それに私達の世界に入ってこれるかしら?」
クスクス、と、水の中で人魚達は笑う。一人が思い出したように言った。
「待って、私の馬鹿な末の妹が、「島」の貴族の男に恋をしてしまったのよ。
このままでは水の泡になってしまうというのに、殺せないと言うの。
代わりに、この男の血潮を浴びせたらどうかしら」
「そうね。まあ少しは綺麗な顔をしているもの、効くかもしれないわ」
ふざけるな、とブルーズは思ったが、リアンノンの声は、それよりも早かった。
「では、交渉は決裂ということだな」
奏でる音色のような人魚達のかしましい声を、しんと黙らせる凛とした声。
合図に、同行していた一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)が、よろしく、とパートナーの久我 グスタフ(くが・ぐすたふ)を促した。
――取扱説明。
――川や湖ならば、向こう岸まで声が届くボリュームで。海ならば、声が届く範囲まで。
グスタフは、大は小を兼ねる、と既にボリュームを最大に設定していた。
――利き手を高く差し向け(杖を持っていると尚良し)、
このポーズが何の意味があるのかが今ひとつ不明だが、というか恐らく「気分」というやつなのだろうと察するが、グスタフは気分満点で右手を天に差し上げる。
――語りかけるように叫ぶべし。
「川よ!!」
メガホンマイクから、グスタフの叫びが轟く。
……ゴゴゴゴ、と地鳴りのような音が響いた。
向こう岸まで、透明な何かが差し込まれたかのように、川が両断され、道が出来る。
谷底のように深い川底に、逃げ遅れた人魚達がバタバタともがいていた。
躊躇いなく、リアンノンは川底へ飛び降りる。
「……川上をせき止めるのは、解りますが」
アリーセはぽつりと呟いて、割れた川を見た。
「……川下を『せき止める』必要って無いですよね……」
水は、流れて行かずに留まっている。
何て無駄な部分に魔力が使われているのだろうと呆れた。
むき出しになった川底に、宮殿がある。人魚達の棲処だろう。
川底で動けなくなっている人魚に、リアンノンは剣を突きつけた。
「指輪の在処を教えて頂きたい。
さもなくば、あなた方の棲処を荒らすことになるが」
人魚達は憎々しげにリアンノンを睨みつける。
「少しくらい美しいからと、いい気にならないことね」
「そうよ。私達の方がずっと美しいわ」
「私達を水の中へ戻すのなら、ご褒美を考えてあげなくもないわよ」
リアンノンは溜息をつくと、人魚達をそのまま残して、宮殿の方へ向かう。
「放って行くのか?」
「死ぬことはあるまい」
川が割れている時間には制限がある。
その間に人魚達が干からびて死ぬ、という程の時間ではない。
むしろそこに時間を割いている間に、目的を果たせず制限時間が過ぎてしまうこともあるだろう。
動けないが、苦しそうではないし、とグスタフも納得して、アリーセと共に後を追った。
この分では、宮殿の中にいるだろう人魚達とも、友好的に事が進むことはなさそうだ、と思いながら、天音はそこに残った。
「生憎、君達に人生を捧げることはできないけれど、代わりに、巨人族の秘宝と交換、ということでどうかな」
天音は、遺跡で聴いた秘宝の歌を、朗々と歌う。
天音の歌は、水の壁に不思議に反響し、人魚達はその美しい歌に思わず聴き入った。
歌は、恐らく宮殿の中にまで届いているだろう。
「――どうかな。気に入って貰えたなら、詳しく教えるよ」
「ば、馬鹿にしないでちょうだい」
「そうよ、私達人魚は皆、あなたよりずっと秀でたセイレーンよ」
「その程度の歌、一度聴けば、覚えられるわ」
聞き惚れたことを誤魔化すように、矢継ぎ早に言う人魚達に、天音は微笑む。
つまりは気に入って貰えたようだ。
そして、思う。
――この先、時折でも美しい歌声を持つ人魚達がこの歌を歌ってくれるなら、世界の何処にでも在るウラノスにも届き、その心が慰められるだろうか。
やがてリアンノン達は指輪を手に戻って来たが、アリーセは、首尾を訊ねた天音に、危惧していた通り、苦笑して肩を竦めた。
ブルーズが、イルダーナにテレパシーで状況を伝える。
(今、少し良いか?)
(何だ)
と返る声は短い。
(『力の指輪』を入手した。
リューリク帝は見つかったか? 何処に向かえばいい)
(『門の遺跡』だ。急げ)
(……?)
ブルーズは首を傾げた。何事か起きている。
門の遺跡に辿り着いたという連絡の後、暫く前から、叶白竜や鬼院尋人とのテレパシーは繋がらなくなっている。
イルダーナに状況を伝えたブルーズは、リアンノン達にイルダーナの言葉を伝えた。
「リューリク帝は、『門の遺跡』に向かっているらしい。『空の遺跡』の世界樹を狙っているようだ。
イルダーナが阻止しようと追っているが、急いで欲しいと言われた」
リアンノンがすかさず踵を返す。
「すまない。先に行く」
ヒュッと合図をすると、リアンノンの黒い龍が翼を広げる。
「非常事態だ。急いで欲しい」
リアンノンの言葉に答えるように、龍は嘶き、走り寄ったリアンノンが飛び乗ると同時に空へ舞い上がる。
そして瞬く間に彼方へと飛び去って行った。
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