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【真相に至る深層】第四話 過去からの終焉

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【真相に至る深層】第四話 過去からの終焉

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【過去からの終焉】




 それは地鳴りのような音だった。
 瘴気と共に吐き出される邪悪な音の断末魔が、神殿を、都市を包もうとするかに響く。
 だが最早、誰の目にもその終わりは明らかだった。
 心臓と逆鱗を失った体は、ぼろぼろと端から崩れて塵となっていく。実体を失うわけではない。存在が滅びへ向かっているのだ。鱗が剥がれ、中に詰まっていた黒くおどろおどろしいものが溢れながら、歌の光を浴びて浄化されていく中、邪龍リヴァイアサタンは、その嫉妬に血走る目で、ティユトスとして歌い続けているクローディスの姿を睨み付けると『因果は巡る、貴様にも』と低い声が唸るように、最後の足掻きとばかりに吼えた。

『娘よ……貴様も”あの女”のように呪われるが良い……!』

 その呪詛の言葉に、クローディス――ティユトスが表情を青ざめさせ、無意識に咬まれた首をなぞる。居合わせた契約者たちが警戒と共にとり囲んだが――その言葉が結局、邪龍の最後の言葉になったのだった。



 そうして。
 邪龍を倒したという感慨に浸る間もなく、動き出したのは教導団の面々と、調査団の者達だ。
「クロ……!」
 邪龍という脅威を失ったことで、ディミトリアスがティユトスの魂を解放すると同時。言葉どおり、魂が抜けたようにかくんとクローディスの体が力を失ったのに、団員の一人、フェビンナーレが駆け寄ると、ツライッツはクローディスの体を抱えながら「大丈夫です」と自身も青い顔をしながらも笑ってみせた。
「呼吸は安定していますし、表面上の変質は、元へ戻っています」
 内面はどうか、とは今は触れず、ツライッツは指示を仰ぐように氏無を見やり、氏無の方も頷きを返すと普段の気だるげな様子を消して、屍鬼乃を振り返った。
「怪我人の回復と、搬送を優先。特にルレンシア女史は魔法的影響が大きい――病院の受け入れ準備は?」
「整ってます」
 応じたのは屍鬼乃だ。
「沙大尉の要請した飛空艇が調査船上空にて待機中です。収容後、直ぐ出発できます」
「機材の搬出は?」
 続けて、ツライッツが問うのには、海上の調査団たちが「済んでいます」と直ぐに応じた。
 そうして、慌しく撤収の準備が進められるのには訳がある。ポセイダヌスを宿すディミトリアスが、柱に体を寄せながら酷く言い辛そうに「急いだ方がいい」と告げたからだ。
「……ポセイダヌスの力が、限界に近い」
 元々、一万年もの間、邪龍を抱えたまま封じられていたのだ。老体に鞭打ち、巫女の為にと言う殆ど執念だけで、今この時も都市を維持し続けているのだ。崩壊の危険性があることから、一同の顔から緊張は去らない。
「キミ達も、急いで撤退を――……?」
 撤退の指示をしていた氏無が、その通信を塔に残る鈴へと繋げた、その時だ。何を言われたのか、その目が瞬くと、僅かに苦笑して、囁くように氏無――いや「彼」は言った。
「“……どこか……そういえば、考えたことなかったな。ボクは、キミ等がいればどこでもいいよ”」



 そんな、都市の解放を願ったはずの男の言葉に、少し笑って、鈴は紅の塔の北都と連絡を取りながら、蒼の塔の”解放”へ向かう作業を続けていた。ポセイダヌスの力が限界に近づいている今、放っておいてもそのエネルギーを使わせてしまう今の状態を継続させるわけにはいかない。もちろん、解放と同時に都市が沈むかもしれない危険があるのは承知の上だが、これは自分の役目だ、と鈴は認識していた。……が。
 ふとその手に、重なるものがあった。「彼女」の手だ。その手はそっと鈴の手を塔の台座から引き離すと、ゆるりと首を振ってみせた。
(あなたは、外へ……後は、私が)
 その表情の穏やかさに、その声のトーンに、嗚呼、と鈴は頷いた。かける言葉は、もう必要はなさそうだ、と。足元にひっそりと残されていた「彼女」の上司の剣に、自身が手にしていた弓を並べる。
「…………ええ、こちらも、撤退しますわ」
 紅の塔もどうやら、同じように後を引き受ける者が現れたことを確認して、鈴は後ろ髪を引かれる思いと共に、彼女等の役目がようやく終わるとのだという事実への祝福を抱きながら、蒼の塔を後にしたのだった。


