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【両国の絆】第二話「留学生」

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【両国の絆】第二話「留学生」

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【嵐の前、空、穏やかに】



 それは、とある病院、とある一室の光景である。

「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデ……ぐふっ!」

 誰にとも無く名乗りを上げたドクター・ハデス(どくたー・はです)は、自らの上げた高笑いに、癒えていない傷が痛んで傷口を押さえてベッドの上で軽く悶絶していた。
 帝国からの留学生であり、死霊使いと名乗るピュグマリオンのイルミンスール襲撃時、自らのパートナーであるはずの天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)に撃たれたハデスは、ベッドの上に横たわりながらも、相変わらずだった。
 とはいえ、倒れている間でも情報の収集は怠っていないようで、配下の者たちの報告を眺めながら「ふむ」と唸った。
「両国の不和派の動きが、統一が取れていないように見えるだと……派閥のようなものがあるのか……そにしても……」
 確認できているだけでも、反セルウス、またはヴァジラ派とも呼ばれる派閥、反シャンバラ等の派閥があり、シャンバラ側にも反エリュシオンの影がちらついている。それぞれの派閥ごと、さらには派閥の内部でさえ、その意思や目指すところは違う。それ故にか、行動には協力どころか連携しているようにも見えず、それぞればらばらに動いているようだ。それが不気味に「両国の不和」という点で一致している。その違和感に唸っていたハデスは「そうか!」と声を上げた。
「逆に両国の親交を深めようとしている者の動きを見れば、不和派の行動に納得がいく。今回の交流試合は、両国に深い絆を作るためのカモフラージュ! その真の目的は……」
 もったいぶったような間を空けて、カッと目を見開いたハデスは、何処とも知れない場所をびしっと指差した。
「シャンバラ教導団のトップ金 鋭峰(じん・るいふぉん)と、帝国選定神ティアラ・ティアラのお見合い!」
 ばーん、と効果音のつきそうな勢いで放たれたのは、凡その人間が予想外の推測だった。
 突拍子も無いように聞こえるが、内容だけを考えるならそう可笑しなことではない。両国にとって要足りえる人物同士であり、お互いの地位のバランスも良い。両国間の絆を手っ取り早く示すにも効果的ではある。
「だが、二人とも結婚など考えていない職業バカ! 政略結婚とはいえ、周囲には反対派も多いであろう! それが、反対派の意思が統一されていない原因か!」
 ハデスが指摘したように、鋭鋒が結婚を考えていない職業馬鹿、もとい堅物であるのは事実であり、ティアラも、アイドルという性質上結婚は重要な問題である。元々荒野の王 ヴァジラ(こうやのおう・う゛ぁじら)がストライクゾーンであることが公然の秘密となっている本人に言わせれば「鋭鋒さんが十歳くらい若かったら危なかったかもですけどぉ」と言った所だろうが。そんなわけで前提が既に難しという点は兎も角、若干あさってな方向へと思考が逸れて行き始めているが、残念ながらここにはそれに突っ込んでくれる人間はいないようだ。
 そのため「ということは、反対派のピュグマリオンという者は、恐らく、熱心なティアラファンに違いない!」とハデスの推論は更に斜め上へと続いていく。

「となると、それと対立している氏無も、隠れティアラファンだな!」

 再びびしりと何処とも言えぬ場所――実は本当に氏無がいた方角だったというのは壮大な余談である――を指差して、ハデスは再び高笑いと共に傷口を押さえる。
 両国の間に流れる空気とは裏腹に、随分と平和な光景だった。









「ぶぁっくしゅっ」

 丁度その頃。
 公にはされていないものの、行方不明となっていた教導団大尉氏無春臣は、突然襲ってきたむず痒さに盛大なくしゃみを鳴らして、その反動による痛みに、ぱち、と目を見開いた。何か妙な噂をされたような気がする、と覚醒しきらない頭で思っていると、その覚醒に気付いたのか、エリュシオン帝国第三龍騎士団長アーグラは、その顔を覗き込んで目を細めた。
「……生きてるか」
「何とかね」
 アーグラの短い問い掛けに、氏無は重たげに身体を起こし、息を吐き出した。それだけでずきりと身体に痛みが走ったが、生きているだけマシか、と再び息をついたのに、アーグラは周囲を軽く見回して同じく息を吐き出す。
「どうやら閉じ込められたな」
 真っ暗闇の中、判るのは、壁が金属で出来ていることと、窓らしきものは無いこと。場所も時間も全く不明だ。だが二人とも特に焦った様子もなく身体を探って殆どの所持品を失っていることを確認して肩を竦める。
「ま、予想通り……キミ、怪我は」
「ない」
「だよね」
 即答に僅かに安堵の息を吐いた氏無は、まだ少し痛む腹を抑えて、髪を結わえていた組紐を解いて、内一本を壁に擦り付けた。途端にぽっと蝋燭程度の灯りが点って周囲を淡く照らす。黄リンと「維持」の意味する古代文字を編み込んだ、ディミトリアス・ディオン(でぃみとりあす・でぃおん)の趣味が高じた発明品だ。しかし、それに感心するより早く、俄かに広がった視界に、二人の顔は苦く歪む。
「ここが、例の……?」
 自身に見覚えは無いものの、凡その予想はついていたらしいその問いに、氏無が頷くと、アーグラは眉を寄せた。
「あの男はどうしても、あの戦争の続きがしたいらしい」
 吐き捨てるアーグラに氏無は首を振る。
「続きじゃないさ。あいつはまだ、あの時間の中にいるんだ……亡霊だよ。ボクと同じさ」
 苦笑し、氏無は億劫そうに続けると、何かを確かめるように壁をなぞると、自身の赤く塗れた指先で、何かを描き始めた。
「これ、使わせまいとして頑張ってたのに、今じゃ自分が使おうってんだから、笑えない話だ」
 と苦笑するのに、アーグラは息をつきながら「しかし」と懸念を示した。自分達を捕らえたくせに、わざわざ動ける状態で閉じ込めておくのは可笑しい、と警戒するアーグラに、「勿論罠だろうさ」と氏無は笑った。
「どうしても選ばせたいらしいよ。ボクが、あの時の事を許すか、許さないか……馬鹿らしい」
 吐き捨てて、氏無はアーグラへ苦笑した。
「ボクは後始末をしに行く。後のことは、若者達がやってくれると信じる。だからキミは――」
 ここに残ってくれていい、と言いかけた氏無の頭を、アーグラは軽く叩いて呆れたように息を吐いた。
「お前は、誰が拾った命か忘れたのか? 最後まで見届けるに決まっているだろう」
 その言葉に苦笑を深め、氏無は扉を破壊するための印を切ったのだった。