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【真相に至る深層】第四話 過去からの終焉

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【真相に至る深層】第四話 過去からの終焉

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【過去からの導 繋がる時】


 
 ――時間は、神殿が緊急事態に陥るより、僅かに遡ること数分前。
 
 邪龍の復活の直後に、呼んだヴァンドールへ跨って神殿の上階層へと飛び込んだリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)ララ・サーズデイ(らら・さーずでい)は、その膨大な書庫の中から龍と剣と花の紋章がある手描きの書物を発見していた。
「これは……オーレリア様の手記か」
 ぱらぱらと頁をめくって呟いたララに、リリはその中を覗き込んだが、古代文字で書かれたそれは生憎とリリにはさっぱり読めないものだった。ディミトリアス達であれば恐らく読めたのだろうが、わざわざ解読してもらいに行くには時間が無い、と半ば諦めかけたリリだったが、ララが随分熱心にそれを眺めているのに首をかしげた。
「どうしたのだ?」
「いや……書いてあることは読めるんだが、意味が」
 どうやら、過去の魂が触れていることで、当時の文字を「彼女」が読んでいるようだ。だが騎士であった「彼女」には、文字こそ読めはすれ、その一つ一つの単語や文章が難解で読み解きづらいらしい。
「判る範囲でいいのだ。何と書いてあるのだ?」
「危険……秘中の秘……? どうも、塔に関わる秘密について、調べておられたようだな」
 恐らくその当時の記録だろう。この場所に残されていたのは、木を隠すなら森の中という発想であったのか、それとも神殿を統括するティーズへの信頼であったのかは判らない。
 兎も角、リリに言われてその書物を読み解いたところ判ったのは、龍を縛り付けることを目的に動いていた紅族らしい、紅の塔建設に纏わる術の一端であることだ。
 『龍の軛』と呼ばれるその機能は、心臓を縛るために龍を弱体化させる方法として編み出されたもののようで、簡単に言えば二つの塔の中心部、台座に繋がっている所謂「心柱」を落として直接その肉体を内側から傷つけるという方法だ。残酷ではあるが、オーレリアらしい現実的な手ではある。
「……ただ、魔力の捻出が難しいために諦めたようだ」
 両の腕を貫いたとしても、相手は都市ひとつを背中に維持するような強大な相手である。決定的なダメージを与えるには相当な魔力が必要となるが、そんなものを用意していればいかに人間に興味を持たない龍であっても勘付いてしまっただろう。故に、邪龍に蝕まれたオーレリアも、非常に回りくどい手を使って事に及んだのだ。
「だが……今はポセイダヌスも弱っている。一撃を喰らっても致命傷だろうな」
 ララの言葉に、リリは頷いた。
「今なら、魔力の方はアニューリスという当てがあることだし……」
 もし邪龍が勝利するなどして、再びポセイダヌスの体が奪われるようなことになれば、これを使えば再び追い出すことが出来るはずだ。と。
『や、止めてあげてください……っ』
 リリが黒い声で漏らしたところで、あわあわと声をはさんだのは、海上でアニューリス・ルレンシア達と一緒に待機していたユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)だ。
『今はポセイダヌスさんと、ディミトリアスさんは繋がってるんです。そんなことをしたらディミトリアスさんが死んでしまうのです!』
 泣きそうな声のユリに、アニューリスはほんの少し苦笑を浮かべると、その肩を柔らかに叩いた。
『もし…………本当に、最悪の場合は私の力をお貸ししましょう。あれも、覚悟は出来ている筈ですから』
『でもっ』
 言い募ろうとしたユリを制して、アニューリスは続ける。
『ディミトリアスは易々と死ぬような男ではありません。ただ……問題なのは、ポセイダヌスの方です』
 ララが言った通り、今のポセイダヌスでは、ただの一撃でもその機能を使われれば命に関わる。ディミトリアス自身は「普段であれば」それでも耐えただろうが、クローディスを助けることにすら手の回らないほど消耗している今の彼では、恐らく共に滅んでしまう可能性がある。
 そしてそれは同時に、この都市そのものが崩壊する、ということだ。

