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薔薇に捧げる一滴(ひとしずく)―NL編―

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薔薇に捧げる一滴(ひとしずく)―NL編―
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プロローグ

 夏の終わりに、ルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)が残したあの言葉。
『薔薇の美しい季節になったら、自慢の庭園に招待しよう』
 あれから数ヶ月。暑さが和らぎ、空が高くなり……心待ちにしていた季節がやってきました。
 2日に渡って開放される、イエニチェリの薔薇園でのお茶会。それも、ルドルフの薔薇園ともなれば自然と期待が高まります。
 普段は一般生徒が立ち入ることの出来ないその場所に、一体どんな薔薇が咲くのか。参加者は楽しみでなりません。
 そんな中、ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)の一言によってさらに好奇心で胸を踊らせました。
 ――愛の雫。それが彼の薔薇園にはあるというのです。
 どんな効果があるのか、そしてどこに存在するのかは口に出さなかったものの、生涯愛すると誓った者、もしくはその相手に渡せる物を用意するように言ったルドルフの言葉と関連させる名前に、興味を惹く生徒もいました。

 しかし、愛とは幸せなものばかりではありません。報われない片思いも、失ってしまった過去に捕らわれる思いも……。
 例え一方通行だとしても、相手を慈しみ思う心は愛情と呼べるでしょう。
 大切な家族、友達、それらを超えた全てに幸せを願う温かい心。そしてもちろん、思い思われる異性との恋心。
 様々な思いを抱える参加者のもとに、招待状が届きました。

 このお茶会に誰と参加するのか、そして何を持っていくのか。いつもは照れて言えない言葉、もう伝えることの出来ない言葉。
 あの人に伝えたい大切な言葉は、いつだって胸の奥底にあるはず。
 愛の雫があるという特別な庭園で過ごす1日は、いつもと違った1日となりそうです。


 あなたの幸せな恋、悩める恋に1雫のエッセンス。
 秋は決して、寂しい季節の始まりではありません。

 あなたが今、隣にいてほしいのは誰ですか?





幸せの種を探しに

 移ろいやすい秋の天気。その中でも恵まれた今日は、僅かながらの薄雲が空を覆うだけ。
 冷たくなった風に急かされるように、薔薇の学舎はたくさんのお客様で賑わい始めた。
 そう、今日はルドルフの薔薇園の開放日。申し込んだ一部の人だけが参加出来るお茶会に、警備体制も厳しいもの。
 本来女性が立ち入ることの出来ない学舎に女性が招待されているのだから、入り口のチェックが入念になるのは当然のことで、招待状や本人確認に随分と時間を取られてしまっているようだ。
 夏祭りや体育祭のようにたくさんの参加者で溢れるオープンな催しならいざ知らず、今回は薔薇の学舎の生徒であっても気軽に立ち寄れる場所ではないのだから致し方ないのかもしれない。
 緊張した面持ちで、入場の列に並ぶベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)マナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)は、何度も必要な物を確認した。招待状や身分証は忘れていないし、大切な物も持ってきた。万全な準備で来たはずなのに、申し込み用紙の控えを見て小さく声を上げた。
「ねぇベア! 私たち、色なんて決めた?」
「色? お土産の?」
「ちっがうわよ馬鹿熊! 直感で決めるヤツ!」
 イエニチェリともなれば、学園の敷地内に個人の薔薇園を所有することが出来るのだが、その代表と言っても過言ではないルドルフの薔薇園はあまりにも広い。なので、事前に参加者はどのエリアに行きたいのかアンケートをとっていたのだが、この2人はすっかり忘れたまま応募していたようだ。
「どうしようか……人数制限で入れなかったりするのかな」
「やる前から落込まない! 薔薇といえば定番の赤でどう? たくさん人がいて楽しそうだし」
「……だな! じゃあ定番の赤で!」
 なんとか受付を済ます前に色を決め、無事に薔薇園にたどり着いた2人。そこには、すでに多くの参加者が集まっていた。
 色とりどりの薔薇を愛でる者、振る舞われる紅茶を片手にのんびりと過ごす者、噂の雫を探しに行くために作戦を練っている者……それぞれの楽しみ方をしている。
 中でも目を惹いたのは高月 芳樹(たかつき・よしき)アメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)だろう。
 他校生にも関わらず、どうどうとルドルフに話しかける様子は、薔薇の学舎の生徒から羨望の眼差しを受けていた。
「先日の体育祭ではお世話になりました。今日もよろしくお願いします」
「こちらこそ。今日はゆっくり楽しんでくれ」
 挨拶もそこそこに他のエリアへと姿を消すルドルフにもう1度頭を下げると、胸をなで下ろすように息を吐いた。
「はー……緊張した」
「挨拶出来て良かったわね。こうして続けてお世話になったわけだし」
 けれども、始終誰かに注目されるような人に声をかけるのは精神的に疲れるもので、芳樹は入り口で貰ったカードに目を落とす。
 訪れるエリアの色をしたカードの表には招待状兼通行証のサイン、そして裏側には園内の地図が描かれている。様々な品種改良を行っている関係で4つのゾーンと分かれたわけだが、魔力で品種改良を行っているとあっては、混ざれば危険なことになるかもしれない。
 だからこそ、互いのゾーンを区切るために各エリアは高い垣根で覆われており、魔力に当てられたまま他のエリアに移動して影響を及ぼさないよう一般客は出入りが出来ないようになっているらしい。
 だとしても、その1つ1つがとてつもなく広い。丁度、上から見るとクローバーのような形をしているのだが、茎の部分に当たる細い通路を歩き、中央にそれぞれのエリアへの入り口と全エリアを見渡せる高台があり、エリアに入ればメイン広場にお客様を持て成す用意、奥には迷路のようになった薔薇園が広がっているのだから、他のエリアへ行き来が出来たとしても相当な時間がかかってしまうことだろう。
「あ、このメイン広場以外にも見頃の薔薇の前には小さなお茶のスペースがあるみたい。どこか見てみる?」
(本当に、普通に見て回るだけなのね)
 あの噂を知らないわけではないだろうに、芳樹は「どんなお菓子があるかな〜」と浮かれて歩き出すだけ。年頃の女の子であるアメリアとしては愛の雫に興味があるのだけれど、隣を歩く芳樹は色気より食い気で残念に思ってしまう。
「どうした? ほら、置いてくぞ」
 差し出された手を少し意外に思いながら、微笑んで自分の手を重ねる。
「きっと豪華だろうけど、羽目を外さないでね?」
(……ま、始まったばかりだものね)
 薔薇の香りの中、微かに漂ってくる甘い香り。そう、お茶会はまだ始まったばかりだ。
 のんびり話をして、庭園を散歩して。いつもと違う1日を過ごそう。
 愛の雫は、1度保留にして――