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【真相に至る深層】第一話 過去からの呼び声

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【真相に至る深層】第一話 過去からの呼び声

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2:歩みを進めるための一幕


 皆が視線を向けるのを待って、氏無は軽く姿勢と語調を変えて一同へと口を開いた。
「スカーレッド大尉の報告によれば、ボクらの入ってきた浮上部分は特に閉鎖されてないようだ」
「神殿からの退避には今の所問題無いと言うことですわね」
 沙 鈴(しゃ・りん)が確認するように言い、脱出経路のひとつとしてデータに起こしたが、ただし今の所は、であることは皆判っている。頷いた氏無の視線を受けて、続けて口を開いたのはツライッツだ。
「内部は通信機が利用可能なようです。ただ、内部から外部への通信は、辛うじて有線のみ繋がりましたが、かなり不安定です。これはこの遺跡――神殿を覆っているドーム状の結界のようなものの影響かと思われます」
 そしてその結界のような空気の層は、今は神殿だけではなく街へも広がっていると言う。
「一番不安なのは、再び遺跡ごと水没しないか、という事ですわ」
 鈴が不安そうに口を開いた。浮上してきた遺跡である。当然その逆が起こる可能性は無いとは言えない。
「その場合、どこから逃げればよいのか……」
「最悪となれば「泳いで逃げる」しかなさそうだね」
 と言って向けた視線の先では綺羅 瑠璃(きら・るー)の進言もあって用意された水中装備の一式だ。
「数はあるし、調査団の方は独自に手段があるようだから今回は数に含めてないけど、あー……ええと」
「避難経路は、順次確認しつつ、ご報告いたしますが、万が一と言うこともあります」
 妙な所で言葉が切れた氏無に代わって、鈴は後を引き取り、更に瑠璃が続ける。
「帰還が間に合わない可能性を考慮し、邪魔にならない程度で構いませんので、一応移動時に携帯をお願いします」
 その言葉に頷き、その場にいない者には通信機を通して連絡を入れる等して秦 良玉(しん・りょうぎょく)と瑠璃が忙しなく動く中、鈴は僅かに眉を寄せて氏無を伺った。
「氏無大尉、何か集中し切れていないように見えますけど?」
「……少しね。夢見が悪いのは、エリュシオン側だけじゃないってことかな」
 常の飄々さ加減にも力が無く、素直に頷いた氏無は、振り払うように頭を揺すった。
「…………ここに来てからどうもねぇ」
 無理矢理情報を捻じ込まれているようで、気分が悪い、と珍しく悪態のように呟くと、気を取り直すように顔をぱしと叩いて、説明を続ける。
「遺跡各所で発見された半魚人が何故神殿に入って来ないのか解らない以上はここも安全とは言えない。ディミトリアスくんに接触する「何か」が危険だと判断したら即時――年の若い者から優先に学生は全員撤退。調査内容や手段についてはキミらに任せるが、撤退の合図には必ず従ってもらう」
 いつになく強いその視線に、分かりました、とルカルカ・ルー(るかるか・るー)が頷いた。
「氏無大尉も、異変があったら私達は数に居れずに一旦離れてください」
 私はダリルがいるから大丈夫、と続けるルカルカに続いて、ニキータも頷いた。
「あたしの事は学生に数えないでちょうだい。こう見えても殿を務める覚悟くらいはいつだってあるんだから」
 だがそんな二人の言葉に、氏無は「許可出来ない」と短く首を振った。
「言った筈だよ。学生は全員撤退、合図には従って貰う。ただ……そうだね、教導団員は「他校生徒」を護衛しつつ撤退するように」
「……生徒だけ、と?」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が言葉のニュアンスに気付いて確認を取るように言えば「そう言ったよ」と氏無が事も無げに言うのに、皆が顔色を変えた。
「ディミトリアスさんや……調査団の人たちを残すんですか」
 ルカルカの咎めるような声にも氏無はにこりともせずに「それが仕事だからね」と返した。