「そんな機能がある……ということは了解しましたわ」
 リリ達からのその報告を受け取って、蒼の塔で依然、制御に当たっている鈴も苦い顔で眉を寄せる。
『最悪の場合は、それを使うしか方法がないですわね……』
 独り言のような言葉に、通信の繋がっている氏無も「そうだね」と苦い。
『まあ、必要なときは此方で判断するよ』
 流石に、誰かを犠牲にするかもしれない責任を、契約者たちへ負わせるわけには行かないからね、と氏無は苦笑する様子だったが、言葉の軽さの中に、そうなることは無いだろう、という信用による予測が混じっているのに、鈴は少し表情を緩めた。
「ただ……その機能を使わなかったとしても、万が一のことはありますわね」
『うん』
 不意に硬くなる声に、氏無は頷いた。
 ララ達も懸念していた通り、今のポセイダヌスは老いた体に鞭打っている状態だ。巫女たちの癒しの歌によって幾らか支えられているとは言え、このままエネルギーを使い続けていてはどうなるか。口には出さずとも、あらゆる事態が駆け巡り、鈴がが何かを言われるより先に口を開いた。
「……作戦の成功を前提とした話になりますが、状況終了次第、塔の機能を切断しますわ」
 現在起動している塔の能力は、龍と都市を接続してそのエネルギーを都市へ流すという“楔”の機能だ。つまりこうしている間にもエネルギーは都市や騎士たちへ流れ込んでいるということである。戦っている間にそれを切るのは自殺行為だが、戦いが終わったあとは、今度はポセイダヌスの命を縮める行為になる。
 だがその機能を止めるということは。
「――撤退の手筈を整えます」
 必要な行動を即座に弾き出し、瑠璃がそう言ったのに、氏無の声は幾らか満足げに「うん」と頷く。
『頼むよ。こちらも出来る限りはしておくから』
 そう、互いに通信を終えて(この直後、神殿では別の問題が発生したのだが、それはこの時の鈴たちには与り知らぬ事だ)塔の制御へ戻った鈴は、紅の塔の清泉 北都(いずみ・ほくと)へと同じ件で連絡を入れた。
 それを受け取って、北都は「そうだね」と同意を示す。
「起動が紅の塔からなら、逆は蒼の塔から――だよね」
 合図は任せるよ、と伝えて、互いに塔の制御へと意識を移した。
 今の二つの塔へは、干渉してくる存在は彼らだけではない。特に紅の塔側には、北都や白竜達の複数の官吏の影響下にあるのだ。煩雑化しているが、同時にそれぞれの負担が簡略化されているとも言える。塔の機能の一部なのか、それとも官吏たちの魂の効力なのか、頭の中に直接描かれる龍水路へ流れる力の様子を共有しながら、必要な場所へ必要なだけ、その流れを導いていく。
 アジエスタからの協力も得ながら、邪龍の進路を確認して龍の力の流れを計算していく。脳内に浮かんでいくそれは、一万年前のそれだというのに、どこか現代の水道局の制御盤でも見ているような心地に、北都はほんの少し口元を緩めて、ふと現実の視線を横へとやった。
「あなたの見ていたのも……こういう光景だったのかな」
 その先に、淡く北都を見つめるようにして立っていたのは、長い三つ編みをした少女だ。
 まっすぐにオーレリアを信じ、従うことに全てをかけた少女。
 だが、同時にその信じ続けたことが「彼女」にとっての後悔だったのだと、その唇は告げる。信じたのではなく、信じるしかなかった、ということ。日に日に変わっていく姿を見るばかりで、主人がそれを乗り越えることを信じて何もしなかった。役に立ちたいと傍にいながら、邪龍に立ち向かうでもなく、信じることだけを術にしたのだ。
(きっと私には勇気がなかったのですね。邪龍に立ち向かう勇気が)
 「彼女」の声はそう言って悲しく笑う。
 一人でなく、それぞれの一族の垣根を越えていれば。今こうして、それぞれの一族の魂を受け止めながら手を取り合っているように、力をあわせていればもしかしたら、違う未来、違う世界が続いていたのかもしれない――と。もちろんその「もしかしたら」が意味の無い仮定だということは判っている。その続かなかった世界の先を、今の時代の人間に託すのは虫のいい話だと判っている。それでも願わずにいられない、とその少女の魂は、静かに北都を見つめていた。
(どうかお願い……皆を救って……)
 その、正に魂の訴えに、北都は頷いた。
「時代とか……関係ないよ」
 どれだけ果てしない時の隔たりがあっても、別の世界のことではない。どんなにか細くとも、同じ時の上に続いてきた物語の上だ。
「無駄になんてしない……!」
 その決意は光の壁になって、都市の上を走り、未来へと道を作っていく。


 そして――北都がそうして動かす塔の前でもう一人。
 過去から続く思いを受け取りに来た者がいた。

「……丈二、その……何をするつもりなの?」

 持ち場だった最前線を離れ、唐突に紅の塔へと足を向けた大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)に、不安そうに言ったのは、パートナーのヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)だ。この遺跡を訪れてからずっと調子の悪そうな様子だったのだが、少し前に突然硬直したあとから、ずっと様子が可笑しいのだ。普段使うことが無いはずの槍を手にした姿もそうであったし、慣れていないはずの武器とは思えない動きだった。連携が崩れずにすんでいるのだけが幸いだろうか。
 そんな風に不安げにするヒルダに、丈二は少しだけ困ったように笑って、言葉を捜すようにしてから再び塔を見上げた。
「果たさなければならないことが、ある……であります」
 それが何か、答えるつもりが無いのか、それとも答えられないのか。黙り込んでしまった横顔をヒルダは眺めた。この都市に過去に生きた存在、その記憶が宿っていること、そしてその魂が繋がっているということ。ここに来るまでに幾らか説明は受けたが、それでもあまりぴんとは来ないのであるが、丈二の方は全てを受け入れてしまっているのか、特に戸惑った風も無い。
 そして、紅の塔へ向かって、その手が伸びた。
「茜色の騎士団長殿、いやアジエスタ」
 その声に応じて、塔が僅かにほろりと光を宿したのが見える。姿は無いが、そこにいるのだと気配で察して、丈二は自身の胸元を押さえるように示した。

「貴方から預かったものを返しに来ました」