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【真相に至る深層】第四話 過去からの終焉

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【真相に至る深層】第四話 過去からの終焉

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【蠢くは蛇 断つは意思】



「ふむ、神殿からの援護がないとなると……少々厳しいですかね」

 戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)からそんな呟きがもれたのは、邪龍の最後尾、都市西地区の一画だ。
 慣れ親しんできたかのように、しっくりと手に馴染んだ剣を、向かってきた尾に剣先を滑らせて、自重で食い込みさせると、そのまま断ち落とした。途端、噴出した瘴気を、視界をふさがれないようにと機晶シールドで防ぎながら、襲い掛かってくる小型の分身龍の頭を蠅でも叩くかに斬り潰す。機械的にそれを何度か繰り返したところで、小次郎は源 鉄心(みなもと・てっしん)を振り向いた。
「次は……もう少し大きめでいきますか。準備は?」
「いつでも」
 応じて、パートナー達の助力も得て、邪龍の体へ設置して回った機晶爆弾の一部を、テクノパシーで起爆させた。上がる爆発音と共に、抉れた傷口へ接近すると、切断し切れなかった部分へと更に対イコン用手榴弾を投げ込んで追い討ちをかけ、完全に断たれたところでグラビティコントロールで地面へ押し付ける。そこへ。
「ボーさん、お願いしますうさ!」
 ティー・ティー(てぃー・てぃー)の一声と共に、投擲された槍、に似た姿のドラゴンが、夢想の宴によってその姿を変えていく。邪悪な気配を持った黒い蛇のような姿は、そのまま邪龍リヴァイアサタンと良く似ていて、二匹が絡み合って食い合う姿は、それの光景を生み出した本人を青くさせた。
「う、うわぁ……よ、予想以上にえぐいうさ……」
 その横で、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)がサラダ――呼び名は可愛いが、炎と雷の力を合わせもつれっきとしたブレードドラゴンである――を呼び出して応戦しているのを見ながら、鉄心は援護の為に歌っていた眠りの歌を止め、僅かに息をついた。
 その間にも、小次郎が一体一体、切り離しては、ゆかりの援護を受けつつ確実に削いでいく。一度は本体を分割して一気に方をつけようとも考えていたのだが、巫女たちの歌の援護が途絶えている今、小次郎の提示した通り、余り巨大な分身を生んでは手に負えなくなる所だっただろう。
 邪龍の動きが活発化する中でも、案外に順調な状況に鉄心は目を細めるとその視線を不意に、傍らへと落とした。
「……さて、こんな感じで良いのか?」
(そう、弱らせられるだけ弱らせておく。コイツがポセイダヌスにやった事、そのままお返ししてやりゃいい)
 その脳へ直接声を送り込んできたのは一人の「少女」だ。どこかイコナに面影が近いようにも思えるその少女
が、ずっと自分へ夢としてその記憶を共有してきた相手なのだと理解して、鉄心はずっと抱いていた疑問を口にする。
「……それで、君は結局のところ、どうしたいんだ? 邪龍を倒すのが目的であれば利害は一致しているが……」
 現実、邪龍が復活すれば、放っておいても必ず、自分や誰かが倒すために行動を行ったはずだ。それをわざわざ、何故自分に接触してきたのか。そんな疑問を口にする鉄心に「少女」は悪びれず首竦めた。
(ロリコンかと思ったんだ)
 途端、がくっと思わず鉄心の肩が落ちたが、「少女」はほんの少し苦笑して、悪かったよ、と漏らした。
 自分の母親、育ての親、そして自分が淡く恋を抱いた相手も。自分がいなければ、関わりさえしなければ、命を落とさずにすんだかもしれない。友人があれほどの呪詛を抱えて逝くことも無かったのかもしれない。魂が都市に縛られてからずっと、そんな後悔に苛まれてきた。それをそのまま受け止めた鉄心に、影響が出ないはずが無いことを「少女」も理解していたのだろう。
 それでも縋るように手を伸ばした本当の理由を「少女」は語ろうとはしなかったが、鉄心は追求せずにただ肩を竦めた。
「……まあ、乗りかかった船だ。最後まで付き合うさ」
 そんな鉄心の言葉に「少女」はほんの少し照れくさげにしながらそっぽを向いたのだが、そんな光景をはたらから見ていたイコナは、一見して独り言を言っているようにしか見えない鉄心へ、そっと呟いた。
「鉄心……あなたちょっと疲れてるのですわ……」



