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序章:金ワッペン
お話を始める前に、まずは金ワッペンを手に入れた人たちの喜びの声を聞いてもらおう。
◎ 極西分校の不良グループのリーダー!
山田 武雷庵(やまだ ぶらいあん)の場合。
「え、金ワッペン? マジすげーぜ! 手に入れるのに苦労した甲斐があったってもんだ。ヒャッハー!
まず、メシが全部タダ。食堂で極上のステーキ定食を食べ放題だぁ。ついでに、購買部で備品をいくらでももらえる。種もみも取り放題だ。もう武器を持って強奪しに行く必要ないぜ。
宿舎は空調完備の綺麗な個室があてがわれ、ベッドなんかふかふかだぜ。ホテルのスイートルーム並みの待遇でご機嫌なんだ。ゴージャスな調度品の他に、コインを入れなくても映るTVもあるし、ゲーム機も揃ってる。
最新の携帯電話ももらえてよ、これがスゲーんだ。どこかの知らないババァの家に「オレオレ」って電話すれば、お金が振り込まれることもあるんだぜ。もちろん口座は架空名義だぁ!
風呂も毎日入るようになったな。お湯の代わりにお札で満たされた札風呂な。身体は全然綺麗にならねえが、心が洗われるね。サイコーだぜ。
学校行く時には黒塗りのハイヤーが待っていて乗せて行ってくれる。運転手は警棒持った屈強なポリスメンじゃなくて、蝶ネクタイした紳士でよ。何故か運転席との間に強化プラスチックの仕切りがあるんだが、ミュージックも流してくれるし、上等な時間だぜ!
もう、盗んできたバイク改造して乗り回す必要ないし、黒白ツートンカラーで屋根に赤いランプのついた車に乗ることもねえ。ちょっと寂しい限りだぜ。
学校に着いたら、可愛い子分たちがぞろぞろ寄ってくる。100人くらいいるかな。みんな道を空けてくれて、教室までボディーガードだ。
教室はオレ専用の個室でよ。参考書も問題集も揃っていて、優秀な教師がつきっきりで勉強を教えてくれるんだ。
おっと、勉強はちゃんとするようになったぜ。何しろ、決闘に勝ち残らなければならねぇからよ。
決闘の種目に勉強があるんだ。こいつでいい成績を取ると、腕力の無いモヤシみてぇなゴミヤローでも強力無比なモヒカンに勝つことができる。
オレの場合、下位ランカーが勉強での決闘で挑んできた時に返り討ちにしてやるために、勉強してるってところかな。オレみたいな不良にテストの成績で負けて惨めに去っていく連中の顔を見るのは気分がいいねぇ。
勉強の他に、体育全般に乗馬もたしなんでるんだぜ。休憩時にはオシャレなガーデンでお茶してよ、気分はすっかり上流階級だぜ。
もち、女子にもモテまくりだぁ!
髪染めてピアスしてタバコ吸ってるヤンキー女やレディースみたいなのが一杯寄ってくるからより取りみどりだな。
お嬢様? んなもんがパラ実にいるわけねえだろ。キャバ嬢みたいなのばっかだが、女子力は高くてキラキラしてやがる。揉みまくり触りまくりよ!
毎日お持ち帰りで、乾く暇もねぇってか! モテる男はつらいねぇ!
いやぁ、金ワッペン手に入れてよかったぜ!」
◎ 極西分校の“永遠の魔法使い”!
ハリー・ボッテーの場合。
「俺は、金ワッペンを手に入れるまではいじめられっこだったんだ。
名前が、なんか有名な眼鏡かけた少年魔法使いに似てるだろ。本当は、向こうが俺の名前をパクりやがったんだ。きっとそうだ。
さらには『ハリボテ野郎』なんて呼ばれてよ。散々だったぜ。何をやってもダメな日が続いていたんだ。
それが、今はどうだ。
パチンコやスロットじゃ毎日大当たり。競馬に競輪も絶好調。道を歩けばお金を拾うことも結構あるし、森の中に捨ててあった大金の入ったバッグだって見つけたんだぜ。
道を歩いていたら女子に声かけられるし、有名人に間違えられる事だってあるんだぜ!
全部金ワッペンのおかげさ。
ついでに、分校の傍にコンビニ建ててさ。
ほら、パンやジュースやタバコを買いにパシらされた時にだって、傍にコンビニがあると便利だろ。漫画週刊誌だって盗んできた奴を仲間たちと奪い合いする必要ないし、いつだって立ち読みできるからな。
唯一の悩みのコンビニ強盗だって、金ワッペンの力で警備員雇ってさ。
いや、それ以上に頼りになるボディーガードも仲間にできるからな。これで安心して校内を歩けるってもんだ。
俺、魔法使いだからさ。修行は怠らないんだ。
とうとう“エターナルフォースブリザード”が打てるようになったぜ。これも金ワッペンのおかげだな!
賢者の石だって手に入れたぜ。みんなはニセモノだって言ってるけど、そんなもの持ってない奴の妬みにすぎない。本物の賢者の石なんだって、いや本当!
あ、俺これから魔王を倒しに行かないといけないから、忙しいんだ。勇者と僧侶と戦士も見つかったし、インタビューは世界に平和が訪れてからにしてくれるかな。
ドラゴンを倒してお姫様を抱きかかえたまま宿屋に泊まるんだ。それで「昨夜はお楽しみでしたね」って言われるのが昔からの夢だったからさ。
これから大冒険が待ってるんだぜ。
ちょっとドージェでも倒してみるかな!
いや、本当に、金ワッペン最高!」
◎ 極西分校の“最高美”を誇るクイーン!
モナー・オバサンジョの場合。
「誰がオバサンよ!? オバサンジョよ!
お〜っほっほ! お〜っほっほっほ!
お〜っほっほ! お〜っほっほっほ!
お〜っほっほ! お〜っほっほっほ!
中略。面倒くさいので割愛させてもらった。
金ワッペンは最高よ! 美しい私のためにあるのね!」
以上。
ここに紹介した三名が、現在金ワッペン保有者である。
三名も居ると思うか、三名しか居ないと思うか、それは人それぞれだが、分校内では並々ならぬ強運と勢力の持ち主たちである。
教師たちより偉いといわれる金ワッペン保有者。みなの憧れの的である。その存在は王と呼ばれるにふさわしい。
あなたも一度目指してみてはいかがだろうか。
○
「……というような、バカそうな連中を目指しているというのか、俺の父は?」
その日、話を聞いたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は小さく溜息をついた。
波羅密多実業高等学校極西分校に行ったまま戻ってこなくなった吉井 ゲルバッキー(よしい・げるばっきー)とその飼い主(?)の吉井 真理子(よしい・まりこ)の消息を探っていたダリルは、比較的たやすく彼らの居場所を突き止めていた。
まあ、契約者なら【テレパシー】のスキルを使えば、どこにいるかわからない者とも会話ができる。詳しく聞き出せばいいだけのことなのだ。
「すまない。そもそもその状況そのものが把握し切れていないのだが」
明晰で冷静沈着なダリルが珍しく困った声を出す。
「要するに。俺の父は、極西分校で今流行っているワッペン取りのゲームにハマっていて、帰ってこなくなったと、そういうわけなんだな? いや、父がそう言ったなら俺も何とか理解するが、何をやっているんだ?」
【ゲルバッキーの息子】のダリルは、父であるゲルバッキーの奇行を心底案じているようだった。
ゲルバッキーにはできるだけ好きなようにやらせてあげたい。それが過去の傷を癒すことになるなら、ダリルは受け入れるつもりだった。だが、よくわからないおかしなイベントに熱中してそれ以来姿を見せないというのもどうだろう。
「いずれにしろ、パートナーである真理子を放っておいて、その金ワッペンとやらを取りに行っているというのはいただけないな」
≪ まあ、私のほうは劣悪環境での生活は平気なんだけどね。トラベラーだし、野宿とか余裕だから ≫
ダリルがテレパシーで話している相手は、真理子だった。突然連絡が途絶えたので心配して呼びかけたのだが、案外元気そうな声が返ってきていた。
「吉井さん、どうだって?」
傍でルカルカ・ルー(るかるか・るー)が聞いてくる。彼女の頼みで話を聞いていたのだが、ダリルもいまいち良くわからない口調で答えた。
「俺の父が額に黒ワッペンを貼り付けてゲームにハマり、真理子は地下の教室にいるらしい」
「はぁ?」
「新しく赴任してきた特命教師とかいう連中に地下教室に連れて行かれたらしいが、生徒たちと一緒に、近いうちに脱獄する予定と言っている」
「ごめん。何を言っているか全然わからないんだけど」
まあいいか、とルカルカは思った。
とにかく、分校で何かの事件に巻き込まれたのは確かなようだ。伝聞であれこれ議論するよりも、現地に行ってみるのが一番早い。
「じゃ、私たちも行ってみよっか。その分校へ。真実は調べてみるわ」
ルカルカはさっそく行動に移すことにした。
「俺は……」
どうしようか、とダリルは口ごもる。
「ゲルバッキーが心配なんでしょ。お父さんがゲームにハマってたら大変じゃない。行って助けてあげてね」
「別に、心配というわけでは……。第一、父とていい大人。息子の俺が行動をとやかく言う筋合いは」
ぶつぶついい始めたダリルに、ルカルカは微笑む。
「はいはい、わかったから準備しようね」
「う」
なんだか、そんなやり取りがあって、ルカルカたちは出発する。
収穫祭が行われるというパラ実の極西分校へ。
一体何が始まるのだろうか。
今回は、そんなお話。
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