 そうして、撤収の進められていく中、ディミトリアスの視線を借りながら、複雑に目を細めていたポセイダヌスは『呪いか』と邪龍リヴァイアサタンの言葉を反芻していた。
『確かに……そうなのだろうな』
 苦い声が漏れたのに、傍らにいたティユトス――今は、柔らかな光が辛うじて輪郭を作る、魂だけの姿の彼女が、小さく顔を曇らせた。
「ティユトス……さん」
 そんなティユトスに、口を開いたのはティーだ。僅かに躊躇う調子ながら、ポセイダヌスとティユトスを見比べるようにして、意を決したように続ける。
「いいんですか、このままで」
 アジエスタが望んだこと、そしてポセイダヌスがティユトスに対して望んだことは、似ているようで全く違う。アジエスタがしようとしたのは、ティユトスの魂を、封印から、そして呪縛から解放することだが、ポセイダヌスの望んだのは、その魂の封印からの解放の後に、自らと共に終わりを迎えることだ。
「……ちゃんと、正直な気持ちを……伝えるべきじゃないでしょうか」
『必要ない』
 答えたのはポセイダヌスだ。
「お前は彼女ではない。それは問題にならない」
 その言葉に僅かに場が強張る中、ポセイダヌスの目はティユトスを超えて別の何かを見ているようだった。
『彼女の心は既に無い……そんなことは知っている。我はただ、彼女の魂と添う。それだけが願いだ』
「それは、どう言う……」
 首を傾げるティーに、答えたのはアジエスタだ。
「”私たちは、魂の上澄みのようなものなんだ”」
 魂と言うのは、突き詰めて言えばエネルギーの塊だ。その上に、記憶や想いが重なって出来ている。アジエスタ達の考えるティユトスの魂とはその想いと記憶であり、ポセイダヌスの考える魂とは、その根源のエネルギーそのものに近いのだそうだ。人間には理解しにくい感覚ではあるが、今のポセイダヌスが求めているのはかつてトリアイナという個だった魂そのものであるらしい。
「”今は神殿や……ディバイスと言ったか、その少年の力が繋いで留まっているが……ティユトスも、私たちも、いずれ解けて、ポセイダヌスの言う、魂だけの状態になる”」
 そして、かつて、ディミトリアス達の手で還された超獣のように、大地を巡るエネルギーとなって循環し、またどこかで生命として蘇る、そのサイクルの中へ還るのだ、と言う。
「いずれ……って?」
 ティーが尚も問うのに、ポセイダヌスは首を振った。
『長くはかかるまい。都市も我も、そう長くは持たん』
 魂をへ残るそれぞれの姿や思いは、カナリアの歌が作り上げた封印から解かれた今、それを繋げるディバイスの存在によって、辛うじて保たれているだけだ。
『都市は滅び、お前達も滅び……我も滅びる。契約が果たせぬ今となっては……そうする以外に、添う術は無い』
「”…………その、時間を、少しだけ待って、もらえないか”」
 直ぐにでも滅びを迎えたがっているかのように、ポセイダヌスが静かに言ったのに、アジエスタが躊躇いがちに口を開いた。続きを待つ風のポセイダヌスに、アジエスタは続ける。
「”皆の……魂に、ほんの少しだけでも……時間を返したいんだ。私が縛ってしまった時間を”」
 こうして解放された魂が、記憶が、僅かにでも慰められるように、この都市で過ごさせて欲しい、と。そのために、自ら逝ってしまうのは待って欲しい、と。そう訴えながら、決意の滲む声で付け加えた。
「”その代わり……ポセイダヌス。貴方の死の時まで、私がトリアイナの魂を守る”」
 ポセイダヌスが、僅かに驚いたように瞬くと、アジエスタは少し笑う風だった。
「”――幾星霜の果てども 還り行くのは御許のみ 再の逢瀬を契とし 共に還らん――”」
 その歌は、巫女トリアイナが、ポセイダヌスの再会とその共なる滅びを誓った歌だ。その契約どおりに、トリアイナの魂はポセイダヌスの元へ還ってきた。だが、その魂の上に載るのがティユトスである以上、まだ逢瀬は果たせていない。そして共なる滅びとは、所謂心中のようなそれではなく、本来、共に自然に還ることなのだ。だから、ティユトスが還り、純粋にトリアイナの魂のみとなった後。ポセイダヌスに自然なる死が訪れる時まで守る――その誓いを叶える、と言っているのだ。
 それは、どれほど先のことかわからない約束だ。更に長い時を犠牲にするかもしれない申し出に、ティユトスが顔色を変えたが、アジエスタの決意は固いようだった。
「”皆に犠牲を強いたのは私だ。このぐらいの罪滅ぼしは、させてくれ”」
 それに対して、ポセイダヌスの声は、静かだった。

