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【真相に至る深層】第四話 過去からの終焉

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【真相に至る深層】第四話 過去からの終焉

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【時代を越えて――決着】



 最初にそれに気付いたのはシリウスだ。

「よっしゃ、盛り返してきたぜ!」

 体を奔る雷に、邪龍の雄叫びが空気を振るわせたのと同時。
 神殿から溢れた歌の力が龍水路を染み渡り、邪龍の動きは明らかに乱れた。
『……ッ、おのれ……! 何だ、これは……ッ』
 初めて、邪龍の声に焦りが混じる。
 自身の再生力と、無尽蔵な魔力の高さへの慢心から、切り落とされてきた自身の体への関心の薄さが、此処に来て仇になったのだ。いつの間にか質量を大幅に失っていた体に、巫女達の増幅された歌は恐ろしく効果を発揮したのだ。縛りの歌によって内側から縛られ、眠りの歌が暴れようとする体を鈍くさせる。
『……ッ、貴様らぁァアア……ッ!』
 それは焦りだったのか、人間に良い様に追い詰められたことへの怒りだったのか。霜月が「こっちです!」と咄嗟に駆けて出して、一同を避難のためにか誘導したその背へ、邪龍の咆哮が空気を震わせて契約者たちの体を圧した。
「ぐ……ッ」
 吹き飛ばされ、壁に体を叩きつけられて苦痛に眉を寄せる契約者たちだったが、自然、その口元が不敵に上がった。
「今です……!」
 霜月の合図に、動いたのはコハクだ。
 霜月が飛び込んだのは、傍目には判りにくい、大通りと裏路地を分ける段差だ。元々貧民街であったその場所は、きちんと整備がなされていなかった為に唐突な段差が発生しているのである。更には、遺跡に立ち戻ったその場所は更に荒れ、人一人ぐらいは屈んで潜めるほどのスペースが存在した。
 そして――巨大化カプセルで一気にその体を巨大化させるコハクの腕は、まっすぐにその日輪の槍をその喉元へと突き上げていた。
『グォァァアアア……ッ!!』
 びしり、と罅割れるような音がし、頭部がのけぞる。ポセイダヌスが作る空気の層の限界を超える巨大さ故に、コハクは直ぐに身を屈めなければならなかったが、引いた槍の隙間から、柔らかな喉が露になる。
 その光景に、シリウスは目を細めた。
「アイツの二つ名は……おおいぬ座のシリウスの別名なんだよな。二連星で、軍人の視力検査に使われたりし……その辺が二つ名の由来なのかもな。アイツはたしかに見てたぜ。死ぬ前の一瞬だったってのに……」
 その逆鱗の位置。こうして光の元に晒しても、判別のつかないようなそのたった一つの鱗の位置を「彼女」は見ていたのだ。そして今、あの時届かなかった場所は、もう目の前だ。
 が、当然邪龍もすぐ狙いに気がつくと、突き上げられながらも口を下げ、今にも飛び掛ろうとしていた戦士の一人――蛇々に狙いを定めた。
『……ッ、させるか……!』
 一声、ごうっと毒の霧が蛇々に向かって吐き出される――が。
「それは――幻影よッ!」
 着弾したと思われた瞬間、その体がぐにゃりと揺れて消えた。意識をそらすための、囮だ。この為に、他の戦士たちが遮蔽にいたことに、邪龍は気付いていなかったのだ。
 そして次の瞬間、動いたのはサビクだ。
 邪龍にとって一番の敵である騎士に意識が向いている間に、逆鱗のすぐ脇まで飛び込んでいたのだ。人間と言う存在を軽んじていた邪龍は、その気配に気付くのが、遅れた。そしてそれは、致命的な遅れだった。 
「シリウス!」
 サビクが叫び、瞬間。キャスリングによってするりと位置を入れ替わったシリウスが、ヴァンガード形態に変身と同時、アクセルギアで加速をかけた蛇々と共に飛び込んでいた。シリウスの槍に、蛇々の剣に、宿るのは愛する巫女への強い決意と想いだ。
(ずっとあんたが怖がって挫けそうな私を奮い起たせてくれてたのね……諦めないって……)
 「彼」の剣を逆鱗へと突き立てながら、蛇々はぎゅっと更にその手のひらに力を込めた。
 幸せになるべきだった。あんな悲しい結末ではなくて、正しい恋人同士として、未来へ繋がれる筈だったその想い。それを今度こそ繋げる為に、今度こそ、届かなかったこの剣を届かせるために。
(今度は、届く。いいえ、届かせてみせる――!!)
 そう、決意と共に踏み込む蛇々と同じく、シリウスもまた共に槍を握る騎士と、槍を握り締めていた。
 届かなかった思い、果たせなかった願い。「彼女」もまた、同じ人を守ろうと、家族を守ろうとして果たせなかった無念をずっと抱えていたのだ。
 二人分の想いを、それでも逆鱗は罅を深くしながらもまだ砕けようとしない。邪龍がその再生力の全てを賭けて、守ろうとしているのだ。
「往生際――悪いわよ!」
 そこへ更に、飛び込んだのはセレンフィリティだ。無念、願い、そして強い決意が合わさって、力が交じり合う。
(――今度こそ!)
 想いの収束した、その時だ。
「今だ! ぶっ潰せ……!!」
 シリウスが叫び、美羽が応え、コハクと同じく、巨大化カプセルによってその姿が巨大化した。
 夢で繋がった「彼女」の、そしてその大切な仲間たちの思いを踏みにじり、多くの人の心を操り傷つけ、都市を滅ぼす原因となったリヴァイアサタン。何よりもその手で倒したかっただろう「彼女」達の想いを握り締めた美羽の持つ大剣が、蛇々たちが切上げる喉の反対側から、一気に振り下ろされた。
「皆の思いを踏みにじった報いを受けろ……!」
 龍から生まれ、龍を断つために作られたその剣が光を纏い、美羽の中にある想いを乗せて、鱗も何もただ押しつぶすようにしてめりめりと邪龍の首へと押し込まれていく。
「あぁぁああああああ……!!」
 両側から押し込まれる刃が、逆鱗を挟んで激突する。
 軋んだ音が一層大きくなった次の瞬間。バギン、と音を立てて逆鱗が砕け、押し潰されるようにして抉られた頭がずるりと溶けるようにして地へ落ち、轟音と土ぼこりを上げて、その巨体が倒れた。