「ここは帝国領なんだよ。本当は合同調査だったとこを、信用によって他国であるシャンバラ教導団の警備のみと言う態勢での調査が許可された。建て前はとは言えね。ボクらにはその信用を踏み倒す訳にはいかないんだよ」
 そう言って、視線を軽く向けた先ではクローディスも苦笑がちながら頷いて同意していることを示した。恐らく最初から、氏無、スカーレッド共に何かあれば残ることは決まっていたのだろう。
「最低でも最悪を回避する必要性があるのさ」
 それが何を意味するか、解らない者はいない。反論、異論を今にも口にしそうな緊迫した契約者達に、氏無は今までの態度をがらっと捨てて、のんびりした笑みで困ったように肩を竦めた。
「まぁそんな顔しなさんな。まだそうなるって決まったわけじゃあないんだよ? そうさせないのが、ボクやキミらのお仕事でしょ?」
 笑う声に漸く我に返った一同が息をつくと、頷いて応えた。 気を取り直し、説明を受け持ったのはツライッツだ。
「現在廃墟となっている市街部分ですが、基本的情報はご存知の通りと思いますので省きます」
 そう言ってプロジェクターのようなものに映し出されたのは、帝国を中心に描かれた大陸地図と、方角と十字路、二本の塔の位置が記された遺跡の簡単な見取り図だ。
「こちらは情報入り次第追記していきますが、現在問題なのはこの遺跡の位置で、ペルム領海内の龍脈の直上に当たり、場合影響は内海を伝播して臨海地域に波及する危険が推測されます」
 言って、ほぼ白紙の地図に手を当てると、説明は続く。
「我々調査団は地上の通信班と中央と東西南北の六組に分かれて調査を行います。戦闘面ではご負担をお掛けしますが、調査の方のサポートは任せて下さい」
「戦闘と言えば、気になるのは半魚人たちの動向ですね」
 そう言って頭を下げるツライッツに、口を開いたのは源 鉄心(みなもと・てっしん)だ。
「当時、何故都市を攻撃していたか、そして何故神殿中心部には近づこうとしないのかが気になります」
 槍を使うだけの知能と文化にしてもそうだが、龍に守護された都市にわざわざ戦いを挑むからには、それなりに戦争可能な規模の勢力――或いは、その背後に何かがあるのではないかと疑っているのだ。
「都市が滅びた理由も、現在出現している半魚人程度が為したとは考え難い」
「ふうん?」
 リナリエッタはその言葉に興味深そうに目を細めた。
「それじゃあ、ただ倒しちゃうんじゃなくて、できるだけ情報を取るのを優先した方がよさそうねー」
「そうですね」
 リナリエッタの言葉に鉄心も頷いた。
「勿論、襲ってくるわけですから戦闘は避けられないとは思いますが、殺さないですむなら越したことはないかと」
 その言葉に一同が一旦とりあえずでも頷くと、鈴が発言を引き取った。
「それと、全員の位置と安全の確保のため、定時連絡をお願いたしますわ」
「お貸ししました通信機は、発信機の代用にもなります。ハデスさんについては……」
 ツライッツが補足したが、通信機を渡した美羽は兎も角、ハデスはさっさと出て行ってしまったのだ。言いかけた言葉を「それはこっちで」と理王が引き取った。
「幸い遮蔽物も余りないから、ピーピングビーに追わせるよ」
「お願いします」
 頭を下げたツライッツは、そのまま視線を氏無へ戻してから、教導団の面々へと向けた。
「情報の集約地点は安全性から神殿に設定しますので、此方に残られる方は宜しくお願いします」
 その言葉に残留組の権限順に、白竜、理王、鈴が頷いたのを見届けると、それぞれが分担を地図へ書き込んで、さて散開、というタイミングで「ところで」とニキータが手を上げて、クローディスの方を振り返った。
「念の為聞いておくけど、最後の手段って、何かしら?」
「一つは、この腕だな」
 そう言ってクローディスは自身の左腕をひらりと翳した。
「特製の義手だ。一回しか使えないが、ディミトリアスがこれ以上魔力をかけないなら、多分何とか砕ける」
 いざとなればそれで脱出してディミトリアスから距離を取るつもりでいるようだ。ただ神経に繋がっていること、破壊対象が堅いほど反動等は大きいらしいとのことで、使用にはリスクが高そうだ。
