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【真相に至る深層】第二話 過去からの螺旋

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【真相に至る深層】第二話 過去からの螺旋

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6:過去から手繰り寄せて



 不思議な陰影を地面へ落とす水面と、人の気配の一切を失った建造物。
 過去の名残の殆どが復元されたと思しき、一万年も古くに滅んだ海中都市ポセイドン。
 その中央神殿で、燕馬は急いでいた。
 フレアライダーに乗り、調査の結果で作られた地図と、脳裏に鮮やかに浮かび上がった光景をと結びながら、最優先で飛び込んだのは、神殿の心臓部とも言える部屋だった。
 一見すると、神殿を支える骨格のように幾つもの柱が並び、その隙間で規則的に石碑等の並ぶその部屋は、礼拝堂のようにも、物置のようにも見えた。だがよく見れば、それらの一つ一つには細かな紋様が刻まれており、更には床まで伝って複雑な模様を描いている。それは不思議と部屋全体を巨大なコンピュータ回路のように思わせた。
「ここが……神殿の機能を司ってる場所か」
 呟いて、燕馬は誘われるように目に留まった石盤へと手を伸ばした。指先がするりとその表面をなぞり、そんな自分の行動に違和感を覚えるより早く、直感的に其れが探していた「巫女の歌を増幅させる石盤」であり、自分ではない誰かの記憶が「問題ない」と理解させた。
「石盤の位置を確認した。どうやら動きそうだし、使い方も“判る”。必要なら合図をくれ」
『了解……他には?』
 通信に応える北都に、燕馬は周囲を見回した。
「”龍の心臓に力を送り込む機能”も……この部屋に備わってる機能らしいが、多分神殿単品じゃ発動しない仕組みになってるな。どういう力を送り込むのか、によっても操作方法は違うようだ」
『……単品では発動しない、ってことは……もしかしたら、二つの塔の機能が関係あるのかな』
「恐らくな」
 お互いに推測の段階ではあったが、都市の構造や成り立ち、そして資料室で発見された“右手には熱き生を掲げ、左手には冷徹なる死を携える。彼の神殿とは即ち心殿である”という一文からも、それらが繋がっている
のは間違いなさそうだ。
「蒼族は倒すために、紅族は縛るために……その機能を使おうとした、と考えた方が良さそうだ」
『でも、じゃあ……黄族は?』
 通信機越しに北都が首を傾げる気配がしたが、燕馬はどくりと心臓が嫌な音を立てたのに、胸を軽く抑えて顔を潜めた。その感覚は自分のものではなく、ならば『誰』のものかは明らかだ。だが、夢での記憶が完全ではないからか、その理由が判らない。首を振って、今分かっている事だけで推論を立てていく。
「黄族は……どちらかといえば消極的な立場だった、ように感じる。もしかしたら、建造の段階で他の貴族と足並みを揃えるしか、なかったのかもな。夢の中の記憶でも、禁術に近い扱いだったようだから」
 とは言いながら、夢で幾つかの記憶を垣間見た燕馬の声は歯切れが悪かった。実際に黄族にとっての扱いはそうだったのだろうが、そこには決断しきれないで、二つの結末のための舞台を維持し続けてきた側面もあったのではないか、と思うのだ。どちらかの想いが果たされることを、心のどこかで望んでいたのは、黄族の方だったのかもしれない。そんなことを思いながら、燕馬は頭を振って思考を切り替えた。
「兎も角、この部屋に接続されている最後の機能も気になる」
 このまま、最上階の調査へ向かう、という燕馬の言葉に、北都が『判った』と短く応じて、今度はもう一人――その部屋に関するだろう場所へ向かった相手へと、通信を繋げた。