「やった……!」

 契約者たちの間に、喜色が広がる。
 ―――……だが。
「……な、何!?」
 霜月が顔色を変え、何かに引っ張られるような感覚にしたがって、咄嗟に飛び退いた。
 逆鱗ごと頭を潰され、終わったかと思われたが、リヴァイアサタンが何故、倒されず封じられたのか、邪龍と呼ばれて恐れられたのか。その所以が、姿を現した。
 頭を失ったはずの体が、ボコボコと嫌な音を立てて変形すると、直後、頭部が再生したのだ。
 それも、分身体ではなく、本体だとその意思のある邪悪な目が教えている。ぐるりとひっくり返って正面から契約者たちを見据え、その口元が裂けるように嘲笑った。
『残念だったな……貴様らごときでは、我は倒すことは叶わぬ。最期の望みも食い尽くしてやろう……!』
「そんな……!」
 悲鳴のような声が上がった、が。
「“惑わされるな、逆鱗はまだ、再生されていない!!”」
 響いた声は、アジエスタだ。
 その声の示すとおり、言葉こそ余裕を示したが、その体は戦士達を避けるようにして真っ直ぐに神殿へと飛び込んでいく。形勢の逆転を狙って、一か八か巫女を狙いにかかったのだ。セレンたちは急いで身を翻したが、先ほど落ちた頭部から噴出す瘴気が、それを邪魔した。
「……ッ、くそ!」
 回復から、飛び込んでいくまで十秒は足りない。サビクの舌打ちが漏れ、後を追って神殿へ飛び込んだ面々は、絶望的な思いで、その巨大な口を開いて襲い掛かる龍の姿を見た。歌菜を庇って羽純が前へ出、歌い手たちの歌が阻もうとしたが、飛び込んだ勢いが乗った体は止まらない。
 その歯牙が、巫女を――その魂を宿す、クローディスへ向けて突き立てられようとした、その時だ。
『―――ッ!?』
 強烈な光を放つ力の壁が、両者を隔てた。白竜が龍水路から引いた力の上へ、巫女達の歌を直接接続させたのだ。弾かれた邪龍が僅かに体を引く。
 数秒、間が、出来た。
 そこへ、続けざまに北都が動かした龍の力が流れ込み、直前に弾き飛ばされたばかりの邪龍の本能が、反射的にそれを警戒して身を捩ったが、それこそまさに、北都の狙いの通りのタイミング、狙ったとおりの場所だった。その生まれた数秒の間に飛び込んできた契約者たちの正面に、心臓の位置が重なる。
「よっしゃ、いい位置だぜ!」
 叫び、北都の作り上げた最短の距離に、最速で飛び込んだのは紫月 唯斗(しづき・ゆいと)だ。
「行くぜ、アジエスタ! 適合してる器じゃ無くても少しの間なら行けんだろ!」
 その声に応じて、アジエスタが貸した目は、一瞬。けれどそれで十分だった。
 殆ど叫びに近い響きで、唯斗は記憶を共有したある「男」の歌っていた歌を放つ。
(オッさん、アンタの歌、借りるぜ!)
 正直を言えば、夢にしたって見るのは美人な女の方がいい。何が悲しくて暑苦しいオッサンなんか、と思ったことが無かったわけでもない。だが、最後まで貫き通したその覚悟や熱意は、男として継いでやらねばと思うほどの熱さがあった。歌う眠りの歌は、子守唄と言うよりは永遠に眠れと言わんばかりの勢いで放たれる歌が、心臓が移動するその速度を鈍らせる。ゆかりの弾き出した移動パターンに沿って、僅かに動いた位置を明確に探り当てると、唯斗の体が、実体を持った四つの分身を生み出した。