「アジエスタ……心臓の、位置は」
「“まだ中央付近だ。攻撃を避けるように、左側に寄って、1メートル弱後部へ移動”」
 そんな鉄心達の傍ら、アジエスタと連携して、少し先で戦闘中の仲間達が追っている心臓の動きを確認していたゆかりは、ひっきりなしに襲う頭痛に、ひそかに眉を寄せていた。
 正確には、頭痛ではない。邪龍を削ぎ、その分身が生まれるたびに吐き出された瘴気の影響が、その意識を苛みつつあったのだ。特にゆかりに接触する「彼女」は、恐ろしいほどの憎悪を宿した魂だったようで、今もその憎悪の対象を傍に感じているせいで、その悪意と狂気が噴出そうとゆかりの中で暴れている。剣を取ればその心臓を、声を聞けばその喉元を、抉り潰そうとする、裏返して愛情とも呼んだ妄執が、瘴気に当てられて表へ出ようとする。
 それを何とか押さえ込みながら、心臓の位置の移動経路、そのパターンを探り出していきながら、ゆかりは意識をなるべく違う方向へ向けるために、思考をめぐらせ、呟くように口を開いた。
「速度が増していますね。アジエスタの存在がある限り見失うことはありませんが……削いでいくのは厄介そうです」
「そうですね……質量は大分減らせていますが、その分小回りが効くようになった、というところもありそうですし」
 余りに大きな身体故に、最後尾にあたるこの地点まで邪龍自身からの攻撃こそ滅多に訪れないのは幸いだが、同時に、その視点を捉えられないため、行動が読みにくいという難点がある。ゆかりの言うように、アジエスタが心臓と逆鱗の位置を捉えているため見失うことは無いが、そろそろ尾を追うより先回りが必要か、と小次郎が首をひねりながら、ふと疑問をその口に乗せた。
「しかし、此方の攻撃に対して随分と反応が鈍いですね?」
 その言葉に、応じたのはアジエスタだ。
「”奴は自分の再生力を理解しているからだろう。心臓の位置は動かせるからな”」
 到達されない自信があるのだろう。多少削られようと、傷つけられようと、問題ないと認識しているのだ。
『でも、その慢心が命取り……だよね』
 北都からの声に、一同は頷き、小次郎が意味深に漏らした。

「せいぜい、油断しておいてもらうとしましょう……あちらも、大分仕込が進んでいるはずですしね」




 同じ頃。
 邪龍の横腹に当たる付近で、心臓の位置近くを維持しながら戦闘を続けていたのは、神殿から飛び出した望達だ。ただしこちらは、淡々と作戦行動をこなしているという印象の後方と比べて、派手な――と形容するべきかどうかは微妙な――戦いが行われていた。