『そっちは? 蒼の塔は――起動できそうかな』




「……って、北都から通信が着てるけど、どう?」
 コハクの言葉に、パチリと瞼を開いた美羽は、辛さを押し殺したような顔で、台座をそっと撫でた。
「うん……使えると思う」
 夢の中での自分が塔の使い方を知っていたようで、確かに自分もその塔の機能を使うことが出来そうだ、と応じたが、念のためにとサイコメトリでその確認をしてみたところ、同時に流れ込んできたものに、じくじくと胸を苛むものが、その表情を曇らせていた。
 正確な記憶や映像が見れたわけではないし、はっきりとした思念が残っていたわけではない。そこは流石に一万年と言う長い年月が、磨耗させてしまったのだろう。だが、特に強く大きな想い――一人は孤独と閉塞感、けれど抗って前へ進もうとした願い。そして一人は、焦燥と執念、押し潰そうとするものから逃れようと足掻いたが故の執着。それがそれぞれ、誰の者かを悟って、美羽は、いや、美羽に記憶を伝えた誰かの感情が心を痛めているようだった。
(間に……あわなかったんだ。あの人は)
 確信が胸を突く。けれど、何がそんなに痛いのか判らないもどかしさに、美羽は胸を押さえた。
 そんな美羽の横顔を心配そうに見やりながらも、塔の機能――「楔」と「解放」について通信機の向こう側へと説明する邪魔にならないようにと、コハクはしゃがみこんで、足元に転がっていた武器たちに触れた。本来なら兵舎にあったであろう武器がここにあるというのが不思議で、コハクもまたサイコメトリで情報に触れようとしたのだが、その瞬間、びくりとその肩が強張る。台座に残っていたのと違い、殆ど擦り切れて読み取り辛いそのイメージは「死」を間際にした者の叫びだ。強い混乱と、死への恐怖、或いは決意、そして諦念……蒼族たちの残した思いの欠片にコハクが眉根を寄せていると、通信を終えたのだろう、今度は美羽の方が心配そうに子アクを見ていた。
「大丈夫? 顔色悪いよ」
「ちょっと、あてられちゃったのかも」
 そう言ってコハクは首を振って膝を伸ばし、姿勢を正すと何とも言えない顔で転がる武器たちを見下ろした。
「何があったのかまでは見えなかったけど……無念、だったんだろうね」
 残されていた思いは様々だが、その中で最も色濃かったのは、握った剣が何も出来なかったことへ対するものだ。滅びに抗おうとしたのか、それとも守りたい何かのためか、自身の命への執着か。
 その果たせなかった思いが迫ってくるようで、ぎゅっと拳を握り締めた美羽に、コハクは転がった武器の中から、一振りの大剣を拾って、その柄を差し出した。
「この剣の持ち主は、最後まで諦めたくないって、思ってたみたいだ」
 その言葉に、美羽は自分の考えていることをコハクが悟ってくれたのだと察して頷くと、その剣を受け取った。手に馴染む重さに目を細めながら、美羽は決意を込めて呟いた。

「その想い……私がきっと、繋いでみせる」




 一方その頃。
 丈二に送り出された後、ブラックコートと光学迷彩で気配と姿を完全に消した上で、半魚人達との積極を避けつつ、ポセイドンの西側、蒼族が治めていたという区画に入り込んだマーツェカは、その中でも最も大きな邸宅の前にたどり着いていた。
 ほぼ完全に復活を遂げた屋敷は、持ち主の性格によるものか、貴族のそれと言うより要塞のような威圧感がある。だがここ柄至る道すがら感じていた奇妙な懐かしさが、その佇まいを目にした瞬間に胸に迫ってくるのを感じて、マーツェカは眉を寄せた。
(この懐かしさは我のものではない。あるはずがない) つまりこれは、夢を見せてくる存在の持つ郷愁だ。
 マーツェカは苛立たしげに頭をかきながらも、ここにこそ求める物が有るはずと足を踏み入れた。
「薄気味悪ィ屋敷だ」
 かつて生活のあったと分かる空間に、人間だけがいない。灯りがない薄暗い屋敷の中を、勝手知ったると歩き回ったマーツェカは違和感に首を捻った。突然滅んだらしい都市だと言うから、死を間際にした人間の痕跡が壁にでも残されているのではないかと思ったが、再現された時期が違うのかと思うほど、荒れた風にない。
「閑散としてやがんな。夢の通りなら、この辺りは確か戦士共が詰めてて、武器なんかがやたらと掛かって……」
 言い掛けた所で、マーツェカははっと表情を変え、殆ど無意識でひとつの部屋まで駆け込んだ。豪奢な寝台と、堅実さの滲む調度品。屋敷の主の部屋だ。
「やっぱり、具足がねぇ……戦争の真似事でもしやがったな」
 蒼族の戦士は基本的に藍色の騎士団に所属し、蒼の塔がその拠点だったと、調査の結果で分かっている。一族の長やその近衛が戦場に出ることは無い。本来であれば、だ。
「ってぇことは滅んだのは戦が原因か?」
 一瞬そんな考えがよぎったが、それにしては都市は人間同士が争ったような跡がない。首を傾げたマーツェカは、視界の端にそれを捉えた。
「何だありゃ、日記、か?」
 何の気なしにそれを捲ったマーツェカは、そこに記された屋敷の主のものと思しき記述……紅族の動きと、それを警戒した動き、とりわけ先を越されることを恐れた風な記録の後に続いた一文にやっぱりか、と眉を寄せた。そこにはこうある。
”紅族は剣の鞘の抜き方を知った。最早一刻の猶予もない――……”
 筆致に焦りと執念を感じる。そしてその上に、誰のものか判らない乱暴に書き殴られたような文字達が、何よりその結末を示していた。そこには「赤は謀の色」と苦さの滲むような、掠れて乱れた一文が綴られている。

「“破滅の蛇に呪いあれ”……か、物騒だな」

 そこに、この都市に刻まれた苦く恐ろしい何かの影を見たような気がして、マーツェカは我知らず自身の腕をさすったのだった。