(後は俺達に任せとけ! 奴は必ず仕留める……!)
 それぞれの分身が、心臓をめがけて一斉に絶空での一撃を繰り出す。戦士の魂を持たない身であるため、その威力を底上げすることこそ叶わなかったまでも、硬い鱗を剥がし、その内の皮膚を抉り、心臓への道を切り開いた。そして。
「……、っけぇええ!!」
 唯斗が叫んだのと同時、入れ替わるようにして飛び込んだのは、丈二だ。 
 突き出された槍は正確に、切り開かれた心臓の上へと突き刺さる。
『……ッ、な、貴様……貴様はぁあァアア……!!』
 確かな手ごたえに、邪龍の体がのたうつ。暴れる体から振り落とされないように、丈二は突きたてた槍へ力を込めた。そこへ宿るのは、記憶を共にする「彼女」の力だけではない。
「“「絶命の剣」――その身でとくと味わえ……!!”」
 宿っているのは、アジエスタの二つ名の所以そのものだ。ティユトスを救おうとしたその願いを叶える為に、「彼女」が自身を鞘として我が身に受け、預かっていたアジエスタの剣。その力を、返す時が来たのだ。
「今度こそ――正しく、彼女が“望むもの”を断つ剣となれ!」
 真っ直ぐに、正確に、その槍が心臓を貫いて胴を貫いていく。それでもまだ、体を暴れさせて足掻く邪龍の執念と再生力は恐ろしいものがあったが、しかし――
『…………!? グ、ガァアアアッテ!』
 丈二が貫く槍から、心臓を暴れさせて逃れようとしたそこへ、襲い掛かったのは縛りの歌だ。それも、内側から縛り付けるその歌に、邪龍が焦りに更に体をのたうたせたが、槍は外れず、また歌は途切れる様子も無い。「さて、そろそろ終わりにしましょうか」
 それを眺め、龍銃ヴィシャスを構えた望は、酷薄な笑みで邪龍を睥睨した。
「こちらとしては、頭痛解消の為に、いまだその身に縛られた魂を解放したいだけでして……ぶっちゃけますと、正直あなたの退治は物のついでなんですよ」
 所詮はその程度の存在、と。全てを踏みにじったその魂を、今度はこちらから踏み躙る番とばかりに、嘲笑が邪龍を嬲る。地鳴りのような咆哮も、リカインが喉を震わせる咆哮が相殺させた。
「負け犬の遠吠えにしたって、もう少し張り合いがあるわね」
 リカインの言葉が更に追い討ちをかける中、構えた銃の狙うべき目標は、丈二の突きたてる槍――アジエスタの剣が教えてくれる。そしてそこに、邪龍を縛りつけ、同時に縛り付けられた「彼女」がいるはずだ。
「では祈るとしましょうか。自分勝手で、利己的で、好きな相手を振り向かせる為に文字通り命を賭けた、どうしようもなく愚かで、救い様の無い魂を救う為に」
 祈りが弾丸へと込められ、神威の矢と変じていく。

「くたばれ、ヤンデレ」

 引き金の引かれた瞬間。
 それぞれが、万感の想いで放った一撃が重なり、邪龍の心臓を打ち砕いたのだった。