「左、遮蔽物側に退避、体当たりが来る!」

 ダリルの一声で、左側に寄っていた一同が手近な壁に飛び込み、或いは跳躍してその場を離れると、どうん、という重たい音と共に、身を捩った邪龍の体が壁に激突した。ぱらぱらと瓦礫の音がする中、その一瞬動きの止まった横腹へ、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)がその拳を思い切り振舞う。
「蛇だかミミズだか判わないけど、横腹抉られればそれなりに苦しいでしょう?」
 明らかに心臓はどうでも良いかのような発言と共に、イコンすら相手にするようなその拳で二発目が打ち込まれるのに、実体を得たことで痛覚も得た邪龍がのたうつ。それで建物が崩れようが、おかまいなし、といった風情である。
 そうして、リカインの重たい一撃が振舞われるたびに、音を立ててのたうつ体に潰されないように、強化光翼
ですばやくその体をすり抜けながら、すれ違いざまに双剣を繰り出していくのはノートだ。切り込むというよりは、抉るようにして剣を翻し、斬り取られて生まれた分身を返す動きで潰していく。
 そうして出来た傷口へ、望が稲妻の札を仕込んでいく中、それから気をそらすように、手当たり次第に剣を振るいながら、ノートは声を荒げた。
「嫉妬が悪いと申しはしませんわ。それは自身の成しえぬ理想への羨望ですもの。悪いのはそれを他者を攻撃する理由として用いる事でしょうに!!」
『馬鹿げた事を。嫉妬とは、妬むことだ、嫉むことだ。貴様らの醜い欲望の根源よ』
 返った声は、意外に近いところから聞こえてきた。元々自然な生命ではない故か、実体を持ったとは言え完全な生命体ではないのだ。喉で声を出しているわけではないのだろう。聞く者の神経を逆撫でるような、ざらついた低い声が哂う。
『欲望が執着を生み、執着が妬みを生む。手に入らない物をこそ望む醜い思いこそが、我を生み、我を育てたのだ……我が悪だというのなら、貴様ら自身のことに相違ない』
「嫉妬?」
 人間を哂う邪龍リヴァイアサタンの言葉に、鼻を鳴らすような嘲笑と共に口を開いたのはリカインだ。
 いや、リカイン自身というよりは、彼女に触れる魂と言った方が正しいのかもしれない。
「幼稚な駄々の間違いでしょ。手に入らないからって、殺して自分のものにしようだなんて、短絡的だし、発想が貧困。子供と一緒よ。邪龍なんてご大層な名前なんか要らないわ、蛇、いえ、黒ミミズぐらいが妥当なんじゃない?」
『…………貴様』
 流石に憤った様子の邪龍だが、リカインは止まらない。
 最期こそ、意地の悪い真似をしてしまったかもしれなくても、それでも「彼女」は巫女を、龍を慕っていた。都市の為に命を賭すことが出来るほどに、敬愛していた。だからこそ、それを崩した邪龍は憎むべき相手であり、今ようやく一万年の果てに、二人の幸福の道の兆しが見えようとしているところへ、茶々を入れるただの邪魔者でしかないのだ。既に滅んだ都市よりも、唯今動きだそうとする魂以上に重要なものは無いのだと、リカインの拳は都市の被害など何するものぞと振るわれる。
「嫉んでるから歪んだのか、歪んでるから嫉むしかなかったのか知らないけど……人の恋路を邪魔するものは、馬に蹴られて死んでしまえと言う言葉があるのよ!」
 ドズン、と、声に併せるようにもう一撃。繋がっているのが巫女であるため、致命的なダメージは至っていないものの、のたうつ分邪龍の動きは明らかに鈍っていた。
 そんな光景を見ながら、ノートは思わず呟いていた。
「……あなた達二人、過去の時代に生きていたらきっと『毒舌』とか二つ名ついていましたわよ」
「おや、二人で同じ二つ名をもらうようでは、まだまだ真の毒舌とは言えませんね。これは負けていられません」
 その呟きにしれりと返し、「そこは張り合うところではありませんわよ」とノートはため息を吐きすのをスルーして望は龍銃ヴィシャスを構えて、不意に口を開いた。
「全く、最後の最後で詰めを誤り、多くを巻き込み、挙句の果てに決着は他人任せ……不甲斐無い限りですね。まぁ、一因を作った私が、とやかく言える立場ではないでしょうけども」
 望の声ではあるが、それが誰の言葉であったのかすぐに判って、アジエスタが一瞬声を失うように詰まらせた。愛情を注がれ、同じだけ愛していた家族。そして同時に、アジエスタ自身が傷つけ手にかけた相手だ。その時の記憶は今尚、血を噴出すほど鮮やかな痛みをもって、アジエスタを締め付ける。
「“…………姉さま”」
 搾り出すように漏らされた声に、望は――望に触れる「彼女」は、そんなアジエスタに、彼女がまだ幼かった頃に見せたような、悪戯っぽく笑って見せた。
「どうしようもない妹の我儘の一つ位、叶えてあげなければね」
 そう言い、声は聞こえなかったが、アジエスタが泣き出しそうな声を噛み殺した、と察した次の瞬間。望の声は戦いのための声へ戻っていた。
「――心臓は」
「“彼女の拳を避けて、頭部側へ移動――あそこだ”」
 声が、直接その位置を脳へと送り込んでくるのに、望は引き金を引いた。発射された弾丸は、心臓を――正確には、心臓が近くを通った位置に埋めた稲妻の札を打ち抜いたのだ。強制的に起動された稲妻が邪龍の体を走り、弱点へ喰らったためか激痛に叫ぶ声がビリビリと空気を震わせて響く。
 それに満足げに目を細めて、望は再び銃を構えなおした。

「さて、上手く「彼女」の魂のある場所へ、誘導出来ますかどうか」