『…………好きにすると良い』





「……結局、今回の件はどういうことだったのかしら?」
 
 遺跡から出て、海上へ出る道すがら、ニキータが呟くのに、氏無は首をかしげた。
「海中にあった都市が何で今頃になって浮上してきたのか、ってことよ」
「何か、知ってる顔」
 タマーラも探るようにその目を見たが、氏無の表情は困ったようなそれで「さあねぇ」と応じるだけだ。
「ヒゲのパートナーも、苦労する」
 そんな呟きと共に、ため息を吐き出しながら、タマーラは視線を遺跡の入り口へと戻した。復活していたときとは違って、その表面は海水に洗われた色をし、いかにも遺跡と言った形容に戻りつつある。 
 手にしていた武器も、力も、ほろほろと柔らかに解けて、淡い光となって空中へ溶けていく。
 それは蛍のように瞬いて、夜の訪れの為に、太陽を迎えようとしている海を彩った。
 その一つ一つの光がが、まるで一人一人に、「ありがとう」と告げているように、掌に、或いは頬や肩に触れて散っていく。
 美しくもどこか哀しく広がるその光景を、誰のものとも知れない感情がこみ上げてくる中で、契約者たちが黙ってそれを見守っている中、刹那とタマーラは、不意に空を仰いだ。


 その視線の先で――二羽の金糸雀が、美しい歌声を響かせながら、空を舞っていたのだった……。
 




――― 【真相に至る深層】第四話 過去からの終焉――完――


担当マスターより

▼担当マスター

逆凪 まこと

▼マスターコメント

ご参加された皆さま、大変お疲れ様でした

何とか、ここまでたどり着けた、といったところの、最終回と相成りました
初回からここまで、ご登録いただきました過去キャラクターを大事にして頂き
更にはここまでが仕込みか! と此方が驚かされてしまうこともあり
色々と最後まで、とても楽しませていただきました
状況が状況だけに、多少厳しい判定となった部分もありますが
今回のリアクションで、誰が誰のキャラクターだったか、なんとなく判ってしまうのではないかと思います
それも含めて、楽しんでいただけたらと思います

匿名であったり、情報が殆どリアクションが返らないと判らなかったり
更にはマスター側すら展開の予想が出来なかったりと
普段とはかなり毛色の違う形式のシナリオとなりましたが
皆様の印象に残るシナリオとなってもらえたら、これ以上のことはありません

そして、この物語も最後にもう一度だけ
後日談を設けさせていただくことにしました
よろしければ、お付き合いいただけましたら幸いです

(尚、ご許可いただいた方の過去イラストについては、随時マスターページで開示できればとは思いますが、逆凪の画力や時間などの都合上、ご期待に添える可能性が限りなく低いとだけ、ご理解くださいませ)

※遅ればせながら、個別コメントを贈らせていただきました!