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【真相に至る深層】第二話 過去からの螺旋

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【真相に至る深層】第二話 過去からの螺旋

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7:都市を覆うもの



 美羽やマーツェカ達が、西区画を調べていたのと同じ頃の、神殿。
 その最上階で、シリウス、サビク、そしてリリと燕馬が顔をあわせていた。

「これが最上階の魔法陣なのか?」
「ああ」
 リリが訊ねると、先だっての調査の折にそれを発見したシリウスが頷いたが、ほんの少しの違和感を覚えてもいた。発見したその時よりも、魔法陣の輪郭が随分と濃くなっているように感じられたからだ。それが都市がほぼ完全に復活したからなのか、それとも別の何かに反応しているのかは不明だが、リリは恐れ気無くその魔法陣に指先を這わせると、ふむ、と首を捻った。
「これは……古代語か。ディミトリアスのいた遺跡のものと、良く似ているのだよ」
 つまりはディミトリアスの使う術式と系統は同じなのだろうが、問題はその文字を読める人材が今この場にいない、ということだ。ディミトリアスとクローディスは動けないし、アニューリスとアルケリウスを此処へこさせるのはリスクが高い。かといって調査団のなかで他に誰が読めるのか、確認をしている時間も惜しい。溜息を吐き出して「仕方ない」とリリは肩を竦めた。
「魔法は魔法なのだ。現代魔術でも、ある程度陣の書き換えはできるはず……」
「いや、直接弄るのは止めておいたほうがいいだろうな」
 止めたのはシリウスだ。どういうことかと問いかけようとしたリリが振り返った先では、シリウスの手にしていた槍が、淡い燐光を纏わせていた。元の持ち主の思いを知るために武器との同調を深めた所、魔法陣に触れさせたその切っ先から、幾らか情報が伝わってきたらしい。
「確かに、こいつはこの都市が復活したことに、関係してるでかい魔術の中心みたいだ。ディミトリアスの魔法陣とも繋がってるっぽいけど、だからこそ、動かすのは不味い」
 陣の状態そのものを書き換えることで、何が起こるか判らない。その言葉に、ふむと難しい顔をすると、ならばとばかりにその陣の更に外側に、さらさらと何かを書き足した。
「ちょっと……!」
 サビクが顔色を僅かに変えたが「陣自体に手は加えていないのだよ」とリリは落ち着いた顔だ。
「この魔法陣を通じて、龍脈の力が流れ込みやすくしてみたのだ。これで――……」
 その言葉を言い終えるより早く、リリの書き足した所から、魔法陣へと淡い光がつながり、それは水が水路を流れるようにして床の隙間を通り、柱を伝って更に下へ。そして、ディミトリアスの氷の結界がその淡い光によってより強度を増した後も、その光は止まらず石畳の紋様まで到達した。その途端、都市中をまるで網目のような光が一瞬走った。直ぐに光はなくなったが、その光景に一同は軽く息を飲んだ。シリウスと燕馬が、自分以外の何かもまたその光景に心臓を鳴らす。そんな中でリリだけがふむ、と首を傾げた。
「都市そのものが魔法陣なのか……その集約がこの神殿、そしてこの魔法陣と、一階の魔法陣ということか……いや、巨大な封印装置か? こんなもので一体何を……いや、まてよ」
 呟きながら、ふと脳裏に浮かんだ考えに、リリは眉を寄せた。伝承をそのまま信じるとするならば、ポセイドンとトリアイナは海底に邪龍を封じた、とある。都市名からして下に眠っているのはポセイドンと思い込んでいたのだが、この封印装置が都市に何かを封じるためのものならば、そこにいるのは龍ではない可能性があるのではないだろうか。
 その指摘に、シリウスは眉を潜めたが「それを考えるのは、まだ後だ」と燕馬が首を振った。リリが魔法陣を見ている間に、こちらもまた調べたらしく、龍の心臓に力を送るその機能の根幹は、どうやらここだと突きとめ、燕馬は目を細めた。起動そのものは先程の石盤の部屋でなくとも、そこに繋がってさえいれば発動が可能である、という知識も脳へ流れ込んできて、
「兎も角…………こちらは、使えそうなものはとりあえず、調べ終わった。後は――頼んだぞ」




「―――……!」

 その効果は、絶大と言ってよかった。
 北都の合図によって燕馬が起動した神殿の機能――眠りの歌へ特化させて起動されたその増幅機能は、大聖堂をまるで神々が降誕したかのような荘厳な空気で満たすと、歌菜たちの歌が輪唱のように響いては重なり、三人で歌っているとはとても思えないような幾重もの歌声の層を作り出した。
 光のカーテンが揺れるように、音の洪水が溢れ出す。何も無ければ、そのまま身を預けてしまいたくなるようなその調べ。海中にあっては忘れられていたであろう、地上のあらゆる美しいものが謳われた賛美歌であり、あらゆる優しいものを想って詠われた子守唄だ。
 それが大聖堂をまさにその名に相応しくしている中で、ディミトリアスに纏わりついていた黒い影がじわじわと薄れ、代わりにその顔に血の気が戻ってくる。改めて錫杖を握りなおしたディミトリアスは、その歌の旋律と歌詞に併せるように古い言葉を紡ぎ、リリが強化を促した結界の更に内側に術を重ねていく。
 そうして、見た目にもディミトリアスとその接触する「何か」とが拮抗ないしは押さえ込んでいると判るほど、事態が好転し始めているのが感じられた。

 だが、その時――……

「クローディスさんッ!?」

 ツライッツの不吉な叫びが、木霊した。