「もう一つは……これは本当に最後の手だが、ディミトリアスの魂だけを、もう一度ディバイスに移す」
 タマーラが僅かに顔色を変えたのに、クローディスも厳しい表情だ。
「このまま浸食を許せば、肉体のないディミトリアスの魂は喰われてしてしまう。身体を異変の主にくれてやることになるが、ディミトリアスの魔力まで与えるのは不味い。何より、死より最悪な結果はない」
「後は低い可能性だが、接続起点であるディミトリアスを失えば、影響が緩むかもしれないしな」
「今度はディバイスが狙われるかもしれないじゃない?」
 咎めると言うより確認という口調に、クローディスは頷いて仲間達を示した。
「不意を突かれなければ、うちのコンナンドとフェビンナーレでディバイスひとりなら結界に隠すことは出来る」
 そう言って、少々厳つい顔をした大柄の男性と、ショートヘアの溌剌とした女性とを示してうちの団員は優秀だぞ、と少し笑って、あくまでも最悪の場合だと付け足した。
「ディミトリアスの身体をくれてやるのも、ディバイスに負担をかけるのも本意じゃない。頼る側の言葉じゃないのを承知で言うが、出来れば避けれる道を探してくれ」
 頷く一同の緊迫した顔に「だ、大丈夫ッスよ」と一番大丈夫でなさそうなチェイニが震えがちに声を上げた。
「こんくらいのピンチは良くあることッスよ。だから今回だって……」
「そうそう、何とかなるわよきっとね。ツライッツさんの目も赤くなって無いから、大丈夫よ」
 途切れかけた言葉を拾ったのは、先程フェビンナーレと呼ばれていた女性だ。赤い目、というのはツライッツの危険信号か何かだろうか、と皆が首を傾げる中、今度は、コンナンドと呼ばれた男性が肩を竦めた。
「そんなんなったら、誰よりツライッツさんの恋人さんが黙ってないっしょ、あのパツキンのイケメンさん……」
「その話は今いいでしょう」
 ツライッツがこほん、と咳き込んだが、フェビンナーレは調子付いて尚も続ける。
「大体ヤバいって言うならねぇ? もっとヤバいことあったわよ昔、ほら」
 話を振られて、今度はコンナンドが得たりと頷く。
「そうそう、触手型のモンスターの巣に嵌っちまってさ、リーダーなんか霰もない格好を強いられてオレらは目のやり場」
「お前達ッ」
 クローディスが殺気立ったような険しい顔で遮った。
「無駄口叩いてる場合か。給料減らされたくなかったらさっさと仕事にかからんかッ!」
 怒号に身を竦め、「へい了解」と声を揃えてばらばらと散った調査団の面々に、なんだか色々とんでもないことを聞いたような気がして、一同が軽く呆気に取られていると、ツライッツが小さく笑った。
「……と、言うわけですから」
 余り心配するな、とクローディスも笑ったのに、白竜が頷いて「此方も調査を開始しましょう」と契約者達を促した。それぞれが打ち合わせの通りに支度と共に分かれていくのを見やりながら、何かの懸念があるのかその場に残る氏無が
「くれぐれも無理しないでおくれよ」
「わかってるわ」
 そんな言葉背中に、チェイニへ向けて投げキッスを送ってニキータは心配するなとばかり笑い、ルカルカはダリルを連れて元気に手を振って見せた。

「行って来ます!」


 そうして、契約者達が各々の申告した調査場所へと向かい、自身もツライッツや団員達から一通りの調査手順の確認を済ませた後、人気を失った一角で白竜は思わず石柱に拳を叩き付けた。鈍い音がし、手袋に薄く血が滲むが、痛みより苦い物がじりじりと迫る。打ち合わせの間も笑っていたツライッツの手は、自身の腕を握ったまま固まっていた。恐らく、考えていたのは同じことだ。
(最後の手段、それすら間に合わなければどうなる?)
 内心の呟きを、白竜は首を振って打ち消した。危惧するよりも先に、やらなければならないことがある。
「こんな所にいたのか」
 そんな背中に声をかけたのは羅儀だ。急に姿が見えなくなったので探していたのだが、その手に滲んだ赤に察して追及を避けると、機材のチェック終わったぞ、とだけ告げて肩を叩いた。そのままクローディスの警備に戻るため踵を返した羅儀の後を追いながら、白竜は自らに言い聞かせるように呟いた。

「考えろ……目を凝らせ、耳を済ませろ。小さなことでも見落とす